名残、そして追想

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:8分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

⚫あらすじ
 マニューラは怒涛の一日目を乗り切ったが、問題はそれでも山積みに残されていた。ヤレユータンの命を奪った暗殺者の行方、マニューラの乳母ムウマージを保護したのがインテレオンだと判明し、彼女を取り巻く環境はまさに混沌の極みとしか表現出来なかった。
 だが、一方で良いこともあった。ヤレユータンは死してなお彼女に助言を与えることが出来、彼女の呪文の練度も飛躍的に向上した。それでも、彼女の関心は五大家の因縁と陰謀、そして彼女自身の知られざる過去に向けられていた……
 実に恐ろしく長い一日だった。それは『ルギア』が羽ばたいた時のミコノ河のように、破壊と混沌をまき散らした濁流の一夜でもあった。

 密林を明るく燃やす朝日がツリーハウスに差し込むと同時に、ヤレユータンの死はンジャマク一族に知られることとなった。突然の訃報に対して、一同の反応は酷く困惑したか、現実感を喪失して聞き返すかのどちらかだった。もっとも、彼の霊は私のすぐ傍にいて、一族が自分の死に対してどんな本音を口にするかを真横でじっと観察していた。彼は悪口を言ったら呪ってやろうかと冗談を口にしていたが、昨日の死霊術の顛末を考えると過ぎた冗談だった。ヤレユータンの霊が私の影に潜んでいることは誰にも伝えていない。

 ジュプトル・アミューゼイは、引き続きヤレユータンのラボで毒成分の解析を進めていた。ムクホークが彼の護衛である。暗殺者が証拠の隠滅を図る可能性をアムニスが懸念したためだった。アミューゼイは、断言は出来ないと前置きしたものの、海洋性の毒物ではないかと指摘していた。

 暗殺者の行方は杳として知れなかった。被害者となった彼の話に裏を取ったところ、ムクホークの推理“は”完璧に的中していたことが分かった。彼は私の『いたずら』に癇癪を起こして森に立ち去った後、バナナ農園にあるトンネルの入り口で暗殺者に背後を取られたのだという。彼は『フクロウ』を名乗り、ヤレユータンの命を頂戴するとご立派にも宣言していた――ちょうど私が一階で氷風呂に浸かっていた頃である。その間、ムクホークはヤドンが再び姿を消したとかで騒いでいた気がする。結局、彼は最上階のアミュオ少年の部屋にいたらしく、無口・無批判・無害の三拍子揃ったあの生き物とは私以上に早く打ち解けられた。

 話を元に戻す。暗殺者に背後を取られ、逃げ場を失ったヤレユータンは戦闘を強要された。しかし、年老いた彼は強力な念動力こそ使えたものの、ほぼ盲目で戦闘経験もなかったため、用水路の方に追い詰められるまではそう時間も掛からなかった。そして、逃げる途中で背中に何かの液体が掛けられた時、まもなく呼吸は止まり、倒れ込んだ先で水を肺の底まで満たす羽目になった。名探偵ムクホークの慧眼は確かだと証明されたが、暗殺者の『フクロウ』は自称であったことで依然正体不明ということになってしまった。現在はジュカイン・ソウケンが自警団を使って街中を捜索しているが、手掛かりがつかめるかどうかは期待出来そうでもない。

 一方、修行は順調そのものだった。何故かは知らないが、昨日の夜から呪文の効果は飛躍的に向上し、呪われた人形をジュペッタに変えて本物のように動かすことが出来るようになった。賢者は死してなお(正確には死して以上に)、私のメンターとして多くの知識を授けてくれた。だが、私が彼の過去から読み取った謎の呪文を試すことだけは止めておけと念を押された。もし試そうものなら、儂はすぐにでもこの世を去り、二度と戻って来ることはない、と。

「儂はお前が魔女として完成するまで一か月は掛かると踏んでおった」とヤレユータンの霊はジュペッタの呪いに対抗する私の傍で言った。

「お前の記憶と運命は固く封じられていた。ソーニャとして生きるお前に乳母と引き合わせても、にべにもなく認めなかったであろうな」

 ジュペッタと化した人形に動作呪文を掛けている時、私の身体は何者かの足に踏みつけられ、腹を釘で刺された錯覚に陥り、耐え難い苦痛に苛まれていた。内臓が圧迫され、刺された箇所が燃えるように熱くなった――だが、それでも砦での吐き気と頭痛に比べればどうということはなかった。ところで、私がブロル砦の戦いで体験した想像を絶する苦痛は、マナフィエィ・ドゥシャが宿主たる私自身を試すため、私の生命力と同じだけ掛けた耐久負荷なのだという。正式な継承の儀式を踏まず、力を違法に相続した私の身体はマナフィの魂と歪に癒着し、五大家の冠で引きはがそうとすると、再び私の生命力を試そうとするのだと――そんな中でも私達は会話を続けた。

 私は昨日のヤレユータンの暴露を思い出していた。インテレオンがグレイシア・ロクリアの身内を守るとはどういう風の吹き回しなのか。彼は秘密主義の化身のような男ではあったが、私にまでそんな重大な隠し事をするとは思ってもみなかった。

「インテレオンはエンブオーを裏切っているというの?」

「儂が言えるのは取引があったということだけだ。内容までは知らぬ」

 私は考え事に集中するために呪文を止めた。ゴーストでもエスパーでもない私にしては呪文のコントロールは完璧だった。ジュペッタだった人形は密林の赤い地面にぐしゃりとくずおれて、腹部と背中の四つ穴からどす黒い霧を発散させた。

「どうした、何故止める?」

 私は何がこの問題の元凶になっているかを考えるべきだった。事実関係そのものに夢中になり過ぎて、予想外の結果に翻弄され続けている。俯瞰が必要だ。

「最初は金のためだったわ。エンブオーの依頼を受けてね」と私は話し始めた。

 強烈な緑の日差しが瞼の裏を微かな桃色に染める中、私は修練所の外周をうろつき、話をまとめ始めた。足跡一つから推理を組み立てたムクホークがピカチュウ・ハリー・グッドマンなら、私はどんな困難も強靭かつ冷酷に打ち破って真相に辿り着くペルシアン・サム・スペードだ。

「ヘルガーは私を始末するために、裏切られし者と共同して回りくどい暗殺計画を仕組んだ。私が実行役でなければ、追放会議に名前を載せると言ってね。よりによって帳簿係の私によ。おかしな話だと思ったわ。ムクホークもレントラーも割を食うだけ食って、計画は失敗した。裏切られし者のリーダーも消えた。右腕を生やしたルカリオ・アウラスに追われてね。アウラスは彼のことをバディスと呼んだ――私の父、セイセルの兄と同じ名前でよ。ルカリオ・アウラスは二匹いる。セイセルを殺した方は、多分……」

 私は青銅の鏡を拾い上げて動作呪文を呟いた。ドーミラーとなった鏡は今度こそ暴走しなかった。ドーミラーの顔についた土を手で払いながら、私はそのまま話を続けた。

「思えば、父さんは私を森の外に出さなかった。幻影を張り巡らせて、私が森を真っ直ぐ歩いても原っぱに戻してね。でも、退屈はしなかった。父さんは幻でも色んな物を見せてくれたもの。ソーニャという名前も気に入った。賢い子に育ちますようにと名付けてくれたの」

私は、深呼吸なのかため息なのか分からないまま息を吐き出した。幸せだった。その言葉は私の口から無意識に出ていた。

「母親の話題を除けば、私達は絵に書いたような完璧な親子だった。完璧な――仮面親子だったけれど。最後に交わした言葉は『約束だ、ソーニャ。荷造りをしなさい。母さんへ会いに行こう』だったわ。後は燃えた。みんな燃えたわ」

ドーミラーは私の身体にピタリと寂しく寄り添っていた。私は感傷的になり過ぎている。頭を働かせる時は冷徹にならなければならない。私はドーミラーを静かに退けて言った。

「全てはルカリオが仕向けたこと。天使の言う事を聞かせられるのは彼しかいない。私に会わせて。彼の口から聞けば、全てが納得出来る」

「会ってどうする?」 ヤレユータンの霊は私の影から出てきて、こちらをじっと見ていた。

「刺し違えるとでもいうのか」

「復讐には興味がない。でも、文句の一つや二つは言うかもね。こんな面倒に巻き込んでおいて、面と向かって一言も謝らないなんて男のすることじゃないわ。アーリアティもそんな甲斐性なしに惚れたはずがないもの」



読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想