第2話 ~ふしぎのダンジョンとあぶないヤツと~

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読了時間目安:26分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

主な登場人物

 [シズ:元人間・ミズゴロウ♂]
 [ユカ:イーブイ♀]

前回のあらすじ
記憶喪失になってしまっていたシズは、ユカに連れられて自分が倒れていたという森の中へやってくる。そこで二匹は怪しいポケモンを発見するのだった……
「……あのヒトカゲのこと、どう思う?」
「ボクは……たぶん、誘拐か……それと似たような事をしているんだと思う。」
「だよね。ワタシもそう思う。あのピチューの扱い方は、友人とか親戚のそれじゃないよ」

自分の過去を探すため深い森の中にやってきたシズと、その過去の手がかりがあるかもしれない場所へ案内しにやってきたユカの二匹。彼らは、あるポケモンを追跡している。目的の場所で一息ついていたところに、怪しいヒトカゲとそれに捕らえられているピチューの姿を偶然にも見かけたのだ。そして、現在そのヒトカゲに感づかれないよう木や岩、地面の起伏などの遮蔽物と遮蔽物の間を縫って追いかけながらそれらを観察している。

「うん。あのピチュー、眠ってるのか……そうじゃなければ、気絶してるっぽいよね」
「あんな肩からまっさかさまでぶら下げられるようなことされて目を覚まさないって事は、たぶん気絶だと思うよ」
「なるほど……あと、気になるのはあのヒトカゲの鞄からぶらさがってるなわだよね。何に使うんだろう?」
「たぶんまともな目的じゃないでしょ?あのなわでピチューにヒドいことをしようとしているって言われても、納得できちゃうし……っ!?」

突然、ヒトカゲが木の裏でこそこそと話している二匹のほうに振り返る。そして、こちらの方をキッ……と、睨んだのだ。二匹はびくりと体を跳ね上がらせ、そしてそれと同時に確信する。あの目は、どう見たって危険なヤツの目だ!確実にあのピチューは今、現在進行形であぶない目にあっている……!そんな危険な存在の視界に自分たちが捉えられたかもしれない。そう考えると、二匹は生きた心地がしなかった。

「こ、これ、やばいんじゃ?やっぱりあのヒトカゲ絶対にやばいヤツだよ……ワタシたち、帰ったほうが……」
「でも……そうしたら、あのピチューがどうなっちゃうのか、わからない……」
「う……そ、そう、だよね?やっぱり……?」
「うん、が、がんばろう。ボクたちが、ボクたちで、あのピチューを助け出すんだ……!」
「うん、わかった……!」

二匹の体中から、滝のように汗が流れている。"怖い"……二匹の心の中には、確実にこの二文字が浮かんでいただろう。自分たちが逃げた結果、あのピチューにどんな結末が訪れたのだとしても、自分たちには何の影響もないだろう。それに、ピチューを助けることが自分たちにかなりのリスクが及ぶ行為であることは明白だ。それでも、二匹は逃げるという選択肢を蹴り飛ばす。ただ、自分たちの正義感に従って。

「ふ……ふふ。はははははっ!!サイコー!!」
「「ひぃっ!?」」

突然、ヒトカゲはひとりでに高笑いを始める。その少年のようなかわいい、しかしそれに反した異常性……どす黒い悪意を感じるその声は、二匹の恐怖をより大きく、より恐ろしい物へと変えただろう。

「も、もう腹をくくろう。ボクたちでアイツをなんとかするんだ!自分がミズゴロウになっていたときのショックに比べれば……!いや、やっぱりこっちの方が怖いかも……」
「"ボクは人間"だって、あれ本気で言ってたの……?いや、今はそんなことより……そうしよう。もう、腹をくくろう……!」

それでも、二匹の意思は揺るがなかった。これは極めて希望的な推測でしかないが……二匹で不意打ちを仕掛ければ、きっとあのピチューを救い出せるだろう。しかし、あのヒトカゲはそれを阻止するためといわんばかりに、周りをしきりに見回し始めたのだ。

「……だ、だめだ。アイツ、ずっと自分のまわりを注意深く観察している……これじゃ直接あのピチューを奪い取るのは無理だ……」
「これじゃ不意打ちとか、そういうのは無理そうだね……それが一番だと考えてたんだけど……」
「ボクもそう考えてたけど……うん、それは諦めよう。別の方法を考えたほうがいいかな……」

あのヒトカゲは周囲をしきりに見回している。つまり、極めてこちらが発見されやすい状況にある、ということだ。しかしそれでも二匹は遅くない速度で歩き続けるヒトカゲを、あくまで相手に視認されずに追跡しなければならない。残念ながらシズもユカも、相手に気づかれずに追いかける事に関しては完全に素人だ。こんな不利な条件であれば、かなり簡単に追跡をまかれたり、見つけられたりしてしまうだろう。

「あ……あいつ、ここでこっちに曲がったんじゃ?」
「いや、こっちだと思うよ!」
「もしかしなくても、まかれたんじゃないかな……これ……。って、っえ?あ、ど、どうしよう!?」
「た、たいへんだ!!」

そんなひどい条件でもなんとかしばらくの間ヒトカゲを追いかけていた二匹だが、最終的に、相手を見失ってしまう。……いつの間にか、ひどく入り組んだ場所にたどり着いていたようだ。こんな場所を方向転換し続けたり、ぐるぐる回られたりしたら簡単にまかれてしまうだろう。

「……なんか、ここの空気、おかしくない?何かが違うというか……」

"何かが違う"……そうは言ったものの、正確に何が違うかは、一切わからない。景色?匂い?地面の質感?このよくわからない、何かの異変を言葉として表現することはできなかった。

「確かにここ、何かおかしいよね……いや、まさか、ね」
「……?」
「そんなことより、ヒトカゲを早く探さないと!」

思わせぶりな事を、思わせぶりな表情でつぶやいたユカ。そしてつぶやいたかと思うと、今度は突然走り出す。

「あ!まってよ!!そんなに早く動いたら自分がどこにいるかわからなくなるよ!?」

シズもユカを追って走る。たとえどれだけ土地勘があったとしても、こんな樹海であんな無茶な行動をすればどうやったって遭難するだけじゃないだろうか?……森に関して素人ながら、シズはそう考える。それに、さっきのユカの言葉はなんだろう?"いや、まさか、ね"……その言葉が、シズの頭から離れない。
とにかく、シズはユカを追う。あのヒトカゲを放置するのはまずいが、何より一番まずいのは自分たちが遭難すること、そして自分たちがはぐれること。……ユカを止めないと!












「あ……悪い予感が、当たったかもしれない……」

ユカが突然、足を止める。その先には空中で羽ばたいている、ことりポケモンのポッポの姿があった。

「はぁ……はぁ……ち、ちょっと……何やってるんだよ……ユカ……」
「シズ!あぶなーい!!」
「え?」

ユカが、シズから見て前方に前足を指す。それを見たシズはユカの方へ向いていた視界を、自分の前方へとゆっくり戻す。そして視界に飛び込んできたのは……こちらに向かって、今まさに"たいあたり"を繰り出そうと突進しているポッポだ。

「な、なんで!?」
「シズ!よけて!!」

よけてと言われはしたが、突然の事態にシズの体は石のように硬く硬直して、全く動こうとしない。そんな状態で、高速で迫ってくる"たいあたり"をかわせるはずもなく……

「あああぁぁーーーっ!!」
「シズーーっ!!」

"たいあたり"はシズの正面にクリーンヒット。なすすべもなくシズは吹き飛ばされ、後方の大木に強烈な勢いで叩きつけられてしまう。受け身が一切とれなかったからだろう、シズはかなり苦しそうにしている。

「うぅ……なんで?ポッポは……かなり温厚なポケモンのはず……」
「や、やっぱりだ!!ワタシたちは、あのヒトカゲにまんまと"不思議のダンジョン"へ誘い込まれたんだ!あのときすでに見つかっていたんだ!!」

ユカがよくわからない単語を口に出す。その単語が、さっきの"まさか"の正体なのだろうか……?とにかく、なにか危険なことが起こっている。シズは、その一点だけはよく理解できた。なにせ、ポッポが自発的にこちらに襲いかかってくるなんてあり得ない事態が起こっているのだ。

「うわぁっ!?」

ユカの短い悲鳴が聞こえる。シズが顔をあげると、今まさにポッポの"たいあたり"がユカにぶつかる瞬間が見える。あ、あぶない……!シズがそう思った瞬間、ユカは横方向へ飛び跳ねた。間一髪、ポッポの攻撃をかわせたのだ。しかし飛び跳ねたときの姿勢が悪かったのだろう、着地の瞬間ユカはバランスを保てず勢いよくこけてしまう。これではもう、次の攻撃をかわすことはかなわない……それを見たポッポはチャンスとばかりにもう一度、"たいあたり"の準備をする。

(だ、だめだ……ボクが、なんとかしないと……)

シズはその一心で体を起こそうとするが、その瞬間体中に激痛が走る。意識はまだしっかりしているし、足にも異常はない。戦闘においてなんら影響のないレベルのダメージだが、それでも戦闘経験なんて一度もなかったシズにとってこれはかなりキツい体験なのだろう。一瞬だけ、ひるんでしまう。……でも、こんな事で止まるわけにはいかない。ポッポの攻撃のかわし方から見て、ユカもシズと同じように戦闘経験がほぼないのだろう。シズの場合はなんとか軽傷で済んだようだが、二度もそうなる保証なんてない。それを防ぐため、シズはその重くなった体をなんとか起き上がらせる。

「お……おい!そこのポッポ……!!おそうなら、まだ戦えそうなボクを先におそったほうがいいんじゃないか!?」
「え……シズ!?なにを……!?」

その声を聞いて、ポッポはシズの"自分は戦える"というハッタリに乗せられたのかもしれない。ユカへの攻撃を中断し、そのまま空中で方向転換をする。そして、シズへ"たいあたり"をしようとこちらに急接近してくる。……ユカへの注意をそらしたはいいものの、その後にどうするかシズは全く考えていなかった。

(……そうだ。ボクも、今はポケモンなんだ。なら、なにかワザをつかえるかもしれない。ポッポの使っていた、"たいあたり"くらいなら、ボクにだってできるはず……)

……シズは、戦うために構えた。これがちゃんとした戦うための姿勢なのかどうかはわからないが、とにかく構えたのだ。そんなことをしているうちにも、ポッポはシズに接近してくる。"たいあたり"の射程は、お世辞にも長いとはいえない。相手が空を飛んでいるともなるとなおさらそれは足かせになるだろう。それでも、相手も同じワザを使う以上、射程の不利を無視できるチャンスはある。

「……い、いまだっ!!」

ポッポの"たいあたり"がシズに命中する直前、シズは最初から狙っていたかのようにポッポに飛びかかる。そして、二匹の"たいあたり"がおたがいに命中する音が鳴り響いた。……その瞬間、シズは確信した。自分の勝利を。ポッポに衝突したとき、シズは空中で一瞬だけ静止する。こちら側の運動エネルギーが相手へ完全に伝わった証だ。その証が示すとおり、ポッポはシズの勢いを受け止めきれずに後方へとはじかれる。そしてそのまま地面に衝突して……

「や……やった?ボク、やったの?」
「……た、たぶん……」

……そして、動かなくなった。シズとユカだけが地面に立っている。……つまり、こちら側の勝利だ。

「……あの、ユカ。このポッポ、まだ、生きてる……よね?まさか……」

しかし、シズはその勝利を素直に喜ぶことはできなかった。ポッポは、未だにピクリとも動かない。まさか、"たいあたり"ひとつで命を落とす……なんてことはないと思うけど……

「たぶん、その心配はないと思うよ……ほら」

ユカがそう言うと……突然、ポッポの体から光の粒子が浮かび上がってくる。そして、文字どおり体が薄れてゆき……消えた。

「え……は?えぇ!?な、なんで!?」

この出来事に驚愕の表情を隠せないシズ。どうしてこうなったのか理由を考えてみるが、そんなものは思い当たるはずもない。自分がポケモンになったこととの関連も……多分、なさそうだ。

「やっぱり、このポッポは"不思議のダンジョン"の敵ポケモンだった……って事みたいだね……」
「ふしぎの……?」

"不思議のダンジョン"……ポッポと戦っているときにも聞いた単語だ。

「まあ、とにかく。シズ、さっきはありがとね。君がいなかったらあぶなかったよ」

そう言うとユカは、こちらへにこりと笑いかける。数時間前にこの表情を見たときと同じように、また、なんだか懐かしい感じがした。……いや、そんなことより。

「その、ちょっと聞きたいんだけど……"不思議のダンジョン"って……なに?」
「え?知らないの?」
「知らないよ……」
「……えっと、"不思議のダンジョン"っていうのは、不思議な場所だよ。入るたびに地形が変わって、さっきのポッポみたいに話そうともせずおそってくるポケモンがいる」

……入るたびに地形が変わる。それは、恐ろしく遭難しやすい場所であることを示す。なにせ地図も、土地勘も、何もかもアテにならないのだ。それで迷ってるところにこっちを襲ってくる危険な存在が現れれば、まさに一巻の終わり。"不思議のダンジョン"の危険さ、それを理解したシズはユカの言葉を思い出す。
"ワタシたちは、あのヒトカゲにまんまと"不思議のダンジョン"へ誘い込まれたんだ!"
あのヒトカゲがどれだけ危険で、どれだけ狡猾なヤツなのか、もうわかってしまった。あいつはきっと、あわよくばここで死んでもらおうとか、そんなことを考えていたんだ。そう思うと、シズはあのピチューが無事なのかものすごく不安になってきた。……それとは別にもう一つ、シズには知りたいことがあった。

「……あのポッポって、まだ生きてると思う?」
「多分、生きてると思うよ。不思議のダンジョンに住んでるポケモンって、基本的には死なないって、聞いたことがある」

あのポッポはまだ生きている……それを聞いたシズは、ほっと胸をなで下ろす。なぜポッポが消えたのかはわからないが、多分"テレポート"か何かで逃げたんだろう。そう思うことにした。

「えっと……これからどうしよ……うっ。いてて……」
「あっ、大丈夫!?」

二匹は、シズのケガのことをすっかり忘れていた。戦闘の興奮が冷めてきたからだろうか、シズは今更"たいあたり"をくらった時のキズが痛くなってくる。その様子を見たユカはカバンを探り始めた。

「なにかなかったかな……あ、これがあった。……どうぞ。」

ユカはカバンのから"オレンのみ"を取り出すと、それをシズに差し出した。

「……ありがとう」

きのみを受け取ったシズは思い出す。オレンのみを食べれば、受けたダメージを和らげることができる……そう、本で読んだことがある。あらかじめポケモンにこれを持たせておいて、戦闘中に食べさせるポケモントレーナーもいるほどらしい。そんな事を考えながら、オレンのみを食べたシズ。少し、痛みが和らいだ気がした。

「ちょっとマシになった気がするよ。あらためて、ありがとう。それで、これからどうしようか?」
「あのヒトカゲを探すのはどう?"不思議のダンジョン"からは、そんなすぐには出られないはず」
「だよね。ボクもアイツを放っておくわけにはいかないと思う。……また、ポッポみたいなのと戦う事になるのかな」
「大丈夫だよ。さっきは準備不足だからあぶなかったけど、出てくるって知ってればそんなに強くないらしいから。さっきも一発で倒せたでしょ?それに、ワタシだって戦えるよ。さっきはだめだったけど」
「ははは……大丈夫かな……」

……とにかく、ヒトカゲを探すという目的を再確認した二匹。今度はユカが急に走り出すなんてこともなく、シズを先頭にこの"不思議のダンジョン"の中を進んでいく。道中、あのポッポのような危険なヤツに出会うこともあったが、ユカの言うとおりわかっていればたいしたことない相手だった。何より、毎回2対1の構図になるのが大きかったのだろう、シズたちはとくにケガをすることもなく降りかかる火の粉を払いのけていった。……そして、しばらく歩いたあと。

「……シズ。なにか、聞こえない?」

突然、ユカの耳が……何かがもぞもぞ動くような、いや、誰かの声にも聞こえる……奇妙でかすかな音を拾い上げる。

「いや……どうだろう?聞こえないけど……どこから聞こえてくるの?それ」
「……こっちだと思う」

ユカは音のする方角へ進行方向を変える。シズもそれについていく。また、襲ってくるポケモンだったりするのだろうか……いや、そのときはそのときだ。

「――っ!!――――っ!?」

……しばらく進むと、シズにも音が聞こえてくる。普通じゃあまり聞かない音だが、どんな音か説明するなら"悪ふざけして、友達の口を押さえたままその友達にしゃべらせたときに出る、声にならない声"……だろうか。

「……ボクにも聞こえた!この音が!!」
「この音って……!!」

二匹は、音の出ている場所で何が起こっているのか察することができた。シズに至ってはかなり正確に、どんな音かが想像できてしまっている。もう、答えは出ているだろう。

「あのピチュー……かどうかはわからないけれど、誰かがあぶない目にあっているんだ!!」
「すぐに見に行こう!あっちの、木の向こう!!」

二匹は、無意識に走り出していた。心臓の鼓動が早まるのを感じる。いま、この状況をなんとかできるのは自分たちしかいない、だから、自分たちがなんとかする。その一心だ。周りのものなんか目に入らない。それでも、関係ない。
……二匹とも、かなりの興奮状態にあった。

「そこに誰かいるよ!」
「あのピチューだ!」

二匹は見つけた、この状況の被害者を。
ここにいたピチューは縄で縛られており、そして口に分厚い布をかまされているようだ。ユカの聞いたあの音は、口に布を詰められたせいで声を出せなくなって、それでも懸命に助けを呼ぼうとしたために出た音なのだろう。……そして、ピチューの周囲には、あのヒトカゲの姿はなかった。

「あのヒトカゲに捕まえられていたピチューで間違いなさそうだね。いま助けてあげるよ!」
「こんなところに、こんな小さな子を放っておくなんて!!」

ユカはピチューを縛っている縄を見事な手際でほどいていく。そしてピチューの言葉を奪った布を、その口から引き剥がした。

「ぷはっ……た、たすけてくれるですか!?ありがと……」
「キミ、大丈夫!?ケガしてない!?なんかヘンなことされてない!?」
「えっ」
「君はどこから来たの!?ヒトカゲがどんなやつか知ってる!?」
「ちょっと」

シズもユカも、ピチューに休ませる暇も与えず、捲し立てるように質問をぶつける。その冷静さのかけらもない二匹の様子に、ピチューはたじたじだ。

「ちょっと……おちつくです!!なんであなたたちがあせってるですか!?いまここでいちばんあせったりわめいたりするのはぼくのやるべきことですよ!!」
「「……す、スイマセン」」
「……なんだかこわいってきもち、どっかいっちゃったです」

ピチューは自分の目に浮かんだ涙を自分の腕で拭き取ってみせた。本当なら自分たちがなだめるべき相手に、逆になだめられている。なんだかおかしな感覚だ……シズたち二匹はそう思った。

「あらためておれいをいうです。ありがとうございますです。いつのまにかここでしばられてて……こわいぽけもんさんにおそわれそうになるし、クチにへんなものはいってるしで、おかしくなっちゃいそうだったです」
「君、よっぽど怖かったんだね……」
「はいです。よっぽどでしたです」

……もしも、自分たちがヒトカゲを追いかけるのを諦めてたら、どうなってしまったんだろう……?そう考えると、シズはゾッとした。

「ピチューさん。キミの名前は?」
「"レイ"っていいます」
「レイ……いい名前だね。かっこいいよ!」

……ボクの名前を褒めたときと違って、ちょっと具体的な褒め方だ……そんなどうでもいいことを思い浮かべていたシズの頭が、なにかの違和感を感じ取る。

「ちょっと聞きたいんだけど、レイくん……でいいかな?君、怖いポケモンにおそわれそうになったって言ったよね?それをどうやって切り抜けたの?縛られたままなんとかできるとは思えないけど」
「え?たしか、あなたたちがきたほうこうにとつぜんはしっていったですけど……あっ!?うしろ!!」

レイがゆっくりと指を指す。……その額には、大粒の汗がいくつも浮かんでいた。シズたちは後ろへと素早く振り向く。レイの指の先に何があるか、だいたいの想像がついていたからだ。レイを捕らえていたヒトカゲか、さもなくば……

「「……は?……な……えっ?」」

……ポッポのような、危険なポケモンなのだろう。そこまでは的中していたが、想定外なことがひとつ。ヤツらの数が多すぎる。幸いなことにあのヒトカゲはその中に含まれていなかったが、それでも恐ろしい状況であることに変わりはない。

「い……今まで一匹ずつだったのに!」
「7対2じゃあ……勝てっこないよ!!」

そして最悪なことに、シズたちはすでに囲まれてしまっていた。ついさっきまで戦闘経験0だったポケモン二匹と戦えるかどうかもわからないピチュー一匹では、もうどうにもできない……そう思い至った三匹は全員とも、同じような事を口走る。

「……ワタシたちじゃ、だめだったのかな」
「ボクたちだけじゃ無理だ!」
「だっ、だれかたすけてほしいです!!」

結局自分たちじゃピチューを救えなかった、そんな無力感に打ちひしがれる二匹。純粋な恐怖にあおられて震える一匹。そんな彼らに、1つの声が響く。

「……オイ、ユカ!ユカじゃねえか!?何でこんなところに……?」
「……チーク!?」

ユカがチークと呼んだその声は、自分たちよりちょっとだけ大人な……具体的に言えば少なくとも声変わり後の、それでも比較的かわいいような男性の声だ。

「……何でもいいか。そこのピチュー!と、ついでにミズゴロウ!!依頼を受けて"救助隊グランプリホワイト"が助けに来たぜ!!ま、"隊"と言っても一匹だけだがな……」

そう言いながら、声の主……二足歩行の体がグレーの体毛で覆われており、しかし大きな耳と大きなしっぽの先だけは白色のポケモン……チークと呼ばれたチラーミィは、三匹を取り囲んでいたポケモンの一匹に飛びかかり、そして"アイアンテール"で文字通り一蹴してみせる。

「……なんだ、最近見つかったばかりのダンジョンって言うから、警戒していたんだが……なんてことねえな、こいつら」

チークがそう、つまらなさそうにつぶやく。シズたちに襲いかかってきていたポケモンたちはチークに向かって、悪い意味で熱い視線を送る。そしてしばらく見つめた後、一斉に襲いかかったのだ。

「あんたらがどんだけ弱かろうと、ユカやその他罪のないポケモンに危害を加えようとしたのは事実だ。全力で行かせてもらうぜ」

そう言って最初の一匹の攻撃を片手でさっとさばくと、"今度はこっちの番だ"と言わんばかりに"スイープビンタ"をたたき込む。しっぽの一撃を食らったポケモンはそのまま地面に叩きつけられ、そして光になって消えた。……そこから起こった出来事は、まさに一方的な蹂躙とでも呼ぶべきだろう。"はたく""スピードスター""アクアテール""くさむすび"……相手の攻撃をかわして、攻撃。かわして、攻撃。かわして攻撃。その繰り返しで、ついにすべてのポケモンを打ち倒してしまった。

「これで……終わりだっ!」
「すごい……多分、一分もかかってない!」

さっきまでの危機的状況はどこへやら。自分たちじゃピチューを救い出せなかったという無力感こそ残っているが……助かった!

「どうもどうも、そこのミズゴロウくん。……お前だけなんかボロボロじゃねえか。何があったよ。いや普通に考えて戦闘か」
「あ、はい。そうです」

質問しといて、結局自己完結で済ませるのか……シズは"チーク"から、なんだかお調子者っぽい雰囲気を感じとった。……そういえば。

「チークさん……でいいですかね?その……さっき、あなたの口から"救助隊"って単語がでてきたんですけど、それってなんなんです?」
「チークって呼び捨てにしてくれていいんだぜ。……って、エッ!?救助隊知らねえの!?」
「き、キミ……喪失したのは記憶だけじゃないんだね……」
「ま……まあ、キュウジョタイにたすけてもらったことないんですよ。きっと」
「あっはは……」

ぼ、ボロクソに言われてるよ……ポケモンたちの間では常識なのかな……"救助隊"……シズが自分にだけ、なにかをヒミツにされているような疎外感を感じてしょぼくれている間に、チークがなにかに気づく。

「……ユカ。ちょっといいか?さっき、"喪失したのは記憶だけじゃない"って言ったよな?ミズゴロウに」
「あ……うん。このミズゴロウ……シズっていうんだけど、記憶をなくしてるみたいなんだ」
「なるほど……?いや、今考えてもよくわかんねーな。とりあえず"救助隊協会"の前に送り届けてから考えるか!!よし!全員オレの体をつかんでろ!!」

一瞬シズのことについて考えたチークだが、自分は記憶喪失の対処法なんて知らない……すぐに思考を打ち切ると、首に巻いている藍色のスカーフの裏側からバッジのようなものを取り出して、青空へ掲げてみせた。

「どうしたのシズ?ほら、おいていかれちゃうよ?」
「キュウジョタイのいうことにはしたがうがきち、です。ぼくたちよりけいけんほうふです」

ユカとレイはすでにチークの腕につかまっていた。そして二匹とも、チークの腕につかまるようシズにハンドサインを送る。

「……わ、わかった」

なんのつもりでチークにくっついているのかシズにはわからなかったが、とにかくみんなの言うとおりチークの腕をつかんでみる。その瞬間、全員の視界が青白い光に包まれ……

「えっ!?な……なにが起こって……うわっ!?」

……その場にいた全員が、消えた。

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