#3 Vanishing Point-3-

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読了時間目安:14分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 ジャグルはキュウに言われるがまま、扉を開いた。
 話を半ば強引に打ち切られたような気がして顔をしかめたが、原が減っているのも事実である。
 扉を開くと、丸机に二つの椅子が対面していた。その上には器とスプーンが置いてある。ドドが自分のために準備してくれたのだろうか。よその人間なのにここまでしてもらうと、妙に居心地の悪い思いがする。遠征先でもてなしを受けるのとは、また違った心構えが必要だった。それでも食わねばなるまい、と、横にある調理場の鍋のふたを開いた。中からふわっと湯気が立つ。
 掴んだ鍋のふたから、ふと術力の流れを感じた。誰かがこの鍋に、何かの術を施している。特に悪さをするものではないことはすぐに分かったが、何の術なのか気になった。ずっと火がかけられていたわけでもない鍋が、時間を置いた後でも出来立ての温度を維持している理由を考えて、一つの結論に至った。
「まさかこの鍋……熱を封じ込めるまじないがかけてあるのか」
 ジャグルは驚き、感心した。タルト一族の集落では、こういった日常生活の手助けをするような使い方はしなかった。専ら専門知識の修得と戦闘訓練ばかりを繰り返し、またまじないとはそういうものだと思っていたので、こんな活用方法があるなんて思いもしなかった。
 鍋の中身を椀に移して、椅子に座る。中の野菜をつつくと、ほんのり甘い味がする。目を閉じて、改めて立ちゆく香りを吸い込んでみる。息を吐く。
「うまい」
 そう呟くと、ようやく体も気も休まったような気がした。
 いつから張り詰めていたのだろう、と思う。女だとバレてからか。レガが死んでからだろうか。一足早く大人の仲間入りをしてからか。いや、違った。生まれてすぐに、性を偽って生きていかねばならなくなったあの時からだ。あの連中のちょっとした手違いと戯れのせいで。
 今まで、タルトの男達の中で生きていられるよう、ありとあらゆる努力を重ねてきた。自分の正体がばれないように、あるいは、もし暴かれてしまったとしても一族に必要な存在だと許してもらえるように。実現するには、あと十年の時間が必要だろう。だがしかし、乗り越えるにはあまりに高すぎる壁だった。
「……髪、邪魔だな」
 女を取り戻したおかげで、すっかり髪は伸びきってしまった。気を抜くと、スープの中に入りかねない。髪留めの代わりになるものがないか後で探してみよう、そんなことを考えた。
 一息ついて、キュウの話を思い返す。キュウは人間を食らっているうちにまじない師を襲うようになり、その一族を襲った時に返り討ちに合ったという。言霊使いの一族の生き残り、ディドル・タルトの手によって。
(どういうことだ?)
 矛盾を感じた。初めて会ったあの時、ルーディ翁からはタルト一族の分家だと聞かされた。だが、さっきのキュウの口振りだと、ドドは言霊使いの一族の人間ということになる。言霊使いの一族がタルト一族の分家である、ということだろうか。いや、そうだとしたら、あまりにも術の系統が違いすぎる。タルトの中には言霊に近い術を使う者はいないし、そもそも言霊とはどういうものなのかすら知らなかった。言霊使いの一族と、タルト一族。あの時のルーディの説明からは、二つのまじない師の関わりとか、そういった大事なところが省かれていたのかもしれない。
 どちらにしろ、今情報を集める方法がただ一つあるとしたら、キュウの話の続きを聞くことだ。少なくともドドの帰りを待つよりは早いはずだ。
(まさかあの人食い、炎をたくさん食えるようにわざと気になる終わり方をしたんじゃないだろうな)
 いかにも真実らしくて、ジャグルは苦笑した。

 ふと、トントン、と何かを叩く音が聞こえた。最初は気に留めなかったが、音はどんどん大きくなっていく。どうやらこの家の扉を叩く音らしい。居留守を使うべきか、応対すべきかと迷っているうちに、音が止んだ。諦めて帰ったのかな、と思ったら、そうではないらしい。扉がぎいと開いていく。
 扉を開けたのは、まだ小さな少年だった。自分よりも五つは年下だろう。
 少年は驚いて、こちらの目を見つめたまま固まっていた。
「ど、どうも」
 愛想笑いを浮かべてみたものの、場を和ますほど効果があるものとは思えない。
 しばらくの硬直からようやく解けた少年は、大きく息を吸い込んだ。
「なんだ、人がいたのかよ」
「ああ。いたよ。スープを飲んでいたんだ。体が暖まる」
 器を手でくるくると回す。少年は警戒心を露わにしながら、こちらを見つめている。
「魔女のスープか」
「さぁ。作ったのは俺じゃないけど。なんだよ、魔女のスープって」
 魔女のスープ。大げさな響きが子供らしくて、思わずジャグルは笑ってしまった。そんな様子を見ながら、少年は押し黙ったままだった。自分に心を許そうかどうかを計っているようにも見えたので、ジャグルは次の質問を投げた。
「ここの家の主に、用があったのかい」
 少年は頷いた。
「その人の名前は知ってる?」
「ディドル・タルトだろ。街じゃ有名だよ」
 そっけなく答えると、視線を横に逸らした。
「どんな風に有名なんだい」
「不思議で不気味で、気味の悪いことが起こったら、何でも解決してくれる人だって」
「ふうん。まぁ、間違ってはいない、かな。つまり、君はそういう問題を何とかしたくてこの家に来た。そういうことで、いいかな」
 少年はぎこちなく頷く。
「ねーちゃんも」
 彼は呟いた。ねーちゃん、と呼ばれることに違和感があったが、今の自分の姿を見ればそう言われても全くおかしくはないので、文句は言えない。
「ねーちゃんもまじない師なの?」
 何か決心を固めるような視線を、少年はジャグルに向けた。嫌な予感がする。この少年は、恐らくドドにしようとした頼みごとを、自分に引き受けてもらおうとしているのではないか、と言う予感だ。ここで迂闊に返事を返してしまえば、自分の手に負えないことに巻き込まれるかもしれない。主の判断を仰ぐことのできない今、引き受けることはマズい。
 少しの考慮のすえ、ジャグルは口を開いた。
「まじない師、見習いだよ」
「見習い……」
「そう。まだ半人前。おれの力じゃ何もできない。もし何かを倒せとかって言われても、出来ないよ」
 きっぱりと告げた。
「じゃあさ、」
 少年は、負けじと言い返す。
「まじない師の術ってのも、俺にも教えてくれないかな」
「悪いけど、それもできない」
「一つでいいから」
「無理な話なんだ」
「どうして? ねーちゃんが見習いだから?」
「いや、それ以前の問題。術が使えるかどうかは生まれつき決まっているものだから。力を持っている血筋の人間じゃないと、術は使えない」
「……ふうん」
 彼は口をとがらせた。
「俺だって術の扱いが上手いわけじゃないけれど、使える人間は生まれた時から多少はその予兆みたいなものがあるらしい。力の発現の予兆ってやつがさ。君にはそういうの、あったかい?」
 少年に問いかけると、首を振った。
「そうだろ。こればかりはどうしようもないんだ」
 ジャグルは肩をすくめた。
「分かったよ」
 少年はつまらなさそうに吐き捨てる。そうかと思うと、思いついたような顔をして言った。
「じゃあさ、代わりにそのまじないってやつを見せてよ」
「まじないを? 言っておくけど、使えるのはまだ一つだけだぜ」
「それでもいいから。お願いします」
 少年はにやにやと笑った。しょうがないな、と思いながらも、ジャグルは立ち上がる。やった、と少年は嬉しそうに言う。ふいに、レガのことを思い出した。目を輝かせて、何が起こるのかを楽しみにじっと見守る子どもの目。彼は遠征先で、いつもこんな眼差しを作り出していたんだ。そう思うと、悪い気はしなかった。まじない師の力、驚くがいい。
「一回だけだぞ」
「うん」
 ジャグルは手を突き出し、力を込めた。
 ぼっ、という音とともに、赤い炎が一瞬だけ宙に広がった。
「うぉーすっげー!」
「どんなもんだい。今はまだ、こうやって火を出すことしか出来ないけれど、これからもっともっといろんな術を覚えて、いろんな人を笑顔に出来たらいいって思っているんだ」
「凄いんだな、まじない師って。でも」
 少年の声は、次第に陰を落としていく。
「それならなおさら、俺のお願いを聞いてくれたっていいのになぁ」
「お願いって?」
 話のはずみで、つい聞いてしまった。
「うん、これは……本当はディドルの方に言おうと思ってたんだけど、ねえちゃんでもいいや。ねえちゃん、名前はなんて言うの」
「ジャグルだよ」 
「ジャグルかぁ。かっこいい名前。それでね、ジャグルねえちゃん。実は僕、母親を殺されてるんだよ」
「母親を」
「うん」
 少年は頷いた。
「あれはとってもよく晴れた夜だった。僕の住んでる場所はこの裏の小さな家。ちょっと治安が悪いところらしいんだけど、家族で一軒の家が持てているだけマシだよね。お父さんとお母さんと、三人暮らしでさ。みんなで仕事して、みんなでご飯を食べてた。だけどある晩、何か大きな……熊みたいな生き物が、お母さんを飲み込んじゃったんだ。お父さんは戦おうとしたけれど、そのでっかいやつに吹き飛ばされてすぐに気を失った。僕は怖くて怖くて、動けなかった……」
 その時の恐怖を思い出しているのだろうか、少年は目をぎゅっとつぶり、しばらく黙り込んだ。
「気が付いた時には、朝だった。お父さんはそれから飲んだくれになっちゃって、僕のことなんか見向きもしなくなった。だから僕は、家族をめちゃくちゃにしたあいつを見つけて、殺してやりたいんだよ」
 自分の平穏を乱した奴を殺してやりたい。ジャグルは胸が鈍く疼くのを感じた。
「でも僕一人じゃきっとかないっこない。だから、ディドル・タルトにお願いしにきてる。来る度にあしらわれるけれど、いつか必ず、僕のお願い、聞いてもらうんだ」
 少年の瞳が、真っ直ぐジャグルの顔を捉える。ジャグルは顔を背けてしまいたかったが、出来なかった。なんてぎらぎらとした目なのだろう。まるで冷たいナイフだ。つい何日か前まで、自分もこんな目をしていたのだ。レガ・タルトを殺した奴を、この少年が思うのと同じくらいに残酷に焼き尽くしてしまいたかった。結果として復讐は叶ったが、果たしていざ殺すとなった時、殺した奴を憎む気などどこにもなくなっていた。本当に自分がやるせないと感じているのは、そこじゃないと気づいたからだ。この少年に言うべきことは決まっている。
「簡単じゃないよ、復讐は。仇を取ることを目的にしてしまうと、あとで必ずしわ寄せが来る。そいつを殺して、後に何が残るのか。空っぽになってしまうか、はたまた別の憎しみを呼ぶか。いずれにせよ、何らかの形でひどいしっぺ返しが来るんだ。ドドはきっと、そういうことまで見通した上で君を追い出しているんじゃないかな」
 ジャグルは言った。想像でしかないが、自分の中ですとんと落ちるものがあった。きっと、そういうところだろうと思った。
「そんなこと、分かってるよ」
 反論する声は、小さかった。
「分かってるよ……」
「お父さんを助けてあげな。まだ生きてるんだろ」
 彼のことはよく知らないが、そうするのが一番だと思った。彼は俯いて、小さく頷き、この家を出て行った。
 ドアの外の景色が見えた。立ち上がって、少しだけ顔を出した。左右に延びる、石畳の道。ここは裏路地の一角にあるようだ。石造りの建物の反射を見るに、これから夕方に向かっていくというところだろうか。少年の後ろ姿を少しだけ眺めたあと、ジャグルはそっとドアを閉じた。

「表でなんかあったみたいだな」
 部屋に戻ると、キュウはケタケタと笑いながら、話しかけてくる。
「小さい男の子の相手をしていた」
 そう言いながら、ベッドに腰を下ろす。
「親の仇を取る、っていう奴か」
 ジャグルは頷く。
「あのガキもしつこいからなぁ。ウチに来るの、これで十五回目だぜ。その度にドドの野郎が適当にあしらっていたけどな。お前も運が悪かったな」
「いや、案外悪くないよ。楽しい時間だった」
「ふうん。変わってるな、お前。自分自身に邪気が無くても、周りにそういう悪いのを呼んじまうような、そういう性格だね。嫌いじゃないぜ、そういうの」
「げっ、本当?」
「さあて、どうかな」
 キュウはまた笑う。からかわれているのかもしれないと思うと、少し腹が立つ。
「それはともかくとして、ドドはどうしてあの子の話を聞いてやらないんだ。まじない師なのに」
「簡単なことさ。文無しだからだ」
 おいおい。
 頭痛がしそうで、ジャグルは眉間を摘んだ。ただでさえよく分からないのに、ディドル・タルトという人物は近づけば近づくほどよく分からなくなってくる。飄々としていて、その行動と理屈はこちらの予想を裏切ってばかりだ。そしてその真意を掴めたことも一度もない。
「まあいいや」
 気持ちを切り替えようと、ジャグルは膝を打った。きっと、勝手に想像すればするだけ彼の実像とかけ離れていくだけなのだろう。となれば、自分のやるべきことは一つ、共に何年もの時を過ごした人食いの話を聞くことだ。大事なことははぐらかしてばかりだが、語る言葉に嘘はないだろう。
「飯も食って、準備は出来た。ドドの話の続き、喋ってもらうぜ」
 腕を前に出し、掌から炎を燃え盛らせる。もう自分の炎が食われることに抵抗はない。これくらいならいくらでも出せる。杖はひゅう、嬉しそうな声を上げると、炎を上の方からくるくると吸い込んだ。橙色が細く不思議な軌道を描いた。
「ごちそうさまでした。さぁて、次はお待ちかね、ディドル・タルトの生い立ちについて話してやろうかな」
 そう言って杖は妖しげな笑みを浮かべる。
 ふいに、あの少年は何故あんなにも簡潔に自分の境遇を話すことが出来たのだろう、という考えが過ぎったが、気には留めなかった。

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