Another Story 夏祭り

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読了時間目安:18分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 夏はやってきたときと同じような早さで過ぎ去っていく。秋風が吹き始めテッカニンが鳴く声も少なくなる。過ごしやすい時期になったから探検にも行きやすくなった。ある探検隊はそう言った。確かに今年の夏は妙に暑く、ダンジョンに入っている方がマシだという意見も相次いだ。また、炎タイプが強力になっているということで氷タイプと草タイプのポケモンは探検でかなりの苦戦を強いられていた。さらに最近の天変地異で、ポワルンたちが今年は秋がなくなるという説も出してうんざりしていたことから、水タイプのポケモンからも夏の終わりを歓迎する声も多くあった。
 そして、それはプクリンのギルドとて例外ではない。海のそばで少し涼しいとは言え、その代償として湿気がひどかった。ゆえに、一日の依頼が終わったら探検隊は街に繰り出す気力もなく、部屋でぐったりとしていることが多い。チーム・ブレイブもその例に漏れず、依頼をこなした後に部屋でぐったりとしていた。

「夏、終わっちゃうね」

「いいことだ」

 寝転がっているライはぱたぱたと団扇で扇ぎながら言う。ただでさえ電気タイプということで体に熱がたまりやすいのだ。この茹だるような暑さがなくなってくれたら少しは助かる。

「ちょっと寂しいなあ……夏は夏の良さがあるのに」

 シオンは窓の外を見ながら複雑そうな表情を浮かべる。もふもふの体毛のせいで、夏の暑さによる弊害は受けていたが、それでもシオンは夏という季節が嫌いではなかった。たまに流れてくる爽やかな風に、からっと晴れて雲ひとつない夏の空。暑い日は夏など早く終わればいいと思うが、どうしてもこの季節が醸し出すノスタルジックな情景が嫌いではなかった。
 だが、ライにはそんな風情がわかるわけがない。ものぐさに部屋で過ごして夏の終わりを待とう。そう考えていたその時だ。

「ライさん! シオンさん!」

 扉を豪快に開く音とともに、 お調子者エルドがやってきた。

「……何しに来た? また足りない道具の管理か? それとも始末書の押し付けか?」

 どうせトラブルを持ってきたのだろう。ライの目はそう語っていた。実際、エルドは体良く仕事を押し付けようとすることもあった。そのたびにライに撃退されるが、哀れんだシオンに手伝ってもらい、それを見かねたライが助ける、そんなこともあった。
 しかし、エルドはニヤリと笑って首を振り、一枚のチラシを突き出した。
 
「違います。実はですね。隣町でお祭りをやるそうなんです」

「お祭り?」

「ええ。何でも夏の終わりを祝してですね」

「へーえ! 面白そう!」

 シオンはその話を聞いて目を輝かせる。その反応をみて、エルドはそうでしょうと満足げに頷いた。

「だから、僕たちも行きましょう!」

「何が狙いだ?」

「出店を開いて一稼ぎするんですよ。みんな夏の暑さと雰囲気にやられて財布の紐が緩くなっていますからね。粗悪なものでも売れます!」

 すぐにボロをだすエルド。どうせそんなことだろうとライは呆れてため息をついた。

「ほら、善は急げですよ!」

「あー……」

 せっつくエルドに対して、微妙な表情を浮かべるライにシオン。その視線はエルドではなく、なぜか彼の後方へと向けられていた。

「どうしたんです?」

「少なくともお前は祭りに行けなさそうだ」

「なぜです……ってムグ!」

 最後の言葉はもはや意味をなしていなかった。それもそのはず。急に後ろから首根っこを掴まれたからだ。

「随分と楽しそうだな♪」

 額に青筋を浮かべ、エルドの首を掴みながらペラップはニコニコと笑う。対するエルドはガタガタと震えていた。

「……何のご用でしょうか」

「とぼけるな♪ まだ仕事は山のように残っているんだ♪ さあ、今日も徹夜だな♪」

 目を血走らせながらペラップは陽気に笑う。エルドを掴む羽には力がこもり、「絶対にお前を逃さない」という意思が読み取れる。

「嫌です! 僕はもう、あのマトマの実が大量に入った眠気覚ましドリンクを飲んで徹夜することや、親方様の不可解な行動についての弁明を書きたくないんです!」

「安心しろ♪ 嫌と思ってからが本番だからな。ハハハッ♪」

 答えになってない答えをして虚ろに笑いながらペラップは問答無用とばかりにエルドを引きずっていく。残されたのは微妙な表情をしたライに苦笑いするシオンだけ。

「……大変、みたいだね」

「……そうだな」

 いつもはエルドに冷たいライですら声が生暖かい。あの様子ではきっと馬車ギャロップのように働かされているのだろう。そっと彼に合唱した。どうか、安らかならんことを。












「お祭り、な」

 エルドが置いていったチラシを見ながらライは小さく呟く。そこには、今日の日付と、会場である公園の簡単な地図。楽しそうに踊るルンパッパのイラストも描かれていた。
 だが、ライはそのチラシを置くとまたもライは団扇でぱたぱたと扇ぐ。やってくるのは夏の熱気だけで救いがない。外はだいぶ涼しくなったとはいえどもまだだいぶ温度は高かった。この暑いのに、祭りを呑気にできる感性がライにはわかられない。早く秋が来てほしかった。

「……ね、ねえ。ライ」

「どうした?」

「そ、その……」

「……?」

 どことなく煮え切らない様子にライは首を傾げる。夏の暑さのせいか、どこかシオンのほおがほんのりと赤い。

「一緒に、お祭り行かない?」

 暑い、面倒だ、混んでいるところに行きたくない。そんな理由が頭をよぎる。しかし、少し上目遣いで瞳を潤ませながら言ってくるシオンに、なぜかその言い訳を言うことができなかった。

「……べ、別にいいぞ」

 残暑の熱気のせいだろうか。少し顔が熱くなるのを感じながら、ライは視線を外してその提案に頷く。

「本当!?」

 ぱあっと嬉しそうな笑顔を浮かべるシオンに、ライは今更首を振ることはできない。

 ライはサファイアのネックレスを首にかけ、シオンは花飾りを頭につける。最近それを冷やかされることが増えたとはいえ、二匹は取り外すことがなかった。
 ペラップには祭りに行くことを一応告げたから文句は言われないはずだ。もっとも、文句を言うという最低限の理性すら今の彼には備わっていなさそうであったが。
 ギルドを出ると夏の空は澄み渡り、夕日が差す。何処も同じ、夏の夕暮れであった。













 帰りたい。最初の感想はそれだ。暑さのために外を出歩かないポケモンが増えた。そんな新聞の記事すら出ていたが、誤報であると言いたい。それほどに、老若男女種族問わず、たくさんのポケモンに満ち満ちていた。普段はポケモンが少ないといわれる公園でもあるのに拘らず、だ。それでも帰りたいと言わなかった理由はパートナーが原因である。
 シオンは目をキラキラさせながらあちこちの屋台を覗いていた。アクセサリー屋に不思議な食べ物を売る店、怪しげな含み笑いをするジュペッタの占い屋にその他諸々。しっかりとカクレオン兄弟も店を出していた。さすがと言うべきか。
 当然、そんな風にして歩いているとポケモンの多さからぶつかるわけで。

「わっ!」

「よっと」

 目の前に来ていたポケモンに気がつかずにぶつかり、足をもつれさせる。それを間一髪でライが足を掴んで踏みとどまらせる。
 ぶつかった相手であるニューラは文句の一つでも言ってやろうと口を開きかけたが、ライが無言でこっちを睨んでいるのを見てそそくさと立ち去る。

「ごめんね……ありがとう」

 しょんぼりとした表情でシオンが頭を下げる。そんなシオンを見つめること数秒、ライはぶっきらぼうに手を差し出した。

「え?」

 その意味がわからず、シオンは差し出された手を見て首を傾げる。ライは少しほおをかきながら言葉を続ける。

「……はぐれたりぶつかったりすると厄介だろ」

「あっ……うん」

 少し恥ずかしそうに差し出されたその手を握り返した。なぜか知らず、心臓の鼓動が加速していく。隣にいるパートナーとは目が合わない。
 微妙な空気が寄り添って歩く二匹の間を流れる。別に手を繋ぐこと自体は初めてでない。トレジャータウンの襲撃があった時もゴトーと戦う前にも手を繋ぐことはあった。だが、あの時は極限のなかでお互いに余裕はなかった。対して今は平和で余裕がある状況だ。ゆえに、互いの体温や自分の手の感触がしっかりと伝わってくる。
 どうするべきか。どんな言葉をかけるべきかわからずに歩いていると、出店から声がした。

「へい兄ちゃんたち! ちょっとうちで遊んで行かないかい?」

 ハチマキを巻いたオクタンが屋台から身を乗り出してくる。

「何の店ですか?」

「おう! ここはな、型抜きの店だ!」

「型抜き?」

「おおっと知らねえのか。この板状の菓子に描かれた絵をよ、針を使ってくり抜くんだ。うまくくりぬけたら景品をやるぜ」
 
 簡単にできないけどな、とオクタンが快活に笑う。二匹は顔を見合わせると同時に言った。

「やります」







 数十分後、ほくほくとした笑顔で景品を抱えるシオンと、少しむくれたライが出てくる。どっちがうまくくりぬけるか勝負しよう、そう持ちかけられたライは意外にも静かに闘志を燃やしていた。彼は存外器用である。しかし、ポケモンの身体に完全に慣れているわけではない上に、特性の静電気のせいで少し焦げた。一方、シオンはライより不器用ではあるものの、ここ一番の集中力を発揮してうまくカイリューの絵を切り取ったのだ。まさかここまでうまく行くとは思っていなかったのか、シオンはニコニコ笑っていた。
 シオンが手に入れた景品はグレイシアのお面だ。しばらく彼女はそれをつけようとしてーーふと立ち止まってお面を見つめる。

「どうかしたのか?」

「ライは進化したい?」

「ああ」

 即答だった。ライチュウになることができれば、もっと技の威力は上がるであろう。破壊光線やギガインパクトといった強力な技も覚えられるようになると聞く。身体能力も今までの比にはならないだろう。進化のためにはまだレベルが足りていないだろう。だが、それでもだ。

「早く強くなりたい」

 焦りがある。自分の能力はある程度で頭打ちになるという自覚があった。シオンのように無限の才能を抱えているわけではない。むしろ、ろくすっぽ技も使えない自分にはかなり才能がない方だと思っている。これからどれだけ探検についていけるか、正直自信はなかった。

「どうして、ライは強くなりたいの?」

「どうしてって……」

 答えようとしてライは言葉に詰まる。理由は一つだった。ただ、それをどうしてか。口に出すことができない。

「シオンはどうなんだ?」

 そっと話題の転換をした。シオンは少し悩んだそぶりを見せたあとに小さな声で言う。

「……私は、少し進化することが怖かったかな」

「怖い?」

「うん。生まれたときからずっとこの体なのに、それが変化してしまうのがとても怖かった」
 
 想像して少し震える。仮にグレイシアになったとすればどうなるか。今よりもずっとしなやかに動けるだろうし、氷タイプの技を使えて強くなれるはずだ。それはとてもいいことのはずだ。だが、その代わりに色々なものを失ってしまうだろう。密かな自慢であるこの茶色の尻尾も、寒いのが苦手であるという感性も。

「それでも、今は怖くないかな」

 精一杯胸を張る。進化すれば強くなれるし、感性だって年々変化するものだ。今更怯える必要はないだろう。最初は慣れなくても、すぐに馴染むようになるはずだ。だから。

「……あんまり急いで大人になる必要はないぞ」

 それを見越したように声をかけてきた。いつもの淡白な調子ではなく、少し柔らかい声だった。大丈夫だよ、とシオンは言葉を返してライの横に立つ。祭りの夜はまだ始まったばかりだ。










 公園の片隅に、そのかき氷屋の屋台はある。他の出店のように、豪奢な飾り付けがされているわけでもない。だからか、他の屋台と比べてポケモンの出入りは少ない。だが、店主であるユキカブリはそんな些事を気にしていなかった。来るもの拒まず、去るもの追わず。それがポリシーである。
 出店の店主をするユキカブリは、この厳しい世界で珍しい寡黙なナイスガイである。この不景気の中でも、彼が経営するかき氷店は繁盛し、多くのポケモンから愛されていた。それは、ただ単に彼が作るかき氷が美味であるのが理由ではない。押し引きに長けた彼の話し方とポケ柄による。といっても彼は雄弁な方ではない。むしろ職人気質なところが強く、言葉数は少ない方だ。それでも、客に対して冷たくしたことはない。これはユキカブリの師匠であるユキノオーから言われたことが原因だ。

『かき氷を作りたいだけなら家庭持って奥さんに振舞ってやんのが一番だ。客を見ねえやつに飲食店を持つ資格はない』

 客に無愛想な自分のほおを張って師は目を怒らせた。ならばと似合わない愛想のよい接客もやってみたが、それはそれで似合わないと殴られた。そんな理不尽さを長い年月の間ずっと耐え、ようやく自分なりの接客スタイルを確立したのだ。
 必要な分の氷を削り、会計のチェックをする。すると、寄り添って歩くピカチュウとイーブイがやってくる。らっしゃい、とできるだけ感情を表さずにユキカブリは挨拶する。
 
「味の好みは」

「甘めでお願いします」

「酸味が強いもので」

「はいよ」

 ぶっきらぼうに答えると、ナナシの実とモモンの実を絞る。普段ならばそこまではやらないが、祭りということである程度サービスをしてもいいだろう。

「お待ち」

 ユキカブリは彼らにかき氷を渡すと、また氷を削り始める。しかし、その目は客としてきた二匹に向けられていた。
 氷の冷たさに頭痛がしたのか。イーブイの方は頭を押さえ、そのイーブイにピカチュウが呆れたように買ったであろう湯を渡しているのが見える。
 最初はカップルにも見えたが、それにしては互いに気を使い過ぎているような気もする。おそらく、付き合う前なのかもしれない。そして、身に纏う雰囲気や所作が妙に無駄がなかった。よく見れば、筋肉も付いている。ならば、仲良しの探検隊であろう。師ならば少し節介をかけろと言うはずだ。軽く咳払いすると、目つきの悪いピカチュウではなく、柔らかい雰囲気のイーブイにお客さんと呼びかける。

「このあと、花火大会をやることは知っていますかい?」

「うん、確か太陽が落ちた時間から始まるんだよね?」

「ああそうだ。しかし会場はやたらと混み合う。そこの山を登って石の台座のところまで行きなさい。ほとんどポケモンが来ない上に花火もよく見える」

 ユキカブリは太く短い手で、近くにある山を指す。少し鬱蒼としている山道は急であまり勧められたものではないが、探検隊らしきこの二匹ならば大丈夫であろう。
 ありがとうございます、とイーブイは微笑んだ。隣にいるピカチュウも頭を下げる。そして、彼らは教えられた通りに山に登っていった。
 その背中をユキカブリは見届けると、また氷の山に向かい合う。その頭には、善行を積んだという意識はもはやない。ただどうやってかき氷の極みに挑戦するか。
 また何匹か客がやってくる。見るところまだあどけない子供とその親だ。ならば、子供はおそらく甘みが強いモモンのシロップを欲しがるだろう。親は子供が腹を壊さないようにお湯を所望してくるはずだ。氷を削る。そして、木の実を握りつぶす。そして無表情で言った。

「へいらっしゃい」








 


 山道には確かにポケモンが少なかった。斜面は急であったものの、探検で慣れている二匹にとって今更疲れるものではない。それでも転ばないように慎重に進む。
 やがて、少し古びた石の台座が目の前に現れる。元々は真っ白で美しかったであろうそれは、年月を経て古び、すこし黒ずんでいた。だが、特段ヒビが入っていたり今にも崩れ落ちそうな様子はない。
 石座に座り下を見た。そこには祭りということで盛り上がるポケモンたちがいる。その声こそほとんど聞こえないし、表情もあまり読み取れないが、誰もがこの祭りを楽しんでいることは間違いなさそうだ。
 空を眺めた。まだ花火は始まっていないのか、空は相変わらずの澄んだ色である。この辺りは祭りであるというのに、その賑やかな空間からは隔絶されて、草木の揺れる音まで聞こえてくる。
 そして、照明が一気に消えた。同時に微妙に聞こえていた喧騒も同時に消えた。笛のように乾いた美しい音が少し。そしてそれよりも短い炸裂の音が夜空に響く。
 よく晴れた夜空に映えるようにして菊と牡丹が咲き誇り、柳の枝のように儚く落ちていく。
 横を見れば、それに応じてシオンのほおが赤に照らされていた。いや、それは赤だけではない。緑、青、黄色と様々な色に変化していく。

「……綺麗だな」

 心の底から言葉が漏れ落ちる。そうだね、とシオンも静かな声で答える。

「ライはあまりお祭り好きじゃないと思ってた」

「昨日までは嫌いだったな。今日は、まあ嫌いじゃない」

 肩をすくめてライはそう答える。その表情をしてシオンは含み笑いをする。ライが何かを嫌いじゃないと答えるときは素直に好きと言えないときなのだ。

「あのね、ライ」

「ん?」

「一緒にいてくれてありがとう」

「……こちらこそ」

 無邪気にシオンは笑う。ふっとライも笑った。そして、どちらからともなく、ぎこちなく手を伸ばした。
周囲にポケモンはいない。だからこそ彼らは手を繋ぐ理由がない。それなのに、お互いその手がほどけないように強く握りしめる。
 爽やかな風が首元にかけられたサファイアのネックレスを凛と鳴らす。終わりを告げる花火が打ち上げられた。美しく、そして切なく咲き誇る夏の情緒は走り去っていく。心はそれに追いつけない。
 時間に抗う術を持たない彼らはセピア色の空を見上げた。目に、心にこの光景を焼き付けるように。
夏祭り! いちゃいちゃ!

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