第20話:運命の敵――その1

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「ガハハハ! やっと掴んだぞ!」

 豪快に、下品に笑い飛ばす1人のポケモンの後に2人のポケモンが続く。彼らは“広葉樹の森”の中を、雑草をかき分けながら足早に進んでいた。
 彼らの種族は、エレキブル、レントラー、サンダース。――そう。救助隊ボルトだ。
 2日前にギャロップとドードリオの情報を得て、彼らは“渓流の谷”に足を踏み入れた。しかし、そこから先の目撃情報が得られなかった。ひとまず彼らは渓流の谷を抜け、南に進んで“どんぐり山”で捜索を開始した。小山を探しつくしたが、有力な情報は得られず……。とうとう彼らはここ、広葉樹の森に足を踏み入れたのだ。
 ボルトは今朝この森で、這いつくばるように地面に倒れて苦しんでいる、4人組の救助隊に出会った。ポチエナ、パチリス、チルット、マリル。まさかと思い、エレキブルは彼らに声をかける。案の定、彼らはセナとホノオと一戦交えたようだ。その後も森を進むと、不自然に足だけを狙われた救助隊がぽつりぽつりと倒れており、セナにやられたと証言している……。
 こうして、救助隊ボルトはセナとホノオの行先の詳細をようやく手に入れたのだった。

「手間かけさせやがって、まったく」

 レントラーが面倒くさそうに漏らす。

「さて、奴らを仕留めるとするか」

 サンダースが言うと、ボルトの3人は駆け出した。




 広葉樹の森、東部にて。
 とうとう目的地“迷宮の洞窟”のすぐ近くまで来たセナとホノオだが、彼らを襲ったのは悪夢。10を軽く超えるポケモンに囲まれ、身動きが取れなくなっていた。
 昨日からのセナの行いが救助隊ポケモンたちの間でも話題となり、セナとホノオは一層危険視されてしまった。そこで、複数の救助隊が、団結してセナとホノオを追い詰めることにしたらしかった。種族もタイプもバラバラだが、セナとホノオへの敵意だけが共通点のポケモンたちが、セナとホノオを囲って逃げ場をなくす。

「これだけの数が相手だ。お前たちに勝ち目はない」

 追っ手を代表して、コドラという種族のポケモンが言う。重厚感のある身体で、セナとホノオに1歩迫る。

(どうしよう。どうしよう。どうしよう……。こんなポケモンの群れ、さすがのセナも対処できないだろう。ここで、終わりか……?)

 微熱が続く自分など、きっと戦力にならない。逃亡の旅の序盤では生き延びるために闘志を燃やしていたホノオだが、もはや心が擦り切れてしまっていた。もうだめか。でも、それでいいや。そんな諦めの気持ちが湧いてくる。
 一方のセナは、この状況を切り抜ける最適解をはじき出す。使ったことのない技だが、見たことがある。使い方は分かる。――やるか、死ぬか。やるしかない。
 軽く息を吸って、セナは行動に出た。

「“波乗り”」

 セナが両手を振り上げると同時に、四方八方に広がるように荒波が出現し、追手のポケモンたちに襲い掛かる。攻撃は大成功。全ての敵に技が降りかかったのを見て、セナとホノオはその場から逃げようとした。
 しかし。

「逃がさないぞ!」

 緑色のツルがセナとホノオに向かい、巻き付くように捕らえた。“ツルのムチ”だ。

「へん! 捕まえた!」

 声の──そしてツルの主は、背中に赤いつぼみを背負った水色の体のポケモン、フシギソウだ。草タイプの彼は、波乗りのダメージも薄く、しゃんとその場に立っていた。
 フシギソウが足を踏ん張り、ツルに力を込める。強く締め付けられたセナとホノオは、苦しげな声を上げた。

「よし、“葉っぱカッター”!」

 身動きのとれぬ2人に、フシギソウは無数の鋭利な葉を飛ばす。体温の高い炎タイプのホノオには、葉っぱの傷はつきにくい。しかし、草のエネルギーに弱い水タイプのセナは、ざくざくと深い切り傷を負った。
 フシギソウは猛攻を終えると、疲れたようでツルを緩めた。どさりと地面に崩れ落ちた直後、ホノオは傷の深いセナを気遣う。

「おい。大丈夫かセ、ナ……」
「“冷凍パンチ”!」

 切り傷で痛むはずの身体を、セナは一瞬たりとも休ませずに攻撃に走る。フシギソウに解放された直後、つららを掲げて報復した。予想外のセナの行動に、ホノオだけでなくフシギソウも怯んでしまう。避ける間もなく、フシギソウは右前足を突き刺された。

「ぐああっ!!」

 フシギソウに十分なダメージを与え怯ませると、セナはゆらりとポケモンたちの群れに向かう。本気の瞳に、思わずポケモンたちも怯んでしまった。
 嫌な予感に、ホノオは脳みそがひやりと凍り付くような心地がした。昨日よりも、もっと、ずっと、恐ろしいことが待ち受けていそうな予感がした。

 セナは“波乗り”のダメージが大きく、息を荒げているコドラに目を付けた。コイツならすぐに倒せそうだ。“水の波動”で仕留める。

 次に目を付けたのはアーボックだ。近くにいる上に図体が大きく、攻撃が当たりやすそうだ。“水の波動”で仕留める。

 やっかいなのは、水タイプのアシカポケモン、ジュゴンだ。水タイプの技が効かないからこそ、早めに体力を減らしたほうが良い。小回りを生かして接近し、腹部に思い切り“噛みつく”。

「あああああッ!!」

 ジュゴンは痛みに悶え、セナを振り払うように暴れまわる。身体が激しく振り回されると、セナの全身の葉っぱカッターの傷が開いてゆく。純白のジュゴンが、赤いしぶきにまみれてゆく。
 ジュゴンはどうにか腹を丸め、噛みついているセナに口先を向けた。そのまま、決死の覚悟で“潮水”を繰り出した。

 セナの小さな身体ははじけ飛んで地面に打ち付けられる。全身の切り傷に塩分が擦り込まれて痛覚を刺激する。小さな身体は休みなく動き、酸素不足に陥っている。
 それでも、セナは即座に立ち上がった。
 ――痛覚。呼吸苦。身体の異常を知らせるその感覚を、セナは不要なものと切り捨てて無視を続けた。――痛い。苦しい。そんな感覚に気を取られてしまっては、殺されてしまう。そんなもの、心と一緒だ。行動を阻害する感覚に、存在価値などない。オイラは、痛くない。苦しくない。
 まだだ。まだ10匹以上の敵が残っている。1匹残らず“処理”しないと。まだまだだ。痛みに立ち止まっている暇などない。

「もういいよ!! セナ!! もうやめてくれ!!」

 見るに堪えなくなり、ホノオはセナの右手にしがみついて泣き叫ぶ。このままでは、セナは本当に壊れてしまう。心からの叫びで、セナの暴走を阻止しようとした。

「……やめたら、お前がなんとかしてくれるの?」
「それは、その――」
「じゃあ、邪魔しないで」

 ホノオの手を振り払うと、セナは敵軍に向かって駆けだそうとした。

 その瞬間。辺りに爆発音が響く。
 身体が宙に投げ出されたのは、セナとホノオ──ではなく、追っ手のポケモンたちだった。

「えっ?」

 鋭く光る電撃が、目の前の敵を一斉に弾き飛ばした。予測不可能、理解不可能な状況に、ホノオは状況にそぐわぬ間抜けな声を出してしまった。
 ガサリと茂みが揺れる。

「危ねえ危ねえ。あやうく手柄を取られるところだったぜ」

 額の汗を拭う仕草で、“間一髪”を表現しながら、エレキブル、レントラー、サンダースが現れた。とうとう救助隊ボルトが、セナとホノオに追いついた。

「おう、お前たち。辛いところを、悪いな。死期を遅らせちまって」
「今すぐに、俺たちが“楽にしてやる”からよ」

 レントラー、サンダースが言うと、3人は身体に電気をため始めた。“充電”だ。傷だらけのセナにはもはや逃げる力はないと判断したボルトは、一撃で仕留める最強の攻撃を準備しているようだ。
 葉っぱによる切り傷しかダメージのないホノオには、逃げる体力は残されていた。しかし……。この先逃げ延びたところで、もう自分には、温かな日常は帰ってこない。かつて生きる理由をくれた、優しい友達は、帰ってこない。ならば――。
 ホノオはセナを、優しく抱きしめた。傷を刺激してしまうだろうが、構わなかった。どうせ、この痛みも、最後なのだから。

「痛ッ……」
「なあ、セナ。今更オレの言葉なんて、信じてもらえないだろうけどさ。最後だと思うから、言わせて欲しい……。人間の頃に、オレと友達になってくれて、本当にありがとう」

 身体を温かく包み込む優しさに、セナは“痛み”を思い出しそうになってしまう。しかし。もみ消してしまった。

「ホノオ。まだ、諦めちゃダメだよ」

 優しい一言で、ホノオを突き放す。セナはボルトを観察する。充電しながら、しっかりとこちらを、獲物を見据えていた。――ならば、いける。
 セナは口を大きく開けて目をこすり、眠そうに“あくび”を繰り出した。

「しまった……!」

 戦い慣れしているボルトの3人は、技の“あくび”を使われたことを悟る。その動揺が命取りとなり、つい攻撃動作を解除してしまった。

「くそ……眠、い……」

 身体から力が抜け、ボルトの3人はふらりと倒れ込む。突っ伏すように、眠りに堕ちた。

「…………」

 この地獄が続くのか。絶望に硬直したホノオの左手を、セナはくいっと引っ張る。

「さあ、行こう。ホノオ」

 全身の傷を気にも留めず、セナは颯爽とその場を去り、目的地の“迷宮の洞窟”へと向かう。

「……なあ。オレンの実、食べたら? 怪我、治したほうがいいよ……」

 控えめに、恐るおそる、ホノオはセナに呼びかけるが。

「痛くないから、大丈夫だよ。心配してくれて、ありがとう」

 模範解答でホノオを振り切る。にこりと笑って見せると、頬の傷からしたたる。歩くたびに、曲げ伸ばしする膝周りの傷が、少しずつ裂けてゆく。それでも痛みを無視して歩ける便利さに、セナは憑りつかれていた。

 迷宮の洞窟は、すぐに彼らの目の前に現れた。
 盛り上がった大地があんぐりと口を開けている。深い、深い迷いの道へと彼らを引き寄せようとしているようだ。――洞窟の入り口は、そんな雰囲気を醸し出していた。

「なあ、セナ。もう少し歩いたら、さすがに休憩しよう。な?」
「そうだな。安全に生き延びるために、この洞窟を目指したんだもんね」

 ようやくホノオの言葉がセナに届くが、それはセナの納得が得られたにすぎない。損得が合致していたにすぎない。
 もはやホノオは期待などしなくなった。セナと心がすれ違うことを、静かに受け入れつつあった。

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