27.朔のはじまり

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その頃、マスタールームの二匹はと言うと、仕事を終えて軽く整理整頓をしていた。月初めは何かと物事が動いて仕方がない。
ビショップはふと、まだカレンダーをめくっていないことに気がついた。ペリっと心地よい感触とともに、カレンダーの数がまた一つ大きくなる。

「もうフロンティアに来て半年か……」

それを聞いてルークが「あっ」と何かを思い出したように言った。

「今年は行けなかったね。ジュプトルの追悼」
「うん。だけど、草の大陸あっちに居ても行けなかっただろうし、それならこっちの方がいいじゃない」

ビショップはそう言いながら、棚の扉を開けてカオスになっている書類の整理を始めた。引越し以来、ほとんど手をつけていなかった棚だが、一体何が……。

「あ」

思いがけない品々を見つけて、ビショップは細い目を精一杯丸くした。なんと素晴らしいタイミング。このタイミングでこんなもの見せられたら、天の思し召しと思うしかない。
ビショップは諦めたように笑うと、戸棚から出てきた数々の紙束と一対のグラスを持って、まだ雑巾がけを続けるルークに話を持ちかけた。

「今さらになっちゃったけど、今からやろうか。追悼会」
「……! うん!」

ビショップの手にある品々を見て目を輝かせて頷くルーク。いそいそと雑巾を片付け、手を洗い、ビショップの差し出したグラスを受け取った。全体的に青みがかった透明は、この季節にピッタリで涼しげだ。ビショップのグラスはピンクがかった透明。そしてもう一つ、緑がかった透明のグラス。それを順番にテーブルに並べ、椅子を一脚、倉庫から持ってきて緑のグラスの席に置いた。
その間、ビショップは出てきた紙束を自分の椅子に置いて、隠れるようにしまっていたガラス瓶を取り出した。両手に抱えたそれには不思議な色の液体が詰まっている。見る角度によってオレンジ、白、水色、紺と色を変える液体はまるで朝日のようだ。それを慎重に三つのグラスに注ぐと、椅子に置いていた紙束とガラス瓶をテーブルの中央に押しやって席についた。
準備は整った。

「それじゃあ」「ジュプトルを讃えて」
「「乾杯」」

グラスがぶつかり合って涼しげな音を立てる。それから朝日色の飲み物を同時に口に含んだ。酸味と甘みが一瞬で口に広がり、余韻にまろやかな渋みが口に残る。独特の味わいだ。
このドリンクは木の実を発酵させたもので、人間の飲み物で言うとお酒のようなものだ。ジュプトルが好んで飲んでいて、世界を救う旅の合間にレシピを教えてもらったのだ。

追悼会と言っても、なんてことはない。飲み物を片手に、日記など当時を思い出すものを持ち出して、ジュプトルを偲んで語り明かすだけだ。──もっとも、翌日も仕事があるので「語り明かす」までは不可能だが。

 追悼会も佳境を過ぎた頃、ふとルークが切り出した。

「ジュプトルと会う前のビショップって何やってたんだろうね」

ビショップは、未来世界から帰ってきて、ジュプトルと焚き火を囲んで話した夜のことを思い出した。


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『人間だった頃のビショップってどんな感じだったの?』
『今と多くは変わらないさ。穏やかで、よく居眠りしていた。でも、やる時はやる。すごいやつさ』

ジュプトルはルークの質問に淡々と答えたが、その声音には懐古が滲んでいた。ビショップはなんだか、褒められてくすぐったくなった──もっとも、記憶はないのだが。
ルークがさらに質問を投げかける。

『そこまでよく知ってるってことは、小さい時からずっと一緒に暮らしてたんだね?』
『それがそうでもない』
『『え?』』

これにはビショップも意外だった。記憶が無いなりにも、長年連れ添ってきたパートナーだったのだろうと思っていた。

『意外かもしれないが、ビショップは突然、光とともに俺の目の前に現れた。しかも、全身にやけどを負った重傷で。俺は深くを訊かなかった──と言うより、訊けなかった』

二匹とも返す言葉がない。想像以上の答えに、ただ、あんぐりと口を開けたまま固まるしかなかった。どれだけ壮絶な人生を送れば気が済むのか。

『俺は必死に看病した。驚いたことに、ビショップは人間だった時からポケモンと話すことができた。一命を取り留めたのもそのおかげだろう』


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「……本当に、何者なんだろうね。ビショップは」

ワケを知れば知るほど、謎は深まるばかり。まるで底なし沼だ。手がかりを掴めたと思うと、すぐ見失ってしまう。

(うーん……あれから特に進展はないよね)

正直、今の状況では何も手がかりがない。唯一の手がかりと思われる“時空の叫び”も、世界が平和になったからかパッタリと止まってしまい、存在自体を時々忘れるくらいだ。

「まあ、分からないことは仕方ないよ。今、こうやって無事に生きてるだけでも、ありがたいと思わなくちゃ」

「さ、片付けよう」とルークが言い出した頃には、時計は深夜二時を指していた。明日がつらそうだ。


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(これは……夢? なんだか久しぶり……)

(前は……霧が出てきて……それから、ザシアンが出てきて……)

(!? また霧……まさか……)

(いや、この姿は違う。よく似ているけど、ザシアンじゃない)

『……て……れ……』

(あなたは……?)

『ザ……ンが、姉……し……ない……を……』

(ああ、待って! 消えないで!)

(……)

(……また影……でも、これは……)

『お久しぶりですね』

(ザシアン。今度は何の用?)

『ずいぶんと大きな態度ですね。まあ、いいでしょう。いずれ分かることですから』

(何が?)

『決着をつけましょう。今回はその予告に来たのです。感謝なさい』

(わわっ! なんかイメージが流れ込んでくる!!)

『ここから北の湖の西、山脈を越えると針葉樹林が広がっています。そこで決着をつけます。なお、人間以外の生物は連れてこないように』

(……! イメージが消えた……)

『時は次の満月。これらに応じなかった場合、あなた方の大切なこの地と仲間がどうなるか……。愚かなあなた方でも分かりますね?』

(……)

『以上です。またお会いしましょう』


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「ビショップ! 起きて!!」
「うわあっ!?」

ビショップが飛び起きると、時刻は朝礼の時間をとっくに過ぎている。まずい、寝過ごした。

「まったく……。つらいのは分かるけど『追悼会やろう』って言い出したのはビショップだからね?」
「わ、分かってる……」

動悸が収まらない。どこまでが夢でどこまでが現実か理解が追いつかないまま、スカーフを手に取りサッと巻いて、ルークに引きずられるように寝室を出た。
廊下は修羅場と化していた。

「ほら! 起きてください!!」
「ううーん……あと五分……」

すぐ右の部屋から引きずられながら出てくるポケモンの姿があった。

「おはよう。リンク、わにまる」
「お、おはようございますっ。ほら、わにまる。もう朝礼なんですってば」

グイグイとわにまるを引っ張るリンク。わにまるの腕がもげないか心配だ。
廊下の左からも手を引っ張られたり、おぶわれていたりするポケモンたちの姿が。

「おい早くしろって!」
「まだ頭痛いからやめて……」
「オフェン大丈夫?」
「ううむ、昨日よりはだいぶマシなのだが」

全員が重い身体を引きずってロビーに集合する。ルークがロビーで全員の顔を見回して呟いた。

「全滅じゃん……」

ルームメイトのどちらかは完全にダウン、残る片方も寝不足や気苦労でだいぶぐったりしている。ハードスケジュールの初日だというのに、こんな調子で大丈夫だろうか。

「へー、ここが『ギルド』って所か」

入り口の扉を開けてポケモンがやってきた。それもそのはず。本来ならギルドは営業中。住民のために開かれたギルドなので予約とかの制度もない。急いで顔を作るギルドメンバー。
来たのは、エモンガ、ノコッチ、そして伝説の聖剣士の一角・ビリジオンの三匹組。見慣れないポケモンだが、首元のスカーフやリボンにはそれぞれ開拓士バッジがついている。

「すごいね! 立派な建物だよ!」
「そうね。ドテッコツもようやく本領発揮ってところかしら」
「あの、あなた方は一体……?」

ビショップの問いかけに答えるように、ひのとときのえが彼らの後ろから追いついてきた。正確には、きのえがひのとに連れてこられていた。ひのとが何気なく疑問を口にする。

「あれ、もしかして朝のミーティング中? もう終わってると思ってたけど」
「「「うっ……」」」

悪気のない言葉に詰まるギルドメンバー。まさか、メンバー全員で寝過ごしましたなんて言えるわけがない。ルークがなんとか話題を変える。力強く大きな尾びれが不安げに揺れていた。

「こ、このポケモンたちは?」
「ぼくたちの仲間だよ。パラダイスの運営を手伝ってくれているんだけど、休暇でこっちに来たんだって。正直、ぼくらも会ったばかりでまだよく分かってないんだけど」

ひのとが説明する中、きのえが我慢できず大あくびをかました。先ほどから、うつらうつらとしていたように見えたのは気のせいではなかったようだ。それを見て、エモンガが意地悪そうに腕を組んだ。

「オレたち、朝イチでここに着いたけど、フロンティアの朝って思いのほか優雅なんだな〜」
「ちがっ、普段はもっとちゃんとしてるんだって!」

ひのとが慌てて止めに入ると、後頭部の寝ぐせがピョンと跳ねた。エモンガにそれを指摘されると、ひのとの橙色の顔がもっと赤くなった。

「ハハハっ、冗談だって。だいぶ疲れてるんだな」

朗らかに笑うエモンガに対して、ビリジオンは呆れ顔。付き合いきれないといった風にため息をついた。

「本当よ。世界を救う大冒険でも飽き足らず、外の世界に行くだなんて……」

(世界を救った? ひのとたちが??)

ビリジオンの言葉で一瞬で目が覚めるギルドの面々。一言も聞き漏らすまいと耳を大きくして聞こうとしたが、あいにくひのとに遮られてしまった。

「あ、あのさ、みんな。ちょっと過去のことは言わないでほしいんだ」

その発言に驚愕の表情を浮かべる三匹。落胆するギルドのメンバー。エモンガがみんなの心境を代弁した。

「どうしてだよ!? 別に恥ずかしがることじゃねえだろ?」
「そうじゃなくて……ええと……きのえ〜!」
「ふぇぁっ!?」

ひのとに泣きつかれて、ようやくきのえの目が開いた。ひのとに事情を説明されて、きのえは寝起きの頭で必死に言葉を紡いだ。

「ええと。〈霧の大陸〉のことは〈霧の大陸〉でのこと。今は『フロンティア』っていう新しい土地、新しい世界なんだから、過去の栄光を持ち出すのは違うんじゃないかな……って感じで、どう?」

意外にも、きのえの言葉で三匹はあっさり納得した。

「なるほど。ひのとたちは、かつての栄光や出自で他のポケモンを見ないようにしているのね」
「そうだね。過去のことは過去のこと。今を大事にしないと」
「一理あるな。分かった。〈霧の大陸〉での出来事は何も言わない」
「ありがとう。そうしてくれると助かるよ」

ひのとに限らず〈霧の大陸〉のポケモンたちの理解力と思考の柔らかさに、ギルドメンバーは舌を巻くばかりだ。〈霧の大陸〉のダンジョンは複雑で全体的に難易度が高いと言われている。この光景は柔軟な考え方やチームワークが求められたがゆえなのかもしれない。

(そんな彼らも世界の危機に陥っていただなんて……)

頭脳派が多く、思考力や協力性もある〈霧の大陸〉で、どのような危機があったのだろうか──もっとも、ひのとが口止めしてしまった今、無理やり聞くのは野暮というものだが。

 唯一、ギルドメンバー全員がよく知る種族・ノコッチが、今までの沈黙を破ってこちらに話しかけてきた。

「初めまして。ボクたちは冒険家なんだ。ひのとから『ダンジョン攻略はギルドが主にやってる』って聞いて会いに来たんだよ」
「冒険家?」

聞きなれない言葉に、ルークが首を傾げた。

「うん。色んな所を冒険して謎を解き明かしていくんだ。でも依頼もこなしたりしてる。キミたち──探検隊、だっけ?──と、あまり変わらないと思うよ」

ノコッチの言う通り、仕事内容は探検隊と大差なかった。唯一挙げるとするなら、彼らの依頼は副業のような扱いになるので一気に大量の依頼をこなすのは出来ないんだとか。

「だからさ、ど、どうかな……。ボクたちにも……開拓の手伝いをさせてくれないかな?」
「「ノコッチ!?」」

エモンガとビリジオンの声がハモる。エモンガは慌てたようにノコッチの前に回りこんだ。

「おいおいおい! ギルドって開拓の最前線だぞ! そりゃ『ダンジョン行けたらいいな』とは言ったけど……そんな……最先端を……」

そう言いながらも、エモンガの尻尾は興奮を抑えきれないようにブンブン振れている。それを見て目配せし合うきのえとひのと。

「ぼくからもお願い! 戦力になるって保証する!」
「自分からもお願いします。仲間だからって贔屓して開拓士バッジを渡したわけではありません」
「いいですよ」

二匹の嘆願を、ビショップはあっさりと了承した。あまりの呆気なさに、ひのとたちはただポカンとしていた。

「こちらも手が足りなくて困ってたんです。今、開拓のターゲットが三つもあってこの人数で回すのは正直難しくて……。むしろ、こちらからお願いしたいくらいです」

ギルドメンバーに「ね」と同意を求めると全員が全力で賛同してきた。みんなして首がもげそうなほど振っている。ビショップはエモンガたちに精一杯の笑顔を向けた。

「というわけで、そちらの休暇に差し障りのない範囲で、よろしくお願いします」
「す、すげえ……あっさり決まっちまった……!」

エモンガがあんぐりと口を開ける。しかし、その目は期待に満ち溢れている。ノコッチも飛ぶには小さすぎる翼をパタパタと羽ばたかせて嬉々とした声で言った。

「ブラッキー達にも知らせないと!」
「まだ本部でエンターフープのメンテナンス中のはずね。私、呼んでくる!」
「了解。じゃ、オレたちはミーティングに参加して仕事内容を確認しておく」

エモンガたちがキビキビと仕事を分担する中、きのえはぼんやりした瞳でビショップを見つめていた。




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