Cut18 コウジ-ふたつの顔の男-

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「な、なんでそんなこと……」
 生徒会長を務めるパーフェクト中学生にして実の兄が、「本当にマドカとライムか?」なんて聞くものだから、凸凹コンビは返す言葉が思いつかない。マドカの声帯から発せられるライムの心の声だけが、家庭科室の床に吸い込まれていく。
 実際のところ、コウジの言っていることはイエスと言えないが、ノーとも言えない。コウジの両目に映るマドカとライムは、確かに紛れもなく本物なのだが、その中身は入れ替わっているのだから。
「ここ数日のお前らの動きを見てれば、何かあったことは考えられるさ」
 うんうん、とコウジの足元のスダチがうなずいている。そうだそうだ、とでも言いたいのだろう。この鋭いお兄ちゃんお姉ちゃんコンビもまた、エイコ&モロバレルに次ぐそっくりコンビだ。
「それに、ママもこないだ言ってたんだよ。マドカが久しぶりに髪のセットを頼みに来た、って。髪のセットに自信のあるお前が、何でわざわざ? その日は珍しく早起きだったのも聞いてる」
 ママってば__マドカは心の中で頭を抱えた。 
 歩きながら話し続けるコウジの姿は、まるで推理モノに出てきそうな、名探偵のようだった。そうなれば、自分達は犯行を暴かれる犯人役の気分って言葉がお似合いだろう。
「それに証拠はまだある。ついさっきのことだ」
 ついさっき? マドカとライムは、そろえるように首をかしげた。野生のカゲボウズの頭を撫でながら話すコウジの口調は、昨日見たテレビの話でもするかのように、飄々としている。もちろん、マドカとライムからすれば、「次はどんな図星を刺されるんだろう」と、気が気ではないのだが。
「俺とスダチが最初に聞いた悲鳴は、マドカの声からなるものだった。ここで俺は、疑問を持ったんだよ」
 理科室のやつか。確かにあの時、悲鳴を上げていたのはマドカの姿をしたライムだ。
「マドカ。本当のお前なら、よっぽどのことがなければ悲鳴を上げないだろ」
 うぐ、とライムは息が詰まる。骸骨模型に追いかけられた時はともかく、普段はライムの方がはるかにビビりだ。逆にマドカは、目の前にあるものが何なのかが分かれば、ライムのように悲鳴を上げることは少ない。
「だが、不可解なことももうひとつある。もし、本当にお前らがマドカとライムじゃないなら、2人でいる時の雰囲気もだいぶ違うはずだ。でも、俺から見たお前らは、普段のマドカとライムの雰囲気を崩していない」
「……何が言いたい……?」
「お前ら、もしかしてだけど。今マドカのお前はライムで、ライムはマドカ。入れ替わってるのか?」
 ウッソだろオイ。どこまで『おみとおし』なんだ。ライムは今すぐにでも、この場を逃げ出したかった。映画に出てくるような忍者が使う『えんまく』でも使って。ただ、本当は分かっている。もうここまで見抜かれているなら、話した方が早いと。
《もうダメっぽいよ、ライム》
 観念したかのように、マドカがライムを見上げる。言った方がいい、相手はお兄ちゃんだし、自分達の秘密をペラペラとしゃべるような人ではないだろう。自分のものだったハズのつぶらな瞳が、そう訴えていた。
 マドカの一言を後押しにし、ライムはコウジに向き直るとポツポツと自白する。
「……コウジの言う通りだ。オレ達は、あの嵐の日から入れ替わってる。オレがライムで、マドカはこっち」
《何ということですの……。昔ヒットした映画みたいですわ!》
 茶化さずにコウジは、じっと妹__の姿をしたライムの言葉を受け止める。一方で足元のスダチは、「信じられないですわ」と口元に手を当てていた。
《スダチちゃんもごめんね、黙ってて》
 マドカは数日ぶりに“マドカ”としてスダチに声をかける。言葉の通り申し訳ない気持ちがあることは間違いないが、同時にやっと身内に対して自分らしくいれることに安心したような気持ちも芽生えていた。
《いいんですのよ! おふたりの考えがあって、わたくし達に秘密にしていたのでしょう? でも、ちょっと言ってほしかった気持ちもありますわ》
「他にこのこと、知ってるヤツはいるのか?」
「アキヨとリンオウだけだ」
 ふぅん、とコウジは静かにハミングを鳴らす。顎元に手を当て、考える人のポーズになるものだから、ライムは「コウジを思い詰めさせたのでは」と早合点する。
 さすがに鋭いコウジでも、この状況をすぐに受け入れられるとなれば話は別だろう。なんてったって、生真面目な生徒会長なんだから。
「どうした、コウジ? いやぁ信じられねぇよな。中身が入れ替わるなんて__」



「すっげぇーっ!」



 __え?
 マドカ、ライム、スダチの3人の頭にはてなマークが浮かび上がる。明らかにコウジと他3人との間に温度差が生じているのだが、コウジはおかまいなしにまくし立てる。まるで子どもが、憧れのヒーローのカッコよさを語るように。
「入れ替わりといえば、日常系からファンタジーまで、ありとあらゆる作品において定番中の定番シチュエーション! 今じゃご長寿アニメの日常回に組み込まれることが多いけど、入れ替わりそのものを題材にした作品もあるよな。4年くらい前にヒットしたやつはもちろん、30年ぐらい前にやってた石段から落ちるやつなんかは、原点にして頂点! 慣れない生活を強いられた2人は、悪戦苦闘しながらもお互いの生活を楽しんだり、時々元の姿に戻りたくなったり……実にエモーショナル! いや、ここは若者らしくエモいとか言った方がいいか? エモンガだけに? いずれにしても生まれてきて10ウン年、この目で入れ替わりを見れるなんて思わなかったッ! しかも実の妹とそのパートナーで!」
 目をランランと輝かせながら、入れ替わりについて語るコウジ。その姿はとてもではないが、今朝の全校集会で真面目な話をしていた生徒会長と同一人物には見えない。
 ライムは目を点にしており、マドカは仕方なさそうに気の抜けた溜息をつく。スダチはパートナーということもあってか、慣れている様子だ。
「何なんだ……コウジ」
《あぁ、こりゃお兄ちゃんまた始まった……》
《さすがはサブカルチャーを幅広く嗜まれているコウジ様! 入れ替わりもののパターンも一通り網羅されているのですわ!》
 話しきって満足したのか、コウジは興奮して早まった呼吸を整えるとマドカとライムに向き直る。
「ところで、マドカもライムも。忘れ物取りに来たんじゃなかったのか?」
「あーっ、そうだった!」



★★★



 コウジとスダチの付き添いのもと、マドカとライムは教室の自分達の机から数学のノートを回収する。ノートを取りに来るだけのハズが、ゴーストポケモン達のイタズラに巻き込まれ、コウジとスダチに入れ替わりのことがバレるという予想外の出来事が立て続け。そんなものだから、マドカもライムも心身共にへろへろになっていた。
 ところで、ほとんどのプレイヤ学園七不思議はゴーストポケモン達のイタズラによるものであることが、コウジから言われている。しかし、ひとつだけ。ひとつだけそれだけでは片づけられなさそうな話があることをマドカは思い出した。
《そういえば、自殺した女の子の幽霊の話もさっきのカゲボウズ達の仕業なの?》
《なんですの、それは? わたくしもコウジ様も、聞いたことがありませんわ》
《えっ、そうなの?》
 ということは、七不思議とは関係のないうわさ話かも。あるいは、マドカの聞き間違いだったのかもしれない。
「もうやめようぜ、そういうの。そういうこと言ってると、本当に化けて出てきそうだから」
 ごめんごめん、と軽く謝るマドカに対して、ライムはふくれっ面になる。
 しっかり者だと思っていたライムが、実はそうじゃないのかもしれない。つい最近そう思わされたマドカだが、苦手なものを目の前にしている時は特に顕著だ。今までのライムの生い立ちをたどると、極端に心配性になっているだけなのかもしれないが。



 たわいもない会話をしながら、帰路へとつくきょうだい達。中等部校舎の屋上から、自分達を見下ろす影があることには、この時はまだ誰も気づいていなかった。



★★★



 家に帰って来てすぐ、コウジは大量の本を抱えてマドカの部屋に入ってきた。ドサッ、と凸凹コンビの前に置かれた本達は、ほとんどが漫画だ。他にも、ライトノベルや純文学、果てにはテレビアニメを絵本化したものまで。そのジャンルも本の種類も幅広い。
 実の妹のマドカでも、兄がここまで本をコレクションしているとは知らなかった。しょっちゅう母の目を盗んでキラキラ目の漫画を買っているのは見かけていたのだが、趣味にまで干渉するということはなかったのだ。
「な、何だこれ?」
「入れ替わりをモチーフにした作品達だ。この中に、元に戻るヒントがあるかもしれないだろう?」
 一理ある__マドカとライムの心に、一筋の光が差し込んだ気がした。だがすぐに引っかかるところがあったのか、ライムは顔をしかめる。自分の杞憂で終わってくれ、と心の奥で祈りながら。
「なぁコウジ。まさかとは思うけど、本に書かれてるシチュエーションを試してみるとか、そんなんじゃないだろうな?」
「え? やってみないよりはいいだろう?」
 マジで言ってる、こいつ。ライムは絶句した。隣でマドカが「絶対面白がってるよ」と溜息交じりにつぶやいているのが、コウジのマジさを裏付けている。スダチが仕方なさそうに「コウジ様にお付き合い下さいまし」と言っているが、凸凹コンビは彼女の言葉を右から左へと受け流したかった。



 かくして、コウジ主導のもとで元に戻るための実験が行われた。おでことおでこをぶつけ合う、1枚のクッキーを半分に割り、お互いに食べる、物語の中に出てくる変わった呪文を唱えてみる。他にも様々なシチュエーションを再現してみたが、どれも上手くいかない。
 中には『口づけを交わす』なんてシチュエーションもあったがマドカもライムも恥じらいを露わにして断固拒否。それでもコウジが「元に戻るためだから!」と押し切るものだから、本当に本当に仕方なく、凸凹コンビはお互いの口に触れる。
(めちゃくちゃ恥ずかしい、マドカどんな顔してんだよ……!?)
 凸凹コンビは目をぎゅっとつぶっており、お互いがどんな顔をしているのかが見えない。ただただ恥ずかしい、ここまでやってるんだから元に戻ってくれ__という思いでいっぱいだった。
(あたしのファーストキスが、まさかライムだなんて……。いや、今はライムはあたしだから、あたしが相手になってるのかも……)
 口を放し、目を開けると顔を真っ赤にしたパートナー(外見は自分)の姿がそこにあった。あれだけ恥ずかしい思いをしたというのに、依然として入れ替わったまま。簡単に上手くいかない気はしていても、がっかりするものだ。
「うーん、どれもダメか」
 コウジは一枚の紙に、ピッとペンで斜線を引く。入れ替わりシチュエーションの、ありとあらゆるパターンが書いてあるのだが、ここまで7割近くが全滅。途中からコウジは、漫画や小説のような動きをする妹達の姿を見て、ちょっと面白そうにしている。
 そんな彼とは裏腹に、マドカとライムはただでさえ疲れている身体がもっと疲れたように感じた。
《あとは何? 『電撃でショックを与える』も試すの?》
「マドカ、『10まんボルト』や『ほうでん』は使えるか?」
《使ったことないよ》
 マドカは否定の意を込めて首を振った。
 ライムも見落としていたのだが、マドカはエモンガの姿になってから、まともにポケモンとしてのワザを使ったことがない。芝居で必要なワザは今後出てくるにせよ、今は使う機会がほとんどないというのが実情だ。
 時々、野生のポケモンに襲われたりなんかした時は「ライム、『ほうでん』!」なんてポケモントレーナーらしい指示を送ったりもする。だが、プラズマ団が壊滅した平和続きのイッシュでは、トレーナー修行の旅に出ていないマドカとライムがポケモンバトルをする機会は、ほとんどない。
「仕方ないな……。そしたらスダチ、こいつらにでんきワザを打ってくれねぇか?」
「チャァ!」
 はァ!? と目を見開く凸凹コンビをよそに、スダチは快くコウジに返事をする。スダチはマドカ達に向き直ると、とても申し訳なさそうな声色を作り、詰め寄ってきた。
《申し訳ありません、マドカ様、ライムさん。でもこれも、おふたりが元に戻るための行動であることを、ご承知下さいましッ!》
 マドカとライム目がけて、スダチの電撃攻撃が炸裂する。ライムとおそろいの『10まんボルト』は凄まじい威力を誇るとっておきのワザだ。ライムが『ほうでん』を放つ時と違い、両頬のでんきぶくろをパチンと叩かずにワザを繰り出しているところから、スダチの実力の高さがうかがえる。 
「ぎぇああああああああああああああぁあああああ!」
 人間の身体で10まんボルトを食らうと、エモンガの時の1.5倍はキツい。全身がビリビリと痺れ、心なしか目が回る。頭の上らへんに星が飛び回っているようにも見える。
 マドカもまた、スダチのパワーに耐え切れなかったのか、ライムと同じように床に伸びていた。コウジがおっかしいなぁ、と眉をひそめながら腕を組んでいる姿が見えるが「そりゃそうだよ」と、マドカもライムも思ったことだろう。
「そうだ。入れ替わった時のシチュエーションを再現することで、元に戻るパターンもあるらしいぜ」
《絶対ヤダ!》
「拒否!」
 マドカとライムは声をそろえる。ちぇー、とイタズラっ子っぽく口を尖らせるコウジだが、凸凹コンビからすれば。たまったものじゃない。
「それにしても、マナフィの『ハートスワップ』もなしに、お互いの心が入れ替わる現象。せっかくだから俺は名前をつけたい。エモンガがでんきタイプってことにちなんで、『マインドショック』ってのはどうだ?」
「ダサッ」
《しっ!》
 マドカがすぐさま口元に指を当てる仕草をする。だが、コウジにはバッチリライムの心の声は聞こえていた。案の定コウジは、まくしたてるようにライムに詰め寄っている。
「このダサ加減がちょうどいいんだ! ライムは分かってない、分かっていない!」
「だァーッ! 分かった分かった! もうそれでいいよ!」
 かくして、マドカとライムの入れ替わり現象に『マインドショック』という名前が付けられた。てんやわんやしているライムとコウジをよそに、マドカは心を一歩引いた場所まで持って行きながら、その名前を頭で繰り返す。
(『マインドショック』……。ハートスワップを使わない入れ替わり現象、かぁ)
 世界でたったひとつの、自分達に起こった現象。兄がつけてくれたその名前に対して、マドカは何故か悪い気持ちにはならなかった。

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