第34話 波の綾

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 「ーーそれでは、対策会議の方、始めて行きますか......」
 
 役所の1室。 そこには数々の大人達が集まっていた。 町長の礼に合わせて、全員が厳かに頭を下げる。 その中には、レオンの姿があった。 多くのまだ捕まっていないお尋ね者について触れつつ、ここ最近巷で話題となった窃盗事件が主な議題として上がる。
 
 「何か囮を用意して、その隙に捕まえるのはどうだろうか?」
 「厳しいだろうな......奴らは戦闘面でも中々の手練れと聞く。そう簡単に引っかかるほど優しくはないだろう」
 「かといって放っておけば......」
 「並行して奴らの動機を考えるのも重要では?」
 
 意見が交錯し、多くの声が上がる室内。 当然様々な考えのポケモンが集うため、論戦となることも多い。 大抵そう言った論戦は長期化しやすいため、起きないよう望むポケモンもいるのだが......今回も部屋の端の方で、1つ巻き起こっている。
 
 「レオンさん......多くの探検隊を動員することの何がいけないのです? 一刻も早く捕まえるのが大事なのに」
 「全員そちらに回すと、他の依頼が立ち行かなくなってしまうだろ? それに、警察とかも捜査してる中で探検隊もでしゃばるのはちょっとなぁと......それに戦闘経験浅い奴も巻き込むかもってことだろ? 少数の実力者で、さっさとやってしまった方がいいんじゃねぇの、と、俺は思うんだがなぁ」
 「少数とも言ってられませんよ。 奴らは分散して盗みを働いている。 ならばポケモンの手が多く要る。 そして戦闘の実力で言えば探検隊初心者でも警察より上な者は多い。 簡単な結論でしょう」
 「だが......!」
 「ならあなたの手で証明されたらどうです? 引退したとはいえ、探検家としては名を馳せていたでしょう。 少数でも......あなたメインでも敵を止められることをちゃーーんと示してくださるのなら、私は潔く引きますが」
 
 ざわりと、室内が一瞬どよめく。 多くのポケモンの目線の中、レオンは一つ声を零した。 ......相手に聞こえないように、小さな声で。
 
 「......は?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「なーーにが潔くだどっこも潔くねーじゃねーかっ!」
 
 レオンはテーブルに酒の入ったグラスをダンと叩きつける。 ここはレストランではあるが、深夜では勿論子供はいないため、実質居酒屋のような状態になっている。
 女将のメブキジカが、酒のおかわりを渡しながら彼に問う。

 「で、結局受けるの? 要するに活動一時的に再開しやがれってことでしょ?」
 「やるっきゃねーだろもう......実際あの後いいですよやってやりますよって大口叩いちまったし。 ただ結構ムカつく。 圧力ってやっぱあるもんだなぁ......女将もう一杯頼む」
 「まあそういうのは何処にでもいるからねぇ......いいけど次で最後にしなよ。 明日に響くで」
 「んー」
 
 気の無い返事をするレオン。 仕事の早いメブキジカは、注意するや否やすぐにおかわりを彼の元に運んだ。
そして、ふと思い出したかのように言う。
 
 「そういやレオンさん。 彼女にはそれ伝えたわけ? 一応『元』パートナーでしょ? 助けを乞うとかさ......」

 レオンのこめかみが動く。 そして椅子に寄りかかったと思ったら、すぐにその言葉に反論した。 当然とも言いたげな声で。

 「......な訳ねーだろ。 俺はともかくとして、あいつは探検隊っつー界隈自体からもう離れてんだ。 俺自身も最近会えてないし」
 「ふーん......かつて天才とか呼ばれた探検隊が、ねぇ。
 ......今でも思い出せるよ。 前線を引くのが早過ぎるって結構なポケモンが嘆いて......」
 「何度でも言っとくが、それがあいつのせいとか言い出したらーー」
 「ハイドロポンプの刑でしょ。 互いがちゃんと納得した末にってことくらいとっくに分かってる」
 「ならいい」
 
 勢いに任せ、グイッとグラスに残った酒を飲み干した。 ぶはぁと、無意識ながらに息が出る。
 メブキジカは空になったグラスを持ち、心配そうな目を向けた。
 
 「まあそれはともかくとして、用無くてもたまには会ってあげなよ......? 結構寂しがりやだった気がするからさ、彼女」
 
 レオンは何も答えない。 何も無いテーブルを見つめたままだった。 目の焦点が完全には定まらないまま。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 家に帰り風呂に入り終わったところで、レオンは自分の書斎に通りかかった。 かつては1匹の小さな灰色の毛玉が我が物顔で占拠していたことが多かったが、今はそれも少なくなったせいか少し埃が舞っている。
 
 「......掃除すっか」
 
 さらりと出てきた独り言。 近くにあった箒でさっさと辺りを軽く掃いていく。 掃いていくうちにコロコロと灰色の毛が出てくるのが彼の微笑を誘う。 そんな中、彼の目は書斎机に向いた。 掃除の手を止め、静かに引き出しを引く。 そこには何枚かの便箋があった。 別に何の模様も無い、どこにでも売っている便箋。 彼はそれを掴もうとするが、手は宙を泳ぐばかり。 そんな事を何回か繰り返した後、首を振ってそっと引き出しを閉じた。 自嘲するような苦笑を溢す。

 「......馬鹿だな俺、頼らねぇって言っときながらなぁ」

 ぼそりと吐かれた言葉には、彼の中にある自尊心が微かに滲み出ていた。 自分が頼らないと言ったのに、早々にそれを撤回したくなかった。 それでも、何故か彼の心には引っかかるものがある。
 かつてのパートナーの声が、静かに、でも確かに脳内に響いてくる。 優しげな声も、怒った声も、彼女から解散しようと言ってきた時の少し怯えた声も。 怯えた中に秘めていた、決意の灯火も。
 彼は机の上に突っ伏した。 今すぐに会いたいのか、別にそうではないのか、自分でも分からぬまま。 周りから見ればどうでもいいだろうもやが心を覆ったまま。 言えない。 言ったところで会えばいいじゃないかという一点張りだ。 だから押し隠す。 臆病、そう言われても構わない。 外に影響を与えなければそれでいい。
 大人として、せめて表だけでも純粋な光であらねば。
 希望を持つことの大切さを謳うのならば、それを自分が出来なくてどうするーー。













 







 「......新しい依頼が届いてない?」
 「ああ。 いつもならレオンさんはとっくに整理してっけども......。寝坊かなんかか?」

 取り敢えず依頼を受ける日々を続けていたユズとキラリ。 だが、全く整理されておらずごちゃごちゃの依頼板を見て、周りの探検隊共々呆然としていた。 彼の生業、依頼板の管理。毎日多くの依頼がこの依頼板に舞い込む中、それを整理して探検隊が選択しやすいようにするのが仕事。 でも今日はそれが為されていない。 当然、不安にはなるだろう。

 「......ねぇユズ、1回おじさん家行ってみよう」
 「まあそうだよね、1回行って話ーー」
 「やめときな」
 
 突然現れる声に対して、ユズとキラリは振り返る。 そこにはレストランの女将、メブキジカがいた。 買い出しの途中だろうか。 ......でも、それよりも。
 
 「おばさん......やめときなって?」
 「今日は休む、らしいよ。 役所に伝言頼まれたんだ。
 原因は朝早く自分で医者呼んだらしいからちゃんと分かってて、どうやら書斎で寝落ちして普通に熱出したんだとさ。 季節の変わり目っていうのもあるからね......。 心配は要らなそうだから、行かなくても大丈夫。
 ちょっとお待ちよ。 話つければ代理のポケモン来るでしょうし」
 
 いつもの注文を受けた時のように、バタバタと彼女は走り出して行った。 そしてすぐに戻ってくる。 代理のポケモンまで連れて。 素早く料理を提供したいという女将の精神というのは、日常生活にも影響を及ぼすものなのか。
 
 「ただいま......だね。 結構今日も依頼が多いから、貼り替えちょっと待てだとさ」
 「あちゃぁ......ねぇおばさん、少し話してもいい?」
 「何をだい?」
 「......おじさんの事、かな。 おじさん、普段寝落ちなんてそうしないと思うの」
 「やっぱあんたは鼻がいいねぇ」
 「えっ、これ匂い関係なくない?」
 「いやそっちの意味じゃなくて......まあ、イレギュラーってのは当たり。 そうだねぇ......ちょっと話そう。 1回店まで来てくれるかい? 暑いところで話すのはちょっとね」
 「了解!」
 
 3匹は店へと向かっていく。 レオンの事がまず1番気になるところではあったが、頭の2割ぐらいは涼しいレストランを熱望するが占めていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「はいお待たせ。 ついでに言っとくけどお金は取るからね」
 「取るんですか!?」
 「そりゃあそうだよこっちも慈善事業でやってるわけじゃないんだから。 長い間培ってきた商売魂、舐めないで欲しいね」
 「参ったなぁ......美味しいからいいけど」
 
 涼しい店内。 ユズとキラリは出されたジュースを少し口に含むが、やはり美味しい。 飲み物を飲んで店内を見回すだけでも、初依頼の日のご馳走がありありと思い出される。 モモンタルトの悲劇、温かいシチュー、見た目だけで渋そうなのがわかる木の実寿司......。 そうだ。 そういえばこの日は......レオンも、一緒だった。
 
 2匹がグラスから口を離すのを見計らい、メブキジカは話し始める。
 
 「さーって、本題入ろうかね......単刀直入に言うよ。 レオン、探検家としてもっかい活動するってさ」
 「ええっっ!?」
 
 その言葉に跳ね上がったのはキラリ。 状況の掴めないユズはキョトンとした顔だが、それを見たメブキジカは速やかに捕捉する。
 
 「なんか圧があったんだと、昨日酒飲みながら凄い愚痴ってたのよ......。 えーっと、最近話題の窃盗事件あるじゃん? 一応その事件関係しか行かないっぽいから大きく変わることは多分無いけど。 そういやユズちゃん知らなかったっけ? あいつ元探検家だって」
 「あっ、知ってはいたんですけど......そこまで驚くものかなって......」
 「それがさ、あいつ結構強かったのよ? 未知のダンジョンバンバン攻略するし、更に知識も豊富ときた。 逸材レベルの猛者なわけよ。 今じゃ想像つかないけど」
 「で、私が生まれるよりも前に引退したって......」
 「そうだね。 キラリが生まれるより大分前だけど......どうだっけ。 5年くらいで解散しちゃったのよ。 当然反対意見は多かったけど、一切耳を貸さなかった」
 「......解散?」
 
 ユズはメブキジカの言葉に疑念を抱く。 解散ということは、レオン1匹でやっていたわけではないということか......?
 
 「ああ。 あいつにはパートナーがいたんだよ。 祖父の代から探検家をやってた家の子だから、当然力もあるんだ。 ただ、解散を切り出したのがあの子だからさ。 正直世間ではあまり好かれてない。 ......キラリは知ってたっけ?」
 「そりゃ一応。 でもおじさんから直接聞いたわけじゃない」
 「だろうね......」
 
 メブキジカはそのまま言葉を続ける。 ......少し、反省のようなものも滲ませながら。
 
 「昨日、その元パートナーに頼ったらってストレートに言っちゃってねぇ......別に地雷とかいうわけじゃないんだよ。 ただ、あいつ自身を取り巻く環境も今回の件でちょっと変わってくるから......葛藤は、あるのかもね。 助けを乞うべきか、乞わないべきか。 あたしの予想だけど、それで悶々と悩んで寝落ちして、そんではい熱出ました......みたいな経緯じゃないかね?」
 「えっ......」
 「正直それ話した後無言だったし、言いづらかったのかもね」
 「......」

 
 「ユズ」
 「わかってる」

 2匹は同時に席を立った。 代金を素早くテーブルに置いて、メブキジカにアイコンタクトを取ろうとする。
 
 「......行きたいんだね。 分かったよ、行ってきな。
  ......あっ、今のアイコンタクトで返した方が良かった? かっこよさ的に」
 「もちろん行くよっ......ていやいや、そこまで気にしてなかったし」
 
 メブキジカはそうかと笑う。 そして、こちらにもう一つ伝えてきた。 頭に生えた太い緑の木々を揺らして。
 
 「行くなら伝えて、あいつ帰った後にもいた大人組からの伝言。 ......恋に悩む乙女みたいな顔すんなって!」
 「はいっ!? そんなこと!?」
 「まあまあいいじゃん! この言葉で気持ちほぐしてやんな」
 「ほぐされるかなぁ......」
 「ほぐされるよ? 現にあんたらがそうだし」
 「あっ......」
 
 確かに、今までは表情がイワーク並みに堅くなっていた。 メブキジカは「気づくのが遅いよ」と笑う。
 
 「あーんな顔じゃ病ポケに心配かけるからね。 柔らかさって大事だよ? という訳で行ってきな。 今度はあんたらがあいつの先生になってやるんだよー!」
 『は、はーい!』
 
 2つの声は町にも飛び出る。 真っ直ぐ、真っ直ぐレオンの家に向かう。 今日は依頼も休んでしまおうそうしよう。 いや、今日の依頼はレオンの依頼ということにすればいい。 頼まれてない? そんなものは知らない。 お見舞いを本気で迷惑に思うポケモンはそういない!!
 ......そんな感情に任せて走る中、ユズが疑問をキラリに投げかけた。
 
 「キラリ、おじさんが先生って......どゆことかな」
 「うーん、レオンおじさん、正直先生って感じじゃないよねぇ......本当に近所のおじさん」
 「まあだよね......でも」
 「うん」
 
 追い風が吹くのと同時に、2匹の中に思い出が流れる。
 紫紺の森での失敗の後に力をくれたのも、初依頼成功を祝ってくれたのも、特訓に付き合ってくれたのも、みんな彼だ。 そして、彼に支えられているのは2匹だけではないのだ。 春の間も、彼の周りにはポケモンがいる事が多かった。
 広い心でみんなを包んで、誰かの突破口を開く波になって。
 そして、奥底にはきっと誰にも見せない紺碧の世界があるのだ。 彼は、それを見せる隙を全然持たないから。
 だけど。
 
 「......おじさんは、先生っていうより、海みたい」
 
 今こそ、その深淵を少しだけ覗き見る時なのだろうか。

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