試練

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読了時間目安:8分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

第八章です。

●あらすじ
 マニューラが悪夢から目覚めた時、彼女の目の前には暗殺者の鉄拳が迫っていた。その意外な正体の敵と、謎の苦痛の前にマニューラは苦戦を強いられる……




 神々しい悪夢から目覚めた時、私の眼前にはキノガッサの拳が迫っていた。イベルタルの翼に重なって見えた現実の死を、私は寸でのところで壁際に翻した。ベッドは真っ二つに割れた。

 私は寝た態勢のまま、キノガッサの右の側頭部を蹴った。彼女はひるんで、私が上官室の階段を降りる猶予をくれた。一体、何が起きているのか、冷静に考えられることを一時許されたようだった。

 しかし、私は三十段の螺旋階段の半分を降りたところで動けなくなってしまった――酷い頭痛と吐き気のせいだった。頭痛は目と鼻、耳から脳が飛び出すかと思うほど、吐き気に関しては、出そうで全く出ないのに、五臓六腑全てを吐いてしまいそうな勢いだった。額は脈打ち、時折、夢に見た光景が鮮烈に瞼の裏に戻ってきた。この体調不良の域を越した苦痛は、あの夢と何か関係があるのだろうか。

 頭上からはひたひたと足音がした。拷問の訓練のお陰で、ある程度の苦痛は何ともないが、この状態で戦える自信まではない。私は階段を半ば転げ落ちながら塔を降りた。

 塔の下層にある武器保管棚から一メートルほどの小さな木槍を取り出し、杖にすることでようやく歩けるようになった。途中で壁や机に手を付いたりして、何とか厩の上に位置する武器保管庫に辿り着いた。

「誰か……ムクホーク!」

 力の限り叫んだはずだったが、返事はなかった。既に、キノガッサが背後に迫っていた――身体には赤と黒のタールで出来た鎧が顔と尻尾以外にまとわりつき、胸元にはあのオドシシの頭骨の白い紋章が浮かんでいた――この老婆は裏切られし者の暗殺者だったのだ。キノガッサは一切の物も言わず、私に食事を出した時と同じ表情のまま、私の方にすり足で迫ってきていた。

 私は自分自身とキノガッサとの線分上にある煉瓦の数を数えていた。キノガッサの折り畳まれた腕の関節は攻撃の際に外れ、瞬間に拳のリーチを伸ばしてくる。その間合いは個体差もあるが、およそ三メートルと聞く。煉瓦の数にして縦方向十三個分だった。今数えたところ、煉瓦の数は十五個だった。あと二個だけ煉瓦が減ったら、必殺のフリッカーパンチがすぐさま私の顔面に飛んでくるだろう。

 まず、私は部屋が円形で机や棚がたくさんあることを利用して、距離を一定に保ちながら部屋の中を堂々巡りにすることにした――その際、右手に持った槍をキノガッサに突き出して距離感を保ちつつ、なるべく壁を背にしないように動き回った。机や壁を借りなければ移動もままならなかったので、相手の死角に入ったら槍を地面につき、島を飛び移るように手を付いて移動した。そうして時間を稼ぎながら、ムクホークの名前を呼んだ。だが、いくら呼んでも返事はなかった。

 やがて、キノガッサは私の作戦を封じる策として、彼女の進路上にある机や棚、宝箱などを拳で粉砕しながらこちらに進んできた。暗殺者はあくまでも一撃必殺にこだわっていたようだった。距離を詰め過ぎることで、私の氷の弾丸に返り討ちにされることを警戒していたのだ。私自身も最後の手段として射撃を選択していたのだが、めまいもひどく、彼女の顔が時折三つ重なって見えていた。

 キノガッサは様子見として一歩分ストライドしながら右拳を撃ってきた。彼女は左利きのようだった。黒い鉤爪が巨大化して、私の鼻先一センチ前をかすめた。距離感をつかんだ彼女は、私が必要以上に慎重になっていることに気付いて、今度は二歩分進んで拳を打ち込んだ。私は構えた槍を自分の顔の射線上に置いて、拳の軌道を僅かに左へそらした。私の右耳のすぐ隣で、白煉瓦の壁がぽっかりと丸く穴を開けていた。そうこうしているうちに、症状は段々と悪化し、足の感覚も鈍くなり始めていた。また、拳を受け流した衝撃で、槍は折れて使い物にならなくなった。私は次策を早急に編み出さなくてはならない。


 * * *


 棚に置いてあったトリデプスの鎧を見て、私はここが武器保管庫だったことを俄かに思い出した。そこで改めて窮地を脱する道具を探すことにした――武器用の倉庫とはいえ、我々の身体そのものが凶器である場合がしばしばであったので、剣や槍、戦槌などの武器を作ることは実用的ではなかったし、実際、この部屋では見当たらなかった。私は棚の物を床に落とし、迫りくる死に投げつけながら、使えそうな物を漁った。

 すると、ふと、彼女に破壊された宝箱からこぼれ落ちた物が目に付いた。それは噛みつきを得意とする戦士のための鋼鉄の入れ歯だった。外見はトラバサミによく似ているが、挟む力は強く、実際に作動するために必要な筋力は弱くて済むという優れた特性があった。幸運なことに、足元には一つだけドラゴン用の入れ歯が落ちていた――私は左爪で氷の弾丸を乱射しながらそれを拾いあげた。入れ歯はどんなに大きくとも一キログラム程度のはずだったが、杖もないと歩けないほどの体たらくだったので、持ち上げるのに少し時間が掛かった。私はその入れ歯を右手に付けて、三つ首竜・サザンドラの手のように顔の前に構えた。拳が飛来したら、カウンター気味に挟む作戦だ。

 だが、やみくもに弾を放ったのがまずかった。暗殺者に私の目が役立たずだと教えてしまったのだ。飛び道具を警戒する必要がなくなれば、いちいち拳を撃つタイミングを測る必要もない。彼女は間合いを詰めながら、両手の拳を次々に放ってきた――私は大きめの入れ歯が落ちていたことに感謝した。そうでなければ、一発でも顔に当たって失神したに違いない。そして、彼女が何度も手を出してくれたお陰で、私のリズム感は自然と良くなり、連撃の十五発目、左拳が胸に飛んでくる兆しが見えた。私はそれに合わせて腕に噛みつき、彼女の武器を半分壊した。しかし、この老獪な殺し屋もただでは転ばなかった。私が左腕を押さえている間に右腕を伸ばして――今度は全体重を掛けて振り下ろしてきた。

 私は左腕で拳を防いだが、身体は水平に吹き飛ばされ、壁に背中から激突した。入れ歯もひしゃげて手から離れ、替えの入れ歯がある宝箱は私から更に遠ざかった。左腕の感覚も既になく、両足は曲げることさえ出来なかった。最後に残された悪あがきは、右手に残った氷の一撃だけだった。だが、私の瞼の筋肉も限界に達しており、もはやどこに何があるかも判別し難かった。私はキノガッサがいるであろう方向に氷弾を撃ったが、一発も手応えはなく、足音か羽ばたきかも分からない不運の気配だけが近づいてきた。私は、あの入れ歯が独りでに動いて、剥きだしの尻尾に噛みついてくれやしまいかと心のどこかで願った。だが、現実は非情であった。緑色の影が私の眼前に迫っていた。

「何やってんだ、そこで!寝相が悪過ぎやしねえか!」

 二日酔いで寝ぼけた鳥男の声がかすかに聞こえてきた。

「おい?これは何だ?誰か、そこにいるのか?」

 キノガッサの躊躇いが小刻みな足踏みの振動となって床を伝わってきた。

「何だ、お前は!マニューラ!」

 頭の近くで足が地面に踏ん張る振動があった。最後の一撃が近づいていたが、私はもう何も見えなくなっていた。金属の塊が床を滑る音をギロチンに聞こえたのを最後に、私の意識はぷつりと途絶えた。私もこんなものかと思うと、本当に気が楽だった。

技名ってやっぱり必要でしょうか?ポケモン「らしさ」は出るんですが、どうも文体から浮いているような気がして……そもそもバトル描写苦手なせいなのかも。後者に限っては言い訳のしようもありません。

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