行方不明、追跡不能①

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

●あらすじ
 マニューラがキモリ・アミュオの話から、ルカリオ・アウラスの足跡について思案を巡らせていた時、何者かが二匹の近くに接近していた。彼女は亡命の嫌疑を州境警備隊に掛けられていたため、追手が近づいてきたのではないかと思っていた。しかし、そこにいたのは……




 建付けの悪い玄関扉を一気に押し開けると、軋んだ悲鳴が上がった。外に出た私は、庇(ひさし)と屋上、壁の後ろに敵がいないことを素早く確認した。そして、扉の陰から顔と冷気を込めた左手を出しつつ、窓下を覗き込んだ。

「動かないで!」

「おい、馬鹿な真似はよせ!俺だ!」

 そこにいたのは、床下の穴に入ろうとするムクホークだった。私に爪を向けられると、彼は今にも飛んでいきそうに両翼を広げていた。私は呆れと怒りが同時に込み上げてくるのを抑え、周囲を警戒しながら、彼を事務室の中に引っ張り込んだ。

「何してるの?警備隊がここに来ているって知らないの?」

「分かってる!だからヤバいんだ!ヤドンが消えちまった!」

 状況は相変わらず好転しない。私は壁にもたれ掛かって腕組みをすると、アルセウスとこの男を心の中で毒づいた。

「アミューゼイの護衛は放り出してきたってわけ?」

「忍者の兄さんが代わるからいいってよ」

 そういう問題ではない。十七も年上の男に向かって、責任感について説教したくはなかった。どうして戦う男はこうも甲斐性なしなのか。

「レミンがいなくなったの?」とアミュオ少年が割って入ってきた。

「レミン?」

「ヤドンの名前。昨日教えてくれたんだ」。彼は包帯まみれの体を露出させないよう、神経質そうに外套の裾を掴むと、のそのそと床下から這い上がってきた。

「ムクホークさん、でしたよね……あなたがここに来たのは、その……レミンを探すには、お姉ちゃんの力が必要だからですよね?サイコメトリーを使わないと追跡出来ない……とか。そうでないと、ここに来る意味がないし」とムクホークには、まごまごしながら言った。

 中年の鷹は、五歳児とは思えないほどの彼の知性に目を丸くしていた。実際、彼がここに来た理由はアミュオ少年の指摘通りだった。

 ――ほんの十分前の出来事である。ラボにはジュプトル・アミューゼイとムクホーク、ヤドンの三匹がいたが、アミューゼイは警備隊の追手に中を見られることを恐れて、二匹を廊下に避難させた。ヤドンがいなくなったのは、追手がツリーハウスの外周からいなくなるのを待つ間、ムクホークがトイレに行こうとその場を離れた時だった。用を足して戻ってきた彼はヤドンの不在を知ると、侍従のバタフリー達に話を聞いて追跡を始めた。だが、痕跡を追ってツリーハウスの地下一階まで辿り着くと、そこは移動用水路だった。水路は街の地下にある石造りの貯水池に繋がっており、そこからアリアドスの巣のようにンジャマッカ市街全体に張り巡らされている。ムクホークがここに来たのは、私の再現呪文で水の記憶を読み、ヤドンを追いかけようと考えたからだった。

「無茶言わないでよ」。それが話を聞いた私の第一声だった。 「そんな万能な呪文じゃないわ。それに、私達は身動きが取れないのよ。ソウケンに探してもらえば済む話でしょう」

「言ったさ。でも、ヤドンを連れて来たのは、お前達だろうって。仕事の話とは関係がないってよ」

 私はアズマオウの仮面を外すと、倒れた本棚の上に座り、頭を抱えた。 「貯水池にも警備隊が?」。

「泳げるなら誰でも毎日使うよ」とアミュオがすぐに答えた。

 知らない振りをしてヤドンを見捨てることも出来た。事実、それが最も賢い選択であり、普段の私なら迷わずにそうしている。だが、私とあの子はここに来る前に命をやり取りしていた。あの子がいなければ、私は今頃、ミコノ河の汚泥に沈む骸骨になっていたに違いない。

「分かったわ」と私は言った。 「私は貸し借りにはうるさいから」

 ムクホークはその言葉に安堵し、微笑んでいた。それが正解だと言わんばかりに。この男の不始末である以上、怒りの向くままにトサカを掻きむしってやりたかったし、そうする権利もあった――それでも私は我慢した。

「でも、貯水池の容積は五千トン以上あるんだ。水にサイコメトリーを掛けたら、水分子の記憶を読むのかな……?」と少年は真っ白な顎に手を当てた。

 ムクホークも無茶を承知で頼んできている。いいアイデアがないかと考えた時、私はふと仮面の金魚顔と目が合った。動作呪文と金魚。それから再現呪文。それが鍵だ。



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