第1話 ~からっぽのきおく~

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読了時間目安:14分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

主な登場人物

 [少年:元人間・ミズゴロウ♂]
 [イーブイ:イーブイ♀]

前回のあらすじ
目が覚めたら知らない建物にいた少年。自分がミズゴロウになっているのを知って彼は気絶してしまう……
「…………、聞こ……………」


……少年は、だれかの声を聞く。ここは、夢の中、なのだろうか?なんとも形容しがたい、不思議な空間が広がっている。

「……よく、聞こえないよ。誰なの?君は」
「"シズ"さん、……………………。……、やはり……………………」
「何……?"シズ"って……もしかして、ボクのこと?」

声の主が男性なのか女性なのかもわからないほどに中性的で、異常を感じてしまうほどにきれいな声。その声は、少年は知らないはずなのに、でも何度も聞いたことがある……そんな不思議な名前を呼ぶ。

「今……、……………………、…………………」
「……あれ?目の前が、白く……あ、まってよ。君は……君は、だれ……?」

少年の視界が純粋な白に包まれるにつれ、意識がぼんやりとして何が何だかわからなくなっていく。そして……











「うぅ……ん?」
「あっ、起きた」

少年が目を覚ますと、全くなじみのない天井が視界に飛び込んできた。いや、なじみがないわけではない。一度見たことがある。そして、藁の上に寝かされていたのも初めてじゃない。

「もしもし……?キミ、なぜか急に倒れちゃったんだけど……大丈夫?」

この少女の声も、一度聞いたことがある。声のする方向へ視界を向けると、一目で誰かに世話されているであろう事がわかるようなきれいな毛並みに紫のスカーフをつけた、あの言葉を話すイーブイがいた。ということはつまり……

「……やっぱり、ミズゴロウだ」
「えっと、聞いてる?」

やはり、人間だったはずの自分の姿はミズゴロウになってしまっている。それを確認した少年は、イーブイを無視して思考にふける。

(……状況を整理しよう。ボクは過去にも一度、ここで目覚めたことがある。それも、多分今日と同じ日に。そのとき、ボクは誘拐されたのを疑ってこの建物の外へと出ようとした。でもこのイーブイに邪魔されて……イーブイに自分がミズゴロウになってるのを見せられた瞬間、急に視界が真っ暗になって……そしたら今度は、へんな夢?を見て……いやもう、なにがなんだか。こんなの整理しきれないよ……)

「……もしもーし?」

イーブイの声に、少年はハッとする。どうやら自分の世界に入り込んでしまっていたようだ。ずっと前からこのクセはあった……ような、なかったような。

「ああ、ごめん。ちょっといろいろ考えてた。とにかく今は大丈夫そうだよ」
「うん……?そっか。ならよかった」

さっきまで黙っていた少年が急に話し出したからだろうか?イーブイは疑問符の似合う表情をしている。そして、数秒間の沈黙の後、イーブイは口を開く。

「ちょっと、聞いていいかな?」
「う、うん。いいけど……」
「……キミが倒れちゃう前の話なんだけど。キミ、あそこで何してたの?木箱の横で大変なことになってたよね」

……まずいことを聞かれてしまった。そう思った少年は少し顔を青くする。少なくとも木箱の中身をばらまいてしまったときは、イーブイはあまり少年に敵意を寄せていないように見えていたが……この質問の返答によっては、大変なことになるかもしれない。少年は、このよくわからない建物へと自分を連れ去った人物の存在を疑っている。このイーブイがその自分を連れ去った人物のポケモンかもしれないことも疑っている。さらにいえば、少年にはこのイーブイがとても複雑な内容の命令を理解できるように思える。例えばここから逃げだそうとしているヤツがいたら"始末"しろ、だとか。ここから逃げだそうとしていた、なんて言ってしまったら……。そういえば、あの木箱の中には木の実が入っていたはず。嘘をつくのに使えるかもしれない。

「あ、えっと、うん。おなかが、空いてさ?木箱に木の実があったし……おいしそうだなーって」
「ごめん。正直に話してほしいな」

一瞬にしてバレてしまった。少年の態度は先ほどから変化している。具体的に言えば、ごく一瞬、少しだけ目が泳いだり、声の抑揚が少しおかしくなったり。人のことをよく観察する人物なら簡単に見抜ける嘘だった。
これ以上嘘をつくと逆に危ないかもしれない。もう本当のことを言ってしまおう。あんまり相手を刺激しない表現で。

「……ここから出ようとしてさ、そのときに足をもつれさせちゃって。ああなったんだ」
「どうしてここから出ようとしたの?」
「目が覚めたらいつの間にかここにいて、わけがわからなかったから……」
「……なるほど」

また、数秒間の静寂がやってくる。少年が自分にとって不利な質問をかわそうとしているように、イーブイも少年が嘘をついた理由を探ろうとする。この沈黙は、そのための脳内作戦会議タイムだと言えるかもしれない。

「……自分がここにいた理由を知りたいの?ミズゴロウさん」
「えっ?あ、うん……」

少年の額には汗が浮かんでいた。自分は、何を言われるのだろうか。正直に言ってしまったのは間違いだったのだろうか……?

「キミ、森の中で倒れててさ。呼びかけても目を覚まさなかったから、ここにつれてきたんだ」
「……なんだって?それは、君が?」
「そうだけど……」
「ボクは誘拐されたわけじゃなかったの!?」

少年の予想に反する事実がイーブイの口から語られる。イーブイの言葉が本当だとすれば、自分の不審な行動の数々は全く必要なかったことになってしまう。その迷惑をかけた罪悪感が少年を刺激したのかもしれない、イーブイのセリフが真実であるという確証がないにもかかわらず少年の口から今まで隠し通してきたはずの憶測が飛び出してしまった。

「え?そんなわけないじゃん。もしかして、さっき嘘をついたのって……」
「ここに住んでいる人に誘拐されたと思ってたから……ごめん」
「あはは、別にいいよ。キミ、ヘンなこといっぱい言うから、なにか危ない隠し事をしてるのかなって疑ってた。でも……それはキミがヘンな勘違いをしてたせいだった。安心したよ」
「ごめん、ホントにごめん!」
「まあ、ワタシだって、いきなり変なところで目が覚めたらこわくなっちゃうし。これは仕方がないよ」

……どうやら、少年が口を滑らせてしまったのは、結果的によかったらしい。少年とイーブイはおたがいへの警戒を完全に解く。

「あっ、そうだ。名前、聞いてなかったね。ワタシは"ユカ"。キミは?」
「ボクは……あれ?」

"ユカ"を名乗ったイーブイに名前を聞かれた少年は、なぜか自分の名前を思い出せなかった。いや、心当たりはある。自分が倒れていた時に見た夢、そこで聞いた声は少年のことを"シズ"と呼称していたのだ。確信は持てないが、しかし名前を聞かれて名乗らないわけにはいかない。

「ボクは、"シズ"。多分、シズだと思う」
「シズ……いい名前だね」

少年は"シズ"を名乗った。この名前が正しいのかどうかはわからないが……それでも、口に出してみるとなんだかしっくりくる。

「あの、シズさん」
「さん付けはしなくていいよ。ボク、そんなエラいひとじゃないし」
「……じゃあ、シズ、でいいかな?ワタシのほうも気軽にユカってよんでね」

そう言うと"ユカ"はにっこりと笑ってみせる。それを見た"シズ"はなんだかよくわからない、心の落ち着きのようなものを感じる。懐かしい、とかそういった感覚だろうか……

「それで、シズ。キミに聞きたいことがあるんだけど」
「なあに?ユカ」
「キミは、どこに住んでるの?」
「いいことを聞くね。それは……あれ?」

またもや、シズはなぜか自分の住んでいた場所を思い出せなかった。自分の大事な情報が2つも頭から抜け落ちていることにシズは不安を感じる。まさか、ほかのことも……?

「……覚えてない」
「え?ホントに?」
「それどころか、森で倒れてたんでしょ?ボク。その前の記憶とか、自分が何してたかって、そういうのが1つもないんだよ!」
「……なんだって!?」

シズは気づく。自分が通っている学校とか、自分はポケモンを飼っていたかとか、もし飼っていたならどんなポケモンだったかとか。そういった自分に関する知識を含めた、この建物で目覚める以前のあらゆる記憶が消えていることに。かろうじて自分が学生であったことと、自分の年齢は覚えているが、それ以外のすべてがなくなってしまっている。

「き、記憶喪失って事?それ……」
「多分そうだと思う……あぁ……これからどうしよう……」

シズの顔は目に見えて恐怖に染まっていた。記憶が消える……自らを形作った過去を失った事実は、シズというたったひとりの少年に背負わせるにはあまりにもひどい絶望なのだ。

「ほ、ほら!元気出して!ね?あ、そうだ!ほら、キミが倒れてた森に行ってみようよ!何か手がかりがあるかもしれないし!!」
「……ホント?」

ユカのセリフに、シズの表情が少し和らいだように見える。実際にはもうすでに、シズが倒れていた場所には彼の出自に関係ありそうな物はなかったことがユカ自身の確認によってすでにわかっていたのだが、それでもあえて"手がかりがあるかもしれない"と発言したのだ。まさに機転を利かせたのである。

「うん!ホントだよ。何もなかったとしても……いや、きっと何かあるよ!」
「わかった。そこにつれていってよ!」
「それじゃ、行こうか!」

ユカは壁に掛かっていた暗めの黄色と茶色の鞄をとり、自分の体に掛けると、前足を器用に使ってシズの前脚をつかみ引っ張ってゆく。そして扉を超え、玄関を超えて、この建物の外へとシズを連れ出したのだ。

その玄関の先には、自然がいっぱいに広がっていた。なだらかな大地にたくさんの草木が生い茂っている。そこに水たまりや池といったアクセントが加わり……できることならずっとここで暮らしたい。そんな感想を抱くようないい場所だ。

「ほらこっちだよ!」
「あ、うん!」

シズはユカに連れられて、自分たちの出てきた建物……白色の丸い円形で、青い屋根の小さめな家の裏側に回り、その先に見える、より一層草木が生い茂った森の中に入っていくのだった。












「ここ……だったと思うよ、キミが倒れてたのは。ほら、そこのおっきい池の、おっきい岩の横」
「やっとついたの……?すんごく疲れた……」

二匹は、ずっと歩き続けていた。こんな方向感覚の狂いそうな、ポケモン一匹いない森の中でよく迷わずに歩けるね……シズはそう、ユカに対して感心していた。そして、やっとの事で目的地にたどり着いたのだ。

「それじゃ早速調べてみようか」
「そ、その前にちょっと休憩していいかな……?」
「もちろんいいよ。そうだ、ちょっとここでご飯休憩にしよう。」

そう言うとユカは、おもむろに鞄を開ける。そして中から2つのリンゴを取り出し、そして片方をシズに手渡す。

「ん、ありがとう。ユカ。……いただきます」
「どういたしまして」

リンゴを受け取ったシズは早速それをかじってみる。……酸っぱい。自分が知っているリンゴの味とはずいぶんちがう、そういった感想をシズは抱く。しかし酸っぱさだけでリンゴの味が終わるわけではない。少しの甘さと強いかおりが口いっぱいに広がってゆく。もし、これをアップルパイなんかにしたら強い甘さとこの香りが同時に、いっぱいに広がって……とてもおいしそうだ。ただ、そのまま食べるのには向いていないような気もする。決してまずいというわけではないが。

「な、なんだか酸っぱいねこれ」
「この酸っぱさがいいんだよ」
「そう……?ボクはもうちょっと甘いほうが好きかな」
「リンゴの良さをわかってないなあ」
「えっ?でも……」

この後、しばらくリンゴの味の好みについて語り合っていた二匹。……そして、リンゴをかじりながら話していた二匹の耳に、何者かの足音が響く。

「だから、リンゴの酸っぱさは……あれ?シズ、何か聞こえない?」
「うん。確かに聞こえるね。足音かな?」
「足音?おかしいな、このあたりは鳥ポケモン以外はあまり立ち入らないはずなんだけど。土地勘がないと迷うからね」

ユカは首をかしげる。確かにユカの言うとおり、ものすごく迷ってしまいそうな雰囲気を放っているこの森にうかつに侵入するやつはそうそういないだろう。そう考えながら、周りをキョロキョロ見渡していたシズは何者かの人影を視界に捕らえる。いや、人の影というよりポケモンの陰と言ったほうが正しいだろうか。

「あ、ユカ、あっちにヒトカゲっぽい人影が……」
「えっ?ホントだ。足音の正体はあれかな?」

シズが前足を指した方向を確認すると、確かにとかげポケモンのヒトカゲがいた。直立した恐竜のような、体全体のオレンジ色と腹部のクリーム色で構成された体色の、二足歩行のポケモン。そしてユカは、シズが発見できなかった事も確認できる。そのヒトカゲはなぜか、こねずみポケモンのピチューを担いでいる。皆さんご存じピカチュウの進化前のポケモンだ。

「シズ。あのヒトカゲ、何か担いでない?」
「あ。ホントだ。……ピチュー?いやあれ、友達とか、大切なひとを扱うやり方じゃないよね……」
「うん、アイツものすごく怪しい。追いかけてみようよ」
「……賛成!」

二匹は、今までよりもずっと木々が生い茂り、そして暗い方向へと消えていくヒトカゲを追う。そして自身らも、その深い森の中へと消えていくのであった。

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