第四十二話 大乱戦スクランブル

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

場所は空高く、天気は嵐。そこを舞台に二匹のピチューが踊る。しかし、それはただの踊りではなく、戦いの舞であった。

「こっちだよー!天使のキッス!」

「こっちこっちー!アンコール!」

 敵を混乱させるキッスはまた一匹を戦線から脱落させ、同じ技しか使えなくなるアンコールは敵の技を一つに限定させ、戦力にならなくさせる。戦場をララとミミが上手く撹乱させ、なんとか互角の状態を作り上げている。最初のツイン・サンダーが敵を怯えさせる一因を作ったのか、なかなかギンたちに直接攻撃を仕掛けてくるポケモンはいない。もっとも、攻撃を仕掛けようとしたところでギンの高い飛行技術に追い縋れるポケモンはいなかった。ララとミミを乗せながら、トップスピードで動き続け、容易に敵に捕捉されないようにしていた。暗い戦場ということも追い風である。
 とはいえ、簡単に敵も崩れてはくれない。もとより奇襲で敵を混乱させ、目を引きつけることが目的であった。だからこそ、敵を壊滅させるには至らない。むしろ敵が落ち着きを取り戻してからが本番であった。
 息が揃ったのか、敵の総攻撃が曇天を切り裂いていく。一瞬反応が遅れ、少なくない味方が落ちていくのが見えた。

「救出に急げ!」

 ギンが声を張り上げると、またも何匹かのムクバードが急降下していく。時間稼ぎが必要とされるこの状況で、一匹たりとも無駄な犠牲を出すわけにはいかない。できるだけ暴れて敵を引きつけ、“大聖堂”内部の味方にかかる圧力を少しでも減らすための作戦である。自分たちが壊滅すると外の警備隊は一気に“大聖堂”内部へと引っ込んでしまうだろう。

「ララ、ミミ。絶対に手を離すなよ」

 そう語りかけると、いつになく真剣な表情でララとミミは頷く。ギンは高く飛び上がり、そして一気に下降して突撃した。

「ブレイブバード!」

 重力の助けを借りた翼が、敵の部隊を切り裂いていく。飛行タイプの秘技、ブレイブバードは敵の目を引きつけ、囮となるのは十分であった。そこにララとミミが一気に技を解き放つ。

「「電気ショック!!!」」

 それは弱い電撃であった。なれど、手を繋いだララとミミの電撃は混じり合い、うまく周囲のポケモンを破っていく。しかし、それを阻もうとする緑の壁が現れた。

「そう簡単にやらせん!」

 そんな声が轟いたかと思えば、鮮やかな冷凍ビームがムクバードに襲いかかる。それをムクバードはうまく空中で旋回して直撃を免れた。しかし翼の先端がわずかに凍りついて、体のバランスを失う。
 声の正体はチルタリスに乗ったゴルダックだ。味方のムクバードが圧力をかけるも、ギンから目を離さない。
 こいつはまずい、そう思って一気にギンは飛び上がる。しかし、チルタリスもまた早かった。うまく風に乗ると、ぴたりと逃げるギンについていく。ララとミミは顔を見合わせて一つ頷くと、迫る敵に向けて技を放った。

「天使のキッス!」

「電磁波!」

 混乱と麻痺を引き起こす技がゴルダックを襲う。しかし、ゴルダックは動揺一つせずに囁いた。

「チルタリス、神秘の守り」

 美しきベールがゴルダックとチルタリスの周りに現れ、干渉を無効化する。これで状態異常を起こす技は通用しなくなった。ギンの額に冷や汗が浮かぶ。

「お前たちの狙いは知れている。そこのピチュー二匹が派手にぶちかましてこっちを混乱させる。そうだろ?」

「どうだか、ね!」

 返答とともに、鋼の翼で、一気にチルタリスへ向けて正面から突撃する。チルタリスはそれを避けず、ゴルダックは一本の指を突きつけた。

「チルタリス、竜の波動」

「「させない、電気ショック!!!」」

 ララとミミが手を繋いで同時にはなった電撃が、何とか竜の波動を打ち抜き消滅させる。しかし、それは本命の攻撃ではなかった。ゴルダックが放つ冷凍ビーム、ギンは真正面からそれを受け止めて危うく墜落しかける。

「種は割れた」

ふらふらと不安定な飛行を続けるギンを追いながら、ゴルダックは淡々と話し続ける。

「そこのピチューは、一匹じゃあまともに電撃を使えない。だからこそ補助技ばっかりつかってくる。そうだろ?」

「さあ……な」

 苦しい息を吐きながら、ギンは精一杯笑ってみせる。だが、ぎゅっとギンの背に力が入るのを感じた。

「……ギン」

「なあに、心配することはないさ」

 不安そうなララとミミに、精一杯虚勢を張ってギンは返答する。しかし、内心ギンも焦っていた。ゴルダックの言う通り、ララとミミには単体で戦える実力は、はっきり言ってほとんどない。ピチューは種族柄、電撃を操る能力が非常に低い。いくら二匹が小器用に立ち回ったところで、扱える電撃の強さはたかが知れている。手を繋いで電撃をまとめて放つことで、ようやく戦えているのだ。
 いつの間にか敵のポケモンはこっちに集まっていた。集まりすぎていた。対してギンたちは明らかに孤立していた。

「ならあとは上の二匹を分断させるだけだ!」

「ミミ! ララ! 飛べ!」

 ゴルダックの冷凍ビームとムクバードの叫びはほぼ同時であった。ララとミミはぎゅっと目を瞑って飛び降り、ギンは急上昇して敵の攻撃をかわす。

「落ちたピチューを先に潰せ! 他の奴らは無視しろ!」

 ゴルダックが冷静に号令をかけると、逃げたギンには目もくれずに一気に地上へと迫る。そこには少し怯えながらもしっかりと手を繋ぐミミとララがいた。はるか上空でギンの怒鳴り声が聞こえる。しかし、それはあまりにも遠すぎた。
 まず一撃、誰が放ったかわからないエアカッターがやってくる。それを、転がって何とかかわす。しかし、その次に悪の波動が容赦無く二匹へと差し込んでくる。

「「守る!!!」」

 二重に展開された防壁は、ミミとララを守る盾となり、悪の波動を何とか食い止める。しかしながら、絶えず放たれる攻撃を前に、それはあまりに無力であった。続けざまに放たれる盾が段々と綻びてくる。やがてミミが最初に崩れた。

「きゃっ!」

「ミミ!」

 悪の波動が綺麗に直撃し、ミミはその場に倒れる。ララもミミを気にして集中力が一瞬切れ、敵の攻撃が叩き込まれる。そして無防備になった二匹に攻撃が打ち込まれそうになった、その刹那だ。

「ーーしっかり掴まれよ、お嬢ちゃんたち!」

間一髪、低空飛行してきたプテラが何とかミミとララを乱暴にさらうと、何とか敵の攻撃をかいくぐる。

「プテラさん!」

「ありがとう!」

「おうよ! ただこりゃあちっとまずいぜ」

 ちらとプテラが後ろを振り返れば、無表情のポケモンがプテラ目指して追ってきている。幸いプテラは種族柄素早く、簡単に追いつかれることはなかったが、敵の追撃は止むことがない。プテラとて、素早さはかなり高いが背に二匹のピチューを乗せながら器用に立ち回る術は知らない。どうするーープテラが悩んでいる間に、翼の一端が閃光によって焼かれた。まずい、と思った時には第二波、第三波がやってきた。

「舌噛むんじゃねえぞ!」

 唸るように言うと、高速移動によってその飛行速度をさらに上げる。そしてうまく吹き荒れる風に乗ると、敵のいない方へと一直線に飛んだ。

「きゃっ!」

「うわ!」

 背の上でララとミミが悲鳴を上げ、なんとかしがみつこうとする。しかし、ギンの飛行に慣れきっていた二匹にとって、プテラの速さは未知の領域であった。加えて風と雨の強さが、必死にしがみつく手の力を弱めていく。やがて、ミミの手が激しく揺れるプテラの背と雨に耐えきれず、身体がするりと滑り落ちそうになる。

「ミミ!」

 反射的にララが手を伸ばすが、彼女もまた無理な体勢を取ったためか、同じようにかなり不安定な体勢になる。

「おい、危ねえぞ!」

 プテラが声をかけた時には、全てが遅すぎた。ララとミミが同時にプテラの背中から落ちていきーー。

「間に合った!」

 ギリギリでギンが落下中のミミとララをキャッチした。

「ギン!」

「無事だったのね!」

「おーよ。なんとかな!」

 雨にも負けぬ大声でギンが言葉を返す。翼の所々には痛々しい傷があったが、それでもまだまだ戦えると言わんばかりに強く羽ばたいた。

「ギン、助かったぜ!」

「おうよ。プテラさん、あとは任せてくれ」

「どうするつもりだ?」

「囮作戦さ」

 そう言うと、ギンは一言プテラに耳打ちをする。プテラはニヤリと笑うと、それに頷いた。

「いいじゃねえか、やってやろう」

 雨がざあざあと降りつける。そんな悪天候を気にしないかのように、空に佇むこの四匹は笑った。

 数秒後にチルタリスとそれに乗ったゴルダックらがやってくる。プテラはもう逃げもせずに、ただ前を睨んだ。

「撃ち落とせ!」

 号令のもとにプテラの背中にいるはずのララとミミを一斉に狙う。しかし、プテラは逃げもしなかった。

「ほらよ、くれてやる」

「……は?」

 ゴルダックが間抜けにも口をぽかんと開けた。一瞬何が起こったのかわからなかったのであろう。
 プテラは無造作に背中に乗っていたピチューを放り投げたのだ。
 正気があるゴルダックを除いて、全員がその投げ出された影を狙う。ゴルダックは一瞬頭を傾げ、そして目を剥く。

「違う!そいつはピチューじゃねえ!」

 慌ててゴルダックが叫ぶが、少しばかり遅かった。投げ出されたものは、身代わりという技によって作り出された、ピチューの形を模したものだ。

「残念、ちょっと遅いな!原始の力!」

 にやりとプテラが笑うと、背に乗せた“身代わり”は粉々に砕かれた。そこでできた一瞬の隙を逃さずに、プテラの原子の力が、チルタリスを貫く。

「背中がガラ空きだぜ!ブレイブバード!」

 原始の力を受けてよろよろとしているチルタリスに向かって、勢いをつけたムクバードが翼を用いて体当たりをする。すると、チルタリスは体勢を崩し、そのまま墜落していく。ゴルダックは何とか地面に着地して舌打ちする。
 悠然とギンが地面から舞い降りて、その背から手を繋いだララとミミが飛び出す。ゴルダックの頭に冷静さはもうなかった。ただ鬱陶しく立ち回るガキを潰したい。怒りのままに技を解き放った。

「クソガキどもが!冷凍ビーム!」

 指先にエネルギーを集めると、ララとミミに向けて氷の閃光を放つ。しかし、二匹は避けることなく同時に頬袋へと電撃を集めていた。そして、一気に電撃を解放させる。

「「ツイン・サンダー!!!」」

 雷が迫り来る冷凍ビームを簡単に突き破ると、ゴルダックの体を焼き、意識をも刈り取っていく。最後の最後で読み違えてしまったのだ。薄れゆく意識の中で見えたのはギンの不敵な笑みであった。

「悪いな。切り札は最後まで残しておくものだぜ?」

 挑発気味に声をかけてみたが、電撃に貫かれたゴルダックからはもう返事がなかった。あーららと一つギンはため息をつくと、ララとミミを乗せてまた空に戻る。しかし、指揮官を失ったエーファ教団は右往左往とするばかりであり、どんどんと倒されていくのが見えた。

「ララ、ミミ、お手柄だぞ」

手放しでギンが褒めると、横を飛ぶプテラもからからと笑いながら頷く。

「こーんなにちっこいのに、よくやったな嬢ちゃんたち」

「わーい!褒められたー!」

「いえーい!」

 嬉しそうにララとミミは笑うとパチンとハイタッチした。それだけ見るとあどけない少女のように思える。しかし、彼女らが今回の作戦における核を担っていたのだ。飛行タイプのポケモンに乗って戦うのは案外難しい。特に、今回のように寄せ集めの探検隊ではなおさらである。
 意気揚々と宙を駆けると、残っているわずかな抵抗勢力を叩き潰していく。すると、一匹のムクバードがギンの隣にやってくる。

「ギンの兄貴!裏門から逃げ出す人質が見えますぜ!」

「マジか!なら引き上げて保護を最優先にするぞ!」

「あいあいさー!」

 ビシッと敬礼を返したムクバードが速度をあげると、ギンもその後ろをついていく。何とか自分たちの役割は果たしたといえよう。

(生きて帰ってくれよ、みんな)

 声に出さずして、曇天に祈りを捧げる。空を覆う雲はだんだんと風に流され、微かな木漏れ日が差そうとしていた。












 ギンが空で指揮をとっていたちょうどその頃、“大聖堂”内部でも、また戦闘が始まっていた。ナッシーが率いる“大聖堂”の警備隊、対するは小さな探検隊が三匹。誰が見ても、エーファ教団が有利なはずーーだった。

「ピヨピヨパンチっす!」

「ほ、炎の渦!」

 チサが、ルドガーが妨害の技を次々と出して進撃を食い止める。すでに先頭を走る数匹は、彼らの抵抗で一瞬足が止まる。

「怯むな!全員で打ち崩せ!」

「させねえぜ。岩石封じ」

 岩石が細く狭い通路を封鎖するかのように次々となだれ落ちて先を防ぐ。

「まともに戦えや!この卑怯者どもが!」

「ずるいと卑怯は戦場において褒め言葉だぜ?」

 イライラした声でナッシーが叫ぶと、リュートが含み笑いたっぷりに返す。しかし、また突撃させたところで誰一匹としてまともに彼らに傷を負わせることができない。それどころか、混乱したポケモンが同士討ちを始めたり、火傷したポケモンがその場にうずくまったりと翻弄されっぱなしであった。それもいやらしいことに、一匹とて倒したりはしない。ひたすらに状態異常にして足手まといの数を増やす。そのせいで、ナッシーは戦いのイニシアチブを取れずにいた。
 一方で煽ってはいたものの、ルドガーは焦っていた。今の所は粘ることができてはいるが、続々と増えていく敵に対処ができていない。思っていたよりも敵の戦力が多い。

「おいルドガー、これキリがねえぞ」

「……今は粘るしかできないっすよ」

「どれくらい、粘ればいいの?」

「……」

 答えなかった。答えられなかった。ルドガーもその問いに対する答えを持っていない。彼にできることは、その時間をできるだけ短く済ませることだ。

「おいルドガー、お前はチサを連れて全力で逃げろ」

「えっ?」

「お前の特性は逃げ足だ。なら何とかなるかもしれないだろ? それに、俺が覚醒すればちょっとは時間を稼げるはずだ」

「……ダメだよ、お兄ちゃん」

「あ?」

「死ぬときはみんな一緒で……でしょ」

 小さなしっかりとした声でチサが反論する。リュートはさらに反対しようとしてーーため息をつくと下を見た。

「……そうだったな。すまねえ」

「そうっすよ。僕らは運命共同体っす」

 ルドガーはこんな状況にも拘らず、呑気に微笑んでみせた。それを見て苛立ったようにナッシーが叫ぶ。

「無駄なことだ。こっちは何十といるんだぞ!たかが数匹で勝てると思うか!」

「数匹?」

 リュートは目を丸くしてナッシーの言葉を復唱すると、ニヤニヤと笑い始めた。

「な、何がおかしい!?」

「あーあ。ちゃんちゃらおかしいね。たかだか数匹しかやってこないと思っているお前の頭の悪さがおかしいさ!」

「ーーやっちまえ!」

 怒りで顔を真っ赤にしたナッシーが叫ぶと、またも敵が突撃してくる。

「今度はお構いなしかよ!」

 リュートの声は苦々しかった。状態異常になっているポケモンを踏み越えながらも、どんどんと敵が迫り来る。多少の犠牲を無視して突き進むのは下策ではあったが、しかしそれでルドガーらが困るのもまた事実だった。

「流星群……っ!」

 高密度のエネルギー弾を降り注がせたまではよかったが、少しばかり足りなかった。ニドリーナの牙が、リュートの腕に食い込んでいた。

「シャドークロー!」

 チサが間に縫って入り、シャドークローの一撃でニドリーナを倒す。だが、リュートは顔から脂汗を流してその場に片膝をついた。

「お兄ちゃん!どうしたの!?」

「……なんでも、ねえ」

「そんな風に見えないよ!」

 口では強がるが明らかに身体に異常をきたしているように見えた。噛まれた箇所は毒々しい青が広がっていた。ニドリーナのどくどくの牙、それによる猛毒という状態異常の負荷が身体を蝕む。

「お前さえ抑えれば俺たちの勝ちさ!」

「……くっ」

 ルドガーが冷凍ビームで地面を凍らせるが、それも一瞬の時間稼ぎにしかならない。ギリギリで保たれていた戦線は奮戦していたリュートの離脱によって崩れ始めたのだ。まずその矛先はチサに向いた。

「きゃっ!」

「チサっ! 冷凍ビー……」

「させねえぜ。タネ爆弾!」

 チサへの援護射撃を放とうとしたルドガーめがけて、ナッシーが強烈な爆撃の一撃を畳み掛ける。反応が遅れたルドガーは、そのまま地面に叩きつけられた。

「ざまあねえな、探検隊さんよお!」

 勝ち誇ったように叫びながら、倒れ込んだルドガーに容赦無くタネ爆弾を叩き込んでいく。ルドガーは何とか動こうとするも、一方的に嬲られていては如何ともし難かった。しかし、ルドガーは諦めたような顔を浮かべない。それどころか不敵に笑った。

「な、何がおかしい!」

「間に合ったんですよ」

「……は?」

「あなた達を打ち破る、希望の刃っす」

 その時だ。地中からキマワリが現れた。続けてドゴームにヘイガニ、ダグドリオにグレッグル。いや、もう数えきれない。数十ものポケモンが現れる。 その数はあっという間にエーファ教団を上回り、場を飲み込んでいく。視界の端でチサとリュートが助けられるのが見えた。そして一歩ずつエーファ教団は後退を始める。

「バカな!どっから湧いて出た!」

「なあに、はるばると穴を掘ってここまでやってきたというわけだ。幸い“審判の夜”で地盤は緩みきっていたからな」

 そう言いながらも、先頭に立つポケモンーーダグトリオは一切疲れたような顔を見せない。地下百キロまで掘ることができることのできるダグトリオという種族にとっては、その程度は朝飯前なのだろう。

「遅れてすまない。少しばかりトラブルがあってね」

「トラブル?」

「うむ。想像以上にこの作戦に参加したいという有志の探検隊が多くてな。おかげで十分な大きさの穴を掘るのに苦労した」

 確かに穴から飛び出てくるポケモンは後を絶たない。その中には探検隊を一度はやめたポケモンもいる。エーファ教団と戦うべく、探検隊を一度はやめたが、また戻ってきたのだろう。

「ふざけるな!あれだけさんざんに叩き潰された探検隊がここまでこれるわけねえ! 死の恐怖を、洗脳されていない劣等種どもがトラウマを乗り越えられるわけ……」

「一つ訂正させてもらうっすよ」

 ルドガーが喚くナッシーの声を遮って指を振る。

「ーー死への恐怖を、正義感と探検への憧れで踏み越える。それこそが探検隊っす」

「うるさいうるさい!お前ら、捻り潰しちまえ!」

 口の端から泡を飛ばしながらナッシーが叫べば、数十のポケモンが彼らに向かってまっすぐ突撃する。しかし、それを超える数の歴戦の探検隊を相手にすればひとたまりもない。

「この前はよくもやりやがったな!」

「舐めるんじゃねえぞ!街を、友を返せ!」

 怒号と勇ましい声、そして技がどんどんと飲み込んでいく。もともとエーファ教団のポケモンは、一部を除けば実力は低い。同数、いやそれ以上いる探検隊に抗えるはずもなかろう。

「くそったれがあ!!!」

 怒りのままにナッシーが、ルドガーに向かって突進する。ルドガーは不意を打たれて無防備、なれど口元に微かな笑みを浮かべていた。ただルドガーは手を前に突き出す。それだけでナッシーの突撃は止められた。

「なっ……」

「ごめんっす」

 簡単に自分の数十倍の体格はあろうかというナッシーをひょいと両手で抱えると、ルドガーはまるでボールを投げるかのようにナッシーを放り投げる。壁に全力で叩きつけられたナッシーは、そのまま気絶し、他の探検隊にあっという間に取り押さえられていく。

「相変わらずの怪力だな」

「えへぺろっす」

 こちんと額を叩くと、呆れているリュートに向けて一つウインクする。その様子は可愛らしいミミロルのそれであったが、その怪力を知っているポケモンにとっては恐怖しか感じないだろう。

「甘く見ないほうがいいっすよ。この程度で膝を折るほど、探検隊は弱くないっす」

 目を回しているナッシーに一言告げる。

 その刹那だ。ぐらりと地面が揺れた。続けてあちこちから天井の石が落ちてくる。続いて何度も爆発する音が響き渡る。建物を支えていた支柱はだんだんと崩れはじめた。

「まずいぞ! 崩落が始まった!」

「おいおい!そう簡単に崩れ落ちるような建物じゃねえだろ……」

 誰かの叫び声に別の声がそう言い返すが、その言葉は最後まで続かない。さらにひどい揺れが起こると、支柱がさらに折れ始め、誰が見ても崩落間近の状態になった。

「おい、ここは危険だ!早く外に逃げるぞ!」

 リュートの一喝で、慌てて探検隊も逃げ始める。ルドガーもその後を追いかけようとしてーーはたと立ち止まった。崩落するこの景色を前に、チサだけが凍りついたように動かなかったのだ。

「ーー助けなきゃ」

 一言呟くと、崩落する道を走ろうとする。その身体を慌ててリュートが羽交い締めにする。

「この状況じゃどのみち助けに行けねえ!下手に助けに行ったら、俺たちまで飲み込まれるぞ!」

 冷静に諭すが目からハイライトが消えたチサはそれを聞こうとしない。むしろさらに激しくもがいた。

「離して!アランたちを、たす、けるの!」

「ごめんっす、チサ」

 ルドガーはバタバタと暴れるチサの口に何かを押し込む。すると暴れていたチサの目がだんだんと小さくなり、そして完全に閉じた。

「……悪りぃな」

「チサに死なれるわけにはいかないっすから」

 すげなく言い返すと、軽々とチサを背負って走り始める。だが一瞬ーーほんの一瞬足を止めると後ろを振り返って小さな声で言う。

「……頼んだっすよ」

 無愛想な、しかし誰よりも一生懸命なピカチュウに託す。“大聖堂”は、今まさに崩れ落ちようとしていた。

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