メモリー35:「弱さと勇気と~ハガネやま#8~」の巻

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気まぐれ。ただそれだけです。
 毎日のように成長を続けて、ボクへの優しさや温かさが途切れないチカ。対して自分はなぜこんなにも情けない存在なんだ?彼女と同じチームなのに…………。


 ボクとチカは今、“ハガネやま”の3階にいる。結果から言えば、あのジグザクマたちとのバトルは大勝利で終わった。頼れるパートナー、チカの活躍のおかげで。…………でも、そんな彼女の頑張りを素直に喜べない自分がいる。もしかしたら気持ちの中に余裕もないかもしれない。だからだろうか。最後の強引に横入りして得た自らの頑張りの結果しか、ボクは見えてなかった。当然のことながら再びチカとは会話が少なくなっているし、気まずい雰囲気となっている。昨日泣きながらお互いに「一緒に頑張っていく」って約束したことって一体何だったのだろうか。


 「いたな!侵入者め、覚悟しろ!!」
 「ぐっ!!しつこいな!!」
 「もうやめてよ!!」
 「うわぁ!!」



 そうしている間にも周りのポケモンからの襲撃は続く。その度にボクやチカの体は傷つくばかり。それだけでも辛いときがあるのに、本来なら支えなければいけない2人の間に気まずさがあるのだから、ますますその辛さが増すような感じがした。


 (なんでこんなことになってるんだ…………。ボクは普通に人間として暮らしてきただけなのに…………。なんでこんな体も心も痛めつけられるようなことをしてないといけないんだ?)


 ボクは体に感じる痛み、それからチカとうまくいかないこともあってか、それが段々と自らのストレスに繋がっているような気がした。もう彼女のアドバイスや言葉も含めて、何もかも受け入れたくないような気持ちになっていった。


 そんなことしたら状況は良くなるどころか、チカとの関係も含めて悪くだけ。一昨日ここに突入したときに学んだばかりなのに………。


 「ねぇ、ユウキ。大丈夫?」
 「なんだよいきなり…………」


 そんな自分のカリカリとした表情は、必然的にチカを不安にさせていることだろう。それでも彼女は自らの「パートナー」という役割を懸命に果たそうと、変わらずボクへ優しく寄り添おうとしていた。どこか寂しげで悲壮感があったけれども。


 (なんでそこまでしてボクのことを………?)


 表情には出さなかったが、ボクは動揺していた。確かに昨日彼女が「もっと自分を頼りにしてほしい」「自分に甘えてほしい」って気持ちを伝えてきたことは知っている。だけどそれだけの理由で、自分に嫉妬してきて距離感を離そうとしている相手を見捨てずにいられると言うのだろうか。それでなくても、3日前からボクの感情に振り回されて気疲れしているはずで、今日だってせっかく活躍できていたのに、ボクからの「命令」という形で横取りされて嫌な想いが積み重なっているだろうに。どうしてそれでもチカはボクに優しく温かく寄り添おうとするのだろうか。


 (頼むからそんなに優しくしないでくれよ!なんなんだよ!)


 ボクはますます自分が情けなくなって、更に意地を張りそうな気がしてきた。本当は泣きたくなるくらい嬉しくてたまらなかったはずなのに。ことあるごとに彼女の温もりを拒もうとしてるってことは、やはり幻覚チカが指摘していたように、人間だった頃からこんな素直じゃない性格だったんだろうか。正直信じたくないが、確かめる術が無い以上はボク自身が「事実」として受け入れてしまった方が、いっそラクな気がしてきた。





 「なんだよって何!?私はただユウキが心配で声をかけたかっただけだよ?昨日約束したじゃん!忘れちゃったの?辛くなったり寂しくなったりしたら私のこと頼ってって言ったこと…………」


 チカは今にも泣き出しそうな感じでボクに訴えかけてくる。彼女には失礼かもしれないが、正直なところその姿が可愛かったために一瞬気持ちがぐらついたのは事実だ。でもここで弱ってるような素振りを見せたら、余計に彼女に気を遣わせてしまうことになる。そうなれば今は良いだろうけど、きっとまた「自分が上手くいかないことへのストレスや、成長を続けるチカへの嫉妬」がますます酷くなることだろう。そしたら今以上に彼女と心の距離が開くのが目に見える。それだけは避けたかった。


 「うるさいな!そんなことわかっているし、覚えているよ!ボクはボクで大変なんだからちょっと黙っててくれよ!!」


 自分は「リーダー」としての役目を全うしようとして必死になっている…………ボクはそのことをチカには理解して欲しかったのかもしれない。イライラしているせいで感情的になってキツく突き放すような口調になってしまったけど。


 「…………そう。やっぱり夢の中に出てきた幻覚の私の言う通りだね。人間だったときから誰かと協力することを拒み続けた………って」


 チカはガッカリした様子で一言つぶやいた。こんな振る舞いを見ていたら、ボクへの信頼が揺らいでも無理もない。彼女をそんな気持ちにさせてしまってる自分が悪いだろうし。だからこれまでの反論することもなかった。きっとこれ以上彼女と会話を続けることも控えたほうが良いだろう。そのように感じたボクは黙って前を見て、先へ進み始めたのである。


 「ユウキ?聞いてる、私の話?」


 背後から聞こえてきたチカのこの寂しげな呼び掛けにも反応することなく……………。







 「もう!待ってよ、ユウキ!!またひとりで抱え込もうとしてる!!だから幻覚の私にも貶されたんじゃないの!私はあなたの心の救助隊になるって決めてるのに…………。お願いだから私のことを頼ってよ!!周りから見てアテにし過ぎだって思われるくらいに…………」
 「…………」
 「私だって弱いところとかダメなところがあるから、ユウキに助けてもらえたいよ。だからお互いに助け合っていこうよ!私が助けたとしても、あなたの頑張りを認めない訳じゃないから!!」
 「……………」


 必死に自分の気持ちを訴えかけても、彼が振り返って視線を合わせることはありませんでした。黙って先を急ぐだけ。それでも私は諦めませんでした。理由…………ですか?何もかも自分で抱え込んで苦しむユウキの姿なんか見たくないから。人間から“ヒトカゲ”になって………誰かに相談したり、或いは自分の弱音や本音を口に出せる場所が存在しない今の彼の“現実”という闇に、少しでも温かい癒しの光を与えたかったから。…………本当は私がそうして欲しかったんですけどね。自分も彼も同じで支えてくれる人がいなくなってしまったから………。今すぐにでも気持ちが折れてしまいそうなのが、私の本音でした。………だけど、


 (でもユウキの前では笑顔でいたい。きっとユウキは私以上に苦しんでいるから。それに、ユウキの元気な姿が観たいから。その理由が自分でもわからないけど…………多分ユウキが元気でいてくれることに、安心感を覚えるんだろうな)


 それにユウキは私の夢を叶えさせてくれた存在。それだけでも感謝の気持ちでいっぱいなのに、今は“リーダー”という形で必要以上の負荷をかけてしまっているのも事実。彼には本当に申し訳ない気持ちがいっぱいでした。どうしても価値観の違いでなかなか噛み合ってない部分が続いているけど、いつの日か本当に私も彼も笑顔で過ごせたらいいなって気持ちがあるから……………だからまず自分のことよりも彼の気持ちを理解して、彼のために頑張ろうとしてるのかも知れません。


 …………それが“パートナー”として自分が全うすべき役割だと思うから。


 (頑張らなくちゃ!ユウキになんて思われても。頑張っていけばきっとわかって貰えるはずだから………!)


 私は首に巻いている赤いスカーフを右手で軽く引っ張ってもう一度気持ちを入れ直すと、未だに自分の方へ振り向いてくれない彼の後ろをまた歩いていくのでした。


 …………そんな風にボクたちはまたお互いにギクシャクしながらも、3階と次の4階を突破した。途中ボクたちのことを噂で聞いたのであろうポケモンたちと何度か小さなバトルになったけれど、そこは二人一緒になって難なく退けることができた。ボクが先頭になって攻撃をし、その背後でチカが持ち前のスピードを活かして援護をしてくれるという見事な連係プレイ。


 きょうでお互いが出逢って6日目となるが、ここまで息の合うコンビになれたことは正直嬉しいし幸せしか感じない。何より「やったね♪」と喜ぶチカの笑顔を見られると、なかなか上手くいかなくて塞ぎ込むボクの心に優しく光が当たるような感じがした。


 …………それだけにバトル以外の場面で素直に彼女の優しさを受け止められない自分が情けなくて仕方なかった。


 多分チカに優しくされてることでかえって彼女に変に気を遣わせてるんじゃないのか………とか、本当は無理して自分に合わせてくれてるだけなんじゃないのかな…………みたいな申し訳なさが、ボクがそんなつまらない意地を作り出してるような気がする。きっとそんなこと無いだろうに。


 (なんでこんなに相手のことを信じられないんだ、ボクは………)


 なんとなく重苦しい感情がボクの心を支配する。まるで今にも雨が降りそうな………そんなどんよりした曇天のごとく。理由を探ろうと必死に考えてみるが、考えれば考えるほど誰かに「そこには触れるな!」と言われてるかのように、キーンと頭痛や耳鳴りが酷くなる。


 (何故だ?触れたらまずいような答えを抱え込んでいるとでも言うのか、ボクは?…………いや、違う!そんなことあってたまるか!!)


 このままだと、また幻覚チカの言葉を認めてしまうことになる。それだけは嫌だった。まだ確証はおろか、手掛かりですら何も掴めてないと言うのに。きのうチカが基地から帰ろうとしただけでも寂しくてたまらなかったボクが、これ以上彼女との関係を悪化させて別れてしまったらどうなっちゃうだろう。この世界でずっと独りになるなんて…………とてもじゃないけど耐えきれる自信がなかった。


 (本当はボク、チカにもっと甘えたくて、頼りたくて仕方ないのかも知れないな)


 正直自分でも笑ってしまうほど、情けないと感じていた。だからずっと彼女の優しさを拒み続けてきたけど、そんなこともうしない方が良いような気がした。幻覚チカの言うように、人間時代からもし「自分の弱さを認めなかった」せいで、周りと上手くいかなかったというのなら、逆に「自分の弱さを認めれば」周りとトラブルにならずに済むのかもしれないと。


 何よりチカが「もっと自分を頼りにしてほしい。甘えてほしい。一人で抱え込まないでほしい」って言うならば、その通りにした方がお互い嫌な想いをせずに済むかもしれない………なんて思うようになった。チームの“リーダー”を任された身としては、なんとも情けない限りだけど………。


 「ねぇ、チカ?」
 「…………?どうしたの?」


 ボクは足を止めた。そしてまだ元気が戻ってきた訳じゃない表情のまま、チカの方へと振り返る。当然だったけど彼女は心配そうな感じでボクに話しかけてきた。


 「………本当は辛いんじゃないの?我慢しないで。何度も言うけど、私の前ではたくさん甘えても大丈夫だよ?」
 「本当に?怒ったり、嫌な顔したりしない?」
 

 彼女の温かい光のような優しさが本当に身に染みる。逆に辛くなるくらいに。でも、そのときもこんな風にキミはハッキリと言っていたよね?


 「心配しないで。何度も言ってるじゃない。私は…………あなたの“パートナー”だから」って。そんな風に優しくて温かい笑顔で言われちゃったら、ボクも崩れて泣けずになんかいられなかったんだ。そんなボクの姿にキミはビックリしていたけど、…………だけど、それでも優しくそっと抱きついてきたよね?恥ずかしさで動揺してるボクにお構い無しで、こんな風に胸元でささやきながら。


 「大丈夫大丈夫。あなたは独りじゃないから…………。ゴメンね。自分のことだけでも大変なのに、“リーダー”の役目を背負わせてしまって。また一緒に頑張ろうね。私も頑張るから。あなたを支える“パートナー”として……………」


 ボクはそのときにもう一度思った。自分の弱さをちゃんと認めて、変なこだわりを捨てて、チカと助け合うって。


 ……………だって彼女はボクにとって、かけがえのない「友達」だから。







 「…………キ?ユウキ!?聞いてる!?」
 「えっ!?アハハ、ごめんごめん」
 「もう!さっきからボーッとし過ぎだよ。一緒になって頑張るって決めてくれたのは嬉しいけど………でも、まだまだ先は長いんだよ」
 「うん、そうだね…………ごめん」
 

 それからどれくらいの時間が経ったのだろうか。どうやらボクは考え事をしていると、チカの言葉まで届かなくなってしまうところがあるようだ。風船のように両頬を膨らませ、不機嫌な姿になっている彼女がそこにはいた。ボクは苦笑いを浮かべながら謝る。


 「それに………覚えてる?ここ、こないだイシツブテたちにやられたフロアだってこと」
 「そういえば…………そうだったね。すっかり忘れていたよ」
 「呆れた。地形があのときと変化している可能性もあるから、遭遇しないかも知れないけど………一応警戒しておこうね?それでなくてもここのポケモンたちには悪い印象しかないんだから」
 「わ、わかったよ………」


 自信を持ってグイグイと引っ張ってくるようになったチカ。ボクと出逢ったときの「おくびょう」な姿はどこにもない。元々夢だった救助隊になろうと人知れず勉強してきた頑張りが、実際の救助活動やダンジョンを冒険するなかでだんだん結実し始めたことで、自信になってるのが理由だろう。それが溢れんばかりに小さいけどつぶらな黒い瞳もキリッとしている。本当にあの温かくて優しい笑顔で、心に光をもたらしてくれるチカと同一人物なのか?…………と、そんな風に疑ってしまうほどだった。


 ……………と、そのときである!!地面が大きくグラグラと揺れたのは。あまりに酷くてチカは四つ足態勢になって、ボクも両手を地面につけてなんとか体を支えようと試みたくらいなのだから。


 (この揺れ、こないだもあったぞ?単なる偶然か?いや………違う!!きっとアイツらの仕業だ!)


 チカもきっとボクと同じ気持ちなのかもしれない。振り返ったときに小さく頷いたところを見ると。出来れば遭遇したくはなかったが、そんなときに限って、現実はそういう不都合なことを許してくれないものである。


 「また会ったな?よくまあ………性懲りもせずにここに来ようと思ったな?」
 「その頑張りは褒めてやるよ、ガハハ」
 「諦めるわけないよ!だって私たちは困っているポケモンたちを助ける救助隊なんだから!」
 「お前たちみたく相手を救助隊だからって理由だけで襲撃してくるポケモンと一緒にするな!」


 チカの警戒通り、イシツブテたちが再び姿を現した。貶されたように感じたボクたちは当然のことながら反論する。すると大笑いをしていた彼らも表情を一気に殺気じみたものへと変貌する。


 「なんだと…………?まるで俺たちが悪者みたいな」
 「こないだは情けを見せて命だけは奪わないようにしてきたが、今回はその必要も無さそうだな!覚悟しやがれ!!」


 こうして“メモリーズ”とイシツブテのバトルの火蓋が切って落とされた。でも、ボクたちは負けない。だってボクと……………


 …………私はもうお互いに弱いところを助け合って頑張れる救助隊へ一歩踏み出したのだから。



         ……………メモリー36へ続く。


 


 


 


 


 








 
 











 


 やっぱり作品が投稿できたこの瞬間が幸せな気がします。次回からは1話あたり10000字ペースに戻ります。投稿日は以前お知らせしたように、2021年4月25日(日)。今より穏やかで明るい話題で溢れてるように願うばかりです。

 ここまで応援してくださったファンのみなさん、どうかお元気で。本当に背中押される想いでした。感謝しかありません!では!

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