とある日の喫茶シルベ――僕の在り方

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 時折、両翼で抱えた二つのタマゴが動くのを感じる。
 いつかの時ように、可愛らしい毛玉と出会えるのはきっともうすぐだ。
 それを想像すれば、とても楽しみなのだけれども。

―――ねえ、なんでラテちゃんの時みたく、僕がタマゴをあたためてるのかな?

 と、思わずぼやきたい心境にはなる。
 嘆息のような、くるるー、という声がもれた。
 とある日の喫茶シルベ。
 二階の一室で、ファイアローは二つのタマゴをあたためていた。
 なぜだろうか。なぜ、当たり前のように自分はタマゴを託されるのか。
 一般的には両親があたためるものなのではないのだろうか。
 少なくとも、彼の感覚ではそうだ。
 彼は両親にあたためてもらって、この世に顔を出したのだから。
 けれども、このタマゴ達の両親はそうではない。
 父親にあたるあの子は、生まれ育った環境が環境なだけに、そういう面に関しては疎いのかもしれない。
 それは仕方がないこと。けれども、だ。
 それでも始め父親のあの子は、自分達でタマゴをあたためると言っていた。
 生まれ育った環境なだけに心配だったが、それでも、きちんと“親”の役目を理解している。
 すごいなあ。いい子だなあ。と、彼は感動をしていた。
 幼い頃から見てきたのだ。
 “親”の顔もするようになったその成長に、何も感じないはずがない。
 だが、あの子は違った。タマゴ達の母親である。
 さもあらん、と。当たり前だろうという顔で言った。
 イチお兄ちゃんがあたためるんだよ、と。
 え、とそこで固まった衝撃を、彼は忘れない。

―――もしかして、なんだけどさ

 思わず呟いてから。
 そこでファイアローがそっと片翼を持ち上げてタマゴを覗き込んだ。
 うん、 順調そうだ。反対も確認して、二つのタマゴが順調なことに安堵する。

―――ラテちゃん、覚えてたりするのかな

 むーん、と呻いて。
 彼女がタマゴから孵ったあの日のことを思い出す。
 彼女が孵ったあの時。
 彼女の目が自分を見つける前に、そっと翼で覆ったはずだ。
 刷り込みがあるのかは今も知らないけれども。
 もしかして、あの頃のあの時の記憶が、彼女の中に在ったりするのだろうか。
 自分の中に、タマゴから孵った頃の記憶が在るように。
 だとすれば、今のこの状況もある意味では頷ける。
 彼女の中では、タマゴは自分のような存在があたためるべきもの。
 と、なっているのかもしれない。
 だが、だからといって納得できるものでもないのだけれども。
 なぜ、自分はタマゴをあたためているのだろうか。
 託されてしまうのだろうか。
 結局はそこに戻るのだ。
 終わりのない思考に、嘆息をひとつこぼして放棄することにした。

―――もう、仕方ないなあ

 言葉ではそうぼやきながらも。
 心のどこかでは嬉しくも感じていた。
 この頃、彼は考えるのだ。
 番を得ないと決めている。
 番を得ないということは、子を成すこともない。
 ならば、自分はこの世に何を残せるのだろうか。
 親から子へ。そして、その子が親になったとき、それはまた親から子へと。
 そうして伝えていかれる何かで、この世は成り立っている。
 ならば、その中で自分は。
 誰に何を伝え、残していけるのだろうかと。
 だから。だから、もし。
 彼女の中で、何かしらのカタチで自分のことが残っているとしたら。
 それは自分が何かを残せたことにならないだろうか。
 そう、だ。そうだ。
 血の繋がりがなくとも、自分は家族を得ることができた。
 だから、血の繋がりがなくとも、次の世代へ伝えられることはあるはずだ。
 少なくとも、自分はそう信じている。



   *



 タマゴをあたためるといっても、それ以外にやることはないわけで。
 気が付けばファイアローは、うつらうつらと船をこいでいた。
 そんなときだった。
 たたたと何かが駆け上がってくる音がして、ぱちりと彼はまぶたを持ち上げた。
 少しだけまどろみがら、視線は部屋の扉の方へ。
 ひょこりと顔を覗かせていたブースターと目が合った。

―――あ、カフェくん

 ふわりと笑むと、ブースターが緊張した様子で口を開く。

―――あ、あのね……ボクも一緒にいいかなって、思って……

 こちらの様子を伺うように見詰めるその瞳に。
 確かな成長を見た気がしたファイアロー。
 顔は自然と綻んだ。

―――もちろんっ!

 応えれば、ぱあっと顔を輝かせたブースターが一歩踏み出した。
 その足取りは次第に早くなって。
 するりとファイアローの片翼、その隙間に身を滑り込ませた。
 タマゴを傷つけないよう、そっと。優しく。そして、自身の懐へ。包み込むように。
 居心地のよい姿勢を探すように、暫くもぞもぞと動いたところで。
 落ち着いたのか、ふすうと鼻を鳴らす。
 満足げなそれに、思わずファイアローはくすりと笑った。

―――イチお兄ちゃん、あたたかくて安心するね

―――え? そう?

―――うん、そう

 ふふっと、ブースターはファイアローへ笑いかける。
 つられてファイアローもふふっと笑ったのち。
 照れるように、えへへ、と笑った。
 それから暫く。
 一羽と一匹は、別段、語らうというわけでもなく。何をするでもなく。
 ただ、ずっとそうしていた。
 時折、タマゴから感ずる鼓動を聴きながら。
 ふふっと互いに見やって笑い合う。
 そんな穏やかな時間が流れる。その中で。
 ひとつの影が、少し開いたままの扉から遠慮気味に覗き込んでいるのに気付く。

―――ラテ……?

 その影が誰なのか、最初に気付いたのはブースターだった。
 その声にぴくりと反応して、彼女――ニンフィアがおずおずと部屋へ足を踏み入れる。
 リボンがゆらゆらと揺らめいているのは。
 彼女の感情に呼応してのものだろうか。
 ファイアローやブースターの前まで歩を進め、ちょこんと座ったかと思えば。
 きろりと小さく睨むように、ブースターへ桃色の瞳を向けた。
 そこに滲む感情の色は、たぶん、拗ね。
 だって、彼女の声音は明らかに拗ねていたから。

―――カフェのばか

―――ラテ?

―――ラテだって、カフェとおんなじがいいのに

―――ん?

―――ラテだって、カフェとおんなじなのに

―――う、ん……?

 彼女の言葉の意味が掴めなかったようで、ブースターが首を傾げる。
 それが彼女にとっては気に入らなかったようで。
 桃色の瞳に滲む拗ねの色がより強くなる。

―――……っ。カフェのばあかっ!

 それが声音にも現れていて。
 ファイアローの片翼の中。ブースターがあたふたする。

――と、とりあえず、ラテは落ち着こうよ? ね?

 まるであやすような声音。
 でも、その態度も彼女には気に入らないようで。
 ぷくりと頬を膨らませて、ますます不機嫌顔だ。
 ブースターが助けを求めるようにファイアローを見上げた。
 助けて。どうすればいいの。わからない。
 戸惑いにゆれる彼の瞳が少しだけ可笑しくて、可愛くて。
 ファイアローは小さくくすりと笑った。そして。

―――ほら、ラテちゃんもおいでよ

 ブースターがいない反対側。そちらの片翼を持ち上げて隙間を作れば。
 きょとん、と。桃色の瞳が瞬いた。

―――ラテちゃんも、この子達の“親”だもんね

 ほら、と再度促すように片翼を示す。

―――カフェくんとおんなじだもんね。だから、おんなじことがしたいんだよね

 その言葉。はっとした音をもらしたのはブースターで。
 ニンフィアは暫しファイアローを見やったあと。
 おずおずと彼のそこへ身体を潜らせた。
 そして、どこかの彼と同じように、タマゴをそっと抱える。
 タマゴを傷つけないよう、そっと。優しく。そして、自身の懐へ。包み込むように。
 抱えたところで、彼女はタマゴから鼓動を感ずる。

―――あ、生きてる……

 思わずといったような呟き。
 そこには驚きの響きを持っていて。
 桃色の瞳が丸くなる。と。

―――!

 ぎゅっと引き寄せられた。
 視線を感じて見上げた先には。

―――あったかいでしょ?

 ふわりと笑むファイアロー。
 何のことを指しているのかは、彼女にはすぐにわかった。
 自分の抱えているタマゴへ視線を落として。
 その温度を感じた。

―――あったかい……

 もう一度、彼を見上げて。

―――生きてる……!

―――うん、生きてる

 応えた彼の声に、桃色の瞳がぱあと輝いた。
 生きている。これが、命。
 温度と、そして、小さいけれども力強い鼓動を刻むそれを、彼女は大切に抱えた。
 そんな彼女をぎゅっと引き寄せるのはファイアローで。
 彼は反対側の片翼に包んだ彼も引き寄せた。
 くるると囀ったのはどうしてか。
 それはわからないのだけれども、気持ちが勝手にそうさせた。
 そんな中で、彼の片翼の中が身動いだ。
 包まれた中から顔を出して、ふうと息を吐き出したブースターは。

―――ねえ、ラテ

 反対側のニンフィアを見やる。
 けれども、彼女が顔を見せずにリボンだけをはためかせるのは。
 彼女がまだ、拗ねているからなのだろうか。

―――ごめんね

 その一言に、リボンが震えた。

―――これからは一緒に、一緒のことやっていこう

―――……なんで?

 声だけが返される。

―――だって、ボクとラテはこの子達の“親”で

 ひょこっと彼女が顔を出した。
 ニンフィアとブースター。二匹の視線が絡めば、彼の瞳がにこりと笑った。
 瞬間。緊張したように彼女のリボンが跳ねる。

―――ボクとラテの繋がりのカタチだもん

 そうでしょ、と同意を求めるように彼が小首を傾げれば。
 ぽっと彼女の頬に熱が灯る。
 口がわなわなと震えた思えば、その口をきゅっと引き結んで、彼女は桃色の瞳をゆらす。

―――カフェのばかっ!

 と、再びファイアローの片翼の中へ戻ってしまう。
 そんな彼女へ、彼はもう一度言葉を向ける。

―――ごめんね。でも、ラテもボクと“おんなじ”気持ちってわかって、嬉しいよ

 ほっと息をもらしたのは安堵から。

―――ラテと同じものを見れてるってわかったから

 ふふっと笑うと、彼もファイアローの片翼の中へと戻る。
 もぞもぞと動いてちょうどよい体勢を見つければ、彼はそのままタマゴを抱える。
 たぶん、出会えるまであと少し。
 それが楽しみだなと思いながら。
 タマゴから感ずる鼓動――家族の音が心地よくて、彼のまぶたは次第に重くなっていった。



   *



―――あれ? カフェくん寝ちゃったの?

 気が付いた時には、すぴすぴと寝息が聞こえていた。
 そっと片翼の中を覗き込めば、大切そうにタマゴを抱えて眠るブースターの姿。
 その寝顔はあどけなくて、あの頃とちっとも変わっていなかった。
 ふふふと小さく笑って、そっと翼を閉じた。と。

―――カフェ、寝ちゃったの……?

 桃色の瞳がこちらを見上げていた。
 それにこくりと頷いて。

―――ラテちゃんも寝てていいよ

 優しく言葉を紡ぐ。
 だって、自分を見上げる桃色の瞳がとろんと蕩けていて。
 今にも眠ってしまいそうだったから。
 思わず苦笑がもれてしまう。
 それからはあっという間だったと思う。
 眠気に抗っているような彼女と、特に中身のない話をして。
 気が付けば、彼女はその場で力尽きていた。

―――何をそんな頑張っていたのかな

 力尽きた彼女を片翼の中にしまおうとした時だった。

―――…………

 彼女がむにゃむにゃと何か呟いているのが聞こえた。

――――ん? 寝言?

 何かに惹かれて、顔を近づけて耳をすませてみた。
 そしたら。

―――イチ、おにいちゃんの温度は……あんしん、するの………

―――……え?

―――……ラテがおぼえてる、いちばん……さいしょのおんど……

 目を見開いて、身体を硬直させる。
 それはどういう意味なのだろうか。
 言葉の意味、そのままなのだろうか。

―――ラテちゃんの中に、在るの……?

 あの頃のあの時が。
 彼女の中に在るのだろうか。

―――もしかして、それを僕に伝えたくて頑張ってたの?

 沸き上がる感情は、ただの願望だ。
 それはわかっている。けれども、思ってしまう。
 もしそうだとしたら、嬉しいなと。
 これは寝言だ。特に意味のない言葉かもしれない。
 だが、都合よく考えても、受けとめてもいいだろうか。

―――僕でも伝えられたことはあったのかな

 不確かなカタチでも、確かに残せるものは在るのかもしれない。
 それは、今まで皆と一緒に重ねてきた時の中に。
 顔を上げて、柔らかな日差しが差し込む窓から空を見上げた。
 今日の晴れ渡った空も、とても気持ちが良かった。
 その眩しさに思わず目を細めて、えへへと笑う。
 この瞬間も、“いつか”を越えたこの先で。
 彼らがこの“今”を、誰かへ伝えている“今”が在るのかもしれない。
 その“誰か”は、もしかしたら。
 彼らが抱えているこの子達なのかもしれない。
 ならば自分は、大切に大切に彼らと、皆と“今”を重ねていこう。
 積み重ねたその中に、きっと。
 伝え残せるものか在るのだろうと思うから。
 それが、自分の在り方だ――。



 とある日の喫茶シルベ。
 くるると嬉しそうな鳥の囀りが響き渡った。

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