第36話 青い紫陽花

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 「今日もハズレ......まずいな、そろそろなくなってきてるんじゃねぇの? めぼしいやつさぁ」
 「それもそうじゃの......そろそろ全員で行く必要性もなくなりそうじゃ」
 「まじか! やれやれやっとゆっくり休める」
 「状況は最悪。 何故そのような戯言を......理解不能」
 「わーってるよそんなん......ちぇっ、一応複雑な気持ちでもあるだからな、この根暗ピカチュウ様よぉ」
 
 ヨヒラのつんとした言葉に、フィニは目敏く......だが疲れ果てた様子で反応する。 ずっと盗みのために毎日走り回っていたのだ。 疲れるのは当然と言えるだろう。
 そんな中、ラケナがヨヒラに声をかける。
 
 「......と言うわけじゃ。 明日はヨヒラちゃんにお願いできるかのう? わしも流石に腰が痛くてぎっくり腰なりそう」
 「ラケナも......ふん、勝手になっていればいいものを」
 「辛辣じゃのう......」
 「ところで、何処に行けばいい」
 「受けてはくれるんじゃな!」
 
 ラケナは嬉々として机の上の地図を広げる。 そして、少し探したのちにトンと指差した。
 
 「......ここじゃよ」
 
 
 その場所を見て、今まで無いほどにヨヒラの顔は凍りついた。 元々感情の起伏が乏しいにも関わらず。
 
 「......っ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「イリータ、今日も探検かい?」
 「ええ、お父さん」
 「やっぱ探検隊って忙しいんだなぁ......気を付けろよ、体調悪かったらすぐ......」
 「分かってるわよ。 全く、いつも大袈裟なんだから......」
 
 オニユリタウンにあるイリータの家。 そこでは、イリータがいつも通り探検の支度をしていた。 探検隊ソレイユのように自分達の拠点で暮らすという探検隊も多いのだが、やはり親のいる実家からという探検隊も一定数いる。 探検隊コメットについてもその1つ。 イリータの体調面の心配から、2匹暮らしだけはどうしても父親は認めてくれなかった。 それでも探検隊としての活動を咎めることはしなかったため、それは2匹にとってそこまで意味を持たないが。
 オロルはどうなのか知らないが、寧ろこの家にいた方が安心出来るという思いが彼女にはあった。 父親が植物学者のため家には多くの植物があり、それらの優しさが自分自身を包みこんでくれる心地がするから。
 
 「行ってくるわね」
 「はいよー」
 
 イリータは外へと足を踏み出す。 カツンという蹄の音が石畳に響いた。 彼女はこの時、ささやかな喜びを感じるのだ。
 外に出られない期間があったからこそ。
 窓の外の色彩に、心躍らせていたからこそ。
 
 
 
 
 
 「イリータおはよう!」
 
 そんなことを考えていると、オロルが彼女の元へ走ってやってくる。 まだ残暑もあるが、少しずつ涼しくはなってきているため、彼は日に日にご機嫌な様子でやって来る。
 
 「おはようオロル。 ......さて、今日はどうしようかしら?」
 「昨日ちょっとお金使ったし、少しでも稼ぎたいな......依頼でいいかい?」
 「構わないわ、行きましょ」
 
 
 パステルカラーの立髪をふわりと振り、依頼板のある役所へと歩き出す。
 にしても、イリータも、丸くなったものだ。 この優しい色の立髪のように。 オロルはそんなことを思う。 多分その理由は一つというわけでは無いのだろう。 ライバルとの出会いもそうだし、病室で募らせていたトゲが、外の世界でほろりと取れたようにも思える。 まるで水が硬い岩を少しずつ浸食していくように。
 
 (女王様みたいだったもんなぁ......今も面影あるとはいえ)
 
 オロルはくすりと笑って見せる。 勿論イリータはどうしたのか追求するが、なんでもないと誤魔化した。 当然だろう。 こんな事言ったら、その頭の角で突かれるに違いないのだから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「おっ、イリータオロルお久ー......でもないか」
 
 そんなことを考えていると、掲示板でユズとキラリに出会す。 同じ時間帯に依頼に行くとなると、会うのはもう必然。
 
 「おはよう。 依頼待ちかい?」
 「うん。 新しいやつ受けようかなって」
 「そういえば、レオンさん熱出したって昨日聞いたけど......大丈夫かあなた達は知ってるの?」
 「朝ちょっと家寄ってみたけどもう出ちゃってた。 多分治ったってことでいいんじゃないかなって」
 「なら安心ね......長引くほど辛いものはないもの」
 
 安堵と共に流れ出た言葉。 それは短くとも、どこか切実な思いがある。 そんな中、街の鐘の音が鳴った。 時報としての役割も持つが、この時間のそれは依頼整理の合図とも言える。
 
 「はいはい依頼だよっと......お、待ちぼうけてた顔だな?」
 「噂をすればおじさん! 熱とか平気? 休みとか要らない?」
 「心配いらねーよ、ちゃんと平熱だし、体も怠くねーし」
 
 そうさらりと言い切り、慣れた手つきで依頼の紙をてきぱき整理する。 その姿を見るに、彼の言動に一切の嘘は無さそうだった。 4匹や、他の探検隊もこぞって掲示板を凝視するが......。
 
 「......あれは」
 
 イリータとオロルの目線は、ある1つの依頼に向いた。
 鬱蒼とした森の入り口の写真。 そこには、今となっては完全に季節外れの、紫陽花が写っていた。 蕾が花開いたものが。
 
 

 
 
 
 
 
 
 「お? どうしたお前らっ......て、ああこれかぁ......最近出てきた結構良い依頼」
 「良い依頼っ!?」
 「なんでキラリが食いつくんだよ......」
 「どうだっていいわ。 レオンさん、よければ詳細教えてくれる?」
 
 レオンは一つ咳払いをして、説明し始めた。
 
 「まず、この世界では不思議のダンジョン化がかなり頻繁に起こってる......これはもう学校でやっただろうしいいな? で、これはそれによって発見された場所らしい。
 そこの地域はなんと1年中梅雨っつー中々変わった感じになってる」
 「1年中......随分と特殊だね。 ポケモンもそんな寄り付かないだろうし、今まであまり知られてなかったのも無理ないか......」
 
 考察するオロルに対し、レオンは「そういうこった」と頷き話を進める。
 
 「で、その地域は結構紫陽花が綺麗に咲いてるわけだ。 ダンジョンの近くだからかは知らんけど、それも1年中。 これだけでも結構何かありそうだろ?
 で、目玉情報が1つ。
 ......ダンジョンの周りの紫陽花は皆赤色だ。 だけど、入り口辺りの紫陽花は、『青色』をしているらしいんだ。
 結構謎なところはあるし、いい依頼だと俺は思うぞ。 あ、内容は調査だけっぽいな」
 「紫陽花の......花の色かぁ......」
 
 ユズは興味ありげに呟く。 そこで、キラリが1つの疑問を被せてきた。
 
 「おじさん、そういや紫陽花の花の色ってどうやって決まるのさ?」
 「え? えーっとなぁ......」
 「土の酸度よ」
 
 イリータが答えをすっと頭の引き出しから出す。 こちらの驚きを尻目に、彼女は説明を続ける。
 
 「土が酸性なら青。 それ以外......中性やアルカリ性だったら赤よ。 遺伝的なものによって青にならないのもあるけど。 理由としてはー」
 「ちょ、ちょっと待ってイリータ!」
 「何? 質問に答えてるんですけど」
 「どうしてそんなすんなりと......?」
 「豆知識としては別に高度でもないと思うけれど......」
 「まあ、イリータのお父さん、植物学者だから......それに、結構彼女は花好きだよ?」
 「そうなんだ......また1つ学んだなぁ」
 
 オロルの補足から、またユズは感嘆の声を漏らす。 まあそれはともかくとしてと言いたげに、レオンが口を開いた。
 
 「で、どうすんだ? 行くのか?」
 「勿論。 そうよねオロル?」
 「うん。 レオンさん、説明どうも」
 「そんじゃ、私達も依頼決めないとねーユズ!」
 「うん!」
 「お前らはついてかないのか?」
 「2匹が行きたいって思った依頼だし、だったら混ざる理由は無いかなって......」
 「ま、精々頑張ることね」
 
 強気なイリータの発言。 キラリはヨクバリスのように頬を膨らませ、「そっちこそ!」と返した。 嫌味と素直な応援が、ごった混ぜになった声。
 イリータは少し微笑んで、オロルは少し手を振って。 その場から去っていった。














 そして、依頼場所への道中。まだ道の端にあるのは普通の低木樹だ。 まだ着くまで時間はあるだろうと、オロルはイリータに声を掛ける。

 「ねえイリータ?」
 「何」
 「......最初に、依頼板に目を向けたのは君だった。 僕はそれに釣られて見ただけ。 ......どうして、あの依頼に興味を?」

 イリータは少し考え込んだ末、答えを出す。

 「さあね。 もしかしたら何か勘が働いたのかもしれない。 行く理由としては単純に気になっただけ。 まあ、気になった理由なら......」
 
 湿っぽくなってきた空気。 そこに1つ、彼女の口からの空気がふっと漏れる。

 「紫陽花の写真を見て......少し、病院の窓の外が浮かんだから。 私の部屋の外。 紫陽花あったでしょ?」
 「......そっか」

 オロルは昔の記憶を思い出す。 初めて出会った後も、何度も病院に通った日々を。 そういえば、イリータはよく植物図鑑を読んでいた。 父親が持ち込んでくれたのだろうか。 もしかして紫陽花の知識は、これ由来だったのかもしれない。
 イリータにとって、あの日々はどんなものだったのだろうか。
 もし病院に居なければ、自分は自ら彼女の元に赴く事はなかった。 今、ここで、2匹で歩いてはいなかった。 けれど、居たからこそ、彼女は「病弱」という1つの爆弾を背負っているとも言える。
 彼女にとって、窓の外のあの紫陽花はなんだったのだろうか? 羨望? 希望? 絶望?
 それともーー
 
 
 
 
 
 「ーーオロル!」
 「えっ......何?」
 
 鶴ならぬ、イリータの一声でオロルは現実に引き戻される。 何度も聞いてるのにと溜息を吐く彼女に、微かな申し訳なさが募る。 こうやって1つのことを考え込むのは自分の悪い癖でもあるかもしれないと。

 「......ところであなたはよかったの? 行きたい依頼とか......他に無かったわけ? 釣られてって、言ってたけど」
 「えっ......」

 オロルは少し考えるが、今度は率直に返す事にした。

 「別にそんな心配いいよ。 僕自身も正直これは気になったし。 意見なんて全然浮かばないし......君の行きたいところに合わせるよ」
 「そ、そう......ならいいけれど」

 イリータはどこか困惑した表情を見せる。 屈託の無い笑顔を浮かべるオロルに対して、別に何か言いたいことがあるわけでは無いのだが。 ......どこか、彼女の胸にもやもやが宿った。 すると。



 「......雨?」

 ぽつりぽつりと、雨粒が降り出してきた。周りを見回すと、そこにはポツポツとだが、いくつか紫陽花の株がある。

 「近いみたいね」
 「ひとまず、買ってきたレインコート着ようか......少し急ごう。 そんなにイリータも雨に晒されたくないでしょ」
 「それもそうね......走るわよ」
 「了解!」

 ばしゃりと音を立て、依頼に向けてイリータとオロルは走り出した。














 「......着いたか」

 「1匹」のポケモンが、とある廃墟の群れに現れる。 ヨヒラだ。 イリータ達とは違い、雨に当たっても気にしてはいないようだった。
 廃墟は、とても酷い有様だった。 所々腐った柱が折れ、いくつかは崩れ落ち。 残っているものも雨に濡れ続け、暗い焦げ茶色になっている。 その近くにあるのは......まるでその廃墟達からまだ生命を吸い取るかのように鎮座し続ける、多くの「青い」紫陽花だ。 雨の音が響き、凛とした花が咲き続けるだけの、暗い、暗い世界。

 「遂に花に頼ろうとするとは......不毛もいいところだ」

 ヨヒラの目は、どこまでも冷たく眼下の世界を見つめる。

 「......来たくは、なかったな」

 ぎゅっと握りしめる、小さな黄色い手。 その手は、氷のように、ただただ冷たさを放っていた。

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