第14話:現実と向き合って――その3

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読了時間目安:15分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 ヴァイスが因縁のブレロ、ブルルと仲直りを果たした日。セナとホノオも、着々と過酷な道のりを前進していた。
 “見つかりやすい聖なる森を早く抜けて、ポケモンがあまり生息していない地域に逃げる”という大まかな方針が決まり、セナとホノオは地図を見ながら計画の詳細を練っていた。あれこれと検討した結果、東に進んで森を抜け、さらに東に進み続けたところにある“迷宮の洞窟”という地点を目指すことにした。
 迷宮の洞窟は、その名の通り通路が複雑な洞窟だ。進むほどに分かれ道が増え、気がつくと同じ場所をぐるぐる回っていることさえあるという。追手をかく乱することも容易いだろう。それに、不便な構造の洞窟にわざわざ住むポケモンなどほとんどいない。“ポケモンがあまりいない場所”という条件に見事に当てはまるのだ。
 セナが地図を見ながらそのメリットをホノオに話すと、彼も賛成した。ひとまずは、ポケモンがほとんど生息していない洞窟に逃げ込もう。そこからまた、その先の逃亡生活について計画を練ると良いだろう。
 そう決めると、セナとホノオは、まずは“聖なる森”を抜けるために東へと歩き始めた。途中で2組の救助隊と遭遇したが、“あくび”を利用してうまく逃げることができた。

 夕暮れ時。茜色の日差しに染まった大樹が、セナとホノオの前に姿を現した。しばらく歩いて疲れがたまった2人は、ひとまずこの木の上で休むことにした。
 木の上に登るために、太い幹に足をかける2人。大樹が長生きであることを物語るゴツゴツとした表面の木の皮は、彼らの木登りの助けになった。あまりにゴツゴツしすぎて、セナの甲羅が一部でつっかえてしまったが、ホノオの手助けでなんとかその先に進むことができた。
 だんだんと枝の数が多くなる。がっちりと密集する枝を折らぬようにかき分けて登る。すると、枝と葉の隙間に空間ができ、くつろげる場所にたどり着いた。木の葉が生い茂り、外から見えぬようにセナとホノオの姿を隠してくれている。網のように張り巡らされた枝のお陰で、落下の恐れもなく、寝心地も良さそうだ。
 セナはほんの一瞬、サメハダ岩の草の布団の寝心地を思い出した。

「なぁ。今夜はこの木で休まないか?」

 もうすぐ日が暮れる時間帯に、このような安全な場所を見つけた。安堵感から、セナはホノオに提案する。

「賛成。そろそろ疲れたし、何より、こんなに丈夫な床があれば、寝相の悪いお前でも落ちずに済むからな」

 ホノオがニヤリと笑みを浮かべながら返す言葉に、セナは頬を膨らませる。ホノオから顔を背けると、嫌みたらしく言った。

「もう木から落ちなくて済みますね、お猿さん」
「なんだとー!?」

 冗談半分で怒ったフリをすると、ホノオはセナの頭を思い切り叩く。ピシャリと高い音が鳴った。やりすぎたようだ。

「いってぇ! 何するんだアホノオ!」

 思わずセナがそう叫ぶ。ホノオも言い返そうと言葉を探したその一瞬の沈黙の間に。

「今の声、セナとホノオじゃないか!?」
「やばっ……」

 遠くでセナとホノオの名を叫ぶ声がした。大人の男性のような声で、おそらく救助隊のポケモンのものだろう。
 セナとホノオは目を見開いて顔を見合わせ、沈黙を続けた。
 少しずつ、複数の足音が近づいてくる。軽快なリズム。比較的小柄なポケモンのようだ。
 高い樹の上にいるが、油断はできない。セナもホノオも顔をこわばらせ、ピクリとも動かない。呼吸ですら、浅く、ゆっくりと──。
 やがて樹のすぐ近くの茂みが揺れる音がして、セナとホノオの緊張はピークに達する。互いの鼓動が聞こえるような、変な気持ちがした。

「いないな……。気のせいだったか」

 諦めの声が聞こえると、足音はゆっくりと遠ざかっていった。

「はぁ~。ビックリしたぁ」

 ホッとため息をつくセナにからかうような眼差しを向け、ホノオは声を抑えて話す。

「はは。ビビりすぎだよお前は」
「お前だって、緊張してひきつった顔してただろ」

 ムッとしたように言い返すセナだが、彼のお腹が低くて長い音を立てると、たちまち黙ってしまった。

「ハハハ、でっかい音だなぁ。さっき鳴らなくてよかったな、それ」

 笑いながら話すホノオの言葉に顔を赤くしたが、すぐにセナも吹き出した。

「ふふっ。オイラはお前と違って、お腹も空気が読めるお利口さんなの」
「なんだよ、それ?」

 おどけるセナの言葉にホノオが突っ込む。あまり大声をだしては敵に見つかるからと、2人で声を殺して笑いあった。
 ――オイラたちは、いつまでこうして笑いあえるのかな? この先辛いことがあったら、笑顔は消えてしまうのだろうか?
 ふと考え始めると、セナの不安は止まらなくなる。
 今だって、ようやく安全な場所を見つけて気を緩められると思った途端に、自分たちを狙う敵に見つかりそうになったわけで……。いつでも、どこでも、身の安全が保障できない状況。それをひしひしと感じると、どんどん精神が摩耗してしまう。

「なぁ、ホノオ」
「……っえ?」

 こみ上げる笑いを抑えてから返事をしたので、なんだか不自然な間が空いた。

「なんつーかさ……。いつまでこうして笑っていられるのかな。オイラたち」
「フォーエバー」

 少ししんみりと言ってみたのに、ホノオはふざけた答えをよこした。もういいよと呟くと、セナはホノオから顔を背ける。

「冗談だっての」

 セナが振り向くと、ホノオは少し寂しげな顔をしていた。

「どうなっちまうのかな、オレたち……。これから何が起こるかなんて分かんねえし、さすがに不安になるよな」
「うん……」

 セナはそう呟いてうつむく。ひとまず、自分たちは追手から逃げ続けるしかない。しかし、いつまで逃げ続ければ良いのだろうか。疑惑が晴れる日は、この先やってくるのだろうか。終わりの見えぬ困難を思うと、気持ちが沈んだ。

「──って、言って欲しかった? 残念! オレはそうは思わないんだよね~」

 突如おどけた口調に変わるホノオに、セナの視線は吸い寄せられた。

「辛いことや大変なことがどれくらいあるかなんて、オレたちの知ったことじゃない。全て運じゃねえか。……でもさ、そんな中でいかにオレたちが明るくいられるかってのは、オレたち次第じゃん」
「そう、かも、しれない……けど……」

 不安が絶えない暗闇の中で、心細くて、誰かに寄り添って欲しかった。そんなセナは、ホノオの言葉に無理やり心を照らされているように感じた。ホノオは正しい。前向きで、明るい。でも……眩しい。
 暗い状況だからこそ、心を明るく保たなければならない。頭では理解している。でも、心が追いつかない。――オイラがそんな足踏みをしているうちに、ホノオは腹をくくって、飄々と風を切っている。クヨクヨ悩む弱気なオイラと、過酷な現状を受け入れて笑い飛ばすホノオ。劣っているのは、足を引っ張っているのは……オイラだ。明るくなれないオイラに、価値などない。

「あんまりさ、完璧になろうなんて思うなよ?」

 不満げに曇るセナの表情を読み取ると、ホノオは苦笑い。気持ちを見透かした上で、言葉を補足した。

「人間の頃から、お前は完璧目指して空回りしてたんだよね。自分に足りないものが他人にあっても、“自分はダメだ”なんて思わなくてもいいのに。人は人、自分は自分。違うから他人なんだし、一緒にいる価値がある」
「……お前、意外と大人だよな。大人ぶって自分を大きく見せているだけの、クソガキのオイラとは大違いだ」
「ま、オレもガキなりに、色々あったからね。すぐにキレるところは、あんまり大人っぽくないけど」
「羨ましいよ。お前が」

 消えそうな声で呟くと、セナは木の葉に顔を埋めるようにうつぶせに寝転がった。

「オレだってお前が羨ましいさ。頭いいし、頼れるリーダーだしさ。でも、オレにしかない良さもあるから、お前に負けてるものがあっても、別にいいやって思える」
「…………」

 ――あぁ、オイラとコイツは根本的に考え方が違うんだな。オイラはオイラである以上、どんなに頑張ったって、ホノオのようにキッパリさっぱりと物事を割り切れない。ホノオが言葉を重ねるたびに、格の違いを見せつけられているように感じる。そんな卑屈で醜い心に自覚があるから、なおさら自分が嫌いになってゆく……。この場から逃げ出したくなる。ホノオの声を、これ以上聞きたくない……。
 耳をふさぎ、目をつむり、セナは顔を木の葉に押し付けた。

「ごめん」

 突然ホノオが謝るので、セナはゆっくりと顔を上げて、ホノオの顔を見た。

「元気づけるつもりだったのに、逆にお前を追いつめちまったみたいだな。ハハハ……」

 自嘲気味なホノオの表情が、セナには自分を嘲笑っているように見えてしまって……虚しさに押しつぶされた。
 コイツはオイラに対して優越感を感じているから、他人事のように笑えるんだ。キリキリと胸が痛む。きつくつむった目から涙がにじむ。
 さっきまではお腹がすいていたはずなのに、今はもう、とにかく早く眠ってしまいたかった。

「だからさー、こういうところがダメなの、オレは」

 ああそうですか。
 話を聞く気になれず、セナはため息だけをもらす。どうしようもなく無気力。そのはずなのに、悔しさを握りつぶすように、両手の拳を思い切り握っている。
 震えるセナの拳を眺めながら、ホノオは独り言のように呟いた。

「うまくお前を慰めようってオレなりに頑張ったのに、結果がこのザマだ。いつも、自分が気がつかないうちに誰かを傷つけてんだ。次はいつお前を傷つけちまうのかなって思うと……オレだって、怖いよ」

 ハッと、セナは我に返った。そうか、コイツもコイツで悩みや弱さを持っているんだ。その種類が、オイラと違うだけで──。
 “いつも前向きで、悩みのない奴”だなんて、ホノオを勝手に決めつけて、羨んで妬んで、傷ついて被害者面して……。そんな自分が、恥ずかしくなった。

「ごめん」

 謝って涙をふくと、セナは身体を起こしてホノオと並んで座った。

「また謝った。お前は悪くないのにさ」

 ──というか、オレが謝らせてしまった。こう心で付け足すと、今度はホノオの気持ちが沈んでしまう。

「じゃあ、言葉を変えるわ。ありがとう。お陰様で、なんだか元気が出ましたよ」

 はじめは、お世辞だと思った。しかしホノオがセナの顔を見てみると、確かに曇りが晴れて、すっきりとした表情になっていた。

「……どういたしましてっ! へへっ、さっすがオレ!」

 一瞬でお調子者に早変わり。これが演技なのか本心なのかは、セナも見抜けなかった。でも、やはりホノオ“らしい”ホノオを見ていると、安心できる。自然と頬が緩んだ。

「まぁさ」

 ホノオが話し始める。2人は微笑み、顔を合わせる。

「お前とオレ。せっかく2人いるんだから、2人揃ってようやく1人前になるくらいで良いんじゃないの? まだ子供なんだし」
「うわ、それじゃ、お前の脳みその大部分をオイラが補わなきゃいけないじゃん」

 こんな冗談も言うようになった。そんなセナを見ると、やはり安心するホノオだった。

「よろしく頼んだぞ。その代わり、お前が辛いときには、オレが笑わせてやるよ。変顔も得意だし、笑っちゃうくらい変な歌もいっぱい知ってるぜ。それでもダメなら最終手段だ。くすぐってやる~!」
「それは反則だろ!」
「まあ安心しな。オレが作った“カタツムリのうんちの歌”、自信あるぜ」
「なんだよ、それ! 聴きたい」

 セナに興味を示されると、ホノオは気合を入れて立ち上がる。耳を澄まして辺りにポケモンの気配がないことを確認すると、ホノオは凛とした姿勢からのびやかな歌声を響かせた。

「ぼくたちの~クラスには~♪ 虫かごの中の~カタツムリがいる~♪ カタツムリは~うんちをするよ~♪ ぼくたち人間と~一緒さ~♪」

 親しみやすいメロディに、表情豊かなホノオの声。そんな素晴らしい素材をドブに捨てるように台無しにする、低俗な歌詞。そのギャップに、早くもセナは吹き出してしまう。

「でもカタツムリの~うんちは~♪ 食べ物と~同じ色だよ~♪ 人参を食べたらオレンジうんち~♪ はっぱを食べたら緑うんち~♪ うんちは茶色だと~決めつけていた~♪ そんなぼくに~世界の広さを教えてくれた~♪ ぼくは~そんなカタツムリを見習いたい~♪ 明日から~みどりのうんちをだす~練習をするぞ~♪ まずは素振りから~♪ 1日100回~週5日~♪」
「ふふっ、ふふふふ……! ちょ、ちょっと、待って……もう……ダメ……!」

 小中学生男子にとって、聞くだけで笑ってしまう魔法の言葉“うんち”および“うんこ”。普段背伸びをしがちなセナだが、抵抗虚しく魔法の言葉の連発で笑い転げてしまった。
 スンっと真顔に戻ると、ホノオはとどめの一言。

「マグカルゴのうんこって、何色なんだろう」
「ぶはっ……! やめろよ、変なこと考えさせるな!」
「ふふふ、セナ。大人ぶってる優等生のお前も、所詮はクソガキだったようだな……」
「だって、うんちって聞いたら笑っちゃうお年頃なんだもん……ふふっ」

 そうだ。オイラはこんなくだらないことで大笑いできちゃうような、子供なんだから。もっと気楽に、難しいことを考えすぎずに生きてもいいのかもしれない。笑いすぎて気が緩んだせいか、セナはぼんやりとそう思った。

「さぁて、次はお前が歌う番」
「うぇ!?」

 ホノオの唐突な無茶ぶりにうろたえるセナだが、ちょうどよくお腹の音が話題に割り込んでくる。

「良い声してますね~」

 セナのお腹をまじまじと見つめながら、ホノオがそう声を漏らす。

「だろ? オイラのお腹は歌も歌えるんだ!」

 おどけて胸を張り、セナが威張る。すると彼の言葉に同意するかのように、再びセナのお腹が鳴った。
 セナとホノオは顔を見合わせる。すると、必死に笑いをこらえる互いの顔がおかしく思え、ついに声を上げて笑い出した。すっかり敵の存在を忘れてしまっていた2人だが、幸い彼らの笑い声は、互いの耳にしか届かなかった。

「ハハハ! 飯食おうぜ飯! 腹減って死にそうだ~」

 セナは青いバッグから2つのリンゴを取り出した。
 夕ご飯を食べながら、セナは思う。オイラたちなら、きっと何があっても大丈夫。根拠のない自信だけど、そういうのも大切なんじゃないかな?

 そんなセナの希望が粉々に砕け散る瞬間が待ち受けていることなど、今の彼らには知る由がなかった。食べている間もふざけあい、互いに冗談を言いあった。
 そしてこの日は、後から考えると不思議なほどに前向きな気持ちで眠りについたのだった。

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