第13話:依頼者スイクン――その3

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読了時間目安:12分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「ソプラちゃん、アルルちゃん」
「ん?」
「なぁに?」

 ブレロとブルルが去った後も、ガルーラの倉庫の前で会話が続く。

「君たちに、おばちゃんも賛成だよ。おばちゃんも、セナ君もホノオ君も災害の元じゃないって、信じてるさ」

 ガルーラは、いつもの活気を忘れてしまいそうな悲痛な表情で語る。お腹の袋に入っている赤ちゃんも、肌で母の感情を読み取り、おとなしくうつむいている。ソプラとアルルが返事の言葉を探しているうちに、ガルーラは言葉を重ねた。

「おばちゃんだって、セナ君たちを助けに行きたいよ。だけど、倉庫を休むことはできないんだ……」

 彼女が経営する倉庫には、多くのポケモンたちの貴重品が保管されている。預かり屋として絶大な信頼を得ているガルーラは、この責任ある仕事を休むことができないのだ。
 悔しそうに言うガルーラを励ますように、アルルが微笑む。

「大丈夫だよ。ボクたちがセナさんやホノオさんをお手伝いするから!」
「ついでにヴァイスの手伝いもな」

 ソプラはにやけながらアルルに耳打ちした。ガルーラには聞こえなかったその言葉が、アルルの顔を真っ赤にしてしまう。

「そそそっ……ソプラだって、ホノオさんのために頑張るんでしょー!?」
「ばっ、違ッ! 言うな!」

 ソプラはとっさにアルルの口をおさえる。元々赤色の頬をさらに赤く染め、恐る恐るガルーラに顔を向けると……にやけ面。まずい、聞かれてしまった。

「へぇ〜。ソプラちゃん、ホノオ君のことを……」
「おばちゃん!!」

 ソプラは声を張り上げ、ガルーラの声をかき消した。ムキになる仕草が可愛らしく、暗い気持ちが癒されてゆく。ガルーラは頭を掻いて「ごめんよ」と謝った。
 少し表情を引き締めると、カウンターの影から何かを取り出して、カウンターの上に置いた。セナとヴァイスが持っているものとよく似た、黄色いバッグだった。少し膨れており、中身が入っているようだった。

「おお、バッグだ」
「こいつをおばちゃんだと思って連れて行っておくれ。このバッグ、本当はお腹のルラが大きくなったときにあげようと思ったんだけど……旅立ちを待ちきれないみたいなんだ」
「うわぁー! ありがとう、おばちゃん!」

 アルルが嬉しそうにバッグを手元に引き寄せて、中身を見てみる。回復アイテム“オレンの実”に、攻撃アイテム“ゴローンの石”。他にも、列挙するとキリがないほどに、配慮を尽くしたあらゆるアイテムが揃っていた。

「それだけあれば、ずいぶんと楽に旅ができるはずさ」
「重そうだけどな」
「おばちゃん1人連れて行くより軽いだろう? まぁ、愛の重さと思っておくれよ」
「はあい」

 アルルがバッグを肩にかけてみる。確かに全力で走るのは難しい重さだが、そんなデメリットを遥かに上回る心強さを感じた。
 これで、旅立ちの準備は整った。出発は早い方がいい。

「じゃあ、おばちゃんの分まで頑張ってくるんだよ」
「行ってきまーす!」

 周りに多数の救助隊ポケモンがいる以上、“セナとホノオに加勢する”という目的を知られるとまずい。ガルーラは激励の気持ちを胸に秘め、控えめな身振りでソプラとアルルを見送った。
 いつもより格段にポケモンの数が多いはるかぜ広場。駆け足で遠ざかるソプラとアルルは、たちまち雑踏に紛れてしまう。
 大丈夫。きっと、大丈夫。ガルーラは自分に言い聞かせながら、お腹の袋に入っている子供、ルラの頭を優しくなでているのであった。




 脳みその細部まで染み込むような、頭部への強い衝撃。

「うぐっ……」

 うめき声を上げながら、セナは瞬時に悟る。あぁ、オイラはもうおしまいだ、と――。

「こぉら、バカセナ! いつまで寝てるンだ!?」

 セナの耳にホノオの声が届く。
 ――あれ? ホノオも死んじまったのか? そう思いながら薄目をあけると、空の青と森の緑。それから、ホノオのオレンジ色が目に飛び込んできた。

「ホノオ、ここどこ? 死後の世界?……」
「ンなわけねーだろ!」

 半分寝言のセナの声に、ホノオは疲労を滲ませた声で突っ込む。残り半分を、無理やり痛覚で覚醒させよう。ホノオはセナの額にデコピンを繰り出した。人間よりも強くなった力で、小さくなった指で――つまり、ピンポイントに絶大な威力で。

「――っ!」

 とっさに額を押さえながら、セナは今度こそ状況を把握した。――さっきの頭の痛みも、ホノオに殴られた痛みのようだ。スイクンの一撃じゃなかった。あれは、夢だ。良かった。いや、良くない。――痛い!

「っぎゃあああっ! 痛い痛い痛いーっ!!」

 意識がはっきりとして、本格的な痛みがセナの頭を襲う。甲羅があるとは思えない機敏さでもって、ゴロンゴロンと転げまわって悶えた。

「はぁ。やっと起きたぜ……。ったく、オレだって手がいてーよ、この石頭が」

 左手をヒラヒラとさせてホノオが言う。セナは涙目で抗議を。

「こぉら、バカホノオ! なにしやがるんだ!?」
「しゃーねーだろ!? 呼びかけても悪口言ってもムリヤリ目を開けても揺すってもつねっても起きないんだもん! もう痛みで起こすしかねーじゃん! 殴ってもしばらく起きなかったけどな! ああ、もう!!」
「てへ、悪い悪い。一度起きたんだけど、二度寝しちゃったぁ」
「まーたお得意の二度寝か!? お前の二度寝は海より深いんだよなぁ」
「そりゃあ言いすぎじゃない? 下流の川くらいの深さだろ」
「うるせーよ! 変なところにこだわるのやめろ!」
「そもそも、二度寝の深さに明確な指標はあるのだろうか……。作ってみるのも面白いかもな。1回殴られて起きれば、上流の浅瀬レベルとすると、2回なら――。うーん」
「……はぁ」

 純粋な考え癖が発揮されたのか、はたまた“自分が寝坊した”ことから話題の焦点をズラすためか……。脱線してひとりで考え込むセナに、ホノオはポカンと呆れ果てる。ついつい何もかもがどうでも良くなりそうになったが、ホノオは本題をハッと思い出した。

「とにかく、明日からは二度寝厳禁。いいな?」
「良くない!」
「良くなくない!」

 と、朝から賑やかに騒いだことを、後にセナとホノオは後悔することとなる。この日広場で起きたことを知っていれば、こんな軽率なことなど絶対にしなかったであろう。
 敵に、居場所を教えるような行為など。

「いたぞ! セナとホノオだ!」

 突如上空から、緊迫した声が聞こえる。セナとホノオは顔をこわばらせ、とっさに空を見上げた。




 泣きじゃくって体力を消耗したが、なおもポロポロ涙が止まらない。そんなヴァイスの背中を優しく撫でながら、メルは声をかけた。

「ヴァイス」
「お姉ちゃん……」
「ヴァイス。辛いだろうけど、そろそろ前を向こうか。ほら、シアンだっているんだしさ」

 メルに名を呼ばれると、シアンは弾むようにぽてぽてと歩み寄ってくる。もちろん彼とて悲しくないわけではないのだが、涙はとっくに乾いていた。

「ねえねえヴァイス。セナとホノオを探しにいこうヨ。きっと2人とも、まだ近くにいるんじゃないカナ?」
「そうさ。セナたちを見つけて、また一緒になればいいんだから……」
「嫌だ」

 メルの言葉を、ヴァイスは震えた涙声で遮った。彼を揺さぶるのは、怒りか、悲しみか、絶望か。

「ボクはセナやホノオにとって、要らない存在なんだよ。だから、ボクなんかには頼ってくれなかったんだ」

 メルとシアンはポカンとした表情でヴァイスを見る。素直で穏やかな普段のヴァイスの印象を、目の前のヴァイスが塗り替えてゆく。

「ボク、セナに“もっと頼って”って言ったのに……。ボクは、セナといつも一緒にいたかったのに……。セナは、そうじゃなかったんだよ……」

 ヴァイスの言葉はどこまでも悲観的で、シアンもうつむき、悲しみが連鎖してしまう。――このままじゃ、ダメだ。断ち切らないと。決意と使命感が、メルの眼差しを鋭く尖らせた。

「なにひねくれてんだい!」

 メルの平手がヴァイスの頬をとらえると、ピシャリと鋭い音が森に響く。

「お姉……ちゃん?」

 涙で濡れ、叩かれて熱を帯びた頬をそっと触りながら、ヴァイスは呆然とメルを見上げた。

「セナとホノオがどんな気持ちでアタイたちの元を去ったか、一番よく分かっているのはアンタなんだよ、ヴァイス」

 そんなことは、心の奥では痛いほど分かっていた。これは、セナたちが望んだ形なんかじゃない。分かってはいたのに。

「あの2人らしい行動だよ。ヴァイスやシアンに迷惑をかけたくなかったんだ」

 ヴァイスとシアンは黙ってメルの言葉を聞いている。

「それなのに……。ヴァイスのためを思ってやったことで、ヴァイスに嫌われちまうなんてさ。ただでさえ2人は辛いのに、あんまりだよ」

 メルのまっすぐな眼差しが、ヴァイスにまっすぐにメッセージを届けた。

「そうだったね……」

 ヴァイスは小さな声で呟く。

「セナは素直になれないんだ。素直になりたくっても、いつも1人で抱え込んでた。それを一番分かってるのはボクだって、自信あったのにな。全然分かってなかったね」

 想像以上に、現実を見据えるまでが早かった。聞き分けの良いヴァイスに、果たして手を上げる必要があったのだろうか――? 自分の感情を正義感で飾り立ててしまったことに気が付いて、メルはうつむいた。

「ゴメン。ヴァイスの気持ちだって、間違っちゃいないよ。むしろ、悲しいのもやりきれないのも自然なこと。これ以上キズナがバラバラになるのを見たくなかったっていう、アタイのワガママを押し付けちまって、ゴメンね」
「ねーちゃんはワガママじゃないヨ! みーんなみんな、悪くなんかないって、シアンは思うヨ?」
「うん。ちょっとだけ、すれ違っちゃっただけなんだよね」

 メルが顔を上げると、シアンがニコニコと顔を覗き込んでくる。ヴァイスも涙を拭いて、笑みを浮かべた。――アタイが落ち込んでちゃいられない。メルも自然と笑みがこぼれた。
 しりもちをついていたヴァイスが、スッと迷いなく立ち上がった。

「セナとホノオを、探しに行こう!」
「ウン、行こう!」

 シアンはヴァイスの右手を両手で握って軽く引っ張りながら、上目遣いで甘え始める。すっかりいつもの調子に戻ったようだ。

「フフ。セナやホノオと違って、聞き分けのいい弟たちだねぇ」

 メルは微笑んでそういった後、自らが口にした“弟”という単語を想う。

「本当に、アタイにとってアンタたちキズナは、弟みたいなものなんだよ。仲の良い弟たちを見ていると安心するし、喧嘩していると心配になるのさ。お節介だって、分かっちゃいるんだけどね」

 その、ポツリとつぶやくような言葉は、やけにヴァイスとシアンの心に響いた。


 この後メルの提案で、ヴァイスとシアンは一緒に、メルは単独で、二手に分かれてセナとホノオを探してみることになった。もしかしたらこちらの取り越し苦労で、本当はただセナとホノオが気まぐれに散歩に出かけた……という可能性を捨てられず、まずは近場から探すことにした。昼近くになったらメルの家の前に一旦集合することにした。

 メルと別れたヴァイスとシアンは、ひとまずはるかぜ広場へと向かうことにした。元人間のセナとホノオが行く当てのある唯一の場所であるし、正直なところ、一番“いてほしい”場所だったからだ。

「キズナが兄弟なら、ヴァイスはお兄ちゃんだネ♪ ヴァイスお兄ちゃ〜ん♪」
「もう、シアンってばぁ」

 広場に向かう途中、シアンはヴァイスにぴったりとくっつき、再び甘え始めた。呆れ顔のヴァイスだが、まんざらでもなさそうに微笑んでいる。
 この直後、探していたセナとホノオではない2人組と、あまり喜ばしくない出会いを果たすヴァイスとシアンなのだった。

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