寂しい友情

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読了時間目安:7分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

第四章の5です。

●あらすじ
 スペルダの砦で出会ったヤレユータンと、その主のジュカイン・アムニス・ンジャマクに会うため、マニューラはムクホークを連れてレインリング自治区に向かった。その十日間の長旅の終わり際、二匹は「共通の友達」について思い出話を始めた。




 三日後、私はグラエナへの指示書を『種の系統別発生論』という本に忍ばせて、新国立図書館に返却した。これから私達が向かうレインリングとは、熱帯湿潤気候、すなわち、一年を通して真夏の日差しと暴風雨が一日中入り乱れる広大なジャングルであり、極北に適応した私の身体に大きな負担を掛けることは必至だった。そこで、私はリチノイ名産『どんな暑さでも溶けない氷』をリチノイのデリバード・マートで五リットル買い込み、ジャングルを移動中は海イタチのようにゴム袋に入れて首を冷やすことにした。

 それと、今回は馬車を使わず、船で移動する計画だった。何しろ、リチノイからンジャマッカ(レインリングの首都)までは直線で千二百キロも離れている上に、ジャングルの道路は未整備で、密林では言葉の通じない原住民が襲ってくる可能性があったのだ。三週間もの間、馬車の中で缶詰にされた挙句に、蔦と木で陽も差さないメジェナ大密林の入口で降ろされ、後はご自分で、などと言われては、暑さに頭をやられた勢いで馬車引きの喉元に噛みつかないことを完全には保証出来なかった。

 このように長々と御託を述べたが、船旅は『概ね』快適だったと言える。リチノイから南西に五キロだけ馬車で移動し、海霧の落ちるフィヨルドの不凍港からラプラス・タクシーに乗って、ボリー寒流を三十キロ南下――シラベイン市から定期便に乗り、そこから十日掛けてレインリングのニョベ・シーバ港まで一本道だった。ただし、レインリングはモノーマ連邦に加盟していない自治区であるため、船を降りる前には出国審査と同様の手続きを踏まなくてはならなかった。『概ね』と強調したのはこのためで、エンブオーは亡命者を取り締まるために審査を特別に厳しくしていたのだ。レインリング州境は陸域、空域、水域、地中域に至るまで監視の目が張り巡らされており、警戒されずに突破することは困難だった。書類審査においては、パスポートの他に身分を証明する書類三点が必要で、目的も観光では言語道断、郵便配達でも徹底的な検閲が入る。恋文に至っては、夜なべして考えた恥ずかしいフレーズも新しい暗号かと勘繰られる始末なのだ。その点を踏まえると、私の場合は、いくら精密な書類を用意しようとも、黒い血の亡命を疑われることは目に見えていた。ましてや、エンブオーに対して、これから喧嘩中の相手と会いに行くから許可証を寄越せなどと言えば、近いうちにスパイ容疑を掛けられてしまう。リチノイでは様々な計画を考えたが、結局は盗賊らしく、狭くて暗い、かび臭いコンテナの中で十日間を過ごすことが最適だと私は判断したのだった。

 旅の十日目、連絡船の定期警笛が四回目に鳴った時、私は時刻を計算した。シーバ港には現地時間で午前七時十五分に到着する予定だった。試しに計算したところ、現在は午前五時二十分頃だった。六時になれば、警備兵は亡命者が潜んでいないかを確かめにコンテナの中を検めに来る。私は床に置いた真鍮のガスランタンに火を付けると、州境警備の巡回路が描かれた地図をカバンから取り出した。そして、首の後ろに顔をうずめて寝ているムクホークを揺さぶって起こし、侵入計画の最後の段取りを確認させた。

「警備がここに来るまで四十分ある。これを食べたら、パトロール隊のチョッキを着て。侵入者を見つけた時のアラート・コール(鳴き方)は覚えてる?」

「偉そうに」とムクホークは大きなあくびをして立ち上がると、私が差し出したカゴの実を左足でつかみ、万力のようにそれを砕いた。

「お前はいくつだ。俺は四十三だぞ」

「レディに年齢を聞くものじゃないわ」

「いちいち指図するなって言ってるんだよ。こっちはお前より二十年も長生きしてるんだ」

「その割には、反抗期の話し方をするのね」

「お前が口うるさい母親みたくするからだ」。そう言って、彼は足で押さえた果肉を嘴でついばみ始めた。

 私は豚毛の歯ブラシで歯を磨きながらムクホークの体を見た。傷は完全に塞がり、みすぼらしかった羽毛も生え変わっていた。これで彼の戦力も十分に期待していいはずだ。私は歯を磨き終わり、体を櫛で軽くとかすと、フレフワーノのナンバー9を一噴きした。

「香水か?」

「ええ」

「……いい匂いだ」

「そう?」、私は香水入れをバッグに仕舞った。

「何て柄だ?」

「フレフワーノのナンバー9。ディニアからの輸入品よ。あっちではエッセンスとも呼ぶけど」。私は左手の爪を紙やすりで研ぎ始めていた。

「よく知らんな」

「そうでしょうね。香水なんてつける男はいないし」

 ムクホークは何か思いつめた顔で虚空を見上げた。

「レントラーがな」。私が左手の真ん中の爪に取り掛かろうとした時、彼はこう口を開いた。

「あいつは、お前のことを心配してた。いつか、俺達を置いて、街を出ていくんじゃないかって」

 私はふと手を止めて彼の方を見た。

「お前とヘルガーが喧嘩するようになってから、あいつは夜の散歩が日課になったらしい。ある日、俺はワルビアル――ほら、あの赤くて黒いワニ公だよ。奴と仕事のやり方で揉めてな。炊き出し公園で、奴のチンピラ五十匹に囲まれたんだ。危うく俺が飛び掛かるところでジャックの登場さ。童話の『あおいきしとばら』のケルディオみたいに颯爽とな。仲間同士で牙を向けるなと言って、あっさり制圧しちまった」

「彼の言いそうなことね」、私は再び爪を磨き始めた。 「あなた達が出会ったのはその時?」

「ああ。お互いに場違いなところで暮らしていたからな、気が合ったのさ。あいつがリチノイの商工会と手を組んだ理由を知ってるか?」

 ムクホークが言っているのは、レントラーの『バリアフォール計画』のことだった。血の壁を取り払い、再び手を取り合って暮らせるようにという思いがこめられたこの計画は、エンブオーに真っ向から反抗しようとするヘルガーへの愛と優しさの訴えだった。これは彼が十八年前に特別区に残ったことで、そこの住民から熾烈な復讐心の対象となった経験が基になっている。当時、私はスラムの住民に追われる毎日だった彼を家に匿い、そこであの兄弟と知り合うことになったのだ。

「あいつはお前の話になると、無邪気な子供みたいになった。お前の口癖、仕草、性格……その仮面と香水のことも聞かされた。お前に初めて出会った時、あいつは優しさをお前に教えてもらったんだと。そいつを他の連中に分けてやりたかったんだろうよ」

「男って、根っからロマンチストに出来てるのね。でも、私達は盗賊なの。ロマンと優しさだけでは生きていけない」

「道理でな」とムクホークは闇を仰いだ。 「あいつが寂しがったわけだ」

 私の喉はまた何かを言いたがっていたが、何を言おうとしたのかは分からなかった。私は無言のままに仮面をつけ、残りの爪を磨いた。




一日が48時間だったらいいのにと思う今日この頃。やりたいことが多すぎる。贅沢な悩みと取るべきか、無能な時間の使い方と取るべきか。

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