第42話 危険な愛情
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
驚きのせいか、ユズとキラリは一時停止する。 だが、少し経った後、ユズは袋をぎゅっと握りしめてキルリアに聞いた。
「......どういうこと、ですか?」
「言葉の通りよ。 私はこれを受け取れない」
「お母さんが頼んだのだから、お母さんが受け取るべきという事でもなくて?」
「ええ。 寧ろ、絶対に受け取らせたくないの」
キルリアの目は本気だった。 その眼光に2匹は若干怯む。 ユズは一息置いて、核心を突こうとする。
「......どうして、受け取りたくないんですか」
「しつこいわね。 店の、それもアルバイトが、私達の事情に肩入れする理由なんか無いじゃない?」
「指輪を捨てろというのが嫌だからです。 あなたの家の事情がどうだろうと、物に罪は無いでしょう?」
ユズは諭すように言う。 少々怒りを滲ませているようにも見えた。 キルリアは尚言い返そうとする。
「だからといって......!」
その時だった。キルリアの後ろから響く物音。 ハッとしたキルリアが振り向いた先にいたのは、サーナイトだった。
「どうしたのリア、そんなに声を荒らげて。 変な訪問販売でも来た?」
「......お母さん」
この子の名前はリアと言うらしい。 リアの声のトーンが、少し幼げなものに変わる。 困ったようにも聞こえるけれど。 このサーナイトが母親ということは、真の依頼者は彼女だろう。
サーナイトは怪しそうにユズとキラリのことをじっと凝視する。 頭の先から爪先まで。 すると、ある事に気づき2匹のところに唐突に飛びついた。
「その指輪!」
「うわっ!?」
2匹は後ろへと飛び退く。 サーナイトはそれで落ち着きを取り戻したようで、またゆっくりと2匹のところへ近づいてきた。 キラリの兄か、もしくは自分達が指輪を修理したり運んだりする際に何かやらかしたのか? 何かしらの心変わりでもしたりのか? まさかの呪いのアイテムで、最初からこちらに押し付けるつもりだったのか?? リアの反応を鑑みて、2匹にはそんな悪い予感しか湧いてこなかった。 現実的かどうかは置いておいて。
しかし。
「修理してくれた店の方ね!? 本当にありがとうございます!」
「......へ?」
2匹の目が点になる。 まさに拍子抜けという言葉が似合う表情になった。 娘の反応とは雲泥の差。
「いやあもう綺麗に直してくれて! ここの店に頼んで正解だったわー! あなた達は......バイトさんかしら? 店主さんに感謝しますって伝えておいて頂戴!」
「は......はい」
状況の変化についていけない。 特にキラリは兄が褒められたというのに何故かこそばゆさも感じており、今までの事もありかなり複雑な心境になっていた。 そんなことも知らずにサーナイトは喜びの鼻歌を歌う。
「......お母さんっ!」
......だが、ここで引き下がるわけがない。 リアは抗議の声をサーナイトに向かって上げた。 彼女は怒りの形相で続ける。
「どうしてそんなのに拘るの!? あんな父親のものをどうして......!?」
「リア......あなたは嫌かもしれない。 でもきっと訳が......」
「あいつだからこそ絶対にやるんだよ! まだ分からないの!? あいつがどれだけこちらを縛り付けてきたかっ!!」
「気持ちは分かるけど......でも流石に父親に向かってあいつはないんじゃないの?」
「あんなの父親じゃ......」
「ちょ、ちょっと止まって!」
ヒートアップしてきたところで、キラリが仲裁に入った。 ひとまず言い争いは止まったが、リアの不満は限界だったようだ。
「......分からず屋」
そう言って、彼女は走り出してしまった。
「リア!? どこに.....」
「っ、私追いかけます!」
「ユズ!?」
追随してユズも走り出した。 キラリも後を追おうとするが、ユズはすぐに言葉で制止する。
「キラリはそのポケモンの側にいてあげて!」
「......っ、わかった!」
そう、このままだとサーナイトが取り残されてしまう。 互いに何かしらあるというのなら、両方から情報を得た方がいい。 咄嗟なものだが、それがユズの判断なのだろう。
その時のキラリは何も考えず、さらりと賛同の声が口から漏れ出ただけではあったが。
「......リア」
ポツリと立つサーナイトは、娘の名前を呼ぶ事しか出来なかった。
「はぁっ......はぁっ......」
ずっと走り続けていたからか、ユズの息は荒くなっていた。 辿り着いたのは、街を抜けたところにある小さな丘だった。 来たことがなかったのもあり辺りを見回すが、ちょうど崖になっている場所の近くにキルリアはいた。 飛び降りる......なんてことはなさそうだった。 その場にうずくまって座っていたのだから。 ユズは暫くその場に立っていた。 向こうには海があるのか、潮風がユズの顔に届く。 それが合図となったのか、彼女は1歩を踏み出した。
「......キルリアさん」
リアの隣まで行き、種族名の方で呼ぶ。 流石に名前を言うのは馴れ馴れしい気がしていたからだ。
「......リアでいいわ」
もっとも、それは杞憂だったようだけど。
「リアさん、良かったらですけど......話、聞きますか?」
「......なんであなたに」
「......まあ、それもそうですよね......ごめんなさい、でも、ちょっと心配になったんです」
「......それもそうね、頭に血が上ってたわ......ごめんなさい。 嫌なもの、見せてしまった」
リアはこちらを向いて、謝罪という名の1礼をした。 そしてそのまま話を続ける。
「ねぇ、あなたに話したら、何かしてくれる? お母さんを説得してくれる?」
懇願にも聞こえる声だった。 1匹で駄目なら2匹でと、ユズにすがった結果だろう。 少し考えた結果、ユズは答える。
「私があなたの味方でありたいと思える内容なら」
どっちつかずかもしれない。 少し突き放すような言い方だったかもしれない。 でも、ユズの中ではこれが最適解だった。 キラリが側にいないとなると、自分は少し辛辣になるのだろうか......とユズは心の中で自分を笑った。
そんな心の内も知らず、リアは承諾の頷きをする。
「......実はね」
「......キラリさん、と言ったわね」
「はっはい......」
一方キラリとサーナイトは家の中にいた。 椅子に座らせてもらい、茶までもらい、少しリラックスしたキラリであったが、それがサーナイトの一声で一気に真剣な面持ちになる。 緊張が体を走る。
「......あなた、父親はどんな方?」
「えっ、えっと......そうですね......や、優しいポケモンだなぁって......はい」
急な問いかけに、キラリはしどろもどろ答える。 ユズがいない状況下で、小さい子供の時のポケ見知り気質が何故か外に出てきているのを、キラリは少し恨めしく思っていた。
サーナイトは少し笑った。 緊張を解けという合図にもキラリには見えた。 そしてその後、サーナイトは続ける。 物思いにふけようとするような声で。
「......さっきの口論、私の旦那の話なんだけどね......」
彼は、とても優しいポケモンだった。
結婚した当時から、こちらに溢れんばかりの愛を注いで来てくれた。
その指輪も彼がくれたのよ。 結婚指輪として、ね。
それは娘......リアが生まれてきてからも同じだった。
というか、どんどん娘への「愛情」は深まっていってね......。
学校も毎日送り迎え。 分からない宿題はいっつも手伝うし、なんなら肩代わりしようとする。 そんなことがたーくさん。 義務教育が終わって、専門学校に通うようになってからも。
リアは少しずつ嫌な顔をするようになっていったし、今では断固として断ろうとするようになっていたわ。
彼のあれは確かに過剰かもだけれど、でもそれも愛情の発露だったって、いつかリアも分かると思いたかった。
......でも。
今でも理解できない。 彼があんなことをするなんて......。
本当になんで......?
「......そんなことが」
「ええ。 あいつはいつもこちらを縛ってきたのよ。 友達と遊ぶのもろくに許してくれない。 危ない目に遭ったらどうするんだって。 お母さんはそれもあいつの愛情だって言ってたけど......娘の自由を縛ることのどこが愛情だっていうの? 信じらんない」
「......は、はぁ......」
一度心のダムに溜まったもやもやを放流しようとすると、簡単には止まらないようだ。 堰を切ったようにリアは話し続ける。 サーナイトの意見を聞くまでは完全に鵜呑みというわけにもいかないが、ユズはその勢いに押されかけていた。 確かにいい関係とは思えない。
「......そんな時よ。 ちょうど一昨日くらいだったかしら」
リアは少し笑う。 ただ、それは暖かいものではなかった。 寧ろ冷たい。
相手の自業自得を、とことん嘲笑う顔だった。
「あいつ、誘拐事件起こして捕まったのよ。 理由は知らないけどね」
「誘拐事件......」
サーナイトからも同じ言葉を聞いたキラリは、少し街のポケモンの雑談を思い出していた。 「ダンジョンに子供をさらったというポケモンが捕まった」という話を。
「供述内容はまだ明らかになってないのよ......だから、正直それは怖いの」
「冤罪ってことは......」
「それはないわ。 現行犯での逮捕だから」
そこはすぐに認めるサーナイト。 だが声は依然重苦しいままだった。
「......あんなことリアに言ったけど、確かにれっきとした犯罪を彼がしたのは事実なの。 それは然るべき罰を受けなきゃいけないの。 ......でも、私は信じたいんだわ......彼が根っこから悪いポケモンじゃないって......そうでなきゃ......」
サーナイトの声が震える。
「あんな顔で、リアに向かって笑いかけるかしら......?」
「誘拐......」
ユズの頭の中が、またもくらりとする。 今度は自分でも自覚出来た。 別に誰かに触れられているわけでもないのに、嫌な感触が彼女を襲っている気がしてしまう。
「......チコリータさん?」
「......あっ、ご、ごめんなさい、続けて」
「大丈夫......? ならいいけどさ」
心配を顔に浮かべたまま、彼女は続けた。
「......ひとまずこんな感じよ。 犯罪までやらかした奴を信じる理由なんかどこにもないわ」
リアは今一度ユズに懇願する。
「ねぇ......納得できた? お母さんの説得手伝ってよ。 流石に心酔し過ぎにも程があるの。 そんなんじゃお母さんのこれからが心配だよ......。 お願い」
泣きそうな顔になる。 涙を流されると流石にユズも抗えない。 事実も事実だと、ユズは重い腰を上げる。
「分かりました」
「いいの?」
「妥協点は探さなきゃだけど。 恋とか私はよくわからないけど、一度惚れたポケモンなのは事実だし、受け入れがたいだけだと思うんです。 ちゃんと、感情的にじゃなくて、落ち着いて伝えてみれば......お互い、ちゃんと分かり合えると思います」
「そうね......」
リアもその場に立ち上がる。 そして少し伸びをした。
「......ありがとうチコリータさん。 少し心の整理がついたわ。 行きましょ」
「大したことしてないですよ......。 あっ、あと私の名前、ユズって言うんです」
「あっごめんなさいね、ちゃんと聞いてなくて......じゃあ改めて。
ユズさん、ありがーー」
「見つけた」
......刹那、こちらを舌で舐めるような声が響いた。
「つっ!?」
ユズは危機感を感じすぐさま後ろに飛び退く。 飛び退いた後、自分がいた場所には黒があった。 しゅうしゅうと音を立てる煙が視界を埋め尽くす。
それは煙幕だった。 ユズはそこから運良く脱出したことになるが、リアは、それに飲まれてしまった。 数秒経って、ユズはその事実を理解する。
「......リアさん! ......ふんっ!」
葉っぱを勢いよく一振り。 煙幕は晴れたが、そこにはもうリアの姿はなかった。 ユズを動揺が襲う。
「......リアさん?」
声をかけたが、返事はない。 姿も見えない。 ユズはいよいよ焦り出す。
「......リアさん!? リアさんどこ!? 返事してっ!! リアさんっ!!」
声をかけるが、果たして何もなかった。 先ほどと同じく、空気を読まない爽やかな潮風が吹き抜けるばかり。
その時、ユズの中に過ぎるものがあった。
これは、きっと誘拐。
そうなれば、もしそうだとすれば......最悪、その、末路は......!
「......くっそ!」
柄に合わない声を出し、ユズは街の方へと走り出した。
サーナイトが俯いたその時だった。
家のドアが勢いよくバンと開かれる。 2匹はびくりと震えた。 そして、そこから甲高い声が聞こえてきた。
「奥さん、奥さん! 聞いて頂戴よ!」
「どうしたのよオーダイルさん、そんな慌てて」
「あんたの旦那脱獄したって!」
『ええっ!?』
これまた同時に驚く。 サーナイトは特にそれが顕著だった。 途端に体が震えだす。
「なんで......どうしてっ!」
「そんなの知るわけないでしょう! なんか警察がダンジョン行く時入り口にテレポートするのに使う道具まで盗られたって......どうなってるのよ」
オーダイルが途方に暮れた表情を見せる。 そんな中、また1つ声が街にこだました。
「キラリぃ!!」
それはユズの声だった。 キラリは反射的に外に飛び出す。 駆け込んできたユズはすぐに何かを伝えようとするが、息が荒れて声がうまく出ない。
「ゆ、ユズ落ち着いて......何があったの? リアさんは?」
「けほっ......それが......急に煙幕かけられて......それで......はぁっ、払ったんだけど、リアさんいなくなってて......」
「リアが!?」
驚いたのはサーナイトだ。 手を口に当て、「信じられない」と言わんばかりの顔だ。 ユズは苦しげな顔で、ひたすら謝罪する。
「ごめんなさい......はぁっ、私がいながら......ごめんなさい......!」
まさかの事態。 場が混乱で満ちてしまっているが、ここで止まっていてもリアが危ないだけである。 キラリは頬を叩き、ユズを諭す。
「.......大丈夫、まずはリアさんを助けなきゃ......そうでなきゃ......!」
早まる鼓動をなんとか押さえた。 ユズの息が荒い今は、自分が率先して動かないといけない。
「......オーダイルさん!」
「はいっ!?」
「テレポートの道具が盗まれたって言ってましたよね!? どこ行きのですか!?」
「し、知らないわよ。 警察に聞けば多分」
「分かりました、ありがとう! ......ユズ、息は? 走れる?」
「......大分、落ち着いた」
「......よし、行こう! 犯ポケがダンジョンに行ったのなら、私達にも出来ることはあるっ!」
「うん......!」
走り出す2匹。 状況が飲み込めないサーナイトは、思わず疑問を口走る。
「......あ、あなた達は一体!?」
キラリは真剣な面持ちのまま、サーナイトに向かって叫んだ。
「......探検隊です!!」
「......どういうこと、ですか?」
「言葉の通りよ。 私はこれを受け取れない」
「お母さんが頼んだのだから、お母さんが受け取るべきという事でもなくて?」
「ええ。 寧ろ、絶対に受け取らせたくないの」
キルリアの目は本気だった。 その眼光に2匹は若干怯む。 ユズは一息置いて、核心を突こうとする。
「......どうして、受け取りたくないんですか」
「しつこいわね。 店の、それもアルバイトが、私達の事情に肩入れする理由なんか無いじゃない?」
「指輪を捨てろというのが嫌だからです。 あなたの家の事情がどうだろうと、物に罪は無いでしょう?」
ユズは諭すように言う。 少々怒りを滲ませているようにも見えた。 キルリアは尚言い返そうとする。
「だからといって......!」
その時だった。キルリアの後ろから響く物音。 ハッとしたキルリアが振り向いた先にいたのは、サーナイトだった。
「どうしたのリア、そんなに声を荒らげて。 変な訪問販売でも来た?」
「......お母さん」
この子の名前はリアと言うらしい。 リアの声のトーンが、少し幼げなものに変わる。 困ったようにも聞こえるけれど。 このサーナイトが母親ということは、真の依頼者は彼女だろう。
サーナイトは怪しそうにユズとキラリのことをじっと凝視する。 頭の先から爪先まで。 すると、ある事に気づき2匹のところに唐突に飛びついた。
「その指輪!」
「うわっ!?」
2匹は後ろへと飛び退く。 サーナイトはそれで落ち着きを取り戻したようで、またゆっくりと2匹のところへ近づいてきた。 キラリの兄か、もしくは自分達が指輪を修理したり運んだりする際に何かやらかしたのか? 何かしらの心変わりでもしたりのか? まさかの呪いのアイテムで、最初からこちらに押し付けるつもりだったのか?? リアの反応を鑑みて、2匹にはそんな悪い予感しか湧いてこなかった。 現実的かどうかは置いておいて。
しかし。
「修理してくれた店の方ね!? 本当にありがとうございます!」
「......へ?」
2匹の目が点になる。 まさに拍子抜けという言葉が似合う表情になった。 娘の反応とは雲泥の差。
「いやあもう綺麗に直してくれて! ここの店に頼んで正解だったわー! あなた達は......バイトさんかしら? 店主さんに感謝しますって伝えておいて頂戴!」
「は......はい」
状況の変化についていけない。 特にキラリは兄が褒められたというのに何故かこそばゆさも感じており、今までの事もありかなり複雑な心境になっていた。 そんなことも知らずにサーナイトは喜びの鼻歌を歌う。
「......お母さんっ!」
......だが、ここで引き下がるわけがない。 リアは抗議の声をサーナイトに向かって上げた。 彼女は怒りの形相で続ける。
「どうしてそんなのに拘るの!? あんな父親のものをどうして......!?」
「リア......あなたは嫌かもしれない。 でもきっと訳が......」
「あいつだからこそ絶対にやるんだよ! まだ分からないの!? あいつがどれだけこちらを縛り付けてきたかっ!!」
「気持ちは分かるけど......でも流石に父親に向かってあいつはないんじゃないの?」
「あんなの父親じゃ......」
「ちょ、ちょっと止まって!」
ヒートアップしてきたところで、キラリが仲裁に入った。 ひとまず言い争いは止まったが、リアの不満は限界だったようだ。
「......分からず屋」
そう言って、彼女は走り出してしまった。
「リア!? どこに.....」
「っ、私追いかけます!」
「ユズ!?」
追随してユズも走り出した。 キラリも後を追おうとするが、ユズはすぐに言葉で制止する。
「キラリはそのポケモンの側にいてあげて!」
「......っ、わかった!」
そう、このままだとサーナイトが取り残されてしまう。 互いに何かしらあるというのなら、両方から情報を得た方がいい。 咄嗟なものだが、それがユズの判断なのだろう。
その時のキラリは何も考えず、さらりと賛同の声が口から漏れ出ただけではあったが。
「......リア」
ポツリと立つサーナイトは、娘の名前を呼ぶ事しか出来なかった。
「はぁっ......はぁっ......」
ずっと走り続けていたからか、ユズの息は荒くなっていた。 辿り着いたのは、街を抜けたところにある小さな丘だった。 来たことがなかったのもあり辺りを見回すが、ちょうど崖になっている場所の近くにキルリアはいた。 飛び降りる......なんてことはなさそうだった。 その場にうずくまって座っていたのだから。 ユズは暫くその場に立っていた。 向こうには海があるのか、潮風がユズの顔に届く。 それが合図となったのか、彼女は1歩を踏み出した。
「......キルリアさん」
リアの隣まで行き、種族名の方で呼ぶ。 流石に名前を言うのは馴れ馴れしい気がしていたからだ。
「......リアでいいわ」
もっとも、それは杞憂だったようだけど。
「リアさん、良かったらですけど......話、聞きますか?」
「......なんであなたに」
「......まあ、それもそうですよね......ごめんなさい、でも、ちょっと心配になったんです」
「......それもそうね、頭に血が上ってたわ......ごめんなさい。 嫌なもの、見せてしまった」
リアはこちらを向いて、謝罪という名の1礼をした。 そしてそのまま話を続ける。
「ねぇ、あなたに話したら、何かしてくれる? お母さんを説得してくれる?」
懇願にも聞こえる声だった。 1匹で駄目なら2匹でと、ユズにすがった結果だろう。 少し考えた結果、ユズは答える。
「私があなたの味方でありたいと思える内容なら」
どっちつかずかもしれない。 少し突き放すような言い方だったかもしれない。 でも、ユズの中ではこれが最適解だった。 キラリが側にいないとなると、自分は少し辛辣になるのだろうか......とユズは心の中で自分を笑った。
そんな心の内も知らず、リアは承諾の頷きをする。
「......実はね」
「......キラリさん、と言ったわね」
「はっはい......」
一方キラリとサーナイトは家の中にいた。 椅子に座らせてもらい、茶までもらい、少しリラックスしたキラリであったが、それがサーナイトの一声で一気に真剣な面持ちになる。 緊張が体を走る。
「......あなた、父親はどんな方?」
「えっ、えっと......そうですね......や、優しいポケモンだなぁって......はい」
急な問いかけに、キラリはしどろもどろ答える。 ユズがいない状況下で、小さい子供の時のポケ見知り気質が何故か外に出てきているのを、キラリは少し恨めしく思っていた。
サーナイトは少し笑った。 緊張を解けという合図にもキラリには見えた。 そしてその後、サーナイトは続ける。 物思いにふけようとするような声で。
「......さっきの口論、私の旦那の話なんだけどね......」
彼は、とても優しいポケモンだった。
結婚した当時から、こちらに溢れんばかりの愛を注いで来てくれた。
その指輪も彼がくれたのよ。 結婚指輪として、ね。
それは娘......リアが生まれてきてからも同じだった。
というか、どんどん娘への「愛情」は深まっていってね......。
学校も毎日送り迎え。 分からない宿題はいっつも手伝うし、なんなら肩代わりしようとする。 そんなことがたーくさん。 義務教育が終わって、専門学校に通うようになってからも。
リアは少しずつ嫌な顔をするようになっていったし、今では断固として断ろうとするようになっていたわ。
彼のあれは確かに過剰かもだけれど、でもそれも愛情の発露だったって、いつかリアも分かると思いたかった。
......でも。
今でも理解できない。 彼があんなことをするなんて......。
本当になんで......?
「......そんなことが」
「ええ。 あいつはいつもこちらを縛ってきたのよ。 友達と遊ぶのもろくに許してくれない。 危ない目に遭ったらどうするんだって。 お母さんはそれもあいつの愛情だって言ってたけど......娘の自由を縛ることのどこが愛情だっていうの? 信じらんない」
「......は、はぁ......」
一度心のダムに溜まったもやもやを放流しようとすると、簡単には止まらないようだ。 堰を切ったようにリアは話し続ける。 サーナイトの意見を聞くまでは完全に鵜呑みというわけにもいかないが、ユズはその勢いに押されかけていた。 確かにいい関係とは思えない。
「......そんな時よ。 ちょうど一昨日くらいだったかしら」
リアは少し笑う。 ただ、それは暖かいものではなかった。 寧ろ冷たい。
相手の自業自得を、とことん嘲笑う顔だった。
「あいつ、誘拐事件起こして捕まったのよ。 理由は知らないけどね」
「誘拐事件......」
サーナイトからも同じ言葉を聞いたキラリは、少し街のポケモンの雑談を思い出していた。 「ダンジョンに子供をさらったというポケモンが捕まった」という話を。
「供述内容はまだ明らかになってないのよ......だから、正直それは怖いの」
「冤罪ってことは......」
「それはないわ。 現行犯での逮捕だから」
そこはすぐに認めるサーナイト。 だが声は依然重苦しいままだった。
「......あんなことリアに言ったけど、確かにれっきとした犯罪を彼がしたのは事実なの。 それは然るべき罰を受けなきゃいけないの。 ......でも、私は信じたいんだわ......彼が根っこから悪いポケモンじゃないって......そうでなきゃ......」
サーナイトの声が震える。
「あんな顔で、リアに向かって笑いかけるかしら......?」
「誘拐......」
ユズの頭の中が、またもくらりとする。 今度は自分でも自覚出来た。 別に誰かに触れられているわけでもないのに、嫌な感触が彼女を襲っている気がしてしまう。
「......チコリータさん?」
「......あっ、ご、ごめんなさい、続けて」
「大丈夫......? ならいいけどさ」
心配を顔に浮かべたまま、彼女は続けた。
「......ひとまずこんな感じよ。 犯罪までやらかした奴を信じる理由なんかどこにもないわ」
リアは今一度ユズに懇願する。
「ねぇ......納得できた? お母さんの説得手伝ってよ。 流石に心酔し過ぎにも程があるの。 そんなんじゃお母さんのこれからが心配だよ......。 お願い」
泣きそうな顔になる。 涙を流されると流石にユズも抗えない。 事実も事実だと、ユズは重い腰を上げる。
「分かりました」
「いいの?」
「妥協点は探さなきゃだけど。 恋とか私はよくわからないけど、一度惚れたポケモンなのは事実だし、受け入れがたいだけだと思うんです。 ちゃんと、感情的にじゃなくて、落ち着いて伝えてみれば......お互い、ちゃんと分かり合えると思います」
「そうね......」
リアもその場に立ち上がる。 そして少し伸びをした。
「......ありがとうチコリータさん。 少し心の整理がついたわ。 行きましょ」
「大したことしてないですよ......。 あっ、あと私の名前、ユズって言うんです」
「あっごめんなさいね、ちゃんと聞いてなくて......じゃあ改めて。
ユズさん、ありがーー」
「見つけた」
......刹那、こちらを舌で舐めるような声が響いた。
「つっ!?」
ユズは危機感を感じすぐさま後ろに飛び退く。 飛び退いた後、自分がいた場所には黒があった。 しゅうしゅうと音を立てる煙が視界を埋め尽くす。
それは煙幕だった。 ユズはそこから運良く脱出したことになるが、リアは、それに飲まれてしまった。 数秒経って、ユズはその事実を理解する。
「......リアさん! ......ふんっ!」
葉っぱを勢いよく一振り。 煙幕は晴れたが、そこにはもうリアの姿はなかった。 ユズを動揺が襲う。
「......リアさん?」
声をかけたが、返事はない。 姿も見えない。 ユズはいよいよ焦り出す。
「......リアさん!? リアさんどこ!? 返事してっ!! リアさんっ!!」
声をかけるが、果たして何もなかった。 先ほどと同じく、空気を読まない爽やかな潮風が吹き抜けるばかり。
その時、ユズの中に過ぎるものがあった。
これは、きっと誘拐。
そうなれば、もしそうだとすれば......最悪、その、末路は......!
「......くっそ!」
柄に合わない声を出し、ユズは街の方へと走り出した。
サーナイトが俯いたその時だった。
家のドアが勢いよくバンと開かれる。 2匹はびくりと震えた。 そして、そこから甲高い声が聞こえてきた。
「奥さん、奥さん! 聞いて頂戴よ!」
「どうしたのよオーダイルさん、そんな慌てて」
「あんたの旦那脱獄したって!」
『ええっ!?』
これまた同時に驚く。 サーナイトは特にそれが顕著だった。 途端に体が震えだす。
「なんで......どうしてっ!」
「そんなの知るわけないでしょう! なんか警察がダンジョン行く時入り口にテレポートするのに使う道具まで盗られたって......どうなってるのよ」
オーダイルが途方に暮れた表情を見せる。 そんな中、また1つ声が街にこだました。
「キラリぃ!!」
それはユズの声だった。 キラリは反射的に外に飛び出す。 駆け込んできたユズはすぐに何かを伝えようとするが、息が荒れて声がうまく出ない。
「ゆ、ユズ落ち着いて......何があったの? リアさんは?」
「けほっ......それが......急に煙幕かけられて......それで......はぁっ、払ったんだけど、リアさんいなくなってて......」
「リアが!?」
驚いたのはサーナイトだ。 手を口に当て、「信じられない」と言わんばかりの顔だ。 ユズは苦しげな顔で、ひたすら謝罪する。
「ごめんなさい......はぁっ、私がいながら......ごめんなさい......!」
まさかの事態。 場が混乱で満ちてしまっているが、ここで止まっていてもリアが危ないだけである。 キラリは頬を叩き、ユズを諭す。
「.......大丈夫、まずはリアさんを助けなきゃ......そうでなきゃ......!」
早まる鼓動をなんとか押さえた。 ユズの息が荒い今は、自分が率先して動かないといけない。
「......オーダイルさん!」
「はいっ!?」
「テレポートの道具が盗まれたって言ってましたよね!? どこ行きのですか!?」
「し、知らないわよ。 警察に聞けば多分」
「分かりました、ありがとう! ......ユズ、息は? 走れる?」
「......大分、落ち着いた」
「......よし、行こう! 犯ポケがダンジョンに行ったのなら、私達にも出来ることはあるっ!」
「うん......!」
走り出す2匹。 状況が飲み込めないサーナイトは、思わず疑問を口走る。
「......あ、あなた達は一体!?」
キラリは真剣な面持ちのまま、サーナイトに向かって叫んだ。
「......探検隊です!!」