第35話 光に笑いかける海

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 「あ゛ーいでぇ......」
 
 未だ下がらぬ熱に悶え苦しむレオン。 寝落ちなんてしなきゃよかった、まず時間的に考えて何故自分は書斎を掃除しようという結論に至ったのか。 訳が分からない。 ばーかばーか、俺のばーか......という感じで熱と同じく冷めない後悔に襲われている最中でもあった。 おかゆでも食えば元気が出るかと思ったが、悲しいことに体は言う事を聞かない。 脳の司令など聞かない、糸の切れたマリオネット......簡単に言うと、彼の体は今そんな状態だった。 どうしたものかと思案していると、玄関から微かにベルの音が鳴る。 誰か来たのだろうか。
 
 「出たくねぇ......」
 
 布団から玄関までは少し距離がある。 一歩も布団から出てやるもんかと言わんばかりに、彼はごそりと布団に潜る。 諦めて帰ってくれと心から願った。 ......まあ、そう思い通りにいかないのが現実なのであって。
 またベルの音が鳴る。 今度は先程よりもけたたましく。 その音はダイレクトに彼の頭に響き渡り、苦悶の声が漏れた。 コダック時代にはその種族の関係上よく頭痛が起きていた訳だが、それを思い出させるようなズキズキとした痛み。 これ以上やったら体が保たない。 レオンは覚悟を決めた。
 よろめきながら玄関へ向かい、戸を開けると......。
 
 「あっおじさん! やっと出た! ずっと鳴らしてたんだよ......って、あれ?」
 
 そこには、屈託の無い笑顔でこちらを待っていたキラリと、彼の感情を理解したのかおどおどしているユズの姿があった。
 
 「お前ら......」
 
 これはどちらの意味での言葉だろうか。 お見舞いに来てくれた喜びか、それとも無理矢理起こされた怒りか。 ......いや、どちらでもないかもしれない。
 
 「......何のために来たかは分かるが......1つだけ言わせろ......。
 病ポケは......労れ......っ」
 「えっ、うわああおじさん!? しっかり!」
 
 熱で弱った頭は、これ以上の思考を許してくれなかったのだから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「お前本当に真面目なのか変わってるのかよく分かんねーよ......病ポケいる家のベルあんな鳴らすか?」
 「ごめんなさい......だって早く会いたくってさぁ」
 「反省してるならいいけどよ......ってかなんで寝ながら俺は説教しなきゃなんないんだ」
 「ううっ......」
 
 キラリ自身も、春に一回風邪をひいている。 そのためだろうか。 体が重い時はゆっくり寝たい......その気持ちはよくわかったのだ。 だからこそ今、レオンのむすっとした目線を向けられながら力無く尻尾を垂らしている。
 
 「レオンさん、何か食べます? おかゆとか......」
 「......うーん、今はいい。 飯食う気力も無い。
 やれやれ、俺も体ぼろくなったもんだ。 一回寝落ちしただけで熱出すなんて......」
 
 ユズの申し出を断り、笑いながら自嘲する。 ......こんな辛そうに笑うポケモンだったろうか。
 そんな事を2匹が思っていると、唐突に声は飛んでくる。

 「情けないか? 今の俺」
 「えっ、いやそんな事......」
 「正直に言え。 おじさんはそんな子に育てた覚えはないんだからな」
 「......思ってないのはほんとだもん。 辛そうだなって思っただけだもん」
 「そうか......ユズは?」
 「ふえっ......いや......そうだな、こんなおじさんの顔見たことないから......心配、正直言って」
 「ははっ......まあお前はそうだろなぁ」
 
 彼はまた笑う。 普段の朗らかな様子は確かに失われていないものの、どこかその顔には違和感があった。 笑う時は、本来気分が高揚しているはずだ。 だが、今の彼からは、正直それが感じられない。 そして、それは彼自身も理解しているようで......。
 
 「......俺、こんなに無機質な声、“まだ”出たんだなぁ」
 「......まだ?」
 
 ユズが目敏く反応する。 レオンはハッとなり、手で口を塞いだ。 恐らく無意識によるものだろう。 ......だが、静かながらも確かにある好奇心を抑えられないのは、彼もよく分かっている。 少し間を置き、確認を取るようにこちらに聞いてくる。
 
 「なあ、お前ら俺が熱出したって誰に聞いた」
 「えっと......メブキジカさんに」
 「よりにもよってあいつかぁ......そうなると昨日の事とかも聞いたか?」
 「まあうん」
 「そらそうだよなぁ......お喋りだもんなぁ......」
 
 隠し通すための唯一の逃げ道はあのもさもさの緑の木の角に塞がれてしまった。まあ隠し通すと言っても、別に言っても何か得も損もないのだが......。
 レオンは観念したように言葉を吐く。
 
 「キラリ、体温計寄越せ」
 「へっ?」
 「37度台まで下がってたら今からいろいろ話す。 昔話な。 ただ流石に38度台より上だったら話すどころじゃねーの」
 「今の時点で大分饒舌だけど......」
 「ユズ、それは言うな。 寝転がってるからってだけかもだろ?」
 
 ゆっくりと起き上がり、体温計を脇に挟む。 待ってる間、ユズはこの世界にこんなハイテクなものがあったのかと感嘆の声を漏らしたが(当然今まで全然見なかったからである)、キラリによるとどうやら最近は水の大陸にある調査団が通信用のガジェットを作成したのを皮切りに、少し機械技術も進歩してきたらしい。 まあ、元々ポケモンは機械なんて遥かに凌ぐ力を持ち合わせているから、そう一気にというわけではないらしい。 そしてやはり高価であるため、ポケモン達の間で浸透はしていないのだ。 ......そうなると、「レオンおじさん、意外と金持ち説」が2匹の間で浮上してきたわけだが、その思考を掻き消そうとするようにアラームが鳴った。
 果たして体温は。
 
 「37度......7分? 微妙だなぁ......」
 「じゃあ間をとって、寝転がったまま話す?」
 「いいか? じゃありがたく......」
 
 よっこらせと寝転がったレオンの横で、2匹はどんな話が来るのかと身構える。 待たせてはくれないだろうと悟ったのか、レオンは案外さらりと話し出した。
 
 「昔話だけどな......」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 俺の進化前種族、知ってるだろ? ......え? 知らん? コダックだよコダック、あのボーッとした顔の......。 それがなんだって話なんだが、昔の俺はガチでそれを体現した感じでなぁ......。 勿論色々ちゃんとこなす。 ダンジョンでの授業でも的確な判断はちゃんとする。 そしてそのせいか意外と人気者。 ......だけど、ずっとボーッとしてるっつーな。
 正直何にも興味が無かったんだよなぁ、俺。 授業は授業でちゃんとやるけど、それ以上とまではいかないんだよ。 将来の夢とかも正直全く分かんないまま、ポケ生って海をぷかぷか気楽に浮いてた。 まあ、勿論そこで転機がくるのさ。 俺が海をちゃーんと平泳ぎとかで泳ぎ始める瞬間がな。
 
 
 
 
 
 俺の探検隊での元パートナー、探検隊の家の子だからさ、親から探検隊やれって圧が凄かったんだとさ。 で、やらないといけないとなると1匹だと気が滅入るだろ? そうなると探すわけだよ。 いい感じの奴をさ。
 で、そのお眼鏡にかなったのが俺ってわけよ。 理由は超単純。 ダンジョンの授業の成績がクラスで一番良かったから。 以上。 俺じゃないと駄目なんだ〜って何度も何度も言ってきたもんで、まあ暇だしってことでOKしたのさ。 笑うだろ? 暇だからって承諾した奴が今探検隊の仕事を支えようとしてんだからさ。
 やっぱさ、住めば都ってよく言うけど......この場合はなんかやってみたら天職、って言うべきか? 楽しいんだよなぁ、なんか。 色々な事知れてさ。 あいつには悪いけど、探検隊やれって言ったあいつの親の気持ちがちょびっとだけど分かるんだよ。 いい仕事だよ、本当に。
 
 
 でも、あいつは違った。 あいつにとって、この活動はただの「ノルマ」に過ぎなかった。
 
 
 丁度5年経ったあたりだったか。 丁度今ぐらいの季節でな、曇りの日だったよ。 凄い覚えてる。 いつも通り家を出ようとすると、逆にあいつが俺の家に来ていた。 ......それだけでも驚きなんだが、顔見た時、本当にその感情しかなかったよ。 左の頬が腫れてた。 それに、凄い辛そうな顔をしてた。 その時だったよ。 「解散して」って言ってきたのは。
 ......あいつには、元々夢があったんだよ。 探検隊じゃない、別の夢。 でも出来なかった。 まだ力の無いあいつは、親の圧に逆らうことが出来なかった。 ......でも、5年間はしっかりやり遂げた。 自力でちゃんとやっていけるようになった。 この時が頃合いだったんだ。 親と、夢の障害となる探検隊と完全に縁を切って、自分の道を歩めるっつー時が来たんだよ。 まあ当然大喧嘩したらしく、その時ひっぱたかれたんだと。 で、あいつは逆に自分の技で親を返り討ちにして、家を出て行ったらしい。 随分強気だろ? ......だけど、俺の前では謝りっぱなしだったんだ。 怯えた声で何度も何度も。 でもまあそうだろうなって。 他の奴から見て俺のポケ生は、あいつにただ振り回されてただけだろうから。 当然俺も驚いたし、落胆しなかったというのは嘘じゃない。 でも、ここでふざけんなって言うのは絶対違う。 だから俺はちゃんと了承した。 自分の意志で。 世の中では勿論あいつに暴言吐く奴もいたけど、ずっと「違う」と言い続けた。
 で、俺は正直未練がましかったもんだから、役所に頭下げて、依頼板管理とか色々やらせてもらったわけだ。 ......まあ、こんなとこかな。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「......以上! 言葉足りんかったらすまんけどもー舌限界だから寝る」
 「おじさん......」
 「なんだぁ......? なんかあるか?」
 「おじさんは、そのパートナーの事で悩んでたって事だよね?」
 「ま、そうなるな」
 「......ねぇ、正直今辛くない? しんどくない? 大丈夫ばっか言ってるけど、私達って、頼りない?」
 
 キラリは少し下を向いて問いかける。 話せて少しスッキリしたのか、さっきより明るみを帯びた言動が返ってきた。 心なしか、顔色も赤みを帯びている。
 
 「まさか。 だって俺達一般ポケモンだぜ? 神様でもないし、迷うなんてよくあるものさ。 別にずーっと辛いとかじゃない。 言っとくけど俺の場合はそんな気にしなくても構わんからな。 一晩経てば落ち着くもんだぞ、大体は」
 「っ、で、でも......!」
 
 ユズの反論の合図を、レオンは静かに遮った。
 
 「大丈夫。 いいか、俺はな、お前らが元気そうなら元気が出るんだ。 俺の事が気になるなら、まずはちゃーんとお前らが元気でいることだな」
 
 柔らかくレオンは笑う。 屁理屈かもしれないが、でも確かに納得出来てしまう。 彼はそういうポケモンだから。 弱さをちゃんと消化出来る、尊敬出来る大人だから。
 ああ、やはり海じゃないか。 どこまでも優しくこちらを包み込んで。 色々な表情を見せて。 奥深くにも色々あって。 ......生命に、彼の場合は探検隊に、ずっと、ずっと寄り添って。 敵わない。 多分、これからもきっと。
 
 でも。 元気を見せられる事で、彼に少しでも寄り添えるなら......!

 2匹は微かにお互いを見て頷く。 小さな2つの光が、今出来る本気を出そうとした。


 「そ、それじゃあ......私、頑張って葉っぱで[アロマセラピー]出します! それはもう回して!」
 「えっユズずるいそれ一石二鳥じゃん! 私回復技無いよ!? えーっとえーっと......そ、そうだ! 皿回しします! 借りるね!」
 「皿回し......曲芸! そっか、元気さを表すといえばその手が......!!」
 「ちょい待て元気ってそういう意味じゃないんだが? 借りるなまず食器棚に触れるなお前絶対割るんだから」
 「むぅ」
 「むぅじゃねーよ......全く......。 あんがとな」
 「何がです......? 大した事できてないけど」
 「色々だよ」
 
 悪態をつきながらも、ささやか感謝が漏れた。 凪の中の波の様に静かに優しく、けれど確かに。 窓の外では、今にも日が海へと沈もうとしていた。
 ......今日も海は、待ち望んでいたかの様に、その身を黄金色に染めるのだろう。
 
 
 
 
 






 
 
 「おおっ、夕焼けもそうだったけど、今日月綺麗じゃん! いやあやっぱツイてるねー、あたし」
 
 夜、郵便屋のヨルノズクが鳴く森の中。 家の窓から、月を見上げる1匹のポケモンがいた。 若干テンションが高く、鼻歌まで歌い出している。 そして、星と月しかない夜空を見上げるうちにふと思い出したのか、独り言を呟く。 どこか愛おしそうに。 窓の外にちょんと置いてある、青い花の咲いた小さな花瓶を眺めながら。
 
 「そういやレオンちゃん、元気にしてるかなぁ......元気だろうけどさ」
 
 
 ゆらり、“彼女”の体毛が、優しく夜風の中で揺れた。

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