#4 蜂蜜-7-

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読了時間目安:8分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください


 ビークインがいなくなったことで、ミツハニー達は指令系統を失い、混乱していた。一糸乱れぬ動きは見る影もなく、少しずつばらばらに散らばっていく。
「こいつら、女王がいなきゃ人を食う意志すら持てないんだ。放っておいても勝手にくたばるだろうぜ」
 ケタケタと、キュウが笑う。
「だが、そうなってしまっては困る」
 ドドはそう言うと、杖を掲げて広範囲のまじないを発動する。ミツハニー達に、偽の指令を与えたのだ。
「木の根本に戻れ。そのまま、眠れ」
 空に散らばる蜂達は、緩やかに指令に従っていく。するすると、元々いた木の根本に整列していった。ビークインが指令を出したときほど機敏な動きではないものの、確実にドドの指示には従っている。
「巣穴の中で、永久にじっとしていろ。食われても、抵抗せず、味覚も食らわず、ただ飲み込まれるんだ」
 杖には、ジャグルの灰が大量に塗り込まれている。二人の力が合わされば、蜂達にとって理不尽な指令を下すのは造作もないことだった。あっけなく元の巣穴に戻っていくミツハニーを眺めながら、ジャグルは唸った。
 全てのミツハニーが整列するのを見届けて、ドドは口を開く。
「さて、最後の仕上げだね」
 ドドは背後を振り返る。ジャグルも同じ方向を見た。木陰からマティアスがこちらをのぞき込んでいたのが見えた。ジャグルと目が合い、ひっ、と彼は声を上げた。
「ご安心ください。人食いは退治しました。あなたを襲うものは、もうありません」
 ドドは優しい声で彼に話しかける。彼はきょとんとした顔をしていた。
「蜂蜜も無事です。どうぞ、心おきなく召し上がって下さい」
 ドドは続ける。優しげな口調に、ジャグルは訝る。
 彼は恐る恐る出てきた。だが、顔色を伺うようにこちらを見て、足を止めた。ジャグルに一喝されたこともあり、本当に蜂の巣へ向かってもいいのか迷っているようだ。しばらく黙っていると、結局彼は背中を丸めながら蜂の巣に向かって早足で駆けていった。
 一心不乱に蜂蜜を取ろうとする彼の姿を、ジャグルはじっと見つめた。 

 彼をどうすべきか考えあぐねているうちに、ドドは先に動いた。彼に近寄り、耳元でささやく。
「ただし蜂蜜は、もう生まれません。ここにあるのが最後です」
 紛れもない真実を告げると、えっ、と彼は振り返った。
「なんてことを」
 彼はすがるように、ドドに向かって手を伸ばした。
「なんてことをするんだ」
「ええ。蜂を『何とかする』のが我々の仕事なので」
 救いの無いことを言う、とジャグルは思った。だがそれ以上に、マティアスを哀れだとも思った。彼はうなだれ、落胆する。小さな声で何かをぶつぶつと呟いている。恐らく、怒りに近い感情だと推察する。ただその恨みを、我々に向けるべきか、依頼した村長達に向けるべきか、分からないのだろう。
 その様子を見て、ドドは微笑みを浮かべる。そして、ミツハニーを一匹取り出し、彼に指で受けるように勧めた。虫の体を割り、彼の無骨な指に体液がしたたり落ちる。
「どうぞ、召し上がって下さい」
 ドドは手を出して、マティアスに勧める。彼は少し迷ったのち、ゆっくりと指を口に入れた。その瞬間、目を丸くする。そして、指とドドの顔を交互に見た。
「恐らく、あなたはこう思ったでしょう。甘いけど味が違う。そして、もういらない、と」
 ドドの言葉に、彼は震えるように頷く。自身の思考を読まれているような言葉に、動揺を隠せないらしい。
 まじないの力で、ドドは蜂蜜に細工をしていた。三つ目の偽の指令を与え、奪った味覚の回復に努めるよう指示を出したのだ。勿論、人食いが食らったものはすでに糧となっているため、そっくりそのまま戻せるわけではない。だが、食った味覚を再び育てる力はある、と言うのがドドの見立てだった。
「これでこの村も、元に戻るかな」
 人食いの力に振り回され、崩壊しかけていた集落。
「嫌だ」
 村人の言葉に、へ、と声を上げるジャグル。
「嫌だ、村が、元に戻るのは」
 マティアスはすがるように、ドドのことを見つめた。ジャグルは初めて彼を見かけた時のことを思い出す。彼を見かけた村人の態度は、嫌悪感に満ちたものだった。彼が村の中でどんな扱いをされているのか、ジャグルは察した。つらい思いをしているのだろう、と思う。
 ジャグルはドドを見つめた。
 ドドは少し思案した後、指を宙に走らせた。すると、インクのようになぞった跡が宙に残った。夜闇で内容は分からないが、どうやら文字を書いていることは分かった。ドドが二行ほどの文章を書き終えると、最後にそれを指で押し、村人の額に押しつけた。宙に描かれた文字は、するすると彼の頭の中に入っていく。
「今、あなたに一つの場所を伝えました。もしこの村がいやでいやで仕方がない、と言うのであれば、そこを訪ねて下さい。少し遠いかもしれませんが、あなたには出来るはずです」
 どの場所を、と聞きたそうなジャグルの顔に気付いて、ドドは微笑む。
「この村に来る前、最後に泊まったクラウディア夫人の別荘だよ。彼を受け入れていただけるように、俺からも打診してみる」
 ドドは、彼の分厚い手を取った。手のひらは固く、血豆もできている。
「あなたはもしかしたら、ここでは鈍い者だと言われてきたのかもしれません。ですが、この手を見るにきっと働き者なのだと思います。夫人のところなら、重宝してくれることでしょう」
 そう言ってドドは微笑み、手を離した。
「あとは、あなた次第です」
 立ち去る二人を、マティアスはぼんやりと眺めていた。

 ドドとジャグルは、ひっそりと村を離れた。
 戻りの旅支度を誰にも見つからずに済ませるのは簡単だった。姿を隠すまじない。自分から出る音を消すまじない。足跡が残らないまじない。悟らせない方法は、いくつもある。まじないさえかけてしまえば、後は何食わぬ顔をして拠点に戻り荷物をまとめて、馬屋から馬を連れてくるだけでいい。ドドは一枚の便せんに、仕事の完了報告と挨拶もせずに出て行った詫び、そして村が元通りになることを願う文をしたため、集会所の机に置いていった。
 夜の山道は危険を伴うが、馬が足を踏み外さないように感覚を補助してやれば、何も問題はない。
「マティアスさん……あの人、本当に来るのかな」
 ジャグルはふと呟いた。彼の優柔不断な性格のせいで、結局ドドの助け船を諦めてしまうのではないか、という疑念はあった。それなら、最初から一緒に連れ出す方法もあったはずだ、とも。ジャグルの疑問に、ドドは答える。
「彼にはまじないをかけておいた。新天地を渇望する気持ちと、行動する勇気を奮い立たせるまじないだ。たとえ誰かの手助けがあったとしても、自分の意志で動き、何かを成し遂げた、という感覚が、彼には必要なんだと思う」
 そうかもしれない、とジャグルは思った。
「おれは、どうなんだろうな」
 今の生き方は、自分で決めた道なのだろうか。
「この仕事は、つらいかい」
 ふいに、ドドが尋ねる。予想していない質問だったので、驚いてしまった。
「つらいときもあるけど、楽しいと思ってるよ」
 少し考えてから、答える。人食い退治も、雑用も、勉学も、すべて同じ思いだ。それがジャグルにとって、嘘もいつわりもない答えだった。
「そう思えるのなら、それはお前が決めた道だよ」
 ドドは言った。
「さあ、やることはまだまだたくさん残っているよ。蜂蜜が尽きれば、きっとこの村は周囲との交易を再び申し出るはずだ。そうなった時に受けれてもらえるよう、夫人にお願いしなければね。俺たちも挨拶回りだ。忙しくなるぞ」
 ああ、とジャグルは頷く。
 木々の間を抜け、視界が開ける。馬は速度を上げて、クラウディア夫人の別荘へと向かった。

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