第33話 平和なただいまとはいかないようで

しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
 
ログインするとお気に入り登録や積読登録ができます

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 「よっしゃ着いたー!!」
 
 オニユリタウンの入口に到着し、キラリは大きな声をあげる。 確かにやけに懐かしく感じる。
 活気のある街並みも、空気も。 街はこちらの帰りを変わらずに待ち構えていた。
 
 「確かに懐かしいもんだね......」
 「うん! さて、まずは役所かなぁ......諸々報告とか面倒くさいこと済まして......で! その後おじさんにも挨拶しよっか」
 「うん!」
 
 2匹は寄り道せず、まっすぐに役所へと向かう。 その道中でも何匹かのポケモンはおかえりなさいと優しく声をかけてくれた。 おかえりって言葉は、なんだか不思議なものだ。 その言葉を聞くたびに、ああ、帰ってきたのだという思いが増長される。
 まあ役所に着くと、やはり案の定面倒くさかった。 もうこれは街の方針だから口出しなど出来るわけがないのだが、とにかく手続きが多い。 帰るまでが遠足というのなら、手続きも終わらせるまでが遠征といったところであろうか。
 
 そして、長かった手続きを終えた後には時計は正午を回っていた。 長ったらしい文字の羅列を見続けたことで2匹はかなりへろへろになっている。
 
 「疲れた......こんな大変なんだ......なんか遠征よりも疲れた気が」
 「キラリ、多分それ言っちゃ駄目。 うーん、少し意味分からない文字あるの痛かったなぁ......本屋寄って本買ってっていい? 難しい言い回しも読めるようにしといた方がこれから困らないし」
 「うん! そうだねぇ、歴史の本見てみるのもいいかなぁ......」
 
 2匹とも本が好きなためか、少し声のトーンは上がる。 こういうものに対してはやはり想像が膨らむものだ。 新しい面白そうな本はないかとか。 今日は本を買って、家でのんびりそれを読む日にしよう......そう思った最中だった。
 
 「ユズ、キラリ!」
 
 後ろから響く、どこか聞き覚えのある声。 どこか百合のような凛としたものを秘めている。 すぐに声の持ち主が誰か分かった。ユズ達はすぐさま振り返る。
 
 「あっ......!」
 
 そこには、虹の立髪と雪のような柔らかな六尾を持つポケモン、つまり同じく遠征に出ていたイリータとオロルの姿があった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「イリータとオロル......!」
 「久々ね。 探検隊ソレイユ」
 「こちらこそ! 何? そっちも今日帰ってきたの!?」
 「そっちもってことは......君達も今日か。 奇遇だね。 そうだよ、僕達も今帰ってきたばかりだ。 それで今から役所に行くところなんだけど......やっぱまだ暑いね。 湿原が恋しいくらいだよ」
 「そっかぁ......そういえばどうだった? 遠征先の湿原!」
 「見たことのない植物が多くあったわ。 採り過ぎはまずいから実際に持って帰ったのは1本だけだけれど......見たいかしら?」
 
 イリータはわざと焦らすようにこちらに問いかける。 キラリは気になって仕方がないのか、ぴょんぴょん跳ねて待ちきれないように言う。
 
 「見たいったら見たい! 私達のも見せるからさ、ね?」
 「言うと思ったわ......これよ」
 
 彼女はカバンを漁り、大事そうに紙で包まれたそれを優しく開く。 そこにあったのは、繊細ながらも優しい色合いの、オーロラのような花弁を持つ花だった。
 
 「うわあ、綺麗......!」
 「そうだろう? 不思議なことに、この花はオーロラが現れた時に蕾から花開くらしいんだ」
 「ってことは......オーロラも見たんだ!」
 「ええ。 とても綺麗な光景だったわよ。 ありがたいことに、現地のポケモン達が色々協力してくれてね......色々と詳しいポケモンが多くて、私達も勉強になったわ」
 「で? そっちは何があったんだい?」
 「私達のライバルですもの。 当然ヘマはしてないわよね?」
 
 ピリッとした雰囲気が2匹から流れる。 合同依頼の時に感じたあの揺るぎない自信。 そこはやはり変わらないものなのだろう。 一瞬圧を感じたものの、キラリが急いで水晶を取り出す。
 
 「えーっと、これだ! じゃじゃーん!! 見てよこの水晶! 太陽の光を浴びるとなんと、虹色に光るのです!!」
 
 キラリはわざとらしくそれを空へと掲げる。 その効果は的面、全体に光を浴びた水晶は眩い虹色となって光る。
 
 「へぇ......そっちも綺麗じゃないか!」
 「私達のはオーロラ、貴方達は太陽......通じるところがありそうで、中々面白いわね」
 「これだけじゃなくてね! なんか世界の歴史っていう面でも色々迫ったんだよ!」
 「歴史......中々いい話題じゃない。 良かったら詳しくーー」
 
 
 
 
 
 
 
 
 イリータが話す途中、耳をつんざく音が4匹の耳に届く。 びくりと身体を震わせて音の方に振り返ると、そこには屋台の商品が散らかった中に倒れる見覚えのあるゴルダックがいた。 突然の事に驚いたポケモンは動きを止め、辺りを急に静寂が包む。 響くのは屋台のガルーラの子供の泣き声だけ。 その子をなだめながら、被害を被ったガルーラは「彼」に鋭い目を向ける。
 
 「......レオンさん!! もっと落ち着いて歩いてくれないと困るよもう! 落ち着きが足りないから出っ張りにこけたんじゃないの!?」
 「うあああすまん!! 本当にこれはすまん!! 散らかしたやつの金全部払うから!」
 「当たり前だよそんなの! 全く、あんたは子供の頃からいっつもーー」
 「びえええええ!!!!」
 「あっ......ああよしよし、大声出してごめんね......よしよし」
 「おおごめんよ......そうだ、えっと名前......が、ガル子ちゃーん、おじさんの変顔でも見る?」
 「あんたは黙ってな、それにうちの子に変な名前つけるんじゃないよ......この子は男の子だよ」
 「え゛っ......まじか」

 ーーなんだこのコント。 4匹の心にそんな声が漏れる。街のポケモン達も同じなのか、苦笑している者もいた。 特にキラリは頭を抱えていた。 たまに凄い良いこと言うくせに。 知識も沢山あるくせに。 こういう時にそれまでの格好良さが全て砂塵となり消えるのが「彼」なのだ。 しかも久々の再会だというのに。 どこまでも良いムードをぶち壊してくれる。
 
 「......レオンおじさんらしいっちゃらしいけどさぁ......なんだかなぁ......」
 
 尊敬はしているけれど、こういうのが馬鹿だとしか思えない。 そんな思いが表出した声だった。 レオンが4匹の方に気づき、「......よう」とだけ言って、頬が引きつった笑みを見せたのは、4匹が彼に向けてしらけた目を向けている時だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 時間は流れ、レオンの家。 弁償の為に金を払ったはいいものの、かなり商品が大量だったので、運ぶのを4匹に手伝ってもらう形となった。 経緯としては、どうやら4匹を見つけて駆け出そうとしたらつまづいたということらしく、4匹は改めて溜息を吐く。 別にこちらは急いでたわけではなかったのに......。
 
 「いやーやらかしたなぁ......金が今日で凄い吹っ飛んじまった」
 「別に私達を見つけたからといって走る必要ないじゃんモー! それに折角の再会なのにさ......」
 「まあそれもそうだなぁ......てかそうか、遠征お疲れさん」
 「ついでみたいに言わないでよう」
 「......レオンさん、何かあったんです? 急いだことにしても、遠征のことを一旦横に除けようとしてることにしても。
 理由なしにそんなことするとは思えないし」
 
 ユズの言葉にレオンは少しぎくりと体を震わせ、図星とも言いたげに息を吐く。
 そこにオロルが追随した。
 
 「そして、それは多分すぐになんとかなるような事じゃない。 こちらに何かしらの危険があるとかぐらいでしょう......そうでなければ、どうして見つけた途端に急ぐ理由が成立するんです?」
 
 更に大きな溜息。 レオンは一呼吸置いて、「正解だ」と言った。 どこか真剣な面持ちになる。
 
 「お前ら勘いいなやっぱ......あんまり暗く語るつもりもなかったんだが。 それがな、ちょっと頼まれてんだよ街から......」
 「何を?」
 
 キラリの純粋な声が飛ぶ。 レオンは自分の荷物を玄関に置いた。 物理的な重荷は取れたはずなのに、少し重いものを滲ませた声で答える。
 
 
 「......探検隊への注意喚起、だとさ。 だから探検隊見つけ次第声かけてんだよ」
 
 
 
 
 
 
 
 注意喚起。 その言葉は部屋の雰囲気を一瞬で張り詰めたものへと変えた。 一歩動けば痺れてしまいそうな、そんな感覚。
 「どんな」とユズは問う。 少し怯えたような声で。 ......当然だろう。 注意喚起を呼びかけられるなんて、恐らくろくでもないことに違いないのだ。
 
 「まあ、まずは見せた方が早いよなぁ......ほれ、手配書」
 
 レオンは机の上に3枚の紙を出す。 どうやら手配書のようだ。 ドリュウズと、ピカチュウと、ジジーロンの3匹。 ......そして、ユズとキラリは、そのうちの2匹に見覚えがあった。 手配書には種族名はあれども名前は載っていないのだが、確か、ドリュウズの方はフィニと名乗り、ピカチュウの方はヨヒラと名乗っていた。 ......グルだったのだろうか?
 
 「おじさん、これって......」
 「ああ、そういやお前らは出くわしてたんだっけ......確か報告だと、ソヨカゼの森と黒曜の岩場。 だったよな」
 
 2匹はこくりと頷く。 それを確認したレオンは話を続けた。
 
 「最近、こいつら3匹による保護物の採取と窃盗被害が跡を立たないんだ。 これまでも確かに不穏分子ではあったけど、全部一応『未遂』だったんだよ。 お前らの時もそうだったろ?
 だけど、最近になって躊躇いなく盗みも行うようになった。 それもどれも貴重な物ばっかだ。 それに加えて、元々2匹だったのが3匹に増えてる状態だ。 最早街もただの窃盗事件だとかは考えていない。 何か裏があるはずなんだ。 だから一応の注意喚起だよ。 奴らが誰かの命を奪ったという情報は現時点では無いけど、やっぱ心配だしな」
 
 淡々としながらも、少しの不安が宿る声。 それが伝染したのか、4匹の顔にも不安と疑問が宿る。 どうしてわざわざこんな事をするのか。
 ユズはキラリの方をチラリと見てみるが、彼女は穴が開くぐらいに手配書を見つめていた。 不安や疑問ともまた違う感情が、キラリの表情にはあった。
 レオンは不安を和らげようと、少し時間を置いて口を開く。
 
 「ーー大丈夫だ。 流石にこれは大人が対処した方がいい問題だろう。 だからお前達を直接巻き込むとかそんなことはしない」
 「えっでも......探検隊が多ければ多い程有利なんじゃない? だったら私達も......!」
 「大人にもプライドがあるんだ、未来ある子供を守りたいっつーな。 傷つくポケモンは少ない方がいい。 相手は幸い少数派だしな。 心配してくれるのは嬉しいよ、でも分かってくれ」
 
 懇願するような声で、レオンはその幼い願いを却下する。 流石にこれ以上言っても変わらないだろうし、大人を信頼していないわけでもない。 キラリは引き下がって「分かった」とだけ言った。
 
 「......さて! 湿っぽい話は終わりだ。 遠征から帰って疲れただろ? 今日と明日ぐらいはゆっくり休めよ?」
 
 
 
 
 
 「それじゃあ、私達はここで失礼するわ。 不安だからって依頼をこなす時とかに質を落としたらライバルとして許さないから」
 「色々あるだろうけど、今はいつも通りやるしか選択肢が無いからね......まずはお互い、今まで通り頑張ろうか」
 「そうだね......!」
 「そんじゃまたー!!」
 
 イリータとオロルが去っていく。 こういう時の切り替えは、やはりあの2匹の強みだろう。
 そして2匹が完全に見えなくなってから。 キラリは納得出来ないかのように頭を掻く。

 「......分かったとは言ったけどさぁ......何もしないのはやっぱなぁ」
 「仕方ないよ。 色々まだ分かってないし」
 「まあそうだよねぇ、普通に頑張るかぁ」
 「あっ、そういやキラリ?」
 「ん?」

 ユズは疑問をキラリにぶつけようとする。 内容は何かって? そんなもの1つしかない。
 ーー手配書を見つめていたその目は、どこか遠くのものにも向いていたから。
 
 「ねえキラリ?」
 「ん?」
 「どうしてあの時、ずっと見つめてたの? 手配書。 なんか気になるところでもあった?」
 「ふえっ!? 分かっちゃった!?」
 「もの凄く分かりやすかった」
 「うーん、いや、大したことじゃないんだけれど......ユズ、私が探検隊目指した理由って言ったっけ」
 「おじさんに聞いたよ。 えーっと、迷子になってたのを救けられて......だっけ」
 「そうそう。 で、その救けてくれた探検隊についてなんだけど......」
 
 キラリは空を見上げながら思い出を語る。 夕暮れ空の先に見ているのはあの日の光景だった。 泣いていたところに現れたその薄緑の竜は、彼女の体を優しく抱き抱えていた事。よしよし、怖かったろう、もう大丈夫。 そんな言葉と共に。 陽だまりのように暖かいポケモン達だった事。 帰り際も、こちらをおんぶしながら色々な話を聞かせてくれた事。 語る顔はどこか戯けていて、楽しそうだった事。誰かの心を暖かく包む力が探検隊にはあるというのを、初めて知った事。
 
 彼女の夢の原点というのもあってか、キラリはとても賑やかに話してくれた。 時には誇張も加えながらも、自分の感情を嘘偽りなく。
 
 「......凄い探検隊なんだね」
 「うん! 正直詳しい事は全く分かんなかったけど......でも、今思うと家族みたいな感じだったなぁ。 種族バラバラだったけど」
 「家族?」
 「これは去年ぐらいに知ったんだけど、家族みんなで探検隊をやるっていうポケモンも少なからずいるんだって。 家族だったらお互いのこともよく分かってるし、組む相手としては凄い最適だって」
 ......それでね。これが本題なんだけど」
 
 あらかた話し終わって、キラリは少し神妙な面持ちになった。 それはここからが重要という合図。 ユズは更にその声に耳を澄ます。
 
 
 
 「手配書にあったジジーロンってポケモン、その探検隊のうちの1匹に、似てるなぁって」
 
 

 












 「......気のせいだよ、きっと」

 無意識だったのか、ユズははっと反射的に口を塞いだ。 キラリはユズの方を向く。 夏の終わりの夕焼けの中、未だぬるい風が頬を撫でる。

 「......だって、そんな優しいポケモン達だったんでしょ? 盗みなんてこときっとしないよ。 ......確証は無いけど......」
 
 そしてその風に乗せていくように、しどろもどろ「言い訳」をする。 それはそうだ。 その探検隊の見た目を知っているのならまだしも、ユズは全く知らないのだ。 年数は経っていると言えど、キラリの記憶にはしっかりと刻み込まれている。 彼女が似ているというのなら、きっと「そう」なのだろう。 それくらいは容易に分かることだ。
 
 ーーでも。 夢を与えた探検隊がその身を暗い闇に委ねているなど、キラリに信じさせたくなかった。 ユズ自身も、「考えたくなかった」。 もしそうなら、あまりに残酷だ。
 
 
 





 
 
 「ーーだよね」
 
 ふっと、重いものを吐くように、キラリは呟く。
 
 「キラリ......?」
 「そりゃあそうだよねぇ......ユズは確証はないって言ったけど、それはもうお互い様だし。 どこかで頑張ってるかもしれないのに、決めつけは良くない、よね!
 えへへ、ごめんね急に暗くなって。 早く帰ろっか! 久々の我が家だよー!」
 
 
 てけてけとキラリは走り出す。 何かを振り払おうとしているようにもユズの目には写ってしまった。
 
 (もしかして、気、使わせちゃったかな......?)
 
 キラリの声は、少し重かった。 まるで自分の言葉という薬を、ゴクリと飲み込もうとしたかのように。 キラリは勘がとてもいいから、こちらの口調から察してしまったのかもしれない。 素直にそうかもねと言ってやった方がよかったのか?
 考えたくないと、逃げただけだったのか?
 
 (......もしそうなら、さっきの言葉は、私の勝手なーー)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ーー無理だ。
 
 
 
 
 その時。 ねろりと舐めるようなぞわりとする感覚が、ユズの背中を襲う。 後ろを見てみるが、そこには果たして何も無かった。
 キラリを追うのも忘れ、ユズはその場に立ち止まる。 何故か荒くなる自らの呼吸を、必死に落ち着かせようとする。
 ......今のは。 遠征前の夢と、同じ、声。
 
 
 「......ねぇ」
 
 虚空に向かって呟く。 分かっているのだ。 自分の頭の中の記憶の残り滓かもしれない、他の誰かの声ではないということぐらい。 でも。 でも。 聞かずには、いられなかった。
 夕陽が、静かに彼方へと沈みゆく。
 
 
 
 
 
 
 
 
 ーーあなたは、誰なの。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想