第39話 涙、炭火に煙る
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
時間は遡り、ユズ達がお泊まり会をした日の夜。 この日も、大人達は役所で話し合いを重ねていた。 そして今日は、あまり見ないような、学者の面々も多く集っているようだった。
「それではソムニウムさん、お願いしますよ」
「はい」
そんな中呼ばれて立ち上がる1匹にギャロップ。 イリータの父親には間違いない。 しかし、少しふにゃりとした娘への愛に満ちた顔とは完全にかけ離れていた。 真剣さに満ちた、「大人」としての、学者としてのもう1つの顔。
「ご紹介に預かりました、植物学者のソムニウムです。 私の方からは、あの3匹が盗んだ、または盗もうとした植物についてお話させて戴きます。
さて。 あの3匹が盗もうとしたのは自然保護物として登録されている植物には限りませんでした。 かなり多様な種類であり、最近発見されたようなものも含まれています。 して、その共通点ですが」
大事な事を言う時には、強調することが大切である。 そのためなのか、少し間を置いて彼は続けた。
「古くから何かしらの伝承や迷信が残っているもの、もしくは最近発見されたものを筆頭に、最近オカルトなことが噂されているものです。
今日もある探検隊が......私の娘の探検隊ですが、犯ポケの1匹と出会ったそうです。 そして、それが狙ったのはそこにある紫陽花。 ちょうど、近辺のものとの色の違いの理由について騒がれていた代物でした」
そして聴衆達は、そこから下される結論に注視する。 一挙一動も見逃さんとばかりに。
「そうなると、彼らはそういった伝承などに注意して盗む対象を決めている......そう断言していいでしょう」
場がざわめき立つ。 それならばもう手遅れの可能性もあるのでは......そんな声すら響いてきた。 しかし、それを制するように彼は声を上げた。 鶴の一声ならぬ、ギャロップの一声。
「しかし皆様、現時点ではご安心ください。 これまで盗まれたものの迷信については、全てデタラメだと証明、もしくは有力な仮説が立説されています。 最近のものも含めてです。
今回例として挙げた紫陽花も、なんらかの原因で滅びた集落のポケモンの大量の遺体による土の酸度変化が原因となり色が変わったであろうという仮説が既に今日立てられました。
もしかしたら皆様は非現実的と考えられるかもしれませんが、ダンジョンの近くというのがなんらかの影響を与えた可能性もあります。 そこについては私の管轄外ですので、ダンジョン専門家様達の意見を聞くのみでしょう。
私からは以上になります」
一礼して、速やかに講演台から降りる。 そしてしばしの拍手の後、すぐに次の学者が呼ばれた。 トップバッターを免れた次の学者は、少し気楽そうにも見えた。 最初に何か行うというのは、やはり勇気が要るものだ。 ......沢山の目線の直射日光のダメージを後から受けてぼおっとしている1匹のギャロップが今証明しているように。
会議後、家に帰ろうとソムニウムがフラフラと準備をしていると、気さくな声が後ろから掛けられる。
「ようソム。 元気......じゃなさげだなぁ」
「レオン......ああ、全くだよ。 私はこういうの好きじゃないのに」
「悪かったな。 気ままに研究してるところにこんなテーマぶち込んで」
「明日以降何か奢れよ、今日はもう無理」
「はいよ。 ったく、あがり症やっとよくなったのかと一瞬尊敬したのに。 あの学校のスピーチで超ガチガチだったソムが遂にってさぁ......。
イリータの方がもっと上手くやるぜ?」
「私の自慢の娘は父の轍は踏まないんだ」
「よく分かんねぇけどなるほど」
取り敢えず頷いてみるレオンを尻目に、いそいそと片付けを進めるソムニウム。 こういうスッキリサッパリとしたところは親子で似たのだろうか。
「......で? これからお前はどうしてくんだ」
「どうもこうも調査の繰り返しよ。 別に何も派手な事はしない」
「というか、なんで役所はこんな事件に肩入れするんだ? ずっと思ってたけど」
「良く言えば用心深いんだよ。 悪く言えば心配性。 こういう小さく見えるけど怪しいものが大きなものに繋がったりもするんだと。 ちょい前のダークマター事件も然り」
「ああ......確かにあの頃は本当に暑かったしなぁ」
「そういうこった。 まあ受け入れてくれや。 また頼むかもしれんからその時はよろ」
「何がよろだ......こっちは今日死にかけたのに」
「そんなにか? ちょっと発表した程度で」
「うるさい、こっちはこっちで必死なんだよ頭痛野郎」
「残念。 もう進化系だから頭痛とはおさらばなんだよ〜」
怒りの形相を向けられるが、レオンは逆にかかかと笑う。 気分転換だったのか、少し顔はスッキリしていた。
「じゃあ私は行くよ......そういやレオン」
「んー?」
気になる様子でレオンは注目するが、返ってきたのは短い一言。
「徹夜せずに寝ろよ」
そう言って、彼は背中を向けて行ってしまった。 驚いたような顔をするレオンだが、自覚はしていたのか悔しげに頭を掻き、目を擦る。
「......ちぇっ、エスパータイプには分かっちまうもんだな......へいへい、お言葉に甘えて仮眠取りますよ」
小さな思いやりが心に染みる。 大きなあくびをかまして、彼も会議室を後にした。
静かに夜は更けていく。
「むーーーー」
そして朝。 ユズが鼻歌を歌いながら朝食を作る中、キラリはごろごろ床を転がりながら頭を抱えていた。 当然その異様な光景に驚かずにはいられない。
「キ、キラリどうしたの......?」
「いや、おじいちゃんの行方探そうとは言ったけど......情報が少なすぎるんだよなぁって」
「でも色々覚えてるんじゃ」
「それが覚えてないんだなぁ」
「えっ!?」
ユズから驚愕の声が漏れ、朝食の木の実を切る音が止まる。 てっきり情報はあるものだと思っていたが、どうやら思い込みに過ぎなかったようである。
キラリはドジっ子の顔で苦笑する。
「大体私が5歳の頃だったからなぁ......結構曖昧なんだよね、名前とか一切覚えてない」
「その探検隊の1匹がジジーロン......ってことだけ?」
「まあそうなるかな......少なくとも家族は別種族だった......気が......」
「そっかぁ......ま、まずは役所行ってみよ? 放浪してるような探検隊だとしても、役所であれば何か知ってるかも......」
「だよね、それに賭けるか......」
そうこうしているうちに、簡単な木の実のサラダが完成する。それパクリと口に頬張った。 今日はダンジョンには行かない。 だが、何故かキラリはいつも以上に咀嚼を一生懸命にしていた。 ご飯は30回噛めと子供からよく言われるものではあるし、悪いことではないのだが......正直、かなり不自然だった。
「......というわけで......調べてくれませんか?」
「了解です。 元探検隊ならば色々記録はあるので、少しお待ちいただければお教えしますよ。 ジジーロンがいて、家族でやられていた探検隊......でよろしいですね?」
「はい!」
「分かりました。 では少しお待ちを。 ......ブニャットさーん、少し頼みがあるのだけれど......」
聞くのであれば、なんだかんだ役所ではよしみの深いドレディアに限るのであった。 幸いにも真摯に対応してくれ、同僚であろうブニャットにすぐに情報を求めに行ってくれた。 役所の仕事は色々忙しいだろうにと、こういうところには尊敬せずにはいられない。
「......色々ここで分かってくるといいね」
ユズはキラリに笑いかける。 ......だが、キラリからは、何も返ってこない。 あるのは、多くのポケモン達の騒めきだけ。
「......」
沈黙の中、キラリは自分の手をぎゅうと揉み合わせていた。 きっと、いい意味でのドキドキではない。 どこか、不安な自分をなだめているようだった。 手を繋ぐというのは、相応の安心を生むことが出来る魔法のようなものだ。 だから自分自身の手を握ることで、その魔法を自給自足する。 誰にも言わずとも、その不安を緩和出来る様に。
......不安といえば、1つしかないだろう。
近くに、ちょうどいくつかの掲示があった。 その中には指名手配犯の手配書もある。 ......そして、そこに1匹のジジーロンがいる。
ユズの中ではもう、彼が元探検隊のジジーロンであるというのは確定していた。 違うなんて言っておいてと、心の中で自嘲するけれども。 ......きっと、キラリも分かっているのだ。 心の奥底の方では。 断定した思いとそんなことないという思いがぐるぐる混ざり合っているのだ。 どこかの知育菓子のように、ぐるぐる、ぐるぐると。 今のキラリに対し、ユズは口出しするような資格などなかった。 彼女は彼女の中で、自分の感情を整理しているのだから。 そこに割り込む意味は無い。 ならばどうする? ......祈るだけだ。 あまりにもアバウトだけれども、もう、これしか無いのだ。 お互いが黙りこくっていた。 そのためか、ドレディアに呼ばれているのに気づくのには3回ぐらい費やされてしまった。
「ソレイユさーん......どうしました?」
「えっ、あわわごめんなさい......! ちょっとぼーっとしてて」
「いえいえ、大丈夫ですよ......それより、ソレイユさん......いいえ、ユズさん、キラリさん」
ドレディアが、「ユズとキラリの」名前を呼ぶ。 その異様さに2匹は困惑した。 ドレディアとは確かに仲が良いとはいえ、一応役所職員と探検隊という関係に過ぎないのだ。 今までずっと、自分達の名前を直に呼ばれることなどなかったのに。
そしてその違和感は、先程とは打って変わったドレディアの表情によって裏付けられた。
「......ごめんなさい。 今からは役所の職員としてでなく、1匹のドレディアとして......子供を見守る大人として、あなた達に忠告させてください。
あの探検隊について、これ以上深入りしない方がいい」
「っ、じゃあ......!」
......やっぱり、そうだったか。
キラリの声が出てきてしまう。 ああ、きっともう手遅れなのだろう。 ちっぽけな、流れ星に願うような叶いっこない願いだったのだろう。
どうか教えてくれと、キラリは懇願するような顔になる。 もういいと。 遠慮だとかはもういいから、何より「真実」を告げてくれとーー。
そんな思いを察したのか、ドレディアは悲しげに言う。 先程の言葉通り、彼女の声は義務的な感じは一切無い、心配がこもったものだった。
「予想は、してたのね」
「......はい」
可能性を考えていたならば、隠す必要は無い。 ドレディアは話を続けた。
「最近はね、役所から大人の探検隊に直接依頼して、窃盗事件の犯ポケが現れそうな場所に向かっているの。 だから必然的に探検隊とそいつらが出会す機会が多くなるんだけど......丁度4日前。とある探検隊が、その一味の1匹のジジーロンに会ったわけ。 当然戦うわけだけど、そのうちで1つの情報が手に入った。 それも、彼自身の口から出た言葉よ」
ドレディアは少し溜めて、そのまま苦しげに言った。 キラリの心中が穏やかでは無いだろうと言うのを感じ取ったから。
「一応元探検隊を舐めて貰っては困る......ってね」
外に出た時は、まだ昼だった。 朝一で役所に行ったのだから当然だろう。 さっぱりとした秋晴れ......だが、当然ながらその青は、清々しく見えるものではなく、どこか燻んでしまっているようだった。 ......少なくとも、ユズにとっては。
「......キラリ、大丈夫?」
当然、キラリの事を心配してユズは聞く。 しかし、またまた不自然なポイント。 彼女は顔こそとても険しいものの、歩き方についてはとても気丈なものだったのだ。
「大丈夫......多分!」
「本当に?」
そうダメ押しを喰らい、キラリの目が少し潤む。 しかし首を振り、少し乱暴にユズの前足を引いた。
「......っ、ユズ、屋台で焼き木の実串買うよ!」
「ええっ!? でもお金......」
「今使わずいつ使うの! おじちゃん2......いや4本頂戴!」
「毎度ー!」
「ええ......?」
ドン引きするユズ。 普段は寄り道せずに帰るのに。 やはり、辛いんじゃないか......。 そう聞きたいけれど、少し乱暴さのある彼女の手つきを見ると、それに気落とされて何も言えない。
両手に掴んで片方パクリ。 「あっふい!」と暑さに悶えながらしっかり噛んで飲み込む。 そして、唐突に吼えた。 悲しみでも、嘆きでもない。
「......おじいちゃんの馬鹿ーっ!!」
......まさに、怒りの雄叫びだった。
街中にこだまする声に、当然他のポケモンは振り返る。 だが彼女は脇目も振らず食べ続ける。
「何さもう! こっちに目標与えておいて! いっぱい楽しそうにこっちに色々話しておいて! ばーーーーーかっ!!」
怒りの形相で、またまた悶えながら食べ続けるキラリ。 ユズの方にも2本くれたわけだが、正直食べる気が一切起きなかった。 ただポカンと、彼女を眺めるばかり。 だが、キラリの様子に変化が訪れる。
「本当に! 私に色々教えてくれたのに! ずびっ。 夢とか憧れとか......ひぐっ、一杯くれたのに! ......ふえっ、おじいちゃんがいたから明るくなれたのに......突っ走れたのに......ユズにも、イリータにもオロルにも、色んなポケモンに会えたのに....はぁっ、それから......! ふ、ふわああ......」
気づけば、キラリの目からは大粒の涙がボロボロと出てきていた。 怒っている顔は変わらないが、それでも、肩は小刻みに震えている。
(ああ。 そうか。 キラリは、こうやって......)
飲みくだそうとしているのだろう。 小さな体にのしかかった残酷な事実を。 木の実と一緒に、しっかり噛み砕いて、飲み込んで。 そして、乗り越えてやるという執念を抱いて。 悲しみの涙は流れるけれど、それを意にも介さず食べ続けていた。......ああ、やはり、キラリは......
(強いな)
ユズはそう、素直な尊敬を抱いた。 そして、串でツルが塞がっていることもあり、頭の葉っぱでキラリの頭を撫でてみた。 優しい微笑みを浮かべて。 意外と葉っぱはこんな時でも役立つらしい。
......今は怒ればいい。 泣けばいい。 それで心が少し鎮まるのならば。
「ひぐっ、ふぇっ......ふぁりはほ......ふぐぅ」
ユズの葉っぱの優しい繊細な感触。 キラリは少し顔を緩めて感謝の声を漏らした。 口の中は木の実でいっぱいで、聞き取るのに適した声ではないけれど。 炭火の香ばしい香りと、涙。よく分からない組み合わせ。 けれども、こういうのもまたいいのだろう。 豪快にやって来る炭火の煙と共に、嗚咽と涙は風に流れていった。
「なんかサービスして貰っちゃったねぇ」
「申し訳ないなぁ......ごめんねユズ、急に」
「平気だよ。 ......すっきりした?」
「少しはね」
キラリは腫れぼったい目のまま笑って答える。 おいおい泣くんじゃねぇよこれあげるからと、屋台のおじさんにサービスしてもらった焼き木の実串の入った袋を持って、家への帰路に着いた。
「にしても急に叫んだのはびっくりしたよ......?」
「あははごめん......ああでもしないと整理つけられなくてさぁ」
「......ごめん」
「なんで謝るの?」
申し訳なさそうに下を向くユズ。 キラリは純粋な疑問を掲げた。
「......私が違うかもって言ったから、うまく受け入れられなかったのかもしれないって。 最初から私が否定しておけばーー」
「うーん、ユズ、多分どっちでも変わらないよ?」
「え?」
ユズはキョトンとする。 キラリは少し苦笑しながら答えた。
「もしユズが否定してたら、私心の中ですごい頑固になってたと思うなー、違うもんって。 変わらないよ、どっちにしても。 それで悩ませちゃったならごめんとしか言えないけど......」
「いや、そんな事......」
「そっか、なら解決じゃん?」
にししとキラリは笑ってみせる。 それを見て、少しユズも納得した。 今回の件は別に悩むようなことではなかったようだ。 考えすぎなところはまたあれだけれど。
「そんじゃ......焼き木の実串食べよっか、昼ご飯としてね?」
「うん......あれ、さっきのは?」
「あれは薬みたいなものだからノーカウント!」
串を袋から取り出す。 少しまだ温かい。 今度は熱さにはやられず、丁度いい温度で食べることが出来た。 甘い味と酸っぱい味。 無造作にかかっている塩のしょっぱさ。 屋台だからこその豪快な味付け。 ......だが、それがとてもいい。
「ねぇユズ?」
「ん?」
「......これ、まだ色々知らなきゃ全部整理は無理かも」
「......そっか、動機も何も分からないからね」
「うん。 ......だから、次の目標というか、なんというか......」
「おじいちゃんに会う、だよね」
「それ! ......いいかな?」
「大丈夫。 キラリが進みたい方向に進めばいい。 私はその中で色々記憶とかの手掛かり集めればいいし」
「だね! ......今のところは」
「無いなぁ......何がトリガーなんだろ」
「まあそれも追い追いだね......お互い」
「うん」
頷き合う2匹。 キラリも、目の腫れぼったさは少し取れてきたように見える。 方向性が再び決まったところで、飽きない味の焼き木の実串にもう1度手を伸ばしかけるが......。
「ゆーびんでーす」
「む?」
郵便屋のぺリッパーの甲高い声が響き渡る。 冷めてしまうのは惜しいが、好奇心には抗えずに2匹は外のポストを覗きに行った。
そこに入っていたのは......何やら古めかしい便箋1通。 この世界でも文通の文化は確かになくはないが、それ関連は2匹には一切心当たりはない。 何か詐欺的なものでは無いかという疑いから、眉間にシワを寄せながら遠目で中身を見るが......。
「......えっ!?」
「まさか......!」
両者、困惑の声を上げる。 当然かもしれない。 親でもない、ましてや、キラリの同級生なわけでもない。 ......予測出来ないポケモンからの、手紙だったからだ。
『......長老さん!?』
「山を越えるのも一苦労ですね......2匹はこんな道のりを通ったと......大したものです」
「無駄口叩くな。 さっさと歩け」
「はいはい......全く、途中でバテても知りませんからね」
山岳を越える、2匹のポケモンの姿があった。 大荷物を背負いながらも、一定のペースで淡々と歩き続けている。 かなり標高が高いようで、遠くの景色まで見渡せる。 眼下には白い雲海が広がるが、一瞬、とある場所にかかった場所が晴れた。 片方のポケモンが、それに反応する。
「おっと......見えましたよ、目的地」
彼が指差す先は、ここからだとミニチュアに見える街の風景。 もう片方も、足を止めてそれを見やる。
「......あれが」
「オニユリタウン......ですか」
2匹のポケモン......ジュリとケイジュは、それぞれの思いを抱きながらその街を見下ろしていた。
「それではソムニウムさん、お願いしますよ」
「はい」
そんな中呼ばれて立ち上がる1匹にギャロップ。 イリータの父親には間違いない。 しかし、少しふにゃりとした娘への愛に満ちた顔とは完全にかけ離れていた。 真剣さに満ちた、「大人」としての、学者としてのもう1つの顔。
「ご紹介に預かりました、植物学者のソムニウムです。 私の方からは、あの3匹が盗んだ、または盗もうとした植物についてお話させて戴きます。
さて。 あの3匹が盗もうとしたのは自然保護物として登録されている植物には限りませんでした。 かなり多様な種類であり、最近発見されたようなものも含まれています。 して、その共通点ですが」
大事な事を言う時には、強調することが大切である。 そのためなのか、少し間を置いて彼は続けた。
「古くから何かしらの伝承や迷信が残っているもの、もしくは最近発見されたものを筆頭に、最近オカルトなことが噂されているものです。
今日もある探検隊が......私の娘の探検隊ですが、犯ポケの1匹と出会ったそうです。 そして、それが狙ったのはそこにある紫陽花。 ちょうど、近辺のものとの色の違いの理由について騒がれていた代物でした」
そして聴衆達は、そこから下される結論に注視する。 一挙一動も見逃さんとばかりに。
「そうなると、彼らはそういった伝承などに注意して盗む対象を決めている......そう断言していいでしょう」
場がざわめき立つ。 それならばもう手遅れの可能性もあるのでは......そんな声すら響いてきた。 しかし、それを制するように彼は声を上げた。 鶴の一声ならぬ、ギャロップの一声。
「しかし皆様、現時点ではご安心ください。 これまで盗まれたものの迷信については、全てデタラメだと証明、もしくは有力な仮説が立説されています。 最近のものも含めてです。
今回例として挙げた紫陽花も、なんらかの原因で滅びた集落のポケモンの大量の遺体による土の酸度変化が原因となり色が変わったであろうという仮説が既に今日立てられました。
もしかしたら皆様は非現実的と考えられるかもしれませんが、ダンジョンの近くというのがなんらかの影響を与えた可能性もあります。 そこについては私の管轄外ですので、ダンジョン専門家様達の意見を聞くのみでしょう。
私からは以上になります」
一礼して、速やかに講演台から降りる。 そしてしばしの拍手の後、すぐに次の学者が呼ばれた。 トップバッターを免れた次の学者は、少し気楽そうにも見えた。 最初に何か行うというのは、やはり勇気が要るものだ。 ......沢山の目線の直射日光のダメージを後から受けてぼおっとしている1匹のギャロップが今証明しているように。
会議後、家に帰ろうとソムニウムがフラフラと準備をしていると、気さくな声が後ろから掛けられる。
「ようソム。 元気......じゃなさげだなぁ」
「レオン......ああ、全くだよ。 私はこういうの好きじゃないのに」
「悪かったな。 気ままに研究してるところにこんなテーマぶち込んで」
「明日以降何か奢れよ、今日はもう無理」
「はいよ。 ったく、あがり症やっとよくなったのかと一瞬尊敬したのに。 あの学校のスピーチで超ガチガチだったソムが遂にってさぁ......。
イリータの方がもっと上手くやるぜ?」
「私の自慢の娘は父の轍は踏まないんだ」
「よく分かんねぇけどなるほど」
取り敢えず頷いてみるレオンを尻目に、いそいそと片付けを進めるソムニウム。 こういうスッキリサッパリとしたところは親子で似たのだろうか。
「......で? これからお前はどうしてくんだ」
「どうもこうも調査の繰り返しよ。 別に何も派手な事はしない」
「というか、なんで役所はこんな事件に肩入れするんだ? ずっと思ってたけど」
「良く言えば用心深いんだよ。 悪く言えば心配性。 こういう小さく見えるけど怪しいものが大きなものに繋がったりもするんだと。 ちょい前のダークマター事件も然り」
「ああ......確かにあの頃は本当に暑かったしなぁ」
「そういうこった。 まあ受け入れてくれや。 また頼むかもしれんからその時はよろ」
「何がよろだ......こっちは今日死にかけたのに」
「そんなにか? ちょっと発表した程度で」
「うるさい、こっちはこっちで必死なんだよ頭痛野郎」
「残念。 もう進化系だから頭痛とはおさらばなんだよ〜」
怒りの形相を向けられるが、レオンは逆にかかかと笑う。 気分転換だったのか、少し顔はスッキリしていた。
「じゃあ私は行くよ......そういやレオン」
「んー?」
気になる様子でレオンは注目するが、返ってきたのは短い一言。
「徹夜せずに寝ろよ」
そう言って、彼は背中を向けて行ってしまった。 驚いたような顔をするレオンだが、自覚はしていたのか悔しげに頭を掻き、目を擦る。
「......ちぇっ、エスパータイプには分かっちまうもんだな......へいへい、お言葉に甘えて仮眠取りますよ」
小さな思いやりが心に染みる。 大きなあくびをかまして、彼も会議室を後にした。
静かに夜は更けていく。
「むーーーー」
そして朝。 ユズが鼻歌を歌いながら朝食を作る中、キラリはごろごろ床を転がりながら頭を抱えていた。 当然その異様な光景に驚かずにはいられない。
「キ、キラリどうしたの......?」
「いや、おじいちゃんの行方探そうとは言ったけど......情報が少なすぎるんだよなぁって」
「でも色々覚えてるんじゃ」
「それが覚えてないんだなぁ」
「えっ!?」
ユズから驚愕の声が漏れ、朝食の木の実を切る音が止まる。 てっきり情報はあるものだと思っていたが、どうやら思い込みに過ぎなかったようである。
キラリはドジっ子の顔で苦笑する。
「大体私が5歳の頃だったからなぁ......結構曖昧なんだよね、名前とか一切覚えてない」
「その探検隊の1匹がジジーロン......ってことだけ?」
「まあそうなるかな......少なくとも家族は別種族だった......気が......」
「そっかぁ......ま、まずは役所行ってみよ? 放浪してるような探検隊だとしても、役所であれば何か知ってるかも......」
「だよね、それに賭けるか......」
そうこうしているうちに、簡単な木の実のサラダが完成する。それパクリと口に頬張った。 今日はダンジョンには行かない。 だが、何故かキラリはいつも以上に咀嚼を一生懸命にしていた。 ご飯は30回噛めと子供からよく言われるものではあるし、悪いことではないのだが......正直、かなり不自然だった。
「......というわけで......調べてくれませんか?」
「了解です。 元探検隊ならば色々記録はあるので、少しお待ちいただければお教えしますよ。 ジジーロンがいて、家族でやられていた探検隊......でよろしいですね?」
「はい!」
「分かりました。 では少しお待ちを。 ......ブニャットさーん、少し頼みがあるのだけれど......」
聞くのであれば、なんだかんだ役所ではよしみの深いドレディアに限るのであった。 幸いにも真摯に対応してくれ、同僚であろうブニャットにすぐに情報を求めに行ってくれた。 役所の仕事は色々忙しいだろうにと、こういうところには尊敬せずにはいられない。
「......色々ここで分かってくるといいね」
ユズはキラリに笑いかける。 ......だが、キラリからは、何も返ってこない。 あるのは、多くのポケモン達の騒めきだけ。
「......」
沈黙の中、キラリは自分の手をぎゅうと揉み合わせていた。 きっと、いい意味でのドキドキではない。 どこか、不安な自分をなだめているようだった。 手を繋ぐというのは、相応の安心を生むことが出来る魔法のようなものだ。 だから自分自身の手を握ることで、その魔法を自給自足する。 誰にも言わずとも、その不安を緩和出来る様に。
......不安といえば、1つしかないだろう。
近くに、ちょうどいくつかの掲示があった。 その中には指名手配犯の手配書もある。 ......そして、そこに1匹のジジーロンがいる。
ユズの中ではもう、彼が元探検隊のジジーロンであるというのは確定していた。 違うなんて言っておいてと、心の中で自嘲するけれども。 ......きっと、キラリも分かっているのだ。 心の奥底の方では。 断定した思いとそんなことないという思いがぐるぐる混ざり合っているのだ。 どこかの知育菓子のように、ぐるぐる、ぐるぐると。 今のキラリに対し、ユズは口出しするような資格などなかった。 彼女は彼女の中で、自分の感情を整理しているのだから。 そこに割り込む意味は無い。 ならばどうする? ......祈るだけだ。 あまりにもアバウトだけれども、もう、これしか無いのだ。 お互いが黙りこくっていた。 そのためか、ドレディアに呼ばれているのに気づくのには3回ぐらい費やされてしまった。
「ソレイユさーん......どうしました?」
「えっ、あわわごめんなさい......! ちょっとぼーっとしてて」
「いえいえ、大丈夫ですよ......それより、ソレイユさん......いいえ、ユズさん、キラリさん」
ドレディアが、「ユズとキラリの」名前を呼ぶ。 その異様さに2匹は困惑した。 ドレディアとは確かに仲が良いとはいえ、一応役所職員と探検隊という関係に過ぎないのだ。 今までずっと、自分達の名前を直に呼ばれることなどなかったのに。
そしてその違和感は、先程とは打って変わったドレディアの表情によって裏付けられた。
「......ごめんなさい。 今からは役所の職員としてでなく、1匹のドレディアとして......子供を見守る大人として、あなた達に忠告させてください。
あの探検隊について、これ以上深入りしない方がいい」
「っ、じゃあ......!」
......やっぱり、そうだったか。
キラリの声が出てきてしまう。 ああ、きっともう手遅れなのだろう。 ちっぽけな、流れ星に願うような叶いっこない願いだったのだろう。
どうか教えてくれと、キラリは懇願するような顔になる。 もういいと。 遠慮だとかはもういいから、何より「真実」を告げてくれとーー。
そんな思いを察したのか、ドレディアは悲しげに言う。 先程の言葉通り、彼女の声は義務的な感じは一切無い、心配がこもったものだった。
「予想は、してたのね」
「......はい」
可能性を考えていたならば、隠す必要は無い。 ドレディアは話を続けた。
「最近はね、役所から大人の探検隊に直接依頼して、窃盗事件の犯ポケが現れそうな場所に向かっているの。 だから必然的に探検隊とそいつらが出会す機会が多くなるんだけど......丁度4日前。とある探検隊が、その一味の1匹のジジーロンに会ったわけ。 当然戦うわけだけど、そのうちで1つの情報が手に入った。 それも、彼自身の口から出た言葉よ」
ドレディアは少し溜めて、そのまま苦しげに言った。 キラリの心中が穏やかでは無いだろうと言うのを感じ取ったから。
「一応元探検隊を舐めて貰っては困る......ってね」
外に出た時は、まだ昼だった。 朝一で役所に行ったのだから当然だろう。 さっぱりとした秋晴れ......だが、当然ながらその青は、清々しく見えるものではなく、どこか燻んでしまっているようだった。 ......少なくとも、ユズにとっては。
「......キラリ、大丈夫?」
当然、キラリの事を心配してユズは聞く。 しかし、またまた不自然なポイント。 彼女は顔こそとても険しいものの、歩き方についてはとても気丈なものだったのだ。
「大丈夫......多分!」
「本当に?」
そうダメ押しを喰らい、キラリの目が少し潤む。 しかし首を振り、少し乱暴にユズの前足を引いた。
「......っ、ユズ、屋台で焼き木の実串買うよ!」
「ええっ!? でもお金......」
「今使わずいつ使うの! おじちゃん2......いや4本頂戴!」
「毎度ー!」
「ええ......?」
ドン引きするユズ。 普段は寄り道せずに帰るのに。 やはり、辛いんじゃないか......。 そう聞きたいけれど、少し乱暴さのある彼女の手つきを見ると、それに気落とされて何も言えない。
両手に掴んで片方パクリ。 「あっふい!」と暑さに悶えながらしっかり噛んで飲み込む。 そして、唐突に吼えた。 悲しみでも、嘆きでもない。
「......おじいちゃんの馬鹿ーっ!!」
......まさに、怒りの雄叫びだった。
街中にこだまする声に、当然他のポケモンは振り返る。 だが彼女は脇目も振らず食べ続ける。
「何さもう! こっちに目標与えておいて! いっぱい楽しそうにこっちに色々話しておいて! ばーーーーーかっ!!」
怒りの形相で、またまた悶えながら食べ続けるキラリ。 ユズの方にも2本くれたわけだが、正直食べる気が一切起きなかった。 ただポカンと、彼女を眺めるばかり。 だが、キラリの様子に変化が訪れる。
「本当に! 私に色々教えてくれたのに! ずびっ。 夢とか憧れとか......ひぐっ、一杯くれたのに! ......ふえっ、おじいちゃんがいたから明るくなれたのに......突っ走れたのに......ユズにも、イリータにもオロルにも、色んなポケモンに会えたのに....はぁっ、それから......! ふ、ふわああ......」
気づけば、キラリの目からは大粒の涙がボロボロと出てきていた。 怒っている顔は変わらないが、それでも、肩は小刻みに震えている。
(ああ。 そうか。 キラリは、こうやって......)
飲みくだそうとしているのだろう。 小さな体にのしかかった残酷な事実を。 木の実と一緒に、しっかり噛み砕いて、飲み込んで。 そして、乗り越えてやるという執念を抱いて。 悲しみの涙は流れるけれど、それを意にも介さず食べ続けていた。......ああ、やはり、キラリは......
(強いな)
ユズはそう、素直な尊敬を抱いた。 そして、串でツルが塞がっていることもあり、頭の葉っぱでキラリの頭を撫でてみた。 優しい微笑みを浮かべて。 意外と葉っぱはこんな時でも役立つらしい。
......今は怒ればいい。 泣けばいい。 それで心が少し鎮まるのならば。
「ひぐっ、ふぇっ......ふぁりはほ......ふぐぅ」
ユズの葉っぱの優しい繊細な感触。 キラリは少し顔を緩めて感謝の声を漏らした。 口の中は木の実でいっぱいで、聞き取るのに適した声ではないけれど。 炭火の香ばしい香りと、涙。よく分からない組み合わせ。 けれども、こういうのもまたいいのだろう。 豪快にやって来る炭火の煙と共に、嗚咽と涙は風に流れていった。
「なんかサービスして貰っちゃったねぇ」
「申し訳ないなぁ......ごめんねユズ、急に」
「平気だよ。 ......すっきりした?」
「少しはね」
キラリは腫れぼったい目のまま笑って答える。 おいおい泣くんじゃねぇよこれあげるからと、屋台のおじさんにサービスしてもらった焼き木の実串の入った袋を持って、家への帰路に着いた。
「にしても急に叫んだのはびっくりしたよ......?」
「あははごめん......ああでもしないと整理つけられなくてさぁ」
「......ごめん」
「なんで謝るの?」
申し訳なさそうに下を向くユズ。 キラリは純粋な疑問を掲げた。
「......私が違うかもって言ったから、うまく受け入れられなかったのかもしれないって。 最初から私が否定しておけばーー」
「うーん、ユズ、多分どっちでも変わらないよ?」
「え?」
ユズはキョトンとする。 キラリは少し苦笑しながら答えた。
「もしユズが否定してたら、私心の中ですごい頑固になってたと思うなー、違うもんって。 変わらないよ、どっちにしても。 それで悩ませちゃったならごめんとしか言えないけど......」
「いや、そんな事......」
「そっか、なら解決じゃん?」
にししとキラリは笑ってみせる。 それを見て、少しユズも納得した。 今回の件は別に悩むようなことではなかったようだ。 考えすぎなところはまたあれだけれど。
「そんじゃ......焼き木の実串食べよっか、昼ご飯としてね?」
「うん......あれ、さっきのは?」
「あれは薬みたいなものだからノーカウント!」
串を袋から取り出す。 少しまだ温かい。 今度は熱さにはやられず、丁度いい温度で食べることが出来た。 甘い味と酸っぱい味。 無造作にかかっている塩のしょっぱさ。 屋台だからこその豪快な味付け。 ......だが、それがとてもいい。
「ねぇユズ?」
「ん?」
「......これ、まだ色々知らなきゃ全部整理は無理かも」
「......そっか、動機も何も分からないからね」
「うん。 ......だから、次の目標というか、なんというか......」
「おじいちゃんに会う、だよね」
「それ! ......いいかな?」
「大丈夫。 キラリが進みたい方向に進めばいい。 私はその中で色々記憶とかの手掛かり集めればいいし」
「だね! ......今のところは」
「無いなぁ......何がトリガーなんだろ」
「まあそれも追い追いだね......お互い」
「うん」
頷き合う2匹。 キラリも、目の腫れぼったさは少し取れてきたように見える。 方向性が再び決まったところで、飽きない味の焼き木の実串にもう1度手を伸ばしかけるが......。
「ゆーびんでーす」
「む?」
郵便屋のぺリッパーの甲高い声が響き渡る。 冷めてしまうのは惜しいが、好奇心には抗えずに2匹は外のポストを覗きに行った。
そこに入っていたのは......何やら古めかしい便箋1通。 この世界でも文通の文化は確かになくはないが、それ関連は2匹には一切心当たりはない。 何か詐欺的なものでは無いかという疑いから、眉間にシワを寄せながら遠目で中身を見るが......。
「......えっ!?」
「まさか......!」
両者、困惑の声を上げる。 当然かもしれない。 親でもない、ましてや、キラリの同級生なわけでもない。 ......予測出来ないポケモンからの、手紙だったからだ。
『......長老さん!?』
「山を越えるのも一苦労ですね......2匹はこんな道のりを通ったと......大したものです」
「無駄口叩くな。 さっさと歩け」
「はいはい......全く、途中でバテても知りませんからね」
山岳を越える、2匹のポケモンの姿があった。 大荷物を背負いながらも、一定のペースで淡々と歩き続けている。 かなり標高が高いようで、遠くの景色まで見渡せる。 眼下には白い雲海が広がるが、一瞬、とある場所にかかった場所が晴れた。 片方のポケモンが、それに反応する。
「おっと......見えましたよ、目的地」
彼が指差す先は、ここからだとミニチュアに見える街の風景。 もう片方も、足を止めてそれを見やる。
「......あれが」
「オニユリタウン......ですか」
2匹のポケモン......ジュリとケイジュは、それぞれの思いを抱きながらその街を見下ろしていた。