第38話 家族

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 「......なるほどなぁ、まさか依頼で会うとは......」
 「ごめんなさい、出来れば捕まえたかったのですけど」
 「謝んなよ、相手は相当な手練れだ。 大人でやるって言っておいて巻き込んじまったのは申し訳ないけど、情報入手だけでも本当にありがたいよ」
 
 役所の中。 イリータとオロルは、レオンに対して依頼であったことを報告している最中だった。 はははと笑うレオンだが、そこには言葉と同じく苦しさも滲んでいた。 2匹も、彼が「大人でやる」と言った意味を今日で十分理解していた。 今までは少し大袈裟に思っていたけれど。
 探検隊にも様々なタイプがあって、戦いが苦手ながらも道具を上手く活用してダンジョンを踏破する探検隊もいる。 だがそんなチームが、特に新米があのピカチュウに、ヨヒラに挑んでいたら......目も当てられない結末となっていただろう。 別に強さを誇示したいわけではないが、出会ったのが自分達だっただけ、まだ幸運だった。

 「にしても、これであのピカチュウとか......すまん、便宜上こっから3匹衆って呼ぶぞ。
 あの3匹衆がよからぬ事を考えてるってのは確実になったんだよなぁ......それもかなり深刻そうな」
 
 レオンは肩を落として溜息を吐く。 そして残念そうな笑みを浮かべて続けた。
  
 「あーあ......せめて物好きな窃盗犯だったらなって、思ったんだけどな......」
   
 元々小さかった願望が、飛行機雲のようにふっと消えていく。 そんな声をしていた。 ......そして、その気持ちは2匹も分かっていた。 ただ「こちらの予期せぬタイミングで盗みを行うという変なポケモンの集団」ならば、どれほど良かったか。 いやそれでも勿論罰せられるべきだが、それでもどれだけ平和だったか。
 
 だが、元々があまりにちっぽけだった望みだ。 レオンはすぐに表情を切り替えて、更なる情報を2匹に求めた。
 
 「......で? 恐らく3匹衆を束ねる奴がいる......って事だよな?」
 「はい。 ヨヒラ......だったっけか。 彼女は『あの方』とだけ呼んでました。 それ以外は残念ながら僕らも......」
 「そっか......じゃあ多分正体も掴めないよな。 3匹衆に関わりのありそうなポケモンとか、調べてみるべきかな」
 「ですね......そうすれば黒幕を炙り出せる」
 「そういうこった。 だが範囲は広めにやらないとなぁ......奴らのアジトの場所も未だ分かんないからさ、何処を探すべきかってのがはっきりしないんだよ」
 
 面倒くさそうに言うレオン。 確かにアジトなどが掴めなければ、捜索範囲は世界中にもなり得る。 そうなれば......捕まるのは何年後になる事やら。
 
 「......あの、やっぱり、私達も手伝いますか?」
 
 イリータが、レオンに問い掛けた。 危険なのは確かに分かったが、やはり諦めきれなかったのだ。 だが、返ってくるのはやはり1つの短い返答だけ。
 
 「ノープロブレム。 前も言った通り、基本こういう系は大人でなんとかする。 それに情報提供してくれたろ? それが手伝いだったって事にしてくれや」
 「......分かりました」
 「うーん、でもやっぱ悔しいですね......戦術少しリニューアルしただけに」
 「お? ちょっと聞いて良いか」
 
 興味津々に聞いてくるレオン。 オロルは少し照れを浮かべながら続けた。

 「えーっと、作戦を言葉で伝える暇がないならテレパシーで伝えれば隙はないかなって......相手にもバレづらいし。 イリータは元々エスパータイプだからいいし、後は僕が[じんつうりき]を上手く活用出来れば......」
 「あーー、なるほど。 確かに言葉そのまま出しちゃうのきついしな......考えたなぁ」
 「いずれは対策を考え付かないといけない問題でしたから......戦術自体は問題無かったし、後はいつも通りしっかり鍛えていけば大丈夫だと思います」
 「なら良さげだな。 なんか疑問点とかあったらいつでも聞けよ」
 
 レオンが手をひらひら振って2匹の元から離れていく。 イリータとオロルもまたぺこりと1礼し、彼に背を向けた。







 オニユリタウンの街中。 道具を新しく調達し終わる頃にはもう夕方になっていた。
 
 「......さて。 どうしようかな......もう夕方だけど」
 「そうね......もう出来ることはないし、今日のところは帰ろうかとーー」
 「あっいた! イリーター!!」
 
 突然割り込んでくる声。 それは1匹のギャロップ......イリータの父親のものだった。 全力疾走したのか、立髪はかなりぼさぼさ。学者という立場に見合わない汗まみれな姿でもあった。 当然、それには困惑を隠せない。
 
 「お父さん!? どうしたのよ一体」
 「いやあ、なんか役所に研究関連でちょっと呼ばれてね......ちょっと今日は家に帰れないかもしれないんだ。 だから、オロル君の家にでも泊めてもらおうかと思ったんだが......オロル君、今日はご両親は? 共働きで多忙とは聞いているけど」
 「あーー、ごめんなさい、今日丁度出張で父も母もずっといなくて......まあでも僕ら2匹で」
 「ダメです」
 「ですよね......」
 
 優しい口調から一転、そこはピシャリと断られる。 予想はしていたのか、オロルは苦笑した。
 
 「お前達はお互いをパートナーとして見てるから全く気にしてないんだろうが、一応異性同士だ。 それにまだまだ子供じゃないか。 もし私がいない間にあんなことやこんなことがあったらと思うと......」
 「お父さん過保護。 それにオロルはそんな不誠実なポケモンじゃない」
 「そんなことずっと前から分かっている! でも不安なんだよ分かってくれよ娘よ......」
 
 懇願する父親。 イリータはああ、なんと大袈裟なのだろうかと心の中で悪態を吐いた。 まあ流石に外には出さない。 2匹で駄目なら、これはどうだと1つの案を出す。
 
 「......分かったわ。 私が泊めてくれるポケモンを探す。 勿論お父さんが信頼出来るようなね。 これでいいでしょ?」
 「ああ、それがあったか......すまない、それで頼む! それじゃ!」
 
 かなりアバウトな意見を受け入れたのを見るに、本当に急ぎだったのだろう。 そのまま役所の方へとまっしぐらに父親は向かって行った。 パステルカラーの嵐が去り、2匹は同時にふうと息をつく。
 
 「......で? どこに泊まるんだい?」
 「オロルもついてくる訳? 貴方は別にいいんじゃないの?」
 「面白そうだし、たまには良いかなって」
 「本音は」
 「......廃墟のアレがショッキングだった中で1匹家にぽつんといるのは気が滅入る」
 
 イリータはなるほどと頷く。 なんせたったの数時間前の出来事だ。 記憶には鮮明に残っているし、あの不気味さと惨さは簡単に頭から拭いされるものではない。 それに、白いモノを踏んだのは彼の方だ。 そうならば尚更だろう。
 
 「......ま、それは私も同感よ。 そうね、なるべく賑やかな方が気を紛らわすには良いかしら......」
 「賑やかといえば」
 
 徐にオロルが声を上げる。 そう。 こちらと親交があって、尚且つある程度信用は出来るポケモンといえば。
 
 「あの2匹の家とか、どうだい?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「......だからうちに来たんだ」
 「頼なきゃいけないのは正直癪に触るけどね。 朝になったらすぐ戻るわ。 まあ、そちらが嫌なら別にいい」
 「いやいやいいって! ほらほら入ってご馳走するから!ねぇねぇ何食べたい? やっぱ甘ーい料理!?」
 「キラリ、ご飯はいつも通り私が作るからいいよ」
 「むぅ」

 ユズは甘々の悲劇をどこまで引きずるのか。 ......これはもう一生忘れられない記憶としてインプットされてしまったのかもしれない。 腕によりをかけようと気合を入れたところで制止され、キラリは頬をむっと膨らませる。 キラリが超甘党とは知る由もないイリータとオロルには、「ああ、きっとキラリは料理が下手なのだ」という共通認識が生まれかけていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 「出来たよー」
 「おお、美味しそう......ユズ料理上手なんだね」
 「レシピ本通り作っただけだよ?」
 「それが出来ないポケモンだってわんさかいるのよ」
 「イリータなんで私の方見るのさ」
 「別に。 気のせいじゃなくて?」
 「......モモン大量に入れたくなるのはほんとだけどさ」
 
 これは駄目だと3匹が完全理解したところで、各々ご飯を食べ始める。 絶品......とまではいかないものの、家庭的でスタンダードな美味しさだ。 4匹分は流石に疲れたのか、ユズはより味わってご飯を食べている。
 そして、貴重なコミュニケーションの場というのが食卓というものだ。 自然と話は繋がっていく。
 
 「にしても、なんで2匹はともかく1匹じゃ駄目? 一晩だけだしいいと思うけど」
 「私もそう思うけど......急に体調崩した時に対応できないからですって」
 「そっか......優しいんだね」
 「優しいというより過保護よ過保護。 言っとくけど、合同依頼の時以来一切体調崩してないから」
 「すっご」
 「イリータ、体力づくり頑張ってたしねぇ......寧ろもう僕の方が貧弱なんだけど」
 
 ......という具合にだ。 そこからはまさに連想ゲームのように、話題は新たにぽんぽん生まれてくる。 合同依頼の時からはゆっくりこうして話す機会は全く取れなかったためか、仲が少し深まってきているからか。 急遽始まったお泊まり会のようなムードになりつつあった。 そして、今度は話題が家族構成の方に移る。
 
 「にしても、イリータのお父さんが過保護って意外だなぁ......もーっと怖いタイプだと思ってた」
 「まあ、うちは事情がかなり特殊な方だもの......昔は入院しがちだったし、そうなるのも無理ないわ。 どっちかというとオロルの方が厳しいわよ」
 「厳しいというか仕事で余裕なさげというか......どっちかというと放任主義だねうちは」
 「そっかぁ......」
 「キラリは何かあるの? 家族構成とか」
 「ああー、実は......年の離れたお兄ちゃんがいまして......」
 
 少し照れ笑いをしながらキラリが言う。 初めて聞く事実に、3匹は目を丸くした。
 
 「ってことは......キラリって妹!?」
 「なるほど......どうりで甘え上手なタイプだと思ったわけだ」
 「えっ、待ってオロルそんな事ある私?」
 「あるよ勿論、レオンさんと話してるとこ見ると特にね」
 「......貴方の兄だというのなら、さぞ性格は濃いでしょうね」
 
 妹が濃いなら兄も濃いに違いないと、イリータは少しその濃さに改めて呆れるような目をする。 本来それは先入観でしかないのだが(似てない性格の兄弟もいるっちゃいる)、今回については当たり。 苦笑を浮かべながらキラリは頷いた。
 
 「アクセとかの店やってるお兄ちゃんなんだけど......その、結構、濃いね、やっぱ」
 「どんな風に?」
 「うーん、ちょっと演じてみると......」
 
 コホン。 一つ咳払いをして、キラリはその場に立ち上がる。 すると急にびしっとポーズを取った。 ......少し、ナルシストチックに。
 そして、少し野太めの声が部屋に響く。
 
 「......ふっ、オレのアクセサリーは星も着けたがるぜベイベーッ!!」
 
 
 
 ーーしばしの沈黙が、そこにはあった。
 
 
 
 
 目を点にして見つめる3匹。 そしてその視線を浴びるキラリは、のぼせたかのように灰色の顔が急に真っ赤になった。 それはまさにダンジョン内のソウルフード、セカイイチのように。 そして、固まったと思ったら、これまた急に自分の藁布団にスライディングした。藁が彼女の頭に覆いかぶさる。
 
 「もやだ恥っっっっずいお兄ちゃんキライサイッテーー!!!」
 「お、落ち着いてキラリ......なんか聞いちゃいけなかったねごめんね」
 「いやあだいじょぶ......演じ出したの私だし......ああでも恥ずい」
 
 藁からぼふっと出てきたキラリの顔。 先程までではないが、頬はやはり赤くなっていた。 ユズが頭の葉っぱを少し振り彼女の頬の火照りを冷まそうとする。
 
 「まあ、商売においてはこういうインパクトというのは大事でしょうし......底知れないものを感じるわね」
 「そう思うでしょイリータちゃん、実は昔からこんなんなの。 だからあの仕事向いてたってのもあるけど......ついでに業績は好調らしいよ」
 
 兄の凄まじい衝撃が3匹の間を通り過ぎていく。 ......キラリ家、恐るべし。
 そんな中、オロルが1つ首を傾げた。
 
 「なるほどね......レオンさんは君にとってどういう感じ? 家族みたいな感じはあるの?」
 「あーー、親戚って感じかなぁ、勿論そんな事ないんだけども。
 ......あっ、それで、もう1匹家族みたいに思えるポケモンいてね......」
 「へー、誰?」
 「え、えっと......」
 
 それだけ言って、キラリは口をつぐんでしまう。 だが、その理由は恥ずかしさだけとは思えなかった。 どこか、表には出しづらいもどかしさを抱えている......そんな様子。 暫く経って彼女から出た言葉は、「ひ、秘密!」というものだけだった。
 
 そして、返答に困り果てていたキラリは、向いてはいけない方向に向かってどりゃあと話題を放り投げてしまう。
 
 「そ、そうだ、ユズんちってどうだっけ!?」
 「えっ......」
 「?......あっ」
 
 本気で困った顔をするユズを見て、キラリは悟ってしまった。 顔色の変化が忙しいことだが、今度は少し頬が青ざめる。 ......家族の記憶を覚えていないユズにとって、これはあまりに答えづらすぎる答えなのだ。 何も知らないイリータやオロルはともかく、自分が聞いてはアウトだろうと心の中で頭を抱える。 キラリには、ユズが何か程よい感じの答えを出してくれることを願う事しかできなかった。
 一方のユズ。 自分に振られる事は無いだろうと思っていたのにと、こちらもまた心中は穏やかではなかった。 まさに、考えが浮かばない中急に先生に指されて、何を言うべきか浮かばない時のような心情。 逃げたいのに逃げられないのだ。 今はイリータやオロルもいるのだから。 しどろもどろだとしても、この場を切り抜けないといけない。
  ひとまず頭の中に自分の中の家族のイメージを浮かべる。 イメージというのは、自分がそれに持つ感情と深く関わってくるものだ。 それならば、眠り姫状態になっている記憶が、少しは唸りを上げてくれるかもしれない。 深い霧のようなものが頭の中に広がった。 その合間から見えてくるのは......
 少し薄暗くなった窓の外。
 台所から漂ういい香り。
 
 (イメージ、個人的な家族のイメージ......)

 そして、そこに立つ者に対し、夢で見た人間の形を重ねてみた。 二足歩行で、頭には毛が生えていて......そこまでは夢の人間とは同じ。 けれども、決定的に違うのは姿勢。 夢の中の人間は小さく蹲っていた。 だが、台所に立つような人間がそんな姿勢をとるはずがない。 しゃんと立っているはずだし、せわしなく手元を動かしているはず......。
 
 ピリッと、ユズの頭に電流が流れる。 1つの結論が固まったようだ。 ありきたりな情報だけれども。
 
 (ーーそうだ、夜にご飯を作る母親!)


 


 


 「......えっと、お母さんのご飯が美味しかったなぁって......」
 「......ユズがご飯が印象的って言うのは意外だね」
 
 ギク。 オロルのストレートな意見が突き刺さる。 確かに別に大食いというわけではないのだ。 返答に困るが、そこはキラリがフォローを見せる。
 
 「で、でもそれ見てきたからユズの料理美味しいんだもんねー!」
 「そ、そうそう......レシピ頼りでも基礎に忠実な方がいいって言ってたし......」
 「なるほどね......着眼点が中々珍しいなとは思ったけれど」
 
 ちなみに、今のユズの言葉は完全なでっち上げである。 どうかこれが事実でありますように、本当の母親が料理なにそれ面倒くさいなタイプじゃありませんように......そう強く、強く願っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 そんなことをしている間に、全員がご飯を食べ終わる。 かなり洗い物も多くなってしまったので、ここは分担して片付けを行うことになった。
 
 「......そういえば」
 
 皿を拭いているイリータがこちらに向き直り言う。
 
 「話はガラリと変わるけど......貴方達、ヨヒラってピカチュウは知ってるわよね? 戦ったことあるって聞いたけど」
 「あっ、うん。 でもなんで?」
 「紫陽花のダンジョンあったじゃない。 そこで偶然出会って、戦ったのよ」
 「ええっ!? だ、大丈夫だった......?」
 
 自分がボロボロにやられた経験からキラリは心配するが、それほどでもなさそうな表情でイリータは頷く。
 
 「一応ね。 ただ強いものは強かったわ。 今までの相手で1番」
 「だよねぇ......」
 「何か情報とか手に入れたの?」
 「いくつかは。 既に報告済だよ」
 「例えば?」
 
 掘り下げてくるユズに対して、オロルはどう返すべきか模索する。 ......必要最低限だけ言えばいい。 流石に、最後の「あれ」だけは言えない。 無駄に怖い思いを与える理由などどこにもないから。
 
 「例えばっていうか......結構世界に対する憎悪ってのが凄かった。 そして、ただの窃盗犯じゃないのは明確になった。 色々裏もありそうだし......要約するとこんな感じかな」
 「憎悪」
 
 確かに、彼女には並々ならぬ何かがあった。 言葉には出さずとも、それは電撃に乗ってこちらを襲ってきた。 それを思い出し、2匹は自分自身を納得させる。
 
 「レオンさん、結構悔しそうだったよ......。 多分、重要な事が何にも起きないままっていうのはないかもしれない。 お互い、気をつけとこうか」
 「だね」
 
 こくりとユズとキラリは頷く。 そして、イリータが続け様にもう1つ提案してきた。

 「......ねぇ、貴方達が良かったらだけど......私達で自主的に、3匹衆について調べて情報共有しない?」
 「えっ......でもレオンさんがやるって言ってくれたけど」
 「そうよ。 だけど直接絡みに行く気は毛頭ない。 外野から少しずつ情報を収集していって、レオンさんに教えていくの。 何度も言うけど直接的にはやらない。 だから迷惑もかけることはない。 あくまで間接的に、大人達をサポートする」
 
 事細かに語るイリータの声。 レオンのあの少し疲れたような顔を見て、なんとしても早期解決しないといけないと感じたのだ。
 勿論2匹はそんな事知らないが、切実な声に心を動かされる。

 「......だね、よしやろう! 私達で! ねぇユズ!」
 「うん。 私達に出来ることがあるのなら!」
 
 イリータとオロルは安堵して、こちらの方に微笑む。

 「......君達なら、そう言ってくれると思ったよ」
 「決まりね」
 
 自信たっぷりな笑みが浮かぶ。 それに引っ張られる形で、3匹の広角も上がる。 力強さを秘めて。
 
 『......頑張ろう!』

 誰からともなく、4匹はそう言った。 子供だからこそ出来ることをやろうという決意を込めて。



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして夜遅くになる。 その後も順番に風呂に入りながら色々語らっていたわけだが、全員終わったところで眠気の波が4匹を襲った。 これに最後まで逆らえるポケモンなど一握り。4匹はそれぞれの布団でその波に静かに揺られていた。
 だが、その波を絶妙に乗りこなし眠気から少し解放されたポケモンが1匹。
 
 「ユズ......起きてる?」
 「うん......んーー」
 
 最初のうんは寝言。 そして次の唸り声こそが本当の目覚めの合図だった。 のそりとユズは起き上がる。
 
 「どした......?」
 「ごめん、ちょっと話していい? ......今修学旅行の夜の気持ち」
 「眠れないの」
 「そゆこと」

 いつもとは明らかに違う夜だ。 眠れないのも、多分仕方ないことだろう。 そう判断したユズは、少し伸びをしてキラリの話を聞く体勢を整える。
 
 「えへへ、ありがとね......そういやユズごめんね、ちょっと気が動転してて......にしても、よく浮かんだね」
 「いやあ、頭こんな回転させたの初めてかもしれないなぁ......」
 「お母さんしか浮かばなかったの?」
 「うん。 父親とかも全く。というか、自分が関係なくとも家族って聞いた時に真っ先に浮かぶのが母親なんだよなぁ......それ以外は全く」
 「そっか、うーん......もしかして母子家庭とか?」
 「さあ」
 
 そこまでの考察は難しいようで、ユズは首をフルフルと振る。 流石にこれ以上の詮索は今回は不可能だろう。
 
 「......でも」
 
 いつもより少し柔らかいトーンで、キラリはユズに声をかけた。
 
 「いつか記憶が戻ったら......ユズの家族の話、聞きたいな。 またこうして、4匹揃って......出来たらおじさんも呼んでさ」
 「......うん」
 
 ユズはゆったりとした笑みを溢す。 恐らく、彼女の夢の中で静かに蹲る人間は、家族にまつわるものではないのだろう。 寧ろ、家族に関しては思い出したかった。 どんな顔なのか。 今、どこで何をしてるのかというように。 吐き気がするような苦しさなんて、今はどこにもなかった。
 
 「ふああ......寝よっか、改めておやすみなさい〜」
 「おやすみ」
 
 もふもふと体勢を直して目を閉じる。 前よりも、爽やかな風の流れ。 秋の訪れを感じずにはいられなかった。安眠を運ぶ風は、静かに、けれども確かに4匹を通り過ぎていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「泊めてくれてありがとうね、助かったよ」
 「......まあ、今回は礼を言おうかしらね。 ......ありがと」
 「いやいや、また4匹でお泊まりしよっ!」
 「いいのかい?」
 「色々話すの楽しかったし......また落ち着いた時にでも」
 
 早朝。 昨夜の言葉通り、イリータとオロルはすぐに出発することとなった。 昨日の夜の暖かい余韻と、眠気がまだ微かに残る顔。 それだけで、辺りは朗らかな雰囲気に包まれる。
 
 「それもそうだね......それじゃあ、事件解決の日、とかどうだい?」
 「おっ、オロルナイス提案! 指切りとかする?」
 「別にいいでしょ......貴方達が忘れるとは思えないし」
 
 くすりと笑う4匹。 解決はいつになるのかは分からないが、目指すべきものが1つ出来たという事実は、確かに心を高揚させるものだ。
 
 「それじゃ......改めてよろしく!」
 
 空に響く決意の声。 そしてそのまま2匹は家から離れていった。
 
 
 
 2匹は完全に見えなくなり、朝特有の爽やかな静寂が訪れる。
 その静寂を、キラリが破った。 何か覚悟を決めたのか、胸に手をあてて。

 「......ねぇ、ユズ」
 「?」
 「昨日話してて思ったけど......ジジーロンの事、色々調べてみてもいい? やっぱ」
 「......探検隊絡みの?」
 「そう。 ......ごめんね、ユズは違うって励ましてくれたのに......だけど、どうしても可能性を捨てきれない。 街にある手配書を見るたびに、どうしても頭によぎっちゃう」
 
 キラリはぎゅっと両手を握りしめた。 その小さな力で、自分の心を必死に奮い立たせようとしていた。
 イリータとオロルが、情報入手に踏み出そうとしていたのだ。 そして、共に協力すると約束したのだ。 もう、言い訳は出来ない。
 
 「なんていうのかな......私にとっては、正直神様みたいなものだし......それに」
 
 一つ息を置いて、
 
 「そりゃまあ1回しか会ったことないけど......家族になったみたいに、思ったから。 ......結果がどうであれ、ほっときたくないの」
 
 昨日言えなかった答えが、今静かに吐き出された。
 
 
 
 
 

 「......うん。 分かったよ」
 「ユズ......!」
 「がむしゃらに探すのもあれだしね......まずはそのポケモンに絞って、だね!」
 「〜っ、うん! ユズ大好きっ!」
 「うわっ!」
 
 感謝を込めて、キラリはユズのことをぎゅうと抱きしめた。 初依頼の時と同じく、苦しいとすぐにその手は解かれたが。
 早速依頼の準備をしようと家の中に入ろうとする。 だが、朝日がその光を少しずつ強めてきていた。 後ろに暖かいものが触れる気がして、キラリは振り向く。 ......あの日触れた、白い髭の温かさと、どこか似ている。 でも当然かもしれない。
 
 
 キラリが「太陽のような光を目指す」という目標のルーツは、あのジジーロンから来ていたものだから。
 ほほほと笑った顔に、思いを馳せる。
 
 
 「......おじいちゃん」

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