2-12 夜明け、そして胎動

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読了時間目安:25分
主要登場キャラ
・リアル(ピカチュウ)
・ヨゾラ(ツタージャ)
・デリート(イーブイ)
・シュン(コリンク)
etc.
「じゃ、そこまで」

「ぐっ……はぁあああ……!!」

 シュンの終了の合図とともに、リアルは訓練場の床に倒れ込んだ。酷使した身体には疲労が溜まっていて、もう少しも動けそうにない。
 
 初の自由日である今日。リアル達は早めに初依頼を終え、午後は特に予定も無くゆったりと過ごせるはずだったのだが。師匠に呼ばれて向かった訓練場には何故か先輩のシュンがいて──

「今日はこんなところかな。……でもこの分だと結構かかりそうだなぁ」

「……え、ええ……?」

 数時間に渡って行われた訓練。それはいつもの訓練のように走り回るでもなく、何かを投げたりするわけでもなかった。ただ、自分の体に力を込めるだけ。
 しかしこれが難しい。身体の隅々まで、流れる電気をイメージして、回路を繋ぐ。何度も何度も全身に力を込めても一向に上達せず、ただ汗の量と疲労だけが増えていく。

「今日はもう身体に熱が篭ってるから、これ以上の続行は無理だ。まぁそう焦るな」

「そうは言っても……」

「いいか、君の身体は何年も眠ってたとか、そういうレベルじゃない。君は本来今まで蓄積してくるはずの経験値がすっぽり抜け落ちてるんだ」

「でも多少動けますけど……?」

 技は出せずとも、身体能力としてはそこそこの自信がある。でなければギルドに入ることは出来なかっただろうし……。
 しかしシュンはそれをあっさり切り捨てる。

「確かに平均以上の身体能力はある。でも君の身体の回路は上手く繋がっていない。そもそも電気を通した痕跡すら薄いんだ」

 彼が言うには、ポケモンは誰しも体内でエネルギーを循環させているらしい。それを加速し、増幅させて放出することで、「技」となる。
 そのエネルギーはタイプによってそれぞれ炎や水に変換されるらしいのだが、特にでんきタイプはその変換作業が簡単だというのだ。元々のエネルギーのカタチと電気のカタチが似ているかららしく、その点で僅かながら技の習得は有利らしい。
 しかしリアルはその変換作業が全く出来なかった。

「エネルギーの量そのものは申し分ない。だがその回し方を君は知らない。それをこれからの練習と経験で知っていくってことだな」

「……じゃあ、いつかは技が出せるようになる訳ですね」

「恐らくは。別に回路が途切れてる訳じゃない。弾詰まりみたいなものだ」

「たまづ……?」

「ああ、いや、何でもない。経験で賄える範囲ということだよ」

「そうですか……」

 それなら少しは、安心もできる。
 木張りの床に汗だくのまま寝そべって、天井を見上げた。本当は早く技を出せるようになりたいけど、今日は本当に疲れて体に力が入らない。
 気がつけばもう陽は沈んでいる。夕食も近いだろう。

 いつかは出来るようになる。……でも、他の皆は当たり前のように出来るのだ。

「……何で、出来ないんでしょうね……」

 シュンに言うようで、自分に問うように呟く。

 それは疑問、そして口惜しさ。
 自らの不甲斐なさがヨゾラにもデリートにも迷惑を掛けてしまう。他の皆ならそんなことは無いのに──

「……それはまだ分からない。君は確かに他の皆とは違う。でも、理由が何であれ悲観する必要は無い」

 寝そべったまま横を向いて、シュンの顔を見た。彼は窓の外、どこか遠くを見つめていた。

「君に降りかかる試練は必ず意味がある。……いや、必ず意味を見い出せるんだ。…………神は乗り越えられる試練しか与えないって言葉がある。でも本当はそうじゃなくて、乗り越えられない試練もあるんだ。だとしても必ず、君次第で意味を生み出すことは出来る。それは全て、君の糧になる」

「……」

 励まし、なのだろうか。でも彼のその言葉には何故か、祈りが含まれているような気がした。そうあって欲しい、という希望が。

 暫し静寂が訪れたが、唐突に彼は振り向いて手を叩く。

「さ、そろそろ帰ろう。もうこんな時間だし。次の授業の時はまた呼ぶよ」

「明日すぐにとか、ダメなんですか」

 ホコリを払って立ち上がりながら訊く。

「俺も忙しいからな。不定期にしか授業は出来ないかな」

「そうですか……」

 まぁ彼も探検隊だ。仕事もあるだろうし、我儘を言ってもダメだろう。……と、ふと気になっていた疑問を口にしてみる。

「そういえば……シュンさんは、いつも何してるんですか? よくよく考えてみると、訓練以来見掛けてないんすけど……」

 そもそもおかしな話だ。どんなに忙しくとも皆が集まる夕食時にすら、この一週間彼は姿を見せなかった。
 そしてヨゾラが知らない探検家だ。
 彼の強さこそ知っているが、その他は謎が多いのだ。

 そんなリアルの質問にシュンは少し考えてから、

「……秘密だ。知りたかったら自分で調べてみることだな」

 そう言って微かに笑った。
 予想もしない表情に何も言えなくなるリアル。

「ま、今日は夜も居るさ。夕食にも出るよ」

 彼はそう言って訓練場の出口に向かい、ドアを開けた。外から涼しい風が流れてきて、火照った身体を冷やしていく。

「宿題はないけど、なるべく身体のエネルギーの流れを感じ取れるよう練習しておいて。それじゃ、また次の授業で」

 そう言い残して、彼はドアの向こうに消えた。離された扉はゆっくりと閉まり、大きな音を立てて閉じられた。
 訓練場にただ一匹残されるリアル。


 リアルはしばらく立ち尽くしたまま、彼のあの祈るような言葉を反芻していた。


         ※


 部屋へ戻る道すがら、ロビーの前を通ろうとすると、入口から姿を現した者がいた。左耳に赤いリボンを付けたイーブイ。デリートだ。
 彼女も廊下に立つリアルに気がつき、小走りで近寄る。

「リアル! もう身体は大丈夫なの?」

「あ、うん、大丈夫。心配かけてごめん」

「ううん、元気なら良かった」

 そう言って微笑むデリート。
 彼女が微笑む時、少しリボンが揺れて可愛さが増す。……客観的に見て彼女は元々可愛いと思うけど。

「それで、デリートは今までどこに?」

「ずっとロビーに。とりあえず部屋に向かおうよ、夕食はもう少し後だろうし」

「そうだね」

 二匹は並んで廊下を歩き出す。
 外はもうすっかり暗くなっていて、綺麗な月が浮かんでいた。廊下には誰の姿もない。

「私は午後はずっとロビーに居たの。そしたら途中でセレスさんが来て、お話して……」

「セレスさんって……確かエモンガの?」

 恐らく試験の時のあのワニノコ、タツミのチームメンバー。エモンガとヒトカゲが居て、エモンガの少女がセレスで、ヒトカゲの少年がアドラ、だったはず。
 ほとんど会話はしなかったけれど、どちらも優しそうなポケモンだったのは覚えている。

「そう。セレスさん、実は紅茶が趣味らしくて……私も紅茶は好きなほうだから、彼女のコレクションを一緒に飲ませてもらって……とっても楽しかったよ! チームメンバーについての話をしたり……最後はまた今度一緒に飲みましょうって約束もしたの!」

 いつの間に仲良くなっていたのか……デリートにとって余程楽しかったことなのか、表情は明るく、足取りも心なしか跳ねるようで、軽そうに見える。

「そうなんだ……紅茶を……。あ、チームメンバーについての話って……俺ら? 何話したんだ?」

 あちらのチームメンバーの話と言ったら……まあ何となく性格的にタツミの話がメインになりそうだが、自分達については何を話したのだろう。デリートから見た自分への評価はとても気になるが……。

「ふふーん♪ ないしょー。女子会の秘密を話すわけないでしょー」

「えーっ」

 いたずらっ子のように、指を口に当てて笑うデリート。あまり見たことの無い表情だ。
 彼女はそう言うとまたステップを踏むように、上機嫌でリアルの少し前を歩く。

 彼女から見た自分、彼女から見たヨゾラについては気になる……が、もし不満や文句を言っていたら……と考えるとやっぱり聞かないほうがいいかも知れない。

(怒らせると怖いんだよなぁ、デリート)

 デリートは投げ物を持つと豹変する、というより攻撃的な一面がある、ということを最近知った。チームのブレーキ的役割としては有難いけど怖いものは怖い。

「んー? なんか今失礼なこと考えてない? リアル」

 突然顔を近づけて訊いてくるデリート。やべえ。

「滅相もございません」

「……ふふっ、変な言い回し」

 彼女は笑って、また前を向いた。これ以上追及は無いらしい。
 危なかった……女の勘、というやつだろうか。

「ま、デリートが楽しめたんなら良かったよ」

「ん……そういえば、リアルも何だか表情が明るいね」

「え」

 廊下の少し先、彼女はまたくるりと振り返ってリアルを見つめる。

「ちょっとすっきりした表情。良い事あったの?」

「あー……良い事と言えばまあそうかな……」

 彼女曰く表情が良くなってるとの事だが……別に自覚はない。さっきまでのシュンとの授業はかなり辛かったし、楽しかった訳でもない。ちょっと胡散臭い先輩と会って、別に嬉しくも……。

 ──ああ、でもそうか、確かに彼との邂逅は自分を変えた。いや、これから変えていく道標だった。
 技が出せずに悩んでいた自分を、いずれ解決へと導く唯一の手がかり。
 それは間違いなく自分にとっては「良い事」だろうし、そして、彼には感謝をしなくてはいけない。

「うん、良い事あったかも」

「そう。……良かった」

 目を細めるデリート。そんな彼女の意味ありげな行動に疑問を覚えて──ふと気づいた。
 ……彼女は、自分が悩んでいたのに最初から気づいていたんだ。だからこそ彼女は──

「ごめん! 本当に心配かけた! 色々と」

 その事に気づいた途端、思わずリアルは頭を下げていた。デリートとヨゾラに戦闘だけでなく心配を掛けてしまった。そして今の今までそれを気づかなかった自分。申し訳なくて、そしてありがたくて頭を下げずにはいられない。

「色々と、ね……。うん、いいよ。……リアルが落ち込んでたら私も悲しい」

 顔を上げて彼女の顔を見る。優しい表情だった。

「今回は許してあげる。でも、次は私たちに相談しても良いんだからね」

「……そうする」

 次は、ちゃんと二匹にも悩みを打ち明けよう。彼らはチームメイトなのだから。
 ……と、チームメイトといえば、もう一匹のメンバーの姿が見えない。

「ところで……ヨゾラはどこに?」

「んーと……多分部屋かな。午後は街に出てたはずだけど……その後は戻ってきてると思うよ」

「そうか。じゃ早く戻らなきゃな。夕食も近いし」

 デリートは頷き、再び廊下を歩き出した。


         ※


 しばらく廊下を歩き続け、部屋の前に辿り着いた。ドアを開けると、藁の上にヨゾラが座っていた。そしてその前には何やら道具が広げてある。

「あ、おかえり! デリート、リアル」

「ただいま」

 入ってきた二匹に気がついたヨゾラが顔を上げる。そしてリアルに目を留めて、心配そうな表情で訊く。

「リアル……もう大丈夫なの?」

「うん……大丈夫。心配かけてごめん」

 リアルがそう返すと、彼はしばらくリアルの顔をじぃーっと見つめて、それから嬉しそうに笑った。

「本当に大丈夫そうだね。良かった良かった」

(そんなに顔に出てたかなぁ)

 やっぱり自覚はないのだが、デリートもヨゾラも顔を見て大丈夫と判断したのを見ると、よほど自分の表情はスッキリとしてるらしい。
 そのことは気になるが、しかし今はもっと気になることが一つ。その疑問は後から部屋に入ったデリートが口にした。

「ヨゾラ、その道具どうしたの?」

「あー、これ?」

 彼の目の前に半円形に並ぶいくつもの道具。種や、木の実や不思議玉。彼を取り囲むように置かれているのでさながらお店のようだ。

「今日のダンジョンで道具が結構減っちゃったでしょ? それ補充しとかなきゃって思って、カクレオン商店で買ってきたんだ」

「あー、全く考えてなかった。助かるよ。……でもさすがに多くない?」

 どう見てもこの量の道具が全てトレジャーバッグに入るとは思えない。リアルにとっては完全に思考の外にあったので有難いことだが。

「そうなんだよね……カクレオン兄弟に上手く乗せられちゃって、つい買いすぎてさ……」

「えーっ、ヨゾラ、言われるままに買っちゃったのー?」

「だって仕方ないじゃん! 商売上手なんだよ、あの二匹」

「私もそれは知ってるよ、でもそこでしっかり断るのが賢い消費者ってもんでしょ」

 言い合うヨゾラとデリート。買い出しに行ったことのないリアルにとっては分からない話だが、どうやらあの兄弟、よほど商売が上手いらしい。
 確かにあの商魂逞しい二匹なら、ぼーっとしていたらつい買いすぎてしまいそうだが。
 よくよく思えば初めて彼らに会った時リンゴを貰って驚いたが、あれも今後客として買って貰えるようにって作戦だったのか……!?
 ……いや、そういえばそもそも「是非ごひいきに」って言ってたっけ。

「まあまあ、そんな訳でどれをバッグに入れようか悩んでたんだよ」

「うーん……またその時でいいんじゃない? そろそろ夕食に行かなくちゃだし」

「確かにそうだね」

 デリートの提案にあっさり頷いて道具を片付け始めるヨゾラ。まあダンジョン事に道具の中身を変えるってこともあるだろうし、今やらなくてもいいのは確かだろう。
 全て道具をしまった彼は、突然リアルのほうを向いた。

「ところでリアル……ちょっと考えてたことがあってさ、聞きたいんだ」

「ん?」

「これからのこと」

 急に改まったように真面目な顔になるヨゾラ。
 何だろう、何か重要な話があるのだろうか。つい身構えてしまう。

「いや、そんなに重い話じゃないよ。ただ、リアルの目的について聞きたいんだ」

「目的?」

「そう。ほら、今日は初依頼を終えたお祝いの日でしょ? これから今日みたいに沢山依頼を受けて、一流の探検家を目指すのが僕達の目標。でもリアルにはもうひとつ、目標があるよね」

 そう言って彼はリアルを見つめる。ああ、恐らく彼が言いたいのは──

「記憶喪失について、だろ?」

「うん。リアルは自分の過去を調べるんだよね。僕達もそれに協力する。でも、しっかり具体的な目的を決めないと進まないと思うんだよね」

 記憶喪失の原因究明、そして自らの過去を知ること。もちろん、忘れていた訳じゃない。自分と他のポケモン達の違いを感じるのはいつも記憶喪失のせいで、理由を知りたいという気持ちは常に持ち続けている。
 だが具体的な行動が取れていないのも事実だ。まだまだギルド生活が始まったばかりで慣れていないけれど、目的と手段を決めるのは早いに越したことはない。

「具体的にって……どうするの?」

 デリートが首を傾げる。確かに記憶喪失の原因を探るなんてのは前代未聞だ。ただひとつ、考えていることはある──

「分からないなら、分かるポケモンに聞きに行けばいい」

「つまり……?」

「伝説のポケモンに、逢いに行く」


         ※


「伝説のポケモン……!? リアル、ど、どういうこと!?」

「この前図書室で調べたんだよ」

 あれは数日前、授業の終わった夕方。何か手がかりを求めて図書室に向かった。
 記憶喪失の原因はあの師匠ですら分からなかったようだから、先輩達に聞くより、何か古い文献を調べて過去に似た例を探したほうが良いと思ったのだ。

 相変わらず乱雑な書庫を調べる気にもならず、本棚にある分を調べたものの有益な情報はなかった。しかし、それを知る手がかりがひとつ。何か直接ヒントになるものでも無く、ただ言い伝えのような、朧気な希望。

「……各地に存在すると言われている伝説のポケモンは、一般には知られていない深い知識を持っている……っていう言い伝えがあったんだ」

「でも……伝説のポケモンって本当にいるの?」

 デリートの疑問は当然だ。その文章こそ別に珍しいものでは無い。というのも伝説のポケモンの話自体は広く知られているらしいのだ。各地に根付く伝承、伝説。神様とも呼ばれる彼らの存在は、深く知られていて、そして実際に姿を見たと証明した者は少ない。
 
 だが、ヨゾラが力強く頷いて肯定する。

「居るよ、伝説のポケモンは。絶対に!」 

「ヨゾラ……」

 いつになく真面目な顔で彼はそう言い切った。

「僕のお父さんもそう言ってたんだ。誰もが行けないような険しいダンジョンの奥に、世界を守る神様はいるって。僕はそれを信じてる」

 彼のその目が信じているのは、きっと彼の父親だろう。探検家であり、そしてきっと彼の追いかけるべき目標でもある憧れの存在。
 
 日々探検隊への憧れを募らせていた彼だからこそ、夢やロマンを追うのだろう。

 リアルもその言葉に頷いて肯定の意を示す。

「俺も信じようと思う。現にソワの話によると、各地の難しいダンジョンの奥に『主』がいるってのは良くあることらしい。それに、伝説のポケモンがいるって噂のダンジョンも沢山あるってさ」

「確かに私も少し聞いたことあるかも……伝承っていうのはどこにもあるものね。私も賛成。ただ問題は……私たちに出来るのかな……?」

「あー……」

 デリートの現実的な疑問にヨゾラは俯く。
 なにせ神がおわす程のダンジョンだ。駆け出しの自分達では到底手の届く範囲にはない。

 だがそう悩む必要も無いと思うのだ。

「その為にこれから練習を積んで、強くなればいい」

 リアルの過去を追うこと、一流の探検隊になること、そして強くなること。それらの目標は全て繋がっている。だからそう焦ることなく、一心不乱に探検隊を続ければいいだけだ。

「……うん、そうだよね。また今日みたいな自由日に、行ける所を増やしていって……いつか、超難関ダンジョンを制覇する。うん、良い目標だね!」

 気づけばデリートもやる気に満ちた表情になっていた。
 そう、自分達が目指す夢への道はひたすらにシンプルだ。そしてそれを明確にすればまたやる気も一段と強くなる。

 三者の意識がまとまったところで、リアルはふと気になってヨゾラに質問をしてみた。

「それで……何で今この話を?」

「え? あぁ……いや、今日が初依頼だったしさ」

 そして照れくさそうに頭を掻きながら、はにかんで言う。

「これからのことについて再確認して……またリアルが元気になればいいかな、って」

「……ッ」
 
 思わず息を飲んだ。
 
 ああ、彼もまた、自分をずっと心配してくれていたのだ。
 落ち込んでいた自分のために──

「……ありがとう」

 心からの感謝の気持ちを言葉に乗せて、思わず頭を下げた。

「いいよそんな……困った時は助け合わないとね。ほら、もうそろそろ食堂に行かなきゃ!」
 
 顔を上げて時計を見ると、確かに十分前だ。

 話を逸らすようにそそくさと立ち上がるヨゾラ。同じくデリートも立ち上がってドアに向かう。
 どうやらヨゾラは照れているらしい。

(やっぱり優しいんだな、二匹とも……)


 ヨゾラに肩を押されながらリアルも廊下に出た。途端漂ってくる良い匂い。前方には同じように夕食に向かう一年生の集団がいた。
 と、ヨゾラがその集団に見覚えのある姿を見つけたらしい。

「ね、あれタツミじゃない? 行こ!」

 そうリアルに促すとヨゾラは駆け出して、「おーい」と叫びながらタツミに近寄っていく。そして気づいた彼は振り向いて、途端笑顔になった。

「私達も行こ?」

「うん」

 デリートに頷いて答え、リアルも走り出した。
 仲間の大切さを噛み締めながら。



********************



 夜明け前。
 そこは中央大陸の東端、一日中陽の届かないその森は「常闇」の異名を持っていた。
 そして其れはただの森ではなく、迷宮である。
 本来生物の侵入を拒む、険しい自然。一度立ち入ればそう簡単には脱出することが出来ず、また最深部まで辿り着く者も少ない。

 そんな難関の迷宮を、飛ぶように駆け抜ける影が一つあった。
 
「こちら第二班、現状敵影無し。シュン、そっちはー?」

 その彼に向けられた報告は、その手の中にある小さなバッジから発せられていた。輝かしさのない、漆黒のバッジ。音声はそこから、最低限の音量で確実に情報を伝達する。

「こちら第一班、同じくまだ敵の姿は無い。引き続き警戒して任務に当たれ」

「了解」

 至って冷静な声でそう応答して、彼は立ち止まることなく森を駆け抜ける。
 それはおよそ尋常ではない速度。地を走るのではなく、木や岩を利用した三次元的な走法。
 時折現れる、迷宮特有の敵には目もくれず、ひたすらに前を見つめる。

 その速度、そして身に纏うフード付きの黒き外套によって、彼の姿を捉えることが出来るものはいない。

「おかしいよ、シュン。いくら何でも静か過ぎる」

「些細な事も見逃すな。敵の手札はまだ見えてない」
 
 引き続きバッジから流れてくる女性的な声。そこから読み取れるのは微かな焦り、そして疑念。
 
 夜明け前のこの森は闇に包まれ、音すら吸い込まれていく。そして彼以外の姿、足音も感じられない。
 
 周囲を警戒しながら、彼は風を切り裂くように宙を舞って突き進む。

「合流ポイントまで後数百。敵影も痕跡もなし」

 

 ──それは、彼女が残距離の報告をした時だった。
 唐突に訪れる無音。いや、元々音は存在しないが、しかし確かに訪れた更なる“無”。
 予感がした。

(この匂いは)

 
 衝撃。

 突如として森に響き渡る破裂音。
 何かが弾けたような、まるで落雷のようなその音は、本来この世界にはないはずの異音。
 そして立ち止まった彼には思い当たるものがあった。

「──まずい!」

「こちら第二班! 異音を確認した! 同時に不審な敵影一つあり、追跡するっ!」

「深追いはするなッ! 死ぬぞ! グラス!」

 返答はない。
 彼女はその敵を追いかけることを選んだらしい。であればすることは一つ、一刻も早く駆けつけなくては。

 キッと前方の闇を睨みつけ、彼は弾けるように飛び出した。それは先程までより数段速い。まるで光のように駆け抜ける彼は、真の意味で雷霆を纏っていた。

 そしてその電閃は瞬く間に彼の右手に収束し、そこには眩い短剣が顕現する。
 それは敵を害することに特化した“武器”であり、また完成された一つの“技”でもあった。

 それを逆手に携えて闇の中を疾走する。彼の顔に浮かぶのは後悔、そして決意。

「……ッ」

 突然立ち塞がったのはキノガッサ。前方にそれを認めた彼は勢いを緩める。しかし、それは今この状況における敵ではない。

 敵意を持って飛びかかるキノガッサ。それを彼は止まることなく、すり抜けるように追い越した。そして、祈るように目を閉じる。


 黒い外套がはためき、一筋の閃光が走る。


 自らの攻撃を一瞬にして躱された事に気が付き、振り返ったキノガッサ。しかし彼の姿をもう一度捉えることは叶わない。
 突如揺らぐ視界。
 一拍於いて、キノガッサは何かが自らの体内を通過したことに気がつく。何かが刈り取られた。
しかしそれまで。状況を把握する前に意識は寸断され、膝を着いて、地に伏した。

 白目を剥いて倒れるキノガッサには目もくれずに彼は一心不乱に闇の中を突き進む。
 
 事前に予測していた合流ポイントが近づく。この森の中央。敵の潜伏先としてマークしていた今回の目的地。

 そして予測通り、間もなく前方に開けた空間が見えてきた。接近するほどにより濃くなる独特の匂い。
 右手の短剣をより強く握りしめ、彼はその空間に飛び込んだ──



 そこは、まるで森の中で隠れるように円状に広がる空き地。周囲はより濃い緑に囲まれて周りからは視認しづらい。

 そしてそこに広がるのは、椅子として使っていたのであろう、倒された丸太、焚き火の跡。

 そして──

「こちら第二班! ごめーん! 見失った! 発信機も付けられなかった!」

「……把握した。至急合流ポイントに来い。……やられた・・・・

 彼の最後の言葉で、バッジの向こうで彼女が息を飲む音が聞こえた。後の返答は聞こえない。


「これは……予想以上に厄介なことになった」

 彼はその敵の居た痕跡の前で、深く息を吐いた。
 まさか、この匂いをここで嗅ぐ事になるとは。昔より優れた嗅覚は、彼にその深刻性を否が応でも感じ取らせる。

 間もなく彼女が到着するだろう。そしてこれを目撃した彼女の表情も簡単に想像がつく。

 間もなく夜が明ける。訪れる黎明。それと同時に、この事件も幕が上がるのだ。

「──始まるのか、次の戦いが」



 目の前に斃れる、胸に穴の空いた血塗れの被害者を見つめて、彼は呟いた。


 
第二章 完
これにてCyber第2章完結となります。

第2章までの閲覧、ありがとうございました。ここまでは物語の導入部分、ここからが戦いの幕開けとなります。これからの彼らの旅を、よろしくお願いいたします。

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