第四話

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「人間へのポケモン細胞の移植、そのためにはポケモン細胞を人間細胞の同化と融合が必要となりますが、もともとポケモン細胞は柔軟に変化する性質を持つためにこれは簡単に実現が出来ました。ただ、ポケモン細胞と人間細胞ではポケモン細胞の方がはるかに強いため侵蝕が起こり、その細胞分裂の過程で人間由来の細胞は駆逐されて、身体のほとんどがポケモン由来のものに置き換わることになります。悪く言えば人間の形を模したポケモンになってしまうわけですが、それが人間生活には支障が無いことは貴女もよくご存知でしょう?」
 金髪でメガネの研究員アクロマはガラスケースの中に閉じ込められた一匹のポケモンに向けて語りかける。
「…………」
 ガラスケースの中のシャワーズは何も答えず、呆然と彼を見ていた。
 先ほどまでガラスケースを満たしていた液体は抜かれ、今は白い薄地の服に包まれたシャワーズが一匹残されただけだ。
 身体が縮みブカブカになった上に、水に濡れた服は体に張り付いて気持ち悪かったが、その骨格上、前足を後ろに回せず一匹で脱ぐことが出来なかった。

「問題はその次にあります。ポケモンには『進化』と呼ばれる急激な肉体変化を一瞬で終わらせる生態を持っております、これはどんなポケモンにも見られるポケモン細胞特有の性質でして、ポケモンの謎をさらに深める現象なのですが。その働きでコズエさんの体に埋め込まれたポケモン細胞達が、本来自分達のあるべき姿へ戻ろうとして急激な変化をしだすのです、それが先ほどの貴女の体に起こったことです。
 一度始まってしまうと有効な治療法はありません、普通のポケモンとは違いますから形態の急激な変化に体がついていけず連鎖的にアポトーシスを引き起こして死に至ります。死なない方法はただ一つ、新陳代謝の促進を行いポケモン細胞を活性化させて、その『進化』を積極的に成功に導くことになります。
 ああ、きちんと断っておきますが、私は出来る限りの手は尽くしました、先日の定期健診ではかわらずのいしに含まれる進化阻害成分を体内に循環させるなどで不活性化させるようにはしていましたし、充分に安定状態に入っていたので成功だと思いました、でもやはりいずれは発作が起こることは避けられなかったのでしょうか」
「…………」
「いろいろと複数の原因はあるでしょうけど。発作のトリガーを引いたのは主に過度の緊張状態によるストレスと、高周波の超音波にさらされたダメージなのでしょう。ポケモンの技から身を守ろうとした一種の防衛本能なのかもしれません」
「…………」

 自分が望んで招いてしまった結果であることを彼女は分かってはいた、怪しい誘いであることが分かった上でその禁忌の実験に乗ってしまったのは間違いなく自分だったし、彼も嘘をついていたわけではない。
 彼女は『ポケモンバトルで強くなる』ことを望み、アクロマは確かにそれを実現できる力を与えてくれたし、その望みを叶えてくれた。
 日に日に人間離れしていく自分の感覚、目が覚めたら――自分がポケモンになっていた夢も幾度となく見てきた。いつかはこういう日が来てしまうことを内心で覚悟ができていたのかもしれない。

「プラズマ団の研究技術でも、こればかりはどうにもなりませんでした」
「きゅいっ!?」
 その言葉にシャワーズは大きく反応をした。
「おや? 言っていませんでしたっけ、ここはプラズマ団の研究施設だったのですよ。ああ、もちろん"元"ですが」
「きゅら、きゅる! きゅるーる!」
 彼女はプラズマ団のことを詳しくは知らなかったが、決して関わってはいけない危険な思想集団であることは聞いている。
 先に知っていれば、さすがにこんな研究に参加するようなことはしなかった。

「私はかつてプラズマ団に所属していましてね……、そこの残された大量の研究内容の整理が私の仕事でした。そこで行われていた研究は『人間とポケモンの調和』。
 N=ハルモニア=グロビウス氏はプラズマ団の研究施設の中でたくさんの研究を行っていました、その研究内容は主に人間とポケモンの垣根を無くし2つの区別の解放、それは『人間がポケモンの言葉を理解できる研究』や『ポケモンが人間としての思考を持つ研究』へ向かっていきました。
 またその時に既に彼は『人間のポケモンとの同一化』に関する研究の記録を作っていました、ポケモンにも人間にもなれずに、2つの存在から阻害を受け続けていた彼の心が、その天才的頭脳を狂信的な研究へ駆き立てたようです。
 その研究は彼がいなくなった後、やがて異なる2つを1つに纏めるものとして『虚への注入によるポケモンとポケモンの合体』へと段階を進み、キュレムに異なるドラゴンを吸収させる合体実験へと繋がることになります。その実験の結果は失敗でしたが得るものは多く、その中でもキュレムを解析した時に得られた吸収合体因子や接合因子の抽出が研究を大きく飛躍させることになりました」
「……きゅら?」
 アクロマは冷凍庫から一枚のシャーレを取り出して見せる、簡単に言えば[いでんしのくさび]を人工的に作り出した様なものだったが、説明も無いので彼女にはそれが何なのかは分からなかった。

「私の研究テーマは『ポケモンの活性化の研究』でしたが、その時プラズマ団が目指していたものを探究してみたくなりました。
 ポケモンと人間、この2つの存在が1つになる時、その先に何があるのか。
 その1+1が2になるのか? 1になるのか? はたまた3になるのか? N=ハルモニア=グロビウス氏はプラズマ団を率いてでもその数式を解き明かしたかったのでしょう。ポケモンをボールから解放して共に生きる世界を作り出す、その先にある本来そこにあるべきポケモンと人間の調和を目指す、そのプラズマの思想の最終到達点が一体何なのか? N=ハルモニア=グロビウス氏が自分の組織に自ら名付けた、原語で『形作る』を意味するplasmaプラズマの名に懸けた想い、それを私は継いで解き明かしたかった。
 今回の貴女の事例を鑑みると、2つが解放されて人間とポケモンが互いに混ざったとき、人間が消えていくことは避けられない、調和の先にあるものはそれかもしれませんね」

 アクロマは微笑みかけた。
 彼女にはそれは下卑な笑いにしか見えなかった。

「さて、貴女の今後の話ですが」
 アクロマはタブレット端末を白衣にしまい、ガラスに手をつけて話しかける。
「貴女は有効に活用させて貰います」
「……きゅいっ?」
「そうですねぇ、貴重なイーブイ種のメス個体ですし、人間由来の遺伝子を持つ個体のタマゴは普通のポケモンとは違った能力や技を覚えているかもしれませんし、ひょっとしたら産まれた子どもは人語を話せるかもしれませんよね、早速ですが働いてもらいましょうか」
「きゅらっ?! きゅい! きゃうっ! きゅらう、きゃ、きゅっ!!」
「あの施術には結構な金額が掛かっているのですよ、その代金は出世払いという契約だったはずです。ちゃんと貴女の身でしっかり返してもらいますので」
「きゅる! きゅらーら! きゅっ、きゅー! きゅあ!」
「役所には崖から滑落して遺体は見つからなかったという届け出をしておきますし、かつて所持していたポケモン達や道具などはこちらで処理させて頂きますので、ご心配なさらずとも結構です」
 シャワーズはガラスの壁を懸命に叩き、伸びていない腕の爪で必死にカリカリと壁を引っ掻き始める。
 そして息を大きく吸い込み口から水流を、みずでっぽうを放った。
「きゃ……!」
 自分の口から飛び出したものに驚き、信じられないような呆然とした
 不意に自分の口から飛び出したものに驚き、信じられない表情を浮かべるシャワーズ。なんでこんなものが口から放たれてしまったのかをとても受け入れられず、呆然とした表情のまま必死に拒絶をしていた。水流を受けた頑丈なガラスの壁は傷一つ付いて無かった。
「私にはポケモンの言葉は分かりませんよ、静かにしてください」
「きゅういきゅう! きゅううんっ!! きゅうっ!」
「うるさい」
 アクロマはケースを少しだけ開き、その隙間からシャワーズに向けてモンスターボールの光を当てる。シャワーズは赤い光に包まれてあっという間にボールの中に閉じ込められた。
「ボールに入るからポケットモンスター、でしたっけ? フフフ、こうしてボールに入るという事は、貴女は完全にポケモンと言っても良いのでしょうか?」
 くっくっく とアクロマは笑いながら、手に持ったボールを乱雑に紙が散らかった机の上に置いてその部屋から立ち去る。



 目を開けば、そこに自分のてのひらがある気がして、
 今はもう二度と見ることの叶わない手を思い、
 誰にも聞こえない声で鳴いていた。


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