第11話:旅立ちを染める闇――その3

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読了時間目安:14分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「……!」

 スイクンと目があったとたん、ホノオは身体と表情をこわばらせた。恨みのこもった冷たい目をしたスイクンを見据えながら、一歩、また一歩と後退する。

「ホノオ?」

 常軌を逸したホノオの動揺を見て、ヴァイスとシアンは心配そうに声をかける。しかし彼には、仲間の声を受け取る余裕すらないようだった。
 不吉な予感に晒されて、キズナの4人の機能が停止しかけている。だからこそ、メルはあえて場違いに間抜けな言葉を放つ。――さすがに声色からは、緊張を隠せなかったが。

「こら、スイクン! お茶会を台無しにするんじゃないよ。お行儀が悪い」

 メルの良く通る声を、まるで聞こえていないかのように受け流す。スイクンは冷たい表情をピクリとも動かさず、静かにその口を開くのであった。

「セナ、ホノオ。人間のお前たちの存在こそ、このガイアの自然のバランスを壊す元凶なのだ」

 夢で見たのと、同じような言葉を突き付けられた。自分たちが、ガイアの自然を狂わせる――思考の隙間に余すところなくセメントを流し込まれるような、無機質で重い緊張に身が固まってしまう。

「な、何を言ってるんだ……?」

 ホノオが声を振り絞って反論する。

「オレたちは“ポケモン”って奴に、ガイアを守るために連れてこられたんだ。災害の元凶なわけねえだろ!」

 次第にホノオは勢いづき、声を荒げた。確かに彼は、“ポケモン”と名乗る存在に言われたのだ。人間としての責任を果たし、ガイアの破壊を防ぐ――それが、セナとホノオの使命であると。
 腹部に衝撃を受けたセナも、喘ぎながらスイクンに訴えかけた。

「っ……。この前アンタ、オイラのこと、認めてくれたじゃん……。ガイアを守る使命があるって……」
「誤審だったのだ。ホウオウ様からご指摘をいただいた。人間はガイアにとっては異物。救いの勇者になどなり得ない。セナとホノオ。この2人こそ、ガイアを破滅に追い込む“破壊の魔王”である。これが、真実だ」

 祈るような切実なセナの言葉を、スイクンはピシャリとあしらった。セナはそのスイクンの言葉や態度に胸が痛くなる。焦りや恐怖よりも、悲しさが勝った。自分を認めて信じてくれたはずのスイクンが、手のひらを反すような残酷な宣告を……。
 セナに追い討ちをかけるのはスイクンの言葉。だが、その言葉を聞いて、セナはどこか違和感を感じる。

「よって私の使命は、お前たち2人を消すこと。ホウオウ様からの御命令だ」
(……んっ?)

 スイクンは堂々と、至って冷静な雰囲気を醸し出している。でも、なにか“違和感”を感じる。なにか――。
 しかしセナの思考は、すぐにスイクンの攻撃で妨害される。

「私は使命を果たす。覚悟だ!」

 宣戦布告と共に、スイクンの紅い瞳がぼんやりと輝く。が、セナを除いて、何が起こっているのか全く理解していない。
 セナを、除いて。

「っ!」

 突如、身体にじわりと痛みを感じる。神経を直接刺激されているような痛みが、全身に――。その痛みは徐々に激しさを増してゆく。

「うっ……。うあっ!」

 思わず洩れる悲鳴で、皆が異変に気がついた。セナを見ると、特に何をされている様子でもないのに、目をつぶり、歯を食いしばり、何かに耐えている。
 セナの苦しみの原因を特定できない。それもそのはず。スイクンは瞳をぼんやりと輝かせたときに“神通力”という技を発動していたのだが。この技は、“目に見えない不思議な力”で相手を苦しめる技なのだから。

「セナ、大丈夫!?」
「しっかりしろ!」
「どうしたノ!?」

 ヴァイス、ホノオ、シアンが声をそろえて心配する。しかし、その問いに答える余裕もなければ、心に引っかかる“違和感”について考える余裕もなくなった。神経を引き裂かれたような、身体が焼け尽きてしまいそうな痛みを感じたからだ。

「うぅっ! うわああぁーっ!!」

 悲痛な叫びをあげて、セナは悶え苦しむ。攻撃の軌道が分からずかばいようがないが、とにかく、この攻撃をやめさせなければならない。メルはスイクンを鋭く睨みつける。

「セナに何するんだい! “冷凍パンチ”!」

 右手に凍てつく氷を、身体に冷気をまとい、甲羅を背負ったカメールという種族からは想像できない速さでスイクンに迫った。

「くっ……」

 怒りのこもった高威力の技を阻止しなければならなくなり、スイクンは“神通力”を解除する。苦しみから解放されたセナは、気を失って地面に崩れ落ちた。
 次の攻撃に移るために、スイクンの額の水晶が輝く。ターゲットはメルだ。

「“ハイドロポンプ”」

 激しい水流がメルに襲いかかるが、メルは飛ばされないようにと踏ん張る。

「こんな水、アタイが凍らせて……!」

 そう言いながら激流にに冷たい拳を押し付けるメルだが、スイクンの力が勝り、激流に飲まれてしまった。

「お姉ちゃん!」

 ヴァイスが悲痛な声で叫ぶが、メルには策があるようだ。不敵にニヤリと笑う。

「くっ……。だったらこれさ! “ミラーコート”!」

 メルが光り輝くと、彼女に襲いかかっていた激流が倍の速さでスイクンに迫る。“ミラーコート”を使って、“ハイドロポンプ”を跳ね返したのだ。

「っ……!」

 正面から反撃を受けたスイクンは、表情をしかめて顔を背けた。そして攻撃が終わると、少し息を弾ませたメルとスイクンが睨み合う。

「死にたくなけりゃ、戦うしかないみたいだね。アンタたちも腹をくくりな」

 メルは少し離れたヴァイス、ホノオ、シアンに声をかけた。3つの頭が深く上下する。スイクンは殺気立っていて、とても和解できるような雰囲気ではない。殺されたくないのなら、戦いは避けられない。うまくここから逃げるには、スイクンを一度倒しでもしないと――。生死をかけて戦う覚悟なんて、まだできそうにないが。それでも、やるしかない。
 ホノオがセナを背負うと、3人はメルの元へと向かった。

「セナはアタイが守る。貸しな、ホノオ」

 メルはホノオの背中からセナを下ろし、自分の背中に背負う。完全に力が抜けたセナは、想像以上にずしりと重く感じた。

「覚悟はいいね? いくよ、みんな!」

 メルの言葉と同時に、ヴァイス、ホノオ、シアンは大きく息を吸い、スイクンを攻撃する姿勢に入った。

「“火炎放射”!!」
「“潮水”!」
「“ハイドロポンプ”!」

 ヴァイスとホノオは燃え盛る“火炎放射”を、シアンは勢いのよい“潮水”を、メルは水タイプの大技“ハイドロポンプ”をスイクンめがけて放った。4つの攻撃は交わり、轟音を立ててスイクンに向かうが、スイクンはそれを見て鼻で笑う。軽々と攻撃を避けた。

「人間。消えるがよい。“バブル光線”!」
「へん。そんなの喰らうか!」

 スイクンは無数の泡を、水タイプの技が苦手なホノオに集中的に放つ。とても泡とは思えない素早さで、スイクンの光線は一直線にホノオに向かうが、ホノオもまた、軽々とスイクンの“バブル光線”を避けた。
 しかし、スイクンの攻撃はこれで終わらなかった。

「フン。“風おこし”」

 スイクンは風を操り、無数の泡をそれに乗せる。回避したはずのバブル光線が、再びホノオに狙いを定めた。回避行動の直後でバランスを崩しているホノオには、さらなる回避は難しかった。

「うわあぁ!」

 泡がホノオの背中に強く押し付けられた。当たった途端に泡が強くはじけ、ホノオは激痛に悲鳴をあげる。衝撃に弾き飛ばされ、地面に引きずられながらヴァイスたち3人から離れた場所へと飛ばされた。
 スイクンはニヤリと不気味な笑みを浮かべると、ホノオに近寄る。――まずい、ホノオが危ない。ヴァイス、シアン、メルは焦り、スイクンの背後から攻撃を放って接近を阻止しようとするが。

「“火炎放射”!」
「“潮水”!」
「“ハイドロポンプ”!」

 先ほど悠々とかわされた攻撃を、今は走りながら焦りながら、不安定に放った。そんなものが直撃するはずもなく、スイクンは振り返らずにかわしてしまった。とうとうスイクンは、ホノオの背中をぐりぐりと踏みつける。

「ぐっ……!」
「“どくどく”」

 ホノオの背筋に寒気が走った。マズい、これはかなり危険な技だ! そう思ったが、伝説のポケモンによって放たれた弱点のダメージが重く、抵抗する余力がない。身体の傷から強烈な猛毒がしみこんでゆくのを感じながら、意識が遠のいてゆく。

「あっ……ホノオ、しっかり!」
「うぅ……」
「たいへんだ。モモンの実を――」

 3人がたどり着いたのは、ホノオがスイクンの猛毒を浴びた後だった。すでに意識がもうろうとして、ホノオはうなされている。ヴァイスは赤いバッグから、毒を消すきのみを引っ張り出そうとしたが。

「させん! “バブル光線”」
「うわあっ!!」

 至近距離で泡に襲われ、もみくちゃにされる。地面に身体が押し付けられ、全身逃げ場がなく泡に噛みつかれてしまう。スイクンの一息で、ヴァイスは倒れてしまった。

「ヴァイス!」

 メルがヴァイスの身を案じて駆け寄ろうとするが、スイクンが通せん坊。メルが背負った小さな命を要求する。

「さあ、セナを渡すのだ」
「あいにくその気はないね。“ハイドロポンプ”!」

 メルは至近距離で、スイクンの足に“ハイドロポンプ”を撃つ。強い水圧に押されてもスイクンの足元はわずかにしかふらつかなかったが、メルは満足げな笑み。さらにスイクンに攻撃をしかけた。

「凍っちまいな! “冷凍ビーム”!」

 メルの口から、キラリと光る細かい氷のかけらが混じった冷気が放たれると、“ハイドロポンプ”により濡れていたスイクンの足が見る見るうちに凍りつき、身体の自由を奪う。

「やった! ねーちゃん!」
「浮かれている暇はないよ」

 のんきな歓声をあげるシアンをたしなめると、メルはヴァイスを抱きかかえ、セナを背負いながら、倒れたホノオの元へと急いだ。散り散りになった仲間たちを合流させ、回復させなければ。
 ようやくシアンも急ぐことを覚え、ヴァイスのバッグからモモンの実を取り出してホノオに与える。その間に、メルはオレンの実をセナとヴァイスに与えた。
 そこで、タイムリミットを告げる音が響く。スイクンが脚力でもって足元の氷を割る、鋭い音が。

「何故ポケモンが、ガイアを破滅に導く人間の味方をするのだ?」

 メル、シアン、ヴァイスにそう問いながら、スイクンは5人の元へ近寄る。ヴァイスがとっさに答える。

「大切な友達だからだよ!」
「くだらん。どうやらお前たちも、ガイアの破滅に加担する反逆者として処分しなければならないようだな」

 とうとうスイクンが、セナとホノオだけでなく、ヴァイス、シアン、メルにも殺意をむき出しにする。より一層の緊張感がのしかかり、空気すらも重く感じた。

「……待って、スイクン」

 食べかけのオレンの実を無造作に手放すと、セナはスイクンに問いかける。

「もしもオイラが消えたら、本当にガイアは平和になるの……?」
「セナ? な、なんてこと言うのさ!」
「命がひとつ消えれば、みんなが安全に生きられるとしたら……オイラ、それでもいいかなって」

 思いつめた表情で、セナはスイクンの正面に立つ。

「ほう、良い覚悟だ」

 スイクンはニヤリと笑い、震えるセナに一歩踏み出すが。

「ダメ!! ボクは納得してないぞ! セナとホノオがガイアを滅ぼすなんて、信じないからね!」

 ヴァイスはセナを抱きかかえてスイクンの前からかっさらい、メルとシアンと共に保護するように取り囲む。

「あっ……」
「おいセナ。ちょっと偉い奴に悪者扱いされただけで、なに簡単に生きるのを諦めてんだよ! バカじゃないの!?」
「あ、ご、ごめん……」

 ホノオの鋭い眼差しに突き刺され、セナはハッとした。――そうだ、オイラは独りよがりになっていた。スイクンから悪とみなされているのはオイラと、ホノオだ。オイラが命を捨てるような真似をしたら、ホノオまで巻き添えにしてしまうじゃないか。

「やはり、ガイアの平和を守るためには、お前たちをまとめて処分しなければならないようだな」

 自分が命を捧げるという選択肢が、セナの中から完全に消え去った。ホノオを追い詰めるだけじゃない。ヴァイスたちが自分を大切に思ってくれる限りは、みんなまとめてスイクンの敵なのだ。
 ならば、迷ってはならない。みんなでこのピンチを切り抜けるために、全力で戦わなければ。

 まとめて処分。スイクンはその方法を示すように、地面から巨大な水晶を出現させる。そして、風を操り循環させ、嵐へと育て上げた。以前スイクンと戦ったセナとヴァイスは確信する。この技は“クリスタルストーム”だ。

「私は使命を成し遂げる!」
(あっ!)

 どんどん強くなる風の隙間を縫って、微かにスイクンの声が聞こえる。そこでとうとう、セナはピンときた。戦闘直前に感じた、スイクンの発言への“違和感”の正体を突き止めたのだ。
 なんとか“クリスタルストーム”を凌いで、スイクンに突き付けよう。“暴いて”やろう。

「怖いヨ。何が起こるノ……?」
「みんな。なるべく近くに集まってくれ! オイラがなんとかみんなを守る!」

 びゅうびゅう吹き荒れる風の音に負けないような大声で、セナは仲間を呼び寄せる。5人は集合し、ピタリと互いに身を寄せ合った。互いの手を握り、飛ばされないように踏ん張る。

「終わりだ。“クリスタルストーム”!」

 スイクンの足踏みと同時に、水晶が割れて鋭利な破片となる。嵐が鋭利な水晶のかけらを軽々と振り回し、セナたちに仕向けた。

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