#2.出逢ってしまった、彼に

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「薬草を探しに……?」

 セレビィの呟きに、それ――ヒトカゲは、そうなんだよ、と口早に言い募る。
 伝えたいことは伝えないと、と。
 気持ちが急いたままに、言葉として飛び出した。

「ぼくのトレーナーさんが熱を出しちゃって、どうしようってひじきに相談したら、ひじきがこの森に体調不良に効く薬草があるかもってなって、じゃあ探しに行こうよってなって、それでひじきに乗せてもらって森の上まで来たけど、んじゃ、お前はあっち探せよってひじきから落とされちゃって、でもでも、この辺り誰もいなくて、不安で焦っちゃって、でも、少し歩いたら生き物の気配したから、とりあえずこの辺りのこと訊きたくて……それで、あ、でね、その……」

 勢いのままにここまでの経緯を語ったヒトカゲ。
 ぜえぜえ、と息が荒いのは、一息に言葉を紡いだせいだろう。
 だが、ここでもごもごとしばらく口ごもって。
 けれども、意を決したのだろうか。
 ヒトカゲという種族にしては、少しだけ強めの色を持った瑠璃の双眸。
 それがセレビィを真っ直ぐ見据える。

「その、ここが神域だとか、禁足の地だとか知らなかったんだ。きみを害する気持ちも、ここを害する気持ちもないよ。でも、知らなくても入っちゃいけないところに入っちゃったのは、どんな理由があってもいけないってことはわかってるつもり。だから、勝手に入っちゃって、ごめんなさいっ!」

 そして、がばりと彼はまたもやその場で伏した。
 先ほど同様に綺麗な形の土下座。
 二度目となると、その見事な形に惚れ惚れする。
 ほおとしばらく眺めたところで、はっとしたセレビィが軽く首を振った。
 呑まれるな。相手の勢いに呑まれるな。
 そう己に言い聞かせたところで、セレビィが口を開く。

「ひとつ、問いたい」

 彼の身体がぴくりと小さく跳ねて、そろりと顔を上げた。
 その瑠璃の瞳を見つめながら、セレビィは言葉を続ける。

「どこから森に足を踏み入れた? ここは森の中心部。ここに辿り着くには、森を護る一族を欺く必要がある」

 ついと細められた剣の宿る蒼の瞳に、彼は冷や汗が吹き出すのを自覚する。

「一族……? 欺く……?」

「ここは“願い星の森”と呼ばれる森だ。知らないのか?」

「……うん」

 瑠璃の瞳に不安の色が滲んだ。

「…………はあ」

 セレビィが嘆息をもらせば。
 びくりとヒトカゲが身体を跳ねさせた。
 不安の色から怯えの色へ。
 そっと様子を伺うように、瑠璃の瞳がセレビィを見上げる。
 そんな眼差しを静かに受け止め、再度小さな嘆息をもらしたセレビィは。
 楽な姿勢に座り直して口を開く。

「ここは“願い星”と呼ばれる存在が眠る森だ」

「願い、星……?」

「願い星とは、ジラーチと呼ばれるポケモンのことだ」

 そこでひとつ、セレビィは言葉を置く。
 意外と言葉を紡ぐことは、気力やなにやらを消耗するらしい。
 乱れた呼吸を整え、また言葉を継ぎ始める。

「この森は、願い星が眠っている間に放出するエネルギーを得て、ここまで広大に育った。それが、願い星の森と呼ばれるが所以」

 ヒトカゲは静かにセレビィの言葉に耳を傾けている。

「そして、その眠りを護り、また目覚めた時にはその友となれるよう心を砕く。そんな、ここに身を置いた一族が――」

「森を護る一族?」

「そうだ」

 そこでセレビィは一息吐く。
 言葉を紡ぐだけなのに、思ったよりも消耗する。
 セレビィの口の端が僅かに上がった。
 ここまで多くの言葉を紡ぐのは本当に久しぶりだったから、こんな感覚などすっかり忘れていた。と。

「ってことは、ここはその願い星さんがお休みの場所で、だから禁足の地になってて、つまり、その、ここは森にとってとても大切な場所で、ぼくは無断で足を踏み入れてちゃったわけで――」

 そんなセレビィの耳に、騒がしい声が届く。
 ちらと見やれば、蒼白という言葉が似合いそうな程に顔色を変えたヒトカゲが震えていた。

「ぼくは八裂きにーーっ!!!?」

 一際大きな声がセレビィの耳に突き刺さった。
 ぐわんぐわんと頭に響く錯覚すら覚える。
 反射的に顔をしかめてしまって。

「そんな、ぼくはトレーナーさんにただいまって言わなきゃなのに、ここで八裂きにされるわけにはいかないんだよっ! だって、いってらっしゃいって言ってくれて、いってきますって返したんだから、ただいまって言って帰らなきゃっ!」

 それに呼応した枝葉達が。

「でも、勝手に入っちゃったのはぼくなわけだから……ぼくが悪いんだよね……」

 わあわあと一匹で喚くヒトカゲへ向かってその先を伸ばす。

「それもこれも、ひじきがぼくを適当に落としたせいだっ! ここで八裂きにされたら、ひじきを子々孫々まで祟ってやるんだからーーっ!!」

 その、ひじきとやらに怒りの矛先を向けたところで。

「え? うわあっ!」

 枝葉達がヒトカゲを絡め取った。
 え、あ、ちょ。と、じたばたともがくヒトカゲが、困った顔でセレビィを見やる。

「ねえ、これなに?? なんで??」

「――煩い」

「へ?」

「お前が煩いからだ」

 不機嫌そうにセレビィが蒼の瞳を細めれば。
 応えるように枝葉がぎりとヒトカゲを絞める。

「――っ」

 ヒトカゲの喉から息がもれた。
 先程よりも力は弱いから、加減はしてくれているとは判断出来る。
 けれども、それもセレビィの気持ちひとつでどうなるかはわからない。
 ちらりと視線を向けた時。そこで初めて彼は気付いた。
 セレビィの身体に走る、幾つもの傷。
 そこから滴っただろう赤と、その乾き具合から、まだ間もないのかもしれない。
 改めて見れば、セレビィの肩の上下が普通よりも速い。呼吸が荒い証拠だ。
 どうして気付かなかったのだろう。
 彼の胸中に罪悪感が広がって。
 ゆるりともがく力が抜けた。
 先程から自分は自分のことばかりで、全く周りのことを気にしていなかった。
 それを感じ取ったのだろうか、絞める枝葉達が弛んだ。
 とすん、と音を立てて落ちれば、ほっと息を吐いて。

「ごめんね」

 一言、言葉をこぼす。
 だが、それに返しの反応はなかった。
 代わりに聞こえたのは、すうすうという寝息で。
 セレビィを見やれば眠ってしまったようだった。
 先程の言葉の往来で疲れたのかもしれない。
 聞こえる寝息が穏やかだったから、彼はそっと安堵の息を吐く。
 外へ視線を向ければ、すっかりと日は暮れ、夜の帳が下りていた。
 空に瞬くは一番星。
 それを静かに見上げて息をこぼせば、吐息が夕闇の森に溶けていく。
 目的があってここに来たけれども、その日はもう動くことは出来なかった。
 夜の森を危惧してのこともあったけれども。
 目の前の存在を放っておくことも出来なかったから。
 自分のトレーナーも、目の前の存在を放っておくことはしないと知っているから。
 穏やかな寝息を耳にしながら。
 すうすうと眠るセレビィを見詰めて、ふふっと穏やかに彼は笑った。
 じりっと彼の尾の焔が音を立てた。

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