第13話:依頼者スイクン――その4

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 ヴァイスとシアンは聖なる森からはるかぜ広場へと向かう。その途中、はるかぜ広場から聖なる森に立ち入った“彼ら”と出会うのは、宿命だったのだろう。

「こんにちは〜、弱虫君。今日はセナとホノオの救助に向かうのかい?」

 森の茂みの奥から、粘着質で嫌みな声が呼びかける。最近はご無沙汰になっていたいじめっ子の気配に、ヴァイスはブルっと身を震わせる。

「ぶ、ブレロ!」

 ヴァイスが叫ぶ。呼ばれたハスブレロのブレロは、なおも茂みに隠れ続けて見えない薄ら笑いをヴァイスに向ける。もうひとつの声が聞こえた。

「シアンちゃんもご一緒で。楽しそうじゃないか」
「ブルル! シアンは男の子だヨ! 知ってて言ってるんでしょ? いじわる!」

 ブレロに同行していたもう1人のポケモン、ブルーのブルルがシアンをからかう。シアンはそれに猛反発し、柔らかな頬を膨らませてぷりぷりと怒る。迫力はほとんどないが、彼の怒りは確かだ。キズナが4人になってからはブレロとブルルからの嫌がらせはほとんど止んでいたものの、広場で顔を合わせるたびに敵意をむき出しにした眼差しを浴びせられていた。ホノオとシアンも、ブレロとブルルへのマイナスの印象が蓄積していたのだ。

「まあまあ、こんな小さなことで怒るなよ。それより君たち。事態の割に、危機感が欠けているんじゃないのかい?」
「“事態”?」

 ブレロの意味ありげな言葉に、ヴァイスは首を傾げた。嫌な予感が、ヴァイスとシアンを襲う。シアンはぶんぶんと首を振ってブレロに言い返した。

「そっ、それより! 早く茂みから出てきなヨ!」
「ふふ。言われなくても……ね!」

 茂みを激しくかき分けたのは、ブレロの“タネマシンガン”。尖った大粒のタネが、ヴァイスとシアンに迫るが。

「そう来ると思った。“火の粉”!」

 ブレロの不意打ちは身に覚えがある。攻撃を予測していたヴァイスはシアンをかばうように前に飛び出す。茂みを燃やさないように配慮しながら、火の粉を的確にタネにぶつけて焼き落とした。
 茂みが揺れ、ブレロとブルルがつまらなそうに出てくる。一瞬得意気になるヴァイスだが、ブルルの手にふしぎ玉が握られているのに気が付いた。

「あっ!」

 マズい。そう気づいた時にはすでに、ふしぎ玉は淡い光を蓄えていた。避ける術なく効果が発動されてしまう。

「それ、“投げ飛ばし玉”だよ!」

 ブルルがヴァイスに向かってその水色の球体を放り投げると、ヴァイスの身体が弾き飛ばされる。勢いよく背後のシアンに直撃した。

「うわぁ!」
「きゃっ!」

 悲鳴を重ねると、ヴァイスとシアンは地面に身体を引きずられる。衝撃。痛覚。しかしそれ以上に、理不尽かつ唐突な攻撃への怒りが湧いてくる。ヴァイスとシアンは素早く立ち上がり、声を張り上げた。

「いきなり何するのさ!」
「そうだヨ! 卑怯だヨ!」

 彼らが正論と思い込んでいた抗議に、返ってきたのはブレロとブルルの不敵で不気味な笑いだった。

「ふふふ。“卑怯”、か」
「“嘘つき”のお前なんかに言われたくないなぁ、ヴァイス」
「えっ? “嘘つき”?」

 ブルルの言葉がヴァイスの心に引っかかる。――ボクがいつ、ブレロとブルルに嘘を?

「あぁ嘘つきさ。お前は……いや、お前“たち”は、ずっとおれっちたちに嘘をついていた」
「えっ……?」
「ヴァイスは嘘つきなんかじゃないヨ! キミたちは何を言いたいノ!?」

 困惑するヴァイスをかばうように、シアンはブレロとブルルを問い詰める。結論を急ぐシアンをじらすように、ブレロはなおも結論を後回しに嫌味を重ねる。

「ふふ。なるほどね。嘘をつくことに慣れっこなヴァイス君は、自分たちがいつ嘘をついたのかも忘れてしまうんだねぇ」
「ブレロ、早く教えて。ボクがキミたちについた嘘って何なの?」

 身に覚えがない非難に、居心地が悪くなる。ヴァイスの急かすような言葉を聞くと、ブレロとブルルは大げさに“やれやれ”という身振りを見せつけ、ヴァイスに突き付けた。

「セナ君の正体は、“人間”で間違いないんだよなぁ、ヴァイス? “メルさんのいとこのゼニガメ”じゃなくて」
「おれっちたち、お前らにだまされて、ずーっとセナはメルさんのいとこだと思っていて、ビビってたんだけどね。あー、騙された騙された!」
「えっ……。た、確かにそうだけど、なんでブレロとブルルが、そんなことを知ってるのさ?」

 嫌な予感が心を揺さぶり、どくんと動悸。視線を泳がせ、ヴァイスはあからさまな動揺を見せる。
 セナとホノオの正体を知っている者を洗い出してみたが、キズナの仲間とメルとネイティオと……ホノオの話に出てきた“ポケモン”と名乗るポケモンくらいのはずだ。
 なぜ彼らが、話したはずのないその秘密を知っているのだろうか。ヴァイスの嫌な予感を、ブレロはじっくりじっくりと刺激する。

「僕たちだけじゃないのさ。広場のポケモンたちも、全ての救助隊のポケモンたちも。みーんなセナとホノオの正体を知っているのさ」
「そ、それが何なのサ!?」

 シアンは不安を振り払うように声を張り上げる。ブルルは短い腕を組んで、ヴァイスとシアンに論点をちらつかせる。

「教えてあげようか。“事態”の深刻さを」
「ず、随分と親切だね……っ」

 いつもブレロやブルルに毅然と言い返す、セナの皮肉屋な口調を思い出し、ヴァイスは精いっぱいに真似てみる。言葉が震えて、全然セナらしくないや。そう思うとセナをさらに遠くに感じてしまい、ヴァイスはなんとも切ない気持ちに襲われた。

「あぁ。これを聞いて泣きべそをかくヴァイス君を見るのが、楽しみで仕方がないからさ」

 ブレロのその言葉は大げさな脅しか、それとも――。全否定できないこの状況が、ヴァイスは怖かった。
 ぐらつく気持ちを、ブレロを睨むことで無理やり落ち着かせた。そして。

「言ってごらんよ。泣き顔なんて、見せてあげないけどね」

 無理を重ねて、ヴァイスは強気に言い放つ。ブレロとブルルは顔を見合わせ、言葉を準備する。一瞬の沈黙の後に、ブレロの口が動き出した。




「いたぞ! セナとホノオだ!」
「えっ……!?」

 背後から突如名前を呼ばれる。それも、切羽詰まった声色で。セナとホノオは、表情をひきつらせて振り向いた。
 3人の鳥ポケモンが迫ってくる。それだけは把握できた。しかし、詳細な状況を読み取る猶予は与えられなかった。1人の鳥ポケモンがグンとスピードを上げ、振りぬいた翼でセナとホノオを弾き飛ばした。

「うあっ!」

 中途半端に振り返ったせいで、翼が食い込むように腹部に当たる。セナとホノオは苦しげに声を上げると、身体を地面に引きずられた。
 雑草に身体が絡まり、ようやく静止する。セナとホノオは咳き込みながらも身体を起こし、状況を理解しようと鳥ポケモンたちを見据えた。
 彼らは翼をはためかせ、宙に浮きながらセナとホノオを見下ろしている。先ほどの“翼で打つ”の衝撃で抜け落ちた羽根が、ふわりふわりと落下している。――茶色や白の、柔らかい羽根。どうやらそれは、ピジョットというポケモンのもののようだ。立派なたてがみに、大きな翼。きりりとした目をしている。その左にいるのは、細く長い首とくちばしで、翼も目つきもシャープなオニドリルだ。ピジョットの右にいるのは、ムクホークというポケモン。黒い体の、鷹のような見た目をしているポケモンで、赤く鋭い目をしている。何より印象的なのは、その左目を覆ってしまいそうなほど長い、顔の前に垂れ下がったたてがみだ。
 ピジョット、オニドリル、ムクホーク。最終進化系らしい立派な容姿をまじまじと観察したセナとホノオだが、突然襲われた理由はやはり分からなかった。呼吸を少し乱しながらも、セナは疑問をぶつける。

「なんでいきなり攻撃するんだよ?」
「そうか。私たちが“第一号”なのか」
「“第一号”?」

 ピジョットの意味ありげな言葉を、ホノオが復唱した。しかしホノオの疑問にはすぐに答えず、事情を知った“大人”たちの会議が始まる。

「状況も分からずに――ってのも、なかなか可哀想じゃないか? 俺たちだって、そんな理不尽なマネはしたくないしな」

 自分たちの置かれている状況を全く把握できていないセナとホノオにとって、このオニドリルの言葉はまさに謎だらけ。唯一掴めたのは、どうやらこのオニドリルは目つきが鋭い割には怖い性格じゃなさそうだ、ということだけだ。

「うむ。そうだよな。突然攻撃してしまって、悪かった。セナ、ホノオ」
「は、はぁ……」

 オニドリルの言葉に納得して、ピジョットはセナとホノオに頭を下げる。とりあえず返事をしたセナだが、怪訝な表情を浮かべている。
 いきなり攻撃したり、その理由も明かさずに謝ったり……。そんな不可解な行動の理由が、いよいよ明かされる。

「では、これから事情を説明しよう。いいか? 落ち着いて聞くのだよ」

 コクコクと、2つの頭が2度上下したのを確認すると、ムクホークはさらに続けた。

「まず、紹介が遅れたな。我々は、救助隊“ウィング”だ」
「えっ、救助隊!?」

 セナとホノオの、驚きの声が重なる。お尋ね者になるような悪いことなどしていないはず。救助隊に攻撃される理由に心当たりがない。彼らの当然の反応に、ピジョットは共感して寄り添う。
挿絵画像

「驚くのも仕方がない。救助隊員であるお前たちが、どうして同じ救助隊に襲われるのか疑問だろう」

 再びセナとホノオが頷くと、ピジョットとオニドリルとムクホークは、互いに顔を合わせて、気まずい雰囲気を漂わせた。
 これからセナとホノオに、彼らの過酷すぎる運命を宣告しなくてはならない。まだ子供の彼らにこのようなことを言うのもなんとも心苦しいが――かと言って、なにも知らない彼らの命を奪うのは、それこそ救助隊ウィングの良心に反するのだ。
 ピジョットが、その重い口を開いた。

「我々がお前たちに攻撃したのは、スイクンからの依頼を受けたからなんだ」
「……!」

 スイクン。
 その単語を聞いただけで、昨日の殺気を思い出す。水晶の湖から立ち去る際にスイクンが言った言葉が、セナの頭に鮮明に蘇った。――汝らの処分は、“奴ら”にさせた方が面白い。
 “奴ら”の正体が分かった今、セナとホノオは震撼する。目の前にいるのは、敵。自分たちの命を狙う敵なのだ。

「今朝、スイクンが全ての救助隊を集めたんだ。そして、我々に告げた。お前たち人間が存在することでガイアに災いが起こり、このままではガイアは破滅する、とな」

 分かっている。――スイクンの言葉が真実かどうかは分からないが、彼らが言おうとしていることは、昨日スイクンから嫌と言うほど聞かされたから。
 ならば、結論まで聞く必要などない。一刻も早く敵を撒かなければ。
 分かってはいるが、2人の足は、ゆっくり、ゆっくりとしか動かない。さらに説明を続けようとくちばしを動かすオニドリルを見据えながら、地面の草を押しつぶすように足を引きずる。心臓も、押しつぶされそうだ。

「俺たちも救助隊だ。このガイアを守るという使命がある。俺たちがとらなければならない行動は……」

 言葉がそこで切れる。救助隊ウィングの3人が目を合わせ、再びセナとホノオを見据えた。その眼差しには覚悟が宿っている。彼らが“本気”なのは明らかだった。

「ガイアのためなんだ。許せ!」

 ピジョットの言葉がきっかけとなり、3人の翼が空気を切り裂く。鋭い3つのくちばしを突き付けられる。

「“守る”!」

 セナはとっさに両手を前に突き出し、光のシールドを展開する。薄くて強固な壁にくちばしが勢いよく刺さり、翼が起こす暴風がシールドの周りを吹き荒れた。
 シールドに押し返され、ピジョットたちは一旦後退する。しかし、使命感が彼らを再び突き動かした。

「もう一度だ! “守る”を崩せ!」

 ムクホークが叫ぶと、ピジョットとオニドリルも体勢を整える。セナとホノオが逃げるスキを与えずに、再びシールドに3つの鋭いくちばしが突きつけられた。

「うわぁ!」

 その迫力に、ホノオは思わず声を上げた。
 “守る”のシールドは、強固なものだがきわめて薄い。破れたら、覚悟しなくては。気持ちを強く保つために、セナは相手の瞳を睨む。3つの鋭い眼差しがセナの瞳を突き刺したが、臆さず、怯まず……。

「ん……くっ……」

 気力が限界に達し、気だるさをかき消すためにセナは必死に歯を食いしばる。力が抜けて、いまにもあくびが出てしまいそうだ……。
 ――“あくび”。その手があったか!
 ――いや、ダメだ。技の効果が出るまで、持ちこたえることはできない。マズいぞ、そうこうしているうちに――。

「セナ!」

 ホノオの声が、セナのぐるぐる思考に割り込む。

「無理すんなよ。いざとなったらオレが一発ぶっ放すからさ!」

 強気で自信に満ちた顔つきが、セナにとっては何よりも心強かった。すっかり忘れていた。自分は、ひとりじゃない。
 自らの作戦が成り立つ方法を思いつきセナはニヤリと笑う。そして、ホノオに指示を出した。

「よし、ホノオ。オイラが合図したら、フルパワーの“火炎放射”を頼む!」
「あいよ!」

 シールドは消滅寸前。限界が来る、その前に。
 セナは、ピジョットたちの視線が自分に集まっていることを確認する。そして眠そうに目をこすり、おおきな“あくび”を見せつけた。

「……?」

 この緊迫した状況の中での間の抜けた行動に、ピジョットたちは拍子抜けする。
 敵のみならず、セナ自身も、間抜けなあくびで気が緩み切ってしまう。今までシールドを張ることに向けていた強い気持ちを、今度はホノオを信じる気持ちへと変えた。
 フッと、シールドが消滅する。

「ホノオ、今だ!」
「よっしゃ、食らえーっ!」

 ホノオが大きく口を開く。前に立ち防御に徹したセナに、3つのくちばしが迫った。

(頼んだ、ホノオ!)

 セナはくちばしを直視できず、きつく目をつむる。直後、右の頬に熱を感じた。3人の大きな鳥ポケモンを思い切りのけぞらせるほどの、ホノオの強い“火炎放射”だ。

「ぐああぁーっ!!」

 3つの悲鳴が聞こえると、セナはゆっくりと目を開ける。“火炎放射”の勢いで、敵との充分な距離が確保できていた。

「ありがと、もういいよ、ホノオ。“効果”が出てるだろうから」

 セナの言葉で、ホノオの猛攻が止む。
 救助隊ウイングの3人は、焼け焦げた身体に不釣り合いな、安らかな寝息を立てていた。

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