3-5 鋼鉄の一撃

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読了時間目安:29分
主要登場キャラ
・リアル(ピカチュウ)
・ヨゾラ(ツタージャ)
・デリート(イーブイ)
・キャタピー
・マルタ(モグリュー)
「いいか、体内のエネルギーを流れをイメージするんだ。身体の末端まで巡る回路をイメージできたなら、その流れを加速させろ」

 それは、夕方から行われるシュンとの特訓で、彼がいつも言っている事だった。

(そんなことは分かってる)

 無言で目を瞑り、歯を食いしばって必死に不可視の意識の中へ潜っていくリアル。繰り返す訓練で疲労が溜まり、滝のような汗が背を流れていく。
 全身を回るエネルギーは誰にでもあるもので、そして普段から生命活動として全身を駆け巡っているものだ。性質として電気に近いその力の奔流は、技を使用する際には倍にまで速度が跳ね上がる。

 エネルギーを廻し、技を編み、外界へ放つ。

 それが技の基本であり、戦う術。
 そして誰もが無意識のうちに一瞬で成し遂げていることだった。

「うん、勢いは良い。じゃあその力を手の先に集めるんだ」

 シュンの指示を受けて次のフェーズへと移行する。途端、体内の様相が切り替わり、ただ「加速」のみを使命としていたエネルギーが「維持」へと変更される。一瞬、そのスイッチを切り替えるような衝撃が体内に落ちてリアルは顔を顰めた。
 加速から維持へ。その分節約された力が、エネルギーの奔流を右手の先に集めていく。
 少しずつ、少しずつ行われるエネルギーの徴収は、微かに喪失感、失望感を齎した。しかしその代わりに右手に熱が帯びる。

 期待。切望。
 身体のサイクルから切り離されたエネルギー達は、今すぐここから飛び立ちたいと待ちきれないように暴れ出す。
 そのエネルギーを抑えながら、手の先に意識を集中させる。イメージは単純な電流。複雑でなくていい。静かに、冷静に技を編む。
 そのエネルギーが形を取り始めたその時。

「さぁ、慎重に、そして大胆に放出するんだ。最後まで形を留めたまま、一発で全てを吐き出せ」

 その合図で、エネルギーが歓声を上げた。
 リアルの許可を得て、その力の集合体は争うように身体の外へ──

「……ダメか」

 シュンがそう呟いたのが先だったか。その瞬間、集束していた力の輪郭がブレた。

(やばっ……)

 理由は分からない。だが分かるのは、一点に集められた力が通るはずの「出口」が正常に機能しなかったこと。手の先に開けたイメージ上の門が力を外に出すことは無かった。
 そして行き場を失った技の素は一瞬で体内に分散する。

 それだけではない。外界へと干渉するための威力を持ったエネルギーだ。本来外側に作用するはずだった力が内側に炸裂すれば──

 それは、強烈な衝撃と共にリアルの身体に牙を剥いた。

「ッ……!!」

 まさに雷が落ちたような衝撃。視界はホワイトアウトし、手足の感覚が遠のく。
 そして全身からエネルギーが放出されていく感覚があった。それは激しい電流となって全身を包み、辺りに電撃を撒き散らしながら空気に消えていく。

 エネルギーが消えていく。正当な手段で産まれ出なかった力の奔流は、無理矢理身体の殻を突破して思うままに流れて行ったのだ。

 しかしそれも僅かな時間。
 しばらくして視界の戻ったリアルに残ったものは、疲労、そして虚脱感だけだった。

「……い、今のは……」

 ふらつく脚に手を付き、倒れそうな身体を支えながらリアルはシュンのほうを見た。
 確かに技を出し損ねたのは間違いない。だが今のエネルギーの放出には威力があった。今まで勝手に掻き消えてしまっていたのとは大きく違う。どちらかといえば、スパークという技に近いのではないか。

「今のは暴走だ、リアル。あれは技じゃない。エネルギーが技へと変化しきらないままに放出された、中途半端なもの」

「じゃあ攻撃には……ならない……」

「……まぁ、多少は威力もあるだろうけどな。君も覚えがあるんじゃない?」

 そう言われて咄嗟に思い浮かんだのは、ソワと初めておだやかな森に入った時のことだ。森の最奥でモンスターハウスに遭遇した際、ニドランにでんきショックを喰らわせようとしたのだが失敗。しかしニドランも少しダメージを受けていた様子だったが──

(あれが、技とエネルギーの中途半端な攻撃ってことか)

 エネルギーはカタチを持たない。それを相手に攻撃として用いるには技へと変化させ実体を持たせる必要がある。その中間の攻撃の結果が、あのニドランということだろう。

 いや、待て。そうすると……

「もしかして……かみなりパンチも?」

「そうだぞ。あれはレベルとか種族とか関係なく、エネルギーを完全に技へと転じさせることが出来ていないが故に不完全なんだ。だから正直威力としてはそこまでじゃない。……まぁトドメには使えるだろうけど……どっちかっつーと、殴り倒してるだけな気が」

「えぇ……」

 一番ショックな情報だったかもしれない。
 本来ピカチュウには使えないという大技、それを自分だけが使えるなんて、ちょっとした優越感を抱いていたのだが……まさかのシンプルな殴打とは。

「だが問題はそこじゃない」

 突然シュンが真面目な顔になってリアルを見つめた。

「君のその技の出し方だと、威力が足りない以前に身体に大きな負荷をかけることになる。回路をぶち壊しかねないんだ。早急に改善しなくちゃならない」

 確かにそんな気はしている。だってただ技を一つ出しただけでこの通りフラフラになっているのだ。まともじゃないのは分かる。だから早く正しい技の出し方を──


          ※


 全身から電撃が走り、それはキャタピーの残した糸を伝ってピジョンへと流れ込む。
 空高くにいて届かない敵ならば、自らも高く跳べば良い。そして敵に技を飛ばせないのなら、敵に間接的にでも触れればいいのだ。そうすれば、狙いなんて無くたって勝手に電撃は敵に流れて行く。

 苦しげに身体をばたつかせるピジョン。ひこうタイプにでんきタイプは効果抜群。しばらくすれば墜とせるだろう。
 だが分かっている。
 
 これは技ではない。

 しっかりとしたカタチを持たず、通るべき門を通らずに、暴走して身体から放たれるエネルギーの塊だ。故に、こちらもタダでは済まない。

「ッ!……ぁ、がぁぁッ!!」

 全身をその電撃が貫いた。ピジョンへと電気が流れる前に、その全てのエネルギーが身体を透過する。そしてそれは例外なくリアルに牙を剥くのだ。自らの攻撃で自らを傷つける愚かな行為。その代償は凄まじい。

 意識が飛び飛びになって視界が点滅する。誰かの叫び声ももう聞こえない。そして一瞬糸から手を離しそうになって──

「……!! 離す……もんか……っ!」

 キッと鬼のような形相でピジョンを睨みつけ、もう一度糸を掴み直した。そもそもこちらはでんきタイプ。同タイプの攻撃の我慢比べで負けるはずがない!

 ここで諦めれば、キャタピーだけが残されてしまう。そうすれば簡単にピジョンに倒されてしまうだろう。そして恐らく食べられる。そもそも食べられたポケモンはバッジで生き返らせることは出来るのか? いや、どちらにしろ「死」を味あわせる訳には、彼の望みを断つ訳にはいかない──!!

 ただひたすらに、暴力的にエネルギーを放出させ続けるリアル。もはや気力だけでその手を離さず、苦しみながら電撃を流し続けた。
 そしていよいよ意識が朦朧としてきたその時。

 浮力が消えた。
 ピジョンが気を失って羽ばたくのを止めたのだ。そして同時にリアルも力尽きて気を失う。

 始まる自由落下。手から糸は離れ、燃え尽きた二匹は地に引かれるように真っ逆さまに急落下していく──!

「リアルさん!!!」

 キャタピーの悲鳴も彼には届かない。
 何の支えもなく、二匹は墜落した。


          ※


 ゆっくりと目を開けると、視界にピジョンの背中が映った。そして全身のズキズキとした鈍い痛み。
 まだ意識が朦朧としている。ここは……あれからどのくらいの時間が?
 ……いや、まだ時間は経っていない。

「……ア……さ……リアルさん……!!」

 遠くから近づいてくるキャタピーの心配そうな声。そして目の前で起き上がろうとするピジョンを見て状況を把握する。
 逆さまに落下し、意識を失っていたのは僅か数秒。死ななかったのは木で勢いが殺されたか、もしかすると上手くピジョンをクッションにすることが出来たのかもしれない。
 
 だがまだ戦いは終わっていない。
 今まさに起き上がったピジョン。奴も満身創痍ではあるが、キャタピーを捕らえるのは造作もないだろう。

「……う……ぐッ!」

 ボロボロの体にムチを打って立ち上がるリアル。目の前のこの敵を打ち倒さない限り、キャタピーの安全を確保しない限りは倒れる訳には行かない……!

「お前の敵は……俺だ……!」

 緩慢な動きでこちらを捉えたピジョン。遅い。リアルは地を蹴って跳び上がった。
 お互いに俊敏さの欠けらも無い動きで戦闘態勢に入る。しかしリアルが一歩早い。

(トドメを……!)

 ピジョンの頭上を取った。小さな右拳を振り上げて力を込める。たとえ小さな手でも、全身を使って打ち込む殴打は決定打になりうる。

 完全に防御の間に合わないピジョン。
 最後の力を振り絞り、その顔面目掛けてリアルは拳を振り下ろす。

「いくぞ、かみなり……ッ!?」

 突如襲う違和感。右腕が痺れたように固まったまま動かない。咄嗟に腕を見ると、微かに弾ける電流が見えた。

(まさか)

 思い出すのはシュンの警告だ。
 身体への極度の負担。それは長期的に体を蝕み、そして直後の反動として、エネルギーの生成を阻害する──!!

 そのまま殴打することすら叶わず、そして振り上げた拳は力なく、ピジョンの頭上に落下するリアル。

 青ざめた顔で敵を振り返ると、

「────あ」

 眼前に鋭い嘴があった。





 ──死?





 嘴が深深と頭を貫いた。──そんな衝撃だった。痛みは受容量をオーバーし、音も、匂いも、光すらも──
 全てが終わる予感がした。意識が、命が掻き消える。目的も、守るべきものも消えていく。
 これが、死か?


 眉間に強烈な一撃を食らい、ひっくり返りながら宙に舞うリアル。
 その顔は青空を望み……


「アイアン……テール」


 その硬化させた尾を、回転する勢いのまま敵の顎に打ち据えた。鋼鉄のアッパーカット。

 もはや無意識に近い、固い決意が生み出した最後の一撃だった。

 何かの砕ける音。それはリアルか、ピジョンか。どちらにしろ構わない。
 敵を排除する。
 目的は達した・・・・・・

 崩れ落ちるピジョン。決着はついた。
 敵を打ち倒した確かな手応えを最後に、リアルは意識を彼方へ手放した。


         ※


 陽も傾いた山の頂上付近に、満身創痍で傷だらけのままフラフラと歩くポケモンの影が二つ。……いや、さらにもう二つ。そのうちの一つは、もうひとつの影を半ばおぶっている。

 お互いに道の反対側からやってきた四つの影はついに合流した。

「……久しぶり、リアル。……そっちも……大変だったみたいだね」

「…………うん……大変だったよ……」

 全身に傷を負い意識を失っているヨゾラを支えながら、同様にボロボロになっているデリート。彼女が笑いかけたリアルは、少しの休憩を挟んで歩けるようになっていた。……いや、気力で歩いているだけだ。もはやリアルに体力などなく、依頼を完遂するという意志がつき動かしていた。

 それでも──

「大丈夫……ですか?」

 恐る恐る、前に歩み出てデリート達の体調を気遣うキャタピー。彼の身体には大きな傷はない。 

「ちゃんと、守ったぞ……」

 リアルは息も切れ切れになりながら、精一杯の笑顔を見せた。
 
「っ……」

 突然何かが込み上げてきて、デリートは言葉に詰まった。その必死な笑顔は、彼が成し遂げた事を誇りに思っているもので──

「……ぷっ」

「ぷ!?」

 泣きそうになっていたかと思いきや突然吹き出したデリートに、思わずリアルは目をひん剥いた。

「い、今笑うとこだった!? 今感動的な再会のシーンじゃ!?」

「……だって……みんな揃って本当にボロボロなんだもん…ふふふ……そ、それに自分で感動のシーンって言うなんて……あはは……!」

「……えぇ……」

 大笑いするデリートに流石に苦笑いしか出来ないリアル。ちょっと今のツッコミでさらに体力無くなったし。
 上体を起こして笑うデリートに、背のヨゾラがうめき声を上げた。

「お、おい……大丈夫か、ヨゾラ」

「……ここは……」

「目を覚ました時のお決まりのセリフなんだな、やっぱり……いや、そうじゃなくて」

「もうすぐ頂上だよ。……歩ける?」

 デリートの言葉に無言で頷くヨゾラ。それを受けてデリートはゆっくりと彼を下ろす。

「それにしても……よく合流できたよな」

「これがあるからね」

 そう言ってデリートが見せたのはセピア色の紙。そうだ、チームに一枚づつ配られた地図。

「これ……歩いた場所を自動で記録して、チームメンバーの場所をある程度表示できるの」

「そうか……でもそしたらもう少し早く合流出来てたんじゃ」

 リアルの言葉に、申し訳なさそうにデリートが首を振った。

「ごめん、私たちかなり長い間気を失ってたみたいで……目が覚めてからまだ時間も経ってないの」

「いや、いい。ごめん」

 思い出すのはあの大爆発だ。爆心地に居た二匹、そもそも倒れていないのが奇跡のようなもの。罠を踏む前の行動こそ問題点はあれ、それで復活に時間がかかるのに責任はない。

 何はともあれ合流はできた。依頼者のキャタピーを守るという目的も達成した。あとはすぐ近くの頂上を目指すだけ。

 デリートが相変わらず心配そうな顔をしているキャタピーに向き直り、屈んで視線を合わせて言う。

「本当にあと少し。……行こう?」

 お姉さんとして微笑む彼女に、キャタピーは大きく頷いた。

 辺りにもう高木はなく、見上げれば空が近かった。


         ※


 見晴らし山。
 かつてその頂上からの絶景で名を馳せ、多くの山村が存在し、多くの住民が暮らしていた高き山。豊かな自然の中で幸せに包まれていたはずの生活は、ある日一瞬にして奪われた。
 理由はない。原因は分からない。住民達には何の落ち度もないのに、突然故郷を追い出された。
 
 しかし、そうして一般市民が立ち入れなくなった今でも、その素晴らしい景色は残っていたのだ。

「これは…………」

 お互いに身体を支え合いながら、遂に彼らは頂上へとたどり着いた。

 眼下に広がるは、美しい夕焼けに照らされた街……いや、世界そのもの。ギルドやトレジャータウンだけではなく、通ってきた平原や森に、さらに遠くに広がる村や林、そして山脈の稜線。
 それら全てが一様にオレンジ色に染まって、今日という日の終わりを祝福していた。

「見てあれ! 海じゃない?」

「ほんとだ……」

 デリートの声に振り返ると、右手の景色の奥の奥に微かな水平線が見えた。恐らく大陸を隔てる大海だろう。ここは中央大陸だというから、あの海の向こうは南の大陸。きっとここから見えないだけで東や北のほうにも海があるはずだ。

「……リアル、海は知ってるの?」

 弱々しい声、でもその美しい光景に見とれていたヨゾラが訊く。

「さすがにね。でも行った記憶はないけど……」

 海、と聞いて情景は思い浮かぶ。だが果たしてその思い浮かんだ場所がどこなのか、ただのイメージなのかは分からない。実際に行ってみれば分かるかもしれないが……。

 と、山頂に到着してから無言で景色に見入っているキャタピーに目を留め、リアルはゆっくり彼に近づいた。
 斜面ギリギリの位置に立ち、食い入るように遠くを見つめるキャタピー。

 彼にとっては約束の場所。
 祖父と共にここに来るという叶わなかった夢を、違う形で達成した彼は今、何を思うのだろう?
 祖父との思い出、かつて存在した暮らしについて。話だけからしか知り得なかったその過去を夢想しているのかもしれない。
 あるいは、もっと別な未来のことを考えていたりして。
 
 彼の想いは分からないけれど、約束の地に立つキャタピーの横顔は、夕陽に照らされながら、微笑んでいるように見えた。

 そんな彼の気が済むまで、リアルはその小さな背中をすぐ側で見守っていた。





「じゃあ、帰りましょうか」

 夕陽が山脈の向こうへと沈むのを見届け、キャタピーが振り返って言った。
 その言葉に三匹はゆっくりと頷く。

 無事に目的は果たした。正直もう身体は限界で今にも崩れ落ちそうなのだ。それを忘れさせるほどの絶景だったとも言えるが。
 それに──

「ちょっと怖いんだよな、ここ」

「えー? リアルって高所恐怖症なの?」

「悪いか」

「ちょっと意外かも」

 遠くを見る分には問題ない。だが真下を見れば足がすくむ。もしや最も古い記憶、空から落ちた時のトラウマか。

「そんで、どう帰るんだ? ……まさか歩いて帰るの?」

 問題はそこだ。もう歩く気力もない……のは言うまでもない。あなぬけのたまがあれば帰ることもできるだろうが、今日は持ってきていなかったはず……。
 
 最悪の想定をするリアルに対しヨゾラは、まさか! とそれを否定し、

「確かここら辺に……あった! これ!」

辺りを見回し、近くの大きな岩の陰を指さした。
 そこにあったのは石碑。
 細長い石が二本立っていて、その間に青白い光の玉。そこから同じ青い光が煌めくように漏れ出ている。それは明らかに誰かによって作られたもので──

「これがワープゲート。ここのダンジョンを最初に攻略する探検隊が設置した、バッジを使ってギルドに帰ることが出来るって門だよ!」

 何故かそう誇らしげに説明するヨゾラ。
 
「なるほどな……そんな便利なものが。そういやそもそもバッジには脱出機能があったもんな。……でも何でいつもは使えないんだ?」

 あまり意識したことは無いが、例えダンジョンの途中で帰らなくてはならない時でも、バッジを使って自由に帰る、なんてことは無い。そういう時はあなぬけのたまを使う。倒れた時以外にも使えるなら、もっと探検が自由になると思うのだが。

 しかしその疑問にデリートが難しい顔をする。

「確か……ダンジョン内では脱出するための経路の確保が難しい……とかじゃなかったっけ」

「経路?」

「うん……よくわかんないけど。ギルドへ戻る“道”の確保には、やっぱりダンジョンの最奥とか頂上とか、終わりのところじゃないとダメみたい。そしてこの門がそれを補助する……とか何とか」

「随分曖昧だな……」

「悪かったね〜」

 ふん! とそっぽを向くデリート。

「でも倒された時は強制的に戻れるんだよな? それならわざと倒されれば最悪……」

 と、言いかけて場の空気が凍りつくのを感じた。

「……ごめん、やっぱ今のナシ」

 あくまでも可能性の話ではあるが、そんなのは流石にとっていい選択ではなかった。自殺まがいのことなど考えるだけで恐ろしい。自らの軽率さに反省する。

「……ま、まぁそんなわけで、先の偉大なる探検家に感謝してこのゲートを使おう!」

 偉大なる、にヨゾラらしくもない仰々しい言い回しを感じさせながら、そう言って先頭に立つ。そしてその手にはバッジがある。

 いよいよ帰還だ。
 と、リアルは頂上に着いてから一度も口を開かないキャタピーが気になって声を掛ける。

「キャタピー……本当にもういいんだな?」

「はい。……僕の夢は叶いました。ずっと、何としてでもここに来なきゃって思い続けて……必死になってたんです。いつの間にか、到達することが目標になって。でも」

 言葉を切って、キャタピーは空を見上げた。つられてリアルたちも顔を上に向ける。
 そこには、満天の星が広がっていた。

「忘れてたんです。祖父が……おじいちゃんがここに僕を連れてきたかった理由を。単純な話ですよ。……ただ、僕にこの景色を見て欲しかった。僕と一緒に……この景色を……」

 遮るもののない夜空には数多の星々が散らばっていて、各々が儚げに煌めいている。そしてその向こう、遥か彼方まで続く宇宙がすぐ近くに感じられて。
 揺籃の洞窟とはまた違う、真の星空。夕焼けの後に惜しまれながらも陽が沈み、消えていくからこそ味わえるもうひとつの景色だった。

「……僕はようやく、おじいちゃんとの約束を果たせました。もう悔いはありません。……次に、行かなくちゃ」

 静かに言って、振り切れたように静かに笑うキャタピー。
 彼はまだ、幼い男の子だ。悩みなんてなくたって、将来への不安なんてなくたっていいはずだ。でも彼は彼で、日々考えて、成さねばならない約束があって。そして、ひとつ夢を叶えて笑うのだ。
 彼はそれを、これからどれだけ繰り返すのだろう。
 それを自分たちはどれくらい出来るのだろう?

「……じゃ、行くよ?」

 改めてヨゾラが門に向き直る。先頭に立つという「お兄さん」意識は守るらしい。だが足取りはふらついている。
 そして、一歩。彼がバッジを門にかざすと、瞬く間に青白い燐光が身体を包んで──消える。
 続いてデリートも、赤いリボンが揺れるのを最後に門に消えた。

「じゃ、俺たちも」

「わっ」

 言うが早いか、キャタピーを両手で抱き上げた。彼は一瞬声を漏らすが、もう抵抗は無いのかされるがままだ。……ただ疲れてるだけかもしれないが。

 そして門の前に立つ。

「行くぞ、キャタピー」

「……リズ」

「え?」

「僕はリズです。キャタピーじゃなくて」

 それは初めて知った、彼の名前。
 本来依頼者の名前は知る必要は無いのだ。この世界では第三者のことを種族名呼びするらしいし、誰かを指すときに特徴を述べる意味で種族名は使われる。
 だから、彼がそれを伝えてくれたことにはきっと──

「そうか。……じゃ、行くぞ、リズ」
 
 彼の名前を呼んで、リアルは一歩踏み出した。
 すると、その光の点滅に合わせてマフラーについたバッジに熱が帯びる。そして光の勢いは増していき、二匹の身体を取り巻いて──
 

 光の残滓が星空に立ち上って、消えた。


          ※


 さて──
 場所は変わってプリンのギルド前。
 門の内の庭には、穴に入ったモグリューのマルタが居た。
 彼の仕事は……もちろん、来訪者のチェック。だが悲しいかな、あまり注視されないお仕事だ。来客はギルドメンバーが直接出迎えることもあるし、無視されてしまうこともある。
 だがもちろんその仕事はギルドにとって大事であり、彼自身も仕事に誇りを持っていた。あまり運動に長けていない彼にとって、穴に潜って待つという仕事は性に合っていたということもある。

 そんな彼の仕事は今日も変わらず。
 あまり来訪者もいなかったが、それなりに真面目に働いた一日。それももう終わる。ギルドの受付の終了時刻に合わせてマルタの業務も終了だ。

 外は既に真っ暗。ギルド玄関にある篝火の優しい光に照らされて、大きなあくびをするマルタ。少し今日一日を振り返って、それから門を施錠してギルドに戻ろうとしたその時。

 外でドサッという転送音。

 そういえば今日、外泊届け無しで帰還していない一年生が1チーム残っていたような。普通の探検隊なら予期せぬ野宿もあるだろうから届けはいらないが、まだ未熟な一年生であれば、できるだけ外泊届けを出すように言われている。

 さて、そんな彼らが入ってくるのを待っていたが、一向にその気配がない。

(あれ、前もこんなことあったような)

 そう思い、歩いて門の前まで行き、押し開くと──

 折り重なるようにして倒れ込む一年生達、そしてその依頼者。そしてその内のピカチュウにはよく見覚えがある。

(あ〜やっぱりデジャブ〜)

 とはいえ今日最後の仕事、しっかり果たさねば。そう決心し、マルタは叫ぶのだった。


「ピカチュウ、ツタージャ、イーブイ、キャタピー! 戻られましたー!!」


         ※


「本当に、ありがとうございました」

 場所はロビー。
 意外にも空いているのは、もうすぐ夕飯の時刻で、既に食堂に向かっているポケモンたちも多いかららしい。

 そんな中、テーブルを囲んで椅子に座るリアルたちとキャタピー。
 今回の依頼は、過程に多大な問題はあれど依頼は完遂できた。結果良ければ全てよし、というところだろうか。

「これが今回の報酬……お礼です」

 そう言ってキャタピーが示したのは、大きめの何かが入った風呂敷と、幾ばくかのポケ。このお礼はダンジョンに行く前にギルドに預けていたらしい。
 それを受けてヨゾラが風呂敷を手に取った。

「じゃあ、開けさせてもらうね……って意外と重いっ」

 そう言いながら風呂敷を解くと、中から大きめのビンが現れる。そしてその中には──

「これ! 『ふしぎなグミ』じゃない! それもこんなに沢山!!」

 中に見えるのは、ビンにぎっしりと詰まったカラフルな、グミ。それを見て声を上げたのはデリートだった。
 同じようにヨゾラも驚きの表情でビンを見ている。
 だが、そのグミ……に何故そんなに驚いているのか。別段、貴重なものには見えないが……
 と、リアルの反応の薄さに気づいたヨゾラが問い詰める。

「え、リアル、まさかグミを知らないの?」

「え、流石にグミは知ってるけど……お菓子の一種で」

「そうじゃなくって! これはふしぎなグミって言って、食べたポケモンの賢さを上げることが出来るんだよ!」

「賢さぁ〜!?」

 なんだそれは。食べ物で頭が良くなるって……そんなのアリなのか……!?

「普段はダンジョンで見つけるか、ごく稀に店で売られているのを買うしかないんだけど……それを、こんなに!? いいの、キャタピー!」

「はい。これは祖父の倉庫から持ち出したもので……元は祖父のものですが、今では実質僕のものです。それに、今回の依頼は祖父のものでもありますから……こういう使い方をするのが一番正しいと思います」

 そう言って笑うキャタピー。
 つまり、祖父が亡くなってから彼が倉庫を受け継いだ、ということだろう。そして祖父の死にしっかりと向き合いながら、落ち込まずに前を向く。
 彼のその対応や思慮深さ、礼儀正しさはやはり年相応を越えていて感服してしまう。

 相変わらず瓶詰めのグミに興奮しているデリートとヨゾラ。しかしその横でキャタピーは突然何だか口ごもって下を向く。

「あともうひとつ、お話があるんですが……」

「なに?」

「……もし良ければ、僕を探検隊に入れてくれませんか?」


「え………………?」

 それは。
 それはあまりにも予想外で。
 でも、意外に悪くない選択肢で──

「あ、でも……」

 リアルは逡巡した後、あることに気がつき思わずデリートのほうを見た。残念そうに頷くデリート。

「ごめんね、キャタピー。私たちはまだ見習いなの。厳密には探検隊じゃなくて……メンバーを増やすことは出来ないんだ」

「……そうですか」

 残念そうに呟いて俯くキャタピー。

 まぁそもそもがギルド所属の生徒だ。探検隊として独立していない以上、叶わない話である。リアルとしては構わなかったのだが……。

「そんな訳で……ごめんな、またいつか……」

 そうリアルが慰めの言葉をかけようとした時。

「……いいです」

「え?」

「別にいいです。せっかく入ろうと思ったのに……はぁ……僕は決めました。あなた達がまだ探検隊じゃないって言うなら、僕は僕で探検隊になってみせます。あなた達なんてあっという間に抜かしちゃいますからね、せいぜい頑張って下さいね、お兄さん?」

 最後の言葉を強調して、リアルに不敵な笑みを浮かべた。

「こ、こいつっ……!!」

 やはり態度が軟化したとはいえ、生意気な奴……!! 思わず何かを言い返そうとして口を開いた瞬間、彼はくるりと方向を変え、あっという間にロビーから出ていってしまった。
 キョトンとしているヨゾラとデリート。そうか、二匹はまだ奴の性格の悪さを知らなかったのか……。

「……はぁ…………」

「ま、まぁ、今日の探検はここまでってことで!」

 デリートが手を叩いて場をとりなす。
 
「お疲れ様……僕お腹すいちゃって。早く食堂行こ? その後は早く寝たいな……」

「何言ってんだヨゾラ。反省会をするに決まってんだろ」

「えー……良いでしょ今日はもう……」

「そうねぇ。油断しまくってウキウキしながら罠を踏んじゃった誰かさんもいる事だし……」

「ギクッッ!!」

「今自分でギクッって言ったな?」

 引きつった顔で笑うヨゾラ。冷や汗をかいているらしい。

「何はともあれ、夕食だよ、夕食!」

「あっ、待て!」

 そう言って逃げるように走り出したヨゾラ。
 確かにもう夕食は始まっている頃だ。リアルとしても空腹は随分前から感じていた。

「じゃあ……行こっか」

「うん」

 苦笑するデリートの言葉に頷く。二匹はヨゾラを追って駆け出した。
 

 
 こうして、波乱万丈な長い探検が終わりを告げた。


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