第40話 動き出す2匹の歯車

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 1つの夜が過ぎ、朝になる。 ユズ達の家(かつ拠点)は街外れの方にあり、朝は爽やかな葉の触れ合う音の静かなオーケストラが流れるのだ。 だから目覚めはそれはもう穏やか。 こんな場所に家を買えたのがありがたいとキラリは毎日親に心からの感謝の念を飛ばしている。
 ところが、今日は何かが違っているようだ。
 
 
 
 
 「......む?」
 
 キラリの耳がひくりと動く。 何かがいつもと違う、そんな感じがしてたまらなかった。 そのままむくりと起き上がる。
 
 「......ふああ......どしたのキラリ......」
 「いや、なんかいつもと違うなぁって」
 「違う?」
 「うん、聞こえる音が」
 「キラリって耳もいいの......? 私にはさっぱり」
 「うーん、チラーミィって元々耳大きい種族だから多分理由はそっちなんだけど......」
 
 そう言って改めて耳を澄ます。 心なしか耳も大きくなっているかのようだ。 ユズもそれに倣い、物音に集中した。 そういえばチコリータの耳は何処なのかというのに思考が飛びかけるが、そういうものだと誤魔化して頭から排除した。 ......ちゃんと聞いてみると、やはり違和感はあるものだ。 風はいつも通りある。 雨の気配もないすっきりとした秋晴れだ。 だが、どこからか、何かを喜ぶような甲高い声が聞こえてくる......。
 
 「......分かった、女の子の声だ」
 
 ユズが違和感にやっと気づき始めた時には、キラリは既に答えを導き出していた。
 
 
 
 
 
 
 方向は街の方。 当然何かあったのかという意識は働くものだ。 違和感が厄災の始まりだったなんてことはよくあることだ。 朝食は後回しで、スカーフだけさっと巻いて街へと出向く。 ......すると、なんということだろう。
 
 「な、なんじゃこりゃ......」
 
 大通りの入口あたりに、女の子のポケモン達が群がっているではないか。 いや、女の子というか......年齢問わず、様々な女性が群がっている。 早朝であるにも関わらず。
 オニユリタウンは大きな街だ。 当然、1つの群れもかなり大きいものになる。 更にユズとキラリは、進化前というのが災いして周りのポケモンに比べて背が低いため、状況があまり把握出来ない。 一体中心に何があるのか......? 小さいなりにジャンプして中央を見ることを試みようとしていると、道の隅の方から声が聞こえてきた。
 
 「......おい、貴様ら......」
 
 家と家の間にある路地の方。 その入口に1匹のポケモンが立っていた。 それは、2匹にとっては懐かしさと衝撃の感情が入り混じる光景だった。

 『ジュリさん!』
 「......っ、黙れ声がでかい!」

 かそけき声で怒りを表現するジュリ。 他のポケモンに注目されたくないのかもしれない。 2匹は思わず口をつぐみ、そそそと彼の方に近寄った。

 「お、お久しぶりです......」
 「......ふん、言っておくが、自分の意思で来たわけじゃない。 社会勉強だと強制されたに過ぎない」
 「......ジュリさんがここにいるってことは、もしかしてあの群がりは......」
 「......長老様の手紙は届いたのか」
 「あ、うん! ちゃんと読んだよ」
 「なら察せるはずだろう。 ......全く、なんなんだこの街は」

 彼は呆れたような声で言う。 群がりを見て、少し舌打ちした。
 ......あの中心にいるのはきっと「彼」なのだろう。 高身長でスリム。 それでいて聡明そうで優しそうな見た目。 なんだ、凄い簡単な話じゃないか。 それはモテる。 なんで早朝からこんなことになっているのかは判断しかねるが。
 2匹も群がりの方を見つめる。 女性陣の黄色い声が朝からよく響く。
 
 「ケイジュさん、お久しぶりです......頑張って」

 2匹はただただ、中心で猛アタックを受けているであろう彼に、励ましと応援の思いを飛ばしていた。
 あと、少しばかりの謝罪の意も。








 
 
 
 
 
 「あはは......かなり騒ぎになってしまいましたね」
 「ケイジュさん大丈夫......?」
 「大丈夫です、ご心配なく。 はは、役所への行き方を聞こうと思ったらこのざまですよ......」
 「全く......貴様には用心というのは無いのか。 見ず知らずの者に急に話しかけて......お陰で寿命が縮まった」
 「貴方はすぐ隠れましたものねぇ、その素早さは賞賛に値しますが......でも私達はこの街の地理には不慣れです。 だから聞かざるを得なかったのでは?」
 「......別に役所くらい普通に歩けば着くだろうに」
 
 相変わらず険悪な2匹。 といっても、夏よりは少し丸くなったような気がしないでもないが。
 
 「にしてもびっくりですよ、長老さんから手紙は来るし、2匹送るから助けてやってくれとか書かれてるし」
 「やはり外の世界への意識が高まりましたから......ジュリもそうらしいですが、村の外の街に出たことが無いポケモンがあそこは多いんですよ。 というわけで社会勉強です」
 「でもそれならなんで2匹? 他にも行きそうなポケモンはいるでしょうに」
 「外が危険というのがやはり根付いているのもあって、何があっても対処出来るぐらいの戦闘力は要るだろうという話になったわけです......」
 
 笑いながら彼は言う。 確かに急に全てを変えるのは難しいだろうし、変えないと決めていることもあるのだろう。
 
 「あ、ついでに私は自分から志願しました。 色々な場所に行きましたが、ここには来たことはなかったもので」
 「なるほどなぁ......」
 
 街に来た経緯についてキラリがうんうんと頷いていると、後ろから声が聞こえてきた。
 
 「貴方達、荷物も持たずに何してるの。 依頼の一環?」
 「あっ、イリータ、オロル!」
 
 それはイリータの声。 探検隊のバッグも持たず、街中で見ず知らずの大人と話す姿は少し謎に思えるものだったようだ。
 
 「......にしても、見ないポケモンだね」
 
 オロルがケイジュとジュリを凝視する。 別に嫌な意味合いは含んでいない。 だがケイジュは少し微笑んで、ジュリは顔を強張らせるという真逆の反応を見せた。
 
 「あっ、遠征先でお世話になったポケモンで......」
 「ああなるほど。 じゃあ挨拶しといた方が......いいよね?」
 「そうね。 ......改めまして初めまして。 私はイリータと申します。 右のロコンがオロル。 この2匹と同期の探検隊です」
 
 ぺこりと1礼するイリータとオロルに対して、ケイジュが言葉を返す。

 「なるほど......こちらこそ初めまして。 私はケイジュでこちらがジュリ。 東の方の小さな村から来た者です。 お見知り置きを」
 
 ケイジュの方も礼をする。 案の定、ジュリの方はやはりそっぽを向くばかりだが。
 にしても、イリータの初対面の彼への態度がユズの中で引っかかるものがあった。 自分達の時はあんなに強気だったのにと彼女は心で首を傾げるが、まあ年上という立場でもあるし仕方ないところはあるだろう。
 そんなことを考えていると、また1つ不可解な点があった。
 握手の時、イリータは少し目を丸くしてケイジュの顔を見つめていた。 別にそれで何かする訳でも無いのだが、ケイジュはもう片方の手で頰を触りながら言う。
 
 「......どうしました? 私の顔に何か?」
 
 イリータははっとしたような表情をし、その後ふるりと首を振った。
 
 「いえ、何も。 不躾でごめんなさい」
 「そうでしたか。 確かにインテレオンはこの街にはいなさそうですし、色々珍しがるのも無理はないでしょう」
 「......そうですね」
 
 イリータが微笑んで答える。 そしてその後、2匹は宿を探すということで(流石にユズとキラリのところに泊めてもらうのはちょっとアレらしい)地図等がちゃんとある役所の方へ行ってしまった。 見えなくなるまで手を振っていたキラリに対し、イリータはこう言う。
 
 「あの2匹、なんだか変わっているわね」
 「そう? まあジュリさんは私的にもちょっと思うけど......ケイジュさんも?」
 「......勘違いしないで貰いたいけど、なんとなくよなんとなく。 別に貴方の解釈を否定する気はない」
 
 そこに、オロルが1つの疑問をぶつけてくる。
 
 「そういやイリータ。 君、握手の時ちょっと変だったけど......何かあったんじゃないか?」
 「いや、あれは別に何か特別に感じたわけでもなく......無意識ね。 まあ気にすることでもないわよ。 エスパータイプとして生きてる以上、こういうのはよくある」
 
 補足した上で、イリータは少し息を吐いた。
 
 「......まあ強いて言うなら、中々掴みどころがない感触......とでも言おうかしら」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ケイジュは先程のイリータの表情に、内心驚きを隠せずにいた。 歩きながら、何度も自分の右手を見詰める。 黒くてほっそりとした、少し大きめな手を。
 
 (......まあ、仕方ないものでしょうか......)
 
 インテレオンという種族は、この辺りでは全く見かけなかった。 村に定住する前ーーつまり1匹で旅をしていた時には、たまに見かけたものだが、それでも行ったことのある範囲ではそこまで見なかった。 ......単純に、ポケモンの種類があまりにも多くて1つの種族が全体のポケモン数に占める割合が少ないだけなのだが。 
 
 ただ、それだけではないというのは彼も重々承知していた。 部外者であるという事実もそのうちの1つ。 誰かにありのままの心を見せるというのは中々に困難だった。
 勿論、今住む村のポケモンにおいてもそうだ。 特に彼らは、彼らしか持たない経験というものが根強く染み付いている。今前を歩くポケモンだってそう。 ......彼らには彼らの世界というものがあって、そこに干渉することは出来ない。 そして当然、あちらも自分の世界というのに同じ理由で干渉出来ない。
 ......当然なことだが、やはり難儀なものだ。
 
 (ねぇ)
 
 ケイジュは心の中で問いかける。 勿論目の前を歩くジュナイパーに向けてではない。 彼の脳裏には、1つの小さな影が映った。
 
 
 (......私は、どこまでいっても異端なんでしょうかね)
 
 
 その静かな思いは、すぐに秋晴れの空に溶けて消えていった。
 勿論、答えが返ってくることもない。 代わりとして彼の耳に届くのは、彼に向かってあげられる女性陣の声だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ......こんなにも、知らないポケモンが行き交うのか。
 宿を探し終え、もう一度街を回ってみようということになったジュリは、またもや路地に篭ってしまっていた。 宿に居ればいいじゃないかとは思うが、流石にそれは憚られるものがあった。 ......まずは知れと、外で暮らすポケモンの顔を見てこいと言われたからこそ。
 それとは逆に、ケイジュはかなり積極的に他のポケモンに話しかける。 朝の騒ぎの件もあり、彼の優しそうな風貌もあり、彼の周りには絶えずポケモンが集っていた。
 
 
 それを見るジュリの心には、嫉妬でも羨望でもない、小さな「恐怖」が宿る。 何故あんな環境で笑っていられる、と。 見ず知らずのポケモンに詰め寄られ、危うく殺されかけたあの日の記憶が、どうしても治らない傷跡が、彼の心を縛りつけてくる。 山での試練は乗り越えはしたが、あれは単に自分の激情との戦いだったから、過去の事を完全に飲み込めたとは言えない。
 ......分かっているのにと、彼は自嘲した。 この街のポケモンは、あんな残虐な事はしない。 現にあの2匹だってそうだった。 迷う必要は、本来何処にも存在しない。 それなのに。
 日が昇り、路地裏にも段々と光が入り込んでくる。 彼はそれを避けるように、1歩、また1歩下がった。 まるで、光を拒むかのように。
 すると。
 
 
 
 「......ふーん、ゴーストタイプはやっぱ日陰がお好きか?」
 
 
 
 
 
 
 急にかけられた声に対して、ジュリはびくりと身震いする。 声の方に振り向くと、そこにはレオンの姿があった。 もっとも、ジュリにとってはよく知らない不審者にしか思えないため、自然とじりじり離れていく。
 
 「おいおい大丈夫だって......別に何もしねぇよ」
 
 ならなんで話しかけた、と聞きたいところだったが、それを言う前にレオンは続けてきた。
 
 「というか......おっと、自己紹介も無くて悪いな。 俺はレオンだ。 ユズとキラリの知り合いでもある。 あんたら、奴らの遠征先の村のポケモンなんだろ? 丁度さっき2匹から聞いたよ、凄いお世話になったと」
 「......ああ、奴らの......」
 
 気怠そうながらも、ジュリは反応する。 2匹の関係者ということを知り、少し彼の気持ちは軽くなった。 一定の距離は保とうとはするが。
 そんな中、レオンは話題を繋ごうとする。
 
 「お前の相方やばいなぁ、初日で女子のハートをみーんなガッチリキャッチだ。 確かに紳士然としてるが......」
 「......相方なんかじゃない」
 
 そっぽを向いてジュリは答える。 相方という言葉は適切でなかったのかとレオンは頭を掻くが、それ以上に、この暗い感じには少し思うところがあったようだ。
 
 「......元気ねぇなぁ」
 
 少し首を傾げてレオンは言う。 ジュリは何も反応しない。 少し間を置いて、レオンは急に「そうだ!」と叫ぶ。 手に持っていた紙袋から、ごそごそと何かを取り出す。
 
 「ほい」
 「......なんだこれは」
 「焼き木の実串。 最近結構流行ってんだ。 丁度買ってきたとこだし、良かったらだけど。
 食べ物食えば、少しは気もほぐれるだろ」
 「要らん。 ......どうせそう言いくるめて油断させようとしているだけだろう」
 「油断も何も......あんたはここをダンジョンか何かとでも?」
 「当たり前だ」
 
 そう言って、ジュリは俯く。 緑のフードに隠された顔は、地面よりも深い影を帯びる。
 
 「俺にとっては、こんなポケモンが盛んに動く場所で安心出来る理由が分からない。
 ......どこに毒があるかも分からないのに」
 
 切実な声が、くちばしの先からふっと漏れ出た。
 
 
 
 
 
 
 ......しばしの沈黙の後。 レオンは1つ息を吐く。 そして。
 
 「ん」
 
 改めて、レオンはジュリに1本の焼き木の実串を差し出した。
 
 「食え」
 「だから要らんと」
 「いいから食え」
 
 ぐいぐいと串をジュリの方に押し付けようとする。 1歩下がれば、また1回差し出す。 その繰り返しだ。 我慢出来なくなったジュリが口を開こうとするが、レオンが口の前に串を持ってくることでそれを制止した。
 彼の強気な口調が表に出る。
 
 「あんたがどういう経緯でここに来たかは知らんが......暫くはここのものを食べ続けることになる。
 その度に毒に怯えて食わないんじゃ、当然待ってる結果は飢え死にだよなぁ」
 「何が言いたい」
 
 レオンはニヤリと笑みを浮かべる。 優しさと強気な姿勢が、うまく混合しあったような顔。
 
 
 「......毒だと思って怖いんだったら、まずはその毒に慣れるこったな」
 
 
 ......しばしの沈黙。 ジュリは未だほかほかとした白煙を放つ木の実をじっと凝視する。 毒か死かを天秤にかけるというのはかなり大袈裟だが、彼には多少なりとも効いたようだ。 観念して、そろりと翼で串を受け取る。 そして一口回摘まみ、少し大袈裟に飲み込む。
 
 「どうだ? ......好き嫌いがあったらそれはすまんが」
 「......」
 「少なくとも、毒でないのは分かるだろう? そういうのに敏感な草タイプならな」
 
 レオンはまた頭を掻く。
 
 「俺も無知なところは多いから大したことは言えないけど......多分そう変わんねぇよ、あんたの故郷も、この街も。 ポケモンの数が違うくらいだ。
 ......気が向いたらでいいさ。 色々回ってみてくれよ、折角来たんだからさ。 それじゃ。 急に悪かったなぁ」
 
 これ以上は流石に野暮だろうと、レオンは手を振って大通りの方に出て行った。 ジュリは渡された串をじっと見つめる。 そしてまた一口、よく焼けた木の実をくわえた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ポケモン達と話し終え再び1匹となったケイジュと、そのまま路地で壁に寄りかかるジュリ。 見上げた空は、どこか2匹には今までにないような感慨を与えた。 爽やかで、新鮮で、でもどこか寂しげで。
 
 「......何故でしょう」
 
 ケイジュも。
 
 「何故だろうな......」
 
 そしてジュリも。
 
 
 『......胸騒ぎがする』
 
 
 
 形は違えど、2匹の中の今まで息を潜めていたものが、例えるならば、錆びていた歯車が。 また、音を立てて動き出す。
 1つの、大きな運命に向かう歯車が。
 
 
 
 
 
 
 ......そしてそれは、ユズやキラリ、その他のポケモンも例外ではない。

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