(十三)クロ

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読了時間目安:13分
 風が強い。ばたばたと赤い旗がたなびいている。
 ショップから再び外に出ると風が前髪を巻き上げ、身体を冷やしていく。百貨店の屋上広場、一番安い絵馬を片手に再び俺は小さな社の鳥居を潜る。記帳台でルール通りに記帳を済ますと、掛け所に絵馬を掛けた。
 博多駅のDOGO百貨店、その屋上に登ったはもう十年以上前だ。
 こんなことをする為にここに来ることになるとは思わなかった。
 つい最近までそのご利益も知らなかったし、こんなことがなければ関心を持つ事もなかっただろう。
 百貨店の屋上にある小さな社――空中稲荷。
 ネットの投稿から定着したそのご利益は「再会」だ。
 小さな社の賽銭箱に五十円玉を入れ、カラカラと鈴を鳴らす。別に信じてなんていないけれど、しないよりはいい気がした。
 たぶんこれは自身の気持ちを確かめる為なのだろう。忘れていないこと、想いが消えていないことを確かめる為の儀式なのだろう。
 あれからもう二年近くが経っている。ミミオリジナル曲「どろぼう月光ポケモン」をきっかけにSkar198の知名度は一気に向上した。P名を持たなかった俺にもついに念願のその名が与えられた。
 月光P。
 それはブラッキーの分類を示す称号だった。
 どろぼう月光ポケモンは一位こそ獲れなかったものの、週刊ヴォカロランキング上位に食い込んだ後に十万再生――殿堂入りを果たした。もちろん初の殿堂入りだ。
 曲もずいぶん聴いて貰えるようになって、その後に発表したいくつかの曲も殿堂入りをしている。去年の夏にはドゴームPの勧めで同人アルバムも出した。まさかライコウのあなに自身のCDが並ぶ日が来るとは想像していなかった。
 しかも即売会とか大規模オフ会とか、いくつかのイベントに出たせいで、カイナからカナズミに里帰りを兼ねて遊びに来ていたスマイル厨の弟とそのサーナイトと鉢合わせになる事故が起きた。
 兄貴が月光Pだったのか。
 フタキは目を丸くし、それ以来会う度に色々言われる。
 鈴から手を離す。二礼して二回手を鳴らす。そして再び礼。今度は一礼だ。付け焼刃の作法だがまあ構わないだろう。
 再び鳥居を潜る。風はまだ強く、冷たかった。

「どうしてだ、クロ」
 動画の再生数のカウンターがバカみたいに回り続ける画面を背に窓を睨んで俺はこぼした。
 どろぼう月光ポケモン。
 一番聴かせたい相手が俺の目の前に現れることはついになかった。
〔黒い獣は もういない〕
 繰り返す連続再生。ミミがひたすらに歌い続けていた。


 クロは戻らなかった。
 時間が思考を冷やした今であればその理由はなんとなく分かる。
 それはたぶん、俺がタブーに触れたからなのだ。
 存在意義。クロはそれをそう表現していた。
 ――俺には役割がある。
 以前クロはそう語った。交換先の主人の欲望を叶えろ。それが俺にプログラミングされた命令であり、存在意義であると。
 存在意義。それはプライド、アイデンティティと言い換えてもいい。
 俺はそれを盗もうとした。
 だからクロは去ったのだ。 
 俺が追い続けたブラッキーの物語。
 掲示板群の片隅で語られる続けるストーリー。
 昔一度だけ、その連鎖を断ち切ろうとした書き込みを見たことがある。
 それは「どろぼう月光ポケモン」とほぼ同じ手法だった。その人物は書いた。物語の中の老婆はブラッキーにこう言ったのだ。
〔私は何もいらない。ただそばにいて、話相手になってくれればいい〕
 けれど、スレ住人達はそれを許さなかった。
 物語はスレッドの流れの中で上書きされてしまった。
 彼女はしばらくブラッキーと共に過ごしたが、やがて寿命が尽きてしまった。ブラッキーは再び歩き出した。あしあとは続き、再び放浪が始まったのだ。
 俺は残念に思うのと同時にほっとした。物語は続く。そしていつかはブラッキーが自分の所に来てくれるかもしれないと。
 けれど、それが本当に自分の目の前に現れた時、俺は老婆と同じことをしたのだ。
 掲示板での書き込みは失敗した。それなら。
 だから俺は絵と文字、それに音を、考えられるすべてを使った。考えられる限りの俺のすべてを使って、物語の舞台でない違う場所で存在意義を盗もうとした。
 思えば俺は、クロという存在に自分自身を重ねていたのだと思う。
 どんなに頑張っても、どんなに主人の望むようにしても、やがて手放される黒い獣に。
 その物語の結末に、決して省みられなかった過去の自分を重ねていたのだ。
 ――名前なんて記憶しておく価値の無いものだ。
 そうクロは言った。
 もしその後に、どうせすぐに次へ行くのだ、と続くとしたら、それは悲しい。 
 俺はクロを救いたかった。
 繰り返される流転の運命から、宿命からクロを救いたかった。
 そうすることで自分自身を救おうとしていた。
 けれどクロは去った。
 まるで俺の心を見透かしたかのように、月光ポケモンはいなくなった。憐れみなどいらないと言うように。手元には黒いモンスターボールだけが残された。
 スレッドでは歌など知らないし聴いていないというように物語が続いていった。
 ――俺の存在を求める奴らがいる。だから俺は交換されてくる。
 ――俺はそういう渇望から生まれて、そういう風に出来ているんだよ。
 俺はいつしか、スレッドを見なくなっていた。
 部屋は急に物寂しくなった。余ったフードは期限がこないうちにポケモンを買っている福龍荘のルームメイトに譲ってしまったし、未練たらしく残していたベッドも、福龍荘を引き払う時についに処分してしまった。
 その寂しさを誤魔化すように俺はミミに歌わせ続けた。投稿した動画達は以前と違う伸びを見せる。コメントが絶えず流れ、再生数は必ず五桁以上だ。
 今でも時々疑いを抱いてしまう。もしかしたらこの再生数もコメントもクロがこっそり盗んできているのではないか、と。
 空中から街を見下ろす。ここからはカナズミシティがよく見える。ホウエンの玄関口である博多の駅は別の街や地方へと繋がる線路を様々な方角へ遠く遠く伸ばす。そして空には、はがねのつばさを広げた飛行機が飛んでいく。
 この風景の先にクロはいるのだろうか。あるいは新しいボールに入り、グローバルリンクを彷徨っているのだろうか。
 俺は屋上ベンチの一角に座ると、携帯にイヤホンを差し、曲を再生した。
 ヴォーカロップが歌う。
 
〔今、どこにいるの
 どこかで歌を聴いているの〕

 そしてまた月日が経って、俺は社会人になっていた。
 今は働きながら作曲をする日々だ。
 ネットも動画環境も大きく変化した。スマイル動画は存続こそしているけれど、そこにかつてほどの熱狂はなく、P・TUBEが大きく伸びていた。自分のチャンネルを持って何十万人の視聴者を抱える在野のミュージシャンが現れる時代。それは元ヴォカロPだったり、まったく知らない新人の歌い手だったり。俺の曲もそこで聴かれる機会が多くなった。
 ヴォカロ曲を聴く世代も制作者もその多くが入れ替わった。今や俺は古参、あるいは老害扱いだ。ミミのエンジンは新しくなって、よりクリアで表情豊かな歌が可能になったし、ヴォカロの種類はイーブイの進化系の数どころか、アンノーンの種類よりも増えて、俺も全部を把握できていない。
 象徴的な変化は、日常のネットコミュニケーションの主体が掲示板文化からSNS文化へとほぼ完全といっていいほどに移行したことだ。今や数の奴隷になりたかったら、流行ジャンルで絵や文章を描くよりも、もっとお手軽で簡単で、有効な方法がある。
 まずチルッターでアカウントを作る。そして特定の性別あるいは人とは違う性癖の持ち主を、正しくない、間違っていると責めればいい。
 あるいは街に張り出された絵やポスターを写真に撮ってアップして、差別だ、ポケモン消費だ虐待だ、公共の場にふさわしくないと糾弾すればいい。そうすれば拡散される。特別になれる。……少なくともなった気になれる。すごい世界がやってきたものだ。
 もちろんこれは皮肉だ。真に受けないで欲しい。
 でもさすがにブラッキーというポケモン名は民族差別である、というさえずりを見かけた時は頭を抱えたが……。
 151ちゃんねるならスレごとに国境があった。だが、SNSは国境を、垣根をなくした。色々な価値観の人々を同じ地平線に並べた結果、複数の正義がぶつかった。争いが絶えなくなった。ネットは昔より少し、息苦しいところになった。そこには創る人間でなくても、数の奴隷が溢れていた。
 そうして一介の創作者がそんな環境を嘆いているうち、151ちゃねんるも運営が変わって、251ちゃんねるに名前を変えたのだった。
 もちろん面白い話題もあった。
 飛跳音ミミとリアルに結婚式を挙げた男性が現れた。
 意味がわからないかもしれないが、彼は自分の家の飛跳音ミミと結婚した。式場を押さえて、来賓を呼んで、概念の依り代であるミミのぬいぐるみと指輪を交換した。人同士が行うそれと変わらない結婚式をあげた。
 ネットでは怨嗟や正義の叫びが日に日にうるさくなるけれど、それでも俺たちのネットは多様性に溢れているのだと、そんなことを感じた出来事だった。
 そして俺のやることも、そんなに変わらない。

〔よー、新曲調子いいじゃん〕
 夜、アパートに戻ってきて、チルッターでエゴサーチをしていると、ドゴームPが話しかけてきた。
〔まあな〕
 と返事をすると
〔今回のイラストいいよなぁ〕
 と、コメントしてくる。
〔そっちか〕
 俺がツッコミを入れると
〔ああ、お前にゃもったいない〕
 などと言うので、
〔いいだろ 月光ポケモン以来のファンだってさ 貴様にゃやらん〕
 と、自慢してやった。
 どろぼう月光ポケモンか。
 あの曲を投稿したのもずいぶん前になったな。
 が、俺がそんな感傷に浸っていると、ドゴームPが妙なことを言い出したのだった。
〔月光ポケモンて言えばさ お前最近あのスレ見てる?〕
〔いいや〕
 俺は答える。スレッドは久しく見ていなかった。運営も変わってしまったし、最近ではその存在自体を思い出すことも稀になっていた。
〔前に曲作ったときさ お前にスレッド見せて貰ったじゃん〕
〔おう〕
〔なんか思い出して久々に見てさー〕
〔うん〕
〔その時からちょっと設定が変わったみたいなんだ〕
〔設定が変わった?〕
 俺は何か確かめなくてはいけない気がして、ブラウザのタブから検索サイトを表示する。バーをクリックしてキーボードを叩いた。「251ch どろぼうブラッキー」、そのワードから導かれたリンクから251ちゃんねるにアクセスする。
 ああ、名前が変わっちゃったんだな。もう151ちゃんねるじゃないんだ。

 【都市伝説】どろうぼうブラッキーのあしあと【138】

 最新のスレッドが画面に映る。
 俺は出だしの文言を追った。


 そのポケモンはブラッキー。
 得意な技は、「どろぼう」。

「お前の欲しいものを言え」
 ブラッキーは貴方に告げて、貴方は欲を叶えるだろう。
 だが交換に出すだろう。

 何度も何度も交換されて、グローバルリンクを彷徨って、
 次はどこへと行くのだろう。
 次は何を盗むのだろう。

 そのポケモンはブラッキー。
 クロという名のブラッキー。

 このスレには都市伝説「どろぼうブラッキー」の話題を書き込んで下さい。
 実際にブラッキーを交換した香具師の体験談、歓迎します。
 友達から聞いたどろぼうブラッキーの話、噂、その他考察とか。
 どろぼうブラッキーのことならなんでもいいです。
 信じるか、信じないかはあなた次第です。


「……クロ、」

 俺は久々にその名前を声に出した。
 クロ。それはブラッキーの名前。
 俺がかつてどろぼうブラッキーにつけた名前だ。
 それは都市伝説のブラッキーいわく、ひどいネーミングセンスの名前だった。
〔前にブラッキーの名前なんて、なかったよな?〕
 ボマイプの画面にはそんな文字が映っていた。

 いつからだろう。
 スレの文言が変化したのは。
 いつからなのだろう。
 香具師達の書き込みに、そのニックネームが登場したのは。

 はっきりしているのは、それがヴォカロ曲「どろぼう月光ポケモン」の発表より後ということだけだ。俺にはそれしか分からない。
 ネットロアは続く。
 ブラッキーのあしあとは、続いている。

〔2げと〕
〔スレ立て乙〕

 スレッドは今も、細々と物語を紡いでいる。













クロ/了

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