第19話:悲劇に向かって――その1

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「ん……」

 ポチエナたちと戦って気を失ったホノオが、静かに目を覚ました。しばし身体を休めたはずだが、相変わらず体調は優れない。起き上がると、頭がガンガンと痛んだ。

「あ、起きたか」

 セナはバッグをまさぐると、ホノオに体力を回復するオレンの実を差し出した。

「お前が怪我したまんま倒れたから、安全そうなとこまで運んできたんだ。もう大丈夫。まだ身体痛いだろうし、それ食えよ」
「……う、うん。ありがと」

 血生臭い戦闘の面影を感じさせない、平穏な笑み。そんなセナの顔が、ホノオは怖かった。
 びくびくと返事をすると、ホノオは申しわけなさそうにオレンの実をかじる。怪我は癒えていったが、免疫力を上げる作用はないようで、微熱は下がってくれなかった。
 すっかり怪我は治ったのに、ホノオは虚ろな瞳。呼吸も少し早まっているようだ。隠しきれない体調不良を、やはりセナにつつかれる。

「やっぱり調子悪そうだね。大丈夫か?」

 不器用な温かみが、その言葉にはない。これは、オレの知っているセナではない。やっぱり、今からでも、セナを取り戻さないと……。ホノオは真っ直ぐにセナに向き合った。

「なあ、セナ。昨日のこと、お前が怒るのも当然だよ。オレが悪かったよ。だからさ、本当に、お願いだから……。今までのセナに、戻ってくれないか……?」

 セナの瞳の奥の感情を、微々たる変化をしっかりと感知できるように、ホノオはセナの目をしっかりと見て語りかける。心からの正直な言葉で、セナの感情を揺り動かそうとしたが……。

「なんで? どうしてお前は、今までのオイラに戻って欲しいの?」

 そこに憤りや寂しさは感じられない。極めて混じりけのない疑問を、セナはホノオに投げかけた。

「な、なんでって、そりゃ……。今までのお前の方が、やっぱりオレ、好きだったっていうか……」
「ふうん。敵への攻撃をためらって、判断を誤って、お前の足を引っ張る、使えない奴が好きなの?」

 こうして欲しい。こっちの方が好き。ホノオが勇気を振り絞って伝えた感情は、セナは情報として認識してくれないようだ。淡々と、情報への質問を返してくるセナに、ホノオは口ごもってしまう。

「それでも。オレ、いつものお前が好きだし……いつものお前が好きで、こうしてガイアまで追っかけてきたんだよ。今日みたいに、敵を必要以上に痛めつけるなんてさ……お前、そういうの、嫌いだったじゃん……」
「そうかなぁ。オイラはあの方法がすごく良心的だと思うって、さっきも言ったんだけどなぁ。だって、あっちが殺る気なのに、こっちは命を見逃してあげるんだよ? まあ、何度も追ってこられても困るから、ちょーっと細工はさせてもらったけどね。……お前は、それじゃ、不満?」
「い、いや……その、えっと……」
「ふ。優しいんだね、お前」
「……っ」

 引き下がってはいけない。セナを変えてしまった責任を、修復という結果をもって果たさなければならない。そう心に鞭を打つホノオだが、セナの心に届く言葉を探せない。
 ――優しいんだね。
 せめてその言葉が、怒りを燻ぶらせているセナの、嫌味であって欲しかった。もう一度喧嘩ができたら、どれだけ楽だったろう。
 説得も、懇願も、喧嘩も、もう、できない。
 具合が悪いことなど、どうでも良かった。とにかくこの茂みは、居心地が悪すぎる。

「……行こうか。もう、行こう」
「え? もう少し休んだ方がいいんじゃない? 敵が来ても、オイラがちゃんと対処してやるよ」

 ならばなおさら、ここに隠れていようが、外に出ていこうが変わらないではないか。セナのフォローの言葉が、ホノオを追い払うように。

「いいって、本当に大丈夫だから」
「そっか。じゃ、行こうか」

 セナは自分たちの身を隠してくれていた長い雑草をかき分け、茂みの外の様子をうかがう。救助隊のポケモンがいないとわかると振り返り、ホノオを見て頷いた。そして2人は、また東へと歩き始める。


 どれくらい、無言の時が経過したのだろうか。ひたすら草を踏みしめて歩く音だけが、静かに、明るい森に響いた。

 このまま救助隊に見つからなければ、どれだけいいだろうか。気まずいことには変わりないだろうが、誰も傷つかなくて済むんだ。
 こんなホノオの想いが叶うはずもなく――。

「あっ、セナとホノオだ!」

 ――あぁ、再び、繰り返される。
 背後から聞こえる救助隊のポケモンの声。振り返るセナの冷淡な眼差し。それらを見たホノオは、心を蝕む恐怖におののく。

 壊れてゆくセナを、救助隊のポケモンたちの悲劇を、もう見たくなかった。




 時は戻って、この日の朝。
 昨夜のしとしと雨が、雑草を柔らかく濡らしている。もう雨は止んだようで、聖なる森は朝陽に包まれていた。

 昨日、救助隊ボルトはセナたちを追いかけて渓流の谷へ向かった。それが気がかりで仕方がなかったヴァイスたちは、朝早々に目を覚ました。
 まずは、セナたちの目撃情報があった渓流の谷へと急ぐことにしたのであった。


「しかしさぁ」

 森を歩きながらブルルは話し出す。ガルーラからもらった黄色のバッグは、今日はブルルが持つ日になっていた。

「とりあえず渓流の谷までは目撃情報があるからいいよ。でも、そのあとセナたちはどこへ行ったんだろうな?」

 みんなが「うーん」と声を出してうなる。ヴァイスは自らのバッグから地図を取り出した。

「そうだねぇ……。渓流の谷は、“みどりの草原”、“広葉樹の森”、“どんぐり山”の3つの土地に繋がっているんだ。セナたちは、どこへ行ったのかな?」

 答えが分からず、再びうなる一同。広大なガイアで小さなゼニガメとヒコザルを見つける難しさを、ひしひしと理解できた。

「まあまあ、とりあえず早く渓流の谷に行っちゃおうヨ!」

 考えるのに飽きたシアンが言うと、

「そうだね。もしかしたら、そこに目撃者がいるかもしれない」

 と、メル。

「もしかしたら、セナたちもまだ渓流の谷にいるかもしれないし。ボルトに襲われていたりしたら、大変だ!」

 昨日のボルトの、手段を択ばない言動を思い浮かべ、ヴァイスは何かに急き立てられる気分になる。

「うん。行こう」

 ブレロの言葉で、皆が走り出した。


 渓流の谷に近づくにつれて、気がかりなことがあった。彼らが向かう先の上空には、真っ黒な雲が。

「天気が悪そうだな」

 ソプラの言葉に表情が曇るが、それでも足を止めない一同だった。




 悪い予感は、当たった。
 聖なる森の木々に別れを告げ、岩山地帯の渓流の谷に足を踏み入れた途端に、彼らは雨粒に身を叩かれたのだ。

「うわあ!」

 雨が苦手なヒトカゲのヴァイスは、悲鳴を上げてしゃがみこんでしまった。少しでも雨が当たる面積が狭くなるように、とっさに身を小さくしたようだ。しっぽの炎に雨粒が飛び込み、じゅうじゅうと音を立てて蒸発していった。

「これはまた、すごい雨だね」
「ヴァイスさん、大丈夫?」

 水タイプ、カメールのメルさえも、空に向かってため息をつく。
 アルルはヴァイスの炎の上に手をかざし、雨粒から守ろうとした。

「あ、アルルありがとう。えへへ、いきなり雨が降ったから、びっくりしちゃった」

 ヴァイスは強がって立ち上がる。するとアルルも、立ち上がってしっぽの炎の上に手をかざし続けた。

「ありがとう、アルル。でも、もう大丈夫だよ。熱いでしょ?」
「えへへ、大丈夫。温かいよ」

 アルルの照れながらも幸せそうな表情がなんとも微笑ましいのだが、背の高いヴァイスに合わせて手を差し出しながら歩くのは少々大変そうだ。それに気がついたブレロが助け舟を出す。

「いい雰囲気のところ悪いんだけどさ。僕の頭のハスの葉でヴァイスの炎を守るよ。アルルも、そのままじゃ歩きづらいだろう」

 そこで、ブルルが援護射撃。アルルに近寄り、そっと耳打ちした。

「ほら、ヴァイスの後ろよりも横にいた方が話がしやすいだろ?」

 ハッとアルルが顔を上げると、ブレロとブルルの優しい笑顔が目に入る。ヴァイス以外のメンバーには、恋心がバレバレであるようで、アルルは顔を赤らめた。

「あ、ありがとう」

 アルルが手をおろすのと同時に、ブレロの頭のハスの葉がヴァイスの炎と雨粒を隔てた。


 おおむね幸せな、彼らの現状。しかしこの日、ヴァイスたちは悲劇に飲み込まれることとなる。

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