過ぎたる威光 ―ムクホークー

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

第五章その1です。本格的にストーリーが動き出します(おせーよ)

●あらすじ
 マニューラはムクホークを連れて、リチノイを南下し、スペルダ郊外にあるメンデモール邸に向かう。そこにはマニューラが狙う「マナフィエィ・ドゥシャ」という五大家の珠玉の一つが眠っている。
 マニューラの介護もあって目覚めたムクホークだが、彼は高名な賞金稼ぎだった過去を忘れられず、マニューラ達お尋ね者に対する怨恨をぶつける。しかし、このムクホークという男は、過去の威光を引きずるだけの全くの甲斐性なしというわけでもなく……
 紺碧の東が燃え始めた頃、私達の馬車は屋敷の前に迎えに来た。リチノイからスペルダの道程は、新国道三号線を南下し、カラマツとシラカバが縄張りを争うベレト大森林を丸二日掛けて走行したのち、南西に進路を変えた。断崖絶壁の北レウィン海岸に出ると、海岸沿いの旧国道二十五号線を南東へ進んだ。レウィンの海を見下ろす霊峰ラブナヴィキの青白い影は、遠くから見る者を魅了し、近づく者を威圧した。休憩所は道なり五十キロ毎に敷設されており、そこで馬車引きは道草を食い、私はウイの実のピクルスと生ハムのサンドウィッチを楽しんだ。

 ムクホークが目を覚ましたのは、旅の三日目の昼下がり、北スペルダ三合目の休憩所で、沢の雪解け水を飲んで馬車に戻った時だった。彼は鋭い目線を私に払って、こちらから話しかけるまでは何も言わなかった。

「ああ、やっとお目覚めね」

 ムクホークはミイラの首を伸ばして、北の空にそびえ立つラブナヴィキを見てぽつりと呟いた。

「北スペルダか」

 私はムクホークの向かいの席に座った。狭い馬車だった。

「どうして俺はこんなところにいるんだ」

「まだあなたに用があるからよ、ムクホーク・エチエン・ウォルホート」

 ムクホークはわずかに嫌悪の色を顔に浮かべた。私と同じで、フルネームで呼ばれることを嫌ったらしかった。私は馬車の壁をコツコツと叩いた。馬車がガタンと動き始めた。ムクホークの立派な鶏冠が揺れていた。私は採用面接官よろしく、彼の来歴書を手に話を始めた。

「第二歴一〇六十一年、十月二十一日生まれ。南スペルダ・カデム村出身。四十三歳、結婚歴なし。前職はバウンティハンターギルド、ラゾレーヴォの純正組合員――ラゾレーヴォって大手じゃない。レントラーの目利きも全部が全部間違いではなかったのね」

 ムクホークは拗ねたように顔をそらした。気持ちは理解出来る。彼が失職したのは、エンブオーが管理出来ない戦力を恐れ、全ての賞金稼ぎ組合が強制的に解体させられたからだった。その後、運営権を組合ごと私が買い取り、戦士達の多くはニチスチヴィの準構成員となった。彼もその有象無象の一匹だった。

「いつまで続ける気だ。俺の歴史はそこに全部書かれているんだろ。どうして分かり切ったことをわざわざ聞かせる必要があるんだ」

「これは五日前の続きだからよ、ムクホークさん。暇つぶしのお喋りではないわ」

「何度も言わせるな!」、中年の鷹の甲高い叫びだった。 「俺は船に行こうとしたんだ!泥棒の片棒なんざ気乗りしなかったけどな!生活が懸かってなかったら、誰が荷物運びだの、黒い血だの、小汚い盗賊を背中に乗せるだのするもんか!」

 彼は嘴から唾を飛ばしていた。年を取ると大人しく、思慮深くなるという話はやはり嘘に違いない。六十過ぎの、一匹では薬も苦くて飲めない大きな子豚を私は知っている。

「大丈夫?」

 ムクホークは落ち着くのが大分早かった。窓の外を見ながら素早く呼気を入れ替え、彼は元の口調で続けた。

「俺はガルニエ号に行こうとしたんだ。レントラーに言われた通り、俺はレウィンの灯台のてっぺんで待っていたんだ。バジリスクの海上警備が一番薄くなるところに船が差し掛かるタイミングをな。そうしたら、あの時代遅れの暗殺者どもが空から降ってきやがった。一匹は返り討ちにしてやった。だが、相手は十匹いて、逃げるしかなかったんだよ」

「暗殺者って?」

 この男は例の暗殺組織のことを知っていた。二十年も賞金稼ぎをしていたならば、それが普通かもしれない。

「裏切られし者だ。スペルダ陥落の後に生まれた小娘は知らなくて当たり前だろうがな」

「そうね、私もあなたのことは全然覚えていないもの」

 ムクホークは私の皮肉を風に感じた程度で、取り繕って生返事をした。こんな男に器用な嘘がつけるだろうか。情報提供者に会うまで、まだ一時間以上もある。窓が風に揺れて、スミレの花びら一枚がガラスの下に張り付いた。

「賞金稼ぎだったんでしょう?そんなに強いなら、バジリスクが大手を上げて歓迎したかもしれないわ」

 ムクホークは舌打ちして目をそらした。私は友達を作るのが下手な性格だと自覚はしているが、今回に限っては嫌味で言ったつもりはなかった。どうやらこの男の胸の奥は、傷ついた誇りの地雷原らしかった。

「次におかしなことを口にしたら、俺は降りるからな」

「別にいいわよ。私のせいじゃないわ」

 一分の沈黙が流れた。私達は別々の窓を見ていた。刈り取られずに放置された小麦畑は風で横薙ぎになり、地主の帰りを既に諦めていた。外は天気雨が降り、東のうろこ雲の下に虹が掛かっていた。

「あなた、この辺の出身でしょう?昔はどうだったの?」

「どうって、何が?」

「私は帝都の生まれじゃない。子供の頃から高い壁を見上げて育った。外に出られたのは最近で、この辺りまで来たことはないわ」

「道理で芋臭いモノミスを話すと思った」

「あら、口説いて下さるのね。冠はどこに落としたのかしら?」

 仲の悪い女と話している気分だった。

「分かったよ。俺の負けだ」

 私は返事をせず、旅行カバンからサンドペーパーを取り出して手の爪を研ぎ始めた。

「レントラーは本当に死んだのか?」

 私はまだ黙っていた。ムクホークは俯き気味に続けた。

「俺はやっぱりお前らが嫌いだ。バジリスクもな。全員、嘘つきの裏切り者だ。だが、あいつだけは違う。あの若いのと一緒にいるだけで、俺は昔の自分に戻れた気がした。不思議な男さ。あいつには何でも打ち明けていいような気がしたんだ」

 あの男の性格が盗賊向きでないことは間違いなかった。日の当たる暮らしも出来たが、あえて日陰に残ることを選んだ。だが、それは決して楽な道などではなかった。この男も彼の上っ面しか知るまい。

「確かに、彼にはそういう才能があったわね」と言って、私はサンドペーパーをカバンにしまった。 「彼は死んだわ。ルカリオ・アウラスのせいでね」

 その名前を聞いた時、過去の栄光にすがる情けない中年が往年の姿を取り戻したのを見た。ガオガエンに殴られていた時と同じ、怒りに燃える戦士の顔だった。

「本当に冗談と皮肉が好きなんだな、盗賊って生き物は」。翼は包帯で止められていたが、今にも広がる気配があった。 「大人を馬鹿にするのも大概にしろよ、小娘。奴は死んだんだ。お前が母親のミルクを吸っている頃にな」

「じゃあ、あなたは死体を目撃したとでも?」

「お前こそ幻を見たんだろう?本当にあの男が生きていたら、お前はここにはいない。間違いなくな。船一つ消し飛ばすなぞ、奴がその気になれば一秒で十分だ。俺達が奴を追いかけていた頃の話をしてやるよ。たとえホラ話だろうと、二度と奴の名前を使いたくなくなるだろうしな」

 私はあの男の話題をなるべく避けてきた。毎日、私の枕元に現れ、父を目の前で奪っていく男なのだ。だが、彼の話題にもいよいよ触れなくてはなるまい。ムクホークは、モノミアンなら誰でも知っている長い昔話を始めた。


 * * *


 ルカリオ・アウラス(アウレリウス)・ルウェネン・スペルディオスは、聖剣王朝の六十三代目、アブソル・イムノラウクス・スペルディオスの八番目の子供として、第二歴一〇五十九年、十二月二十五日(十月九日、十一月三十日など諸説あり)に生を受けた。ただし、正妻や側室の子ではなく、ルワナ砂漠のルカリオ・キャラバンで出会った、名も無き女性との間に生まれた隠し子としてである。彼が王宮に迎えられた時、父王は既に死亡しており、後ろ盾がなかったこともあって、宮廷では無下に扱われ、兄弟達から熾烈な虐めを受けていた。だが、ある時を境に彼は一転、兄弟達から恐れられるようになった――彼は、若干六歳にして、王家が主催する武術大会を完全制覇してしまったのである。戦士として類まれな才能を若くして開花させた彼は、次期国王の座を武力で勝ち取ることを考えていた。そして、彼が十五の時、五大家の冠が兄弟の内の誰かに盗まれたことが判明し、疑心暗鬼になった兄弟達は各々の管理する機関を使って政争を起こした。王朝は二大勢力に分離した――冠自体には何の権威もないとして武力による支配を謀る剣王派。そして、冠に選ばれた者を次の王とする仕来りに固執する王朝派――ルカリオは剣王派に属した。そして、消えた冠が王朝派から見つかり、盗難が狂言だったことが知れると、宮廷の冷たい政争は灼熱の戦争に変わった。だが、彼が十九の時、戦争が終わった頃には国が立ち直れなくなることに気付くと、彼は剣王軍を離れた。そして、内戦を止めようと立ち上がった民衆から、士気に溢れた若者を選び抜き、革命軍として組織した。エンブオーがルカリオと出会ったのはこの時で、まだ彼らの関係も良好だったという。

「奴がタカ派なのは革命軍の後も変わらなかった。話し合いよりも殴り合いが得意な男だったからな。それも世界一さ。実を言うと、俺もあの男に戦い方を教わったんだ。たった一年だけだがな。お陰で、賞金稼ぎだった頃は依頼をしくじったことはない――ただの一度だってな。仲間はみんな、俺のことを千里眼と呼んでくれたよ」

「鳥はみんな目がいいものでしょう」

「これは目利きの話だよ。俺は自分の手に負える依頼がどれなのかが分かるんだ。依頼の中にも、悪党が復讐のために罠を張って呼び出すことがあるだろ?俺には全部お見通しさ」

「その目を、ルカリオがくれたの?」

「半分だけ正しい。確かに、あの男も俺と同じことが出来ただろうが、奴はそうしなかった。たとえ、無理が承知でもやらずにはいられない。そういう性分の持ち主だったんだよ」

「あなた以外に弟子はいたの?」

「ああ、ほとんどは土の下さ。ほとんどはな……」

 革命軍が勝利を収め、冠を手にした時、ルカリオは二十二歳だった。エンブオーは五大家の冠を悲惨な歴史の象徴として、未来へ向けた戒めのメッセージに使おうと考えていた。だが、ルカリオの中には冠への執着が依然としてくすぶったままだった。不当な運命に翻弄されながら、ようやく手にした権力の象徴を、彼はそう易々と諦められなかった。彼は革命軍から冠を持ち去った。エンブオーは彼を追跡するため、革命軍だけでなく、四十五億ソル(現在のボア換算にして、五百三十七億ボア相当)もの賞金を彼の首に掛け、賞金稼ぎ達をも動員したが、ことごとくが返り討ちにされた。だが、執念深い追跡によって彼は衰弱し、遂にリチノイ郊外・グノーイの森で革命軍に包囲された。ルカリオは最後まで抵抗したが、戦いの中で右腕を切られ、壮絶な痛みの中で絶命した。二十四歳だった。その時、彼は冠の代わりに衰弱死した自分の娘を帯びていたが、妻が誰かは最後まで分からなかったという。

「俺は、あの男を追うのだけは止めろって言ったんだ。命がいくつあっても足りねえぞ、ってな。だが、ジシも、エースも、ガブも、ロズも、みんな言うことを聞かなかった。あいつだって血は流す、神や悪魔なんかじゃないって……皆一つの袋の中に入って帰ってきた。生き残ったのは俺ぐらいだ」

 彼の魂は、この器がただの中年だったことを急に思い出した。

「これでいいか?少し喋り過ぎた。口の中の傷が開いたような気がする」

「まだよ」と私は間をおいて言った。  「でもこれで最後よ。裏切られし者は――もしかするとの話よ。ルカリオが生きていたとして、彼と結託すると思う?」

 ムクホークは怠そうな顔をしたが、いや、と即答した。

「お前は若いから、奴らがそう呼ばれる理由を知らないだろう?奴らは王朝に裏切られたのさ。兄弟で王座を取り合って、兄が国を追い出された。剣王派と王朝派のようにな。奴らの願いは王家の血を根絶やしにすることだ。あの男だって王子の端くれだ、手を組もうなんてちゃんちゃらおかしいぜ。それに、奴は連中とやりあってるんだ、帝都東外れのメンデモール邸でよ。そこの主はグレイシア・ロクリア・メンデモールって男だったんだが、こいつはルカリオのいとこでな。マナフィ家に婿入りしたんだ。裏切られし者はこの男の命と、マナフィの魂を狙っていたのさ。まあ、一分と掛からず叩き出されたがな。だが、その男もかわいそうに、戦争が終わるとエンブオーに火炙りにされたんだ。ルカリオが死んで三日後の話さ。そいつにもルカリオのと同い年くらいの娘がいたらしいが、死んじまったとさ。そりゃ、化けて呪いたくもなるってもんだろう」


 某文豪M氏の文章読本を読んで勉強し始めました。今までの拙文を鑑みて、一度勉強し直して投稿しようかとも思ったのですが、投稿し続けることに意味があると考え、改良しながら書いていくことに決めました。これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

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