第9話 “ 混迷の帝国”(1)

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 1

 毎晩同じ夢を見る。世界が赤い光に包まれて、頭の中でキンキン耳鳴りがする。耳を塞いでも、それは容赦なく侵入してくる。そして気がついたら、ぼくは火の手が上がる宮殿の床に倒れている。夢の中のぼくは、この場所を知っている。馴染みではないまでも、ここにくると緊張してしまうんだ。ここは王様が住んでいるところだから。
 ぼくの目の前にゼラフィールが転がってきた。目を見開いたまま、ピクリとも動かない。胸には空虚な大穴が空いて、絨毯に黒ずんだ滲みが広がっていく。ゾッとした。初めてぼくを認めてくれた名家の当主が、無惨に死んでいく。豪快に笑い、怒り、勇敢に戦う背中に憧れていた。家同士の関係で気軽に声をかけられる存在ではなかったけど、戦場での彼を見る度、ぼくは彼のようになりたいと思っていたんだ。思っていたのに……。
 その横をルラが駆け抜けた。彼女は男に勝るとも劣らない雄々しい叫びをあげて、その鋭い爪で玉座に立ち向かう。その目尻には涙が溢れていた。瞬間、ぼくはどうしようもなく胸が苦しくなった。締めつけられる。息ができない。足がすくんで、動くこともできない。ぼくは視線を伏せた。そして、床に飛び散るルラの血を見た。

「ッ……!」

 頭痛がますますひどくなる。頭が割れそうだ、痛くてたまらない。逃げ、逃げなきゃ。ミオも一緒に。もうここにいたくない!
 ぼくの前に影が迫ってくる。嫌だ、怖い。来ないで。こんな、こんなことなら、ぼくは。

「お前の……お前のせいで! お前が!」

 ミオの泣き叫ぶ声が聞こえる。甲高いエネルギーの音。彼女がぼくの前に立ち、影に銃を向けた。
 あ、あぁ、ダメだよ、ミオ。誰も勝てないんだ。逃げるしかない。ぼくはそれでいいから、お願いだよ、挑発しないで、みんなで一緒に帰ろうよ!

「いやァッ!?」

 悲鳴と共にぼくは目を逸らしてしまった。最後に見えたのは、黒い爪がミオの手に襲いかかる瞬間だった。絨毯に増えた滲みが、その凄惨な結末を語っていた。ミオの痛々しい呻き声が聞こえてきて、ぼくは耳を塞いだ。
 もう嫌だ。すべてはぼくのせいだ、ぼくが帰りたいと思ったから。ミオたちと一緒に新しい世界で暮らせば良かったのに。

「ちく、しょう……」

 捻り出した最期の言葉。
 ここまでぼくを守ってくれた華奢な身体が、ぼくのお母さんに貪られていった。

 *

「ひぅっ!」

 アルビオンは布団を跳ね除けて飛び起きた。小さな身体からびっしょりと冷や汗を流して、カタカタ震える手を抑える。そして急に寂しさが込み上げてきて、たまらずミオの姿を探した。
 彼女はベッドでスヤスヤと眠っていた。布団を跳ねられたお陰でパジャマ姿があらわになって、少し寒そうに身を縮ませている。よかった。心の底から安堵するとともに、アルビオンはふわりと浮いて、床に崩れた布団をそっと戻した。ミオはムニャムニャ寝言を言って、心地よさそうに寝息を立てた。
 安心した。同時に、怖くなってきた。アルビオンは顔を曇らせて、窓際に飛んでいった。
 外は空と大地にどんよりとした暗雲がかかっているようだった。次元の狭間と呼ばれる空間にとどまり、何日経っただろうか。この光景を見ていると、アルビオンは不安に駆られてしまう。まるで今の自分そのものだ。果てしなく続いていく世界で、何の指針もなく、自分がポツンと存在している。思い出は全部霧がかかったみたいで、自分のことがハッキリしない。お母さんのところに帰りたいと思っていた。でも、今ではその気持ちにも自信がない。ゼラフィールが話してくれる帝国の話は、どこか遠い世界の物語にしか聞こえない。ましてやお母さんが、ゼラフィールの仲間を皆殺しにしたなんて。
 ミオも、船のみんなも、まだぼくを家に帰そうとしてくれている。それが本当に嬉しい。けれど、そのために彼らが傷つくのが怖い。そうなるぐらいなら、ミオのいた世界で、ミオと一緒に暮らしたい。この船で知らない世界を冒険するのもいい。お母さんのいる家にだけは、帰りたくない……。
 ぼくってひどいな、みんなぼくのために頑張っているのに。アルビオンは深いため息と共に、額を窓に当て擦った。




 2

 航界日誌、地球暦2116.2.17
 船長ウォーレン記録

 次元の狭間を拠点にして、じきに三ヶ月が経つ。次元の狭間からの出入りは、この世界のディアルガとパルキアが協力してくれている。どうやらオラシオンで戦いを止めた我々への恩返しのようだ。そのかわりに、シャトル格納庫で定期的にオラシオンの演奏会を開いている。音楽を聴きにディアルガとパルキアが訪れる様子を見ていると、至極当然の事実に気づかされる。彼らは時空を司る神である前に、一個の生命なのだ。
 現在我々は近隣世界の探索を兼ねて、物資の調達や交流を続けている。ほとんどの世界がテメレイア帝国の侵略で荒廃していたが、それでも困っている者同士、なんとか助け合うことができた。
 おかげで船の修理も順調に進んでいる。この三ヶ月で、ブライス少佐は船を完璧な状態に仕上げてくれた。まさにミラクルワーカーだ、今や彼女は船に欠かせない存在となった。
 そして今日、ようやくシラモ副長に現場復帰の許可が下りた。彼女の快復を心より嬉しく思う。


 ウォーレンは船長専用の執務室でデスクワークをこなしながら、何度も時計を気にかけていた。いつ来ても良いように、今日は終日執務室で仕事をするよう予定を立てていた。
 機関部の修理レポートに目を通しながらアールグレイを啜り、味と香りで事務処理を彩る。気がつけば14時を回っていた。昼食を忘れていた。それに彼女が復帰報告に訪れる気配がない。ひょっとして、ドクターがまたストップをかけたのだろうか。心配が過ぎるも、空腹には敵わなかった。サッとラウンジに行って、すぐ戻って来よう。ホログラム画面に立ち上げていた文書を閉じると、とたんにドアチャイムが鳴った。

「入れ」

 残念、昼はもう少しお預けだな。ウォーレンは諦めたように笑って、入室を促した。
 シラモとは何度も医療室で話をしていたが、ここでこうして面と向き合うのは久方振りだ。仏頂面のシラモとは対照的に、口角が緩まずにはいられなかった。

「ドクターの許可を得て、本日より任務に復帰致します」
「快復おめでとう、副長」ウォーレンは穏やかに微笑みながら、しかし悪戯っぽく口元を歪めて。「だがそれにしては、ここに来るのが少し遅いんじゃないのか? まさか復帰初日が今日だと気づかず、昼過ぎまでぐっすり寝坊していたんじゃないだろうな」
「お言葉を返すようですが、私はメガロポリス人です」

 その後が続くのかと思ったが、続かない。クッションの上に丸まっているコールが、くぁ、とアクビを挟んだ。
 メガロポリス人だから。それが寝坊ではない明らかな証拠だと言わんばかりだ。妙な論理だが、それは頑固で理屈っぽいメガロポリス人の気質によく当てはまっている。この小憎たらしさが懐かしく思えた。
 理解が得られたと察したらしく、シラモは弁明を続けた。

「先に船の状態を確認しておきたかったので、各デッキを視察してきたところです」
「それで、君の見立ては?」
「この船は正常に機能しています。整備ドックにいる訳でもないのに、三ヶ月でここまでの復旧が進んだ事実には驚きを禁じ得ません。一方ではブライス少佐をはじめとして、機関部員の寝不足が目立つようですが」
「確かに。では彼らの働きに免じて休暇を取るように命令しようか。優秀なのは良いが、どうも休むことを知らない」
「了解です。出発まで稼働人員を最小にするよう調整を……出発はいつです?」
「そのことなんだが、もうしばらく待つことにした」
「決断に自信がないように聞こえますが」
「君が現場を離れている間に、色々とあってな……」

 歯切れの悪さは、そのまま状況の厄介さを表していた。
 シラモが医療室に入院している間、治療に専念してもらうためにウォーレンは重大情報を教えていなかった。しかし復帰した今なら、彼女の知恵が必要だ。船が正しい方向へ向いているかどうか、その論理的な価値観で検証して欲しい。
 キーボードを叩き、ホログラムのディスプレイを執務室の中央に投影する。そこにまず映し出したのは、ふたつの軍隊の配置を示した戦略図だった。

「テメレイア帝国で本格的な内戦が勃発した。反旗を翻したのは、毒の家をはじめとする七つの名家だ」

 *

 トレーニングルームのバトルフィールドに、まばゆい放電と青白い波動が交差する。ゼラフィールは電流迸るその拳で、アルビオンに殴りかかった。対するアルビオンは、小さな波動をぶつけて逃げるのが精一杯だ。とてもその小さな身体では「拳を交える」なんてマネは到底できない。
 ミオがトレーナーゾーンから見守る中、二匹は戦い続ける。そもそもは右足を失ったゼラフィールのリハビリに付き合うためだった。この三ヶ月足らずで、彼は見事に義足でも戦えるようになった。それまで毎晩この部屋に明かりが灯り、苦しそうな呻き声が漏れていた。その執念には痛み入るが、まるで自分をわざと追い詰めているようにも見える。そう思うと、言いようのない不安が込み上げてくる。

「どうした、力を示せ! それともお前はその程度か!?」ゼラフィールの覇気で空気がビリビリと震えた。
「ベ、ベノ!」

 焚きつけられて、アルビオンも負けじと声を上げ、竜の波動を溜め始める。
 この不安は、ゼラフィールのせいだけじゃない。ミオは胸の前でキュッと拳を握った。波動系の技はとても繊細だ。気の迷いひとつで波動は乱れ、威力は恐ろしく下がってしまう。口では何も言わないが、アルビオンの波動はひどく不安定に揺らいでいた。
 アルビオンは迷っている。ゼラフィールはそれに気づいて、テメレイア帝国流に解決しようとしている。でも、彼自身も迷っていることから目を背けている。
 稲妻が弾けて、アルビオンが吹き飛んだ。

「立て! 今この瞬間にも帝国に血が流れている、戦士には寝転がっている暇などない!」

 一方的な戦い。だが、それはアルビオンに勢いがないせいだ。一度は立ち上がろうとした。だが疲労が勝って、アルビオンは床に崩れた。
 それでもなおゼラフィールが拳を振り上げたので、ミオは思わず前に出た。

「そこまで、勝負はもうついたよ!」
「死にたくなければ邪魔をするな、小娘。戦士の決着は死以外にありえない」

 低く唸る獣の鳴き声。本能的に身が竦んでしまう。理性で考えろ。ゼラフィールは殺すつもりなんてない、でもただ殴ることでアルビオンが前を向けるとは思えない。それに、ゼラフィール自身も。
 ミオは両手を広げたまま、頑なに動こうとしなかった。彼は大人しく拳を下げるかわりに、心底見下すような視線でアルビオンを見やった。

「またママに助けられたな。なんて情けない惨めな姿だ、お前なんぞをテメレイアの戦士と見込んだ俺が間違いだった」

 言い返したかったが、ミオが言えばアルビオンの立場を悪くするだけだ。唇を固く結んで、ミオは耐えていた。ただうずくまっているアルビオンを、ゼラフィールは嘲りながら、早々にトレーニングルームから出て行った。
 広い部屋で、ふたりきりになった。言葉が出ない。慰めようと手を伸ばしかけて、思いとどまる。何をどうしても、アルビオンを今よりもっと惨めにするだけに思えてしまう。ミオは膝を三角に折って床に座った。
 目を細めて、視線を流す。そして思う。あたしは、アルビオンのことを分かっているつもりだった。でも今は、この子のためにどうしたら良いのか分からない。何を望んでいるのかも。
 こんなに近いのに、こんなに遠い存在だったんだな。指と指の間からアルビオンを見つめて、ミオはため息を吐いた。

 *

「メガロポリスのオブザーバーとして進言します。船長、我々はただちに撤退すべきです」
「……なんだって?」

 シラモは躊躇なく言い切った。
 はじめは何かの冗談かと思い、「メガロポリス人でもジョークを言うようになったのか」と笑い飛ばした。が、シラモは毅然としたまま退く気配がない。
 ウォーレンの顔から、ゆっくりと笑みが消えていった。メガロポリスのオブザーバーとして。彼女はそう言った。それは正式な政府の見解でもある、無碍に却下しては新たな外交問題の火種にもなろう。

「どういうつもりだ?」
「テメレイア帝国の内戦は、我々の訪問が間接的な原因になっています。したがって船長、これ以上の内政干渉は避けなければなりません」
「内政不干渉の原則はよく分かっているが、ではなおさらベベノムを届けて怒りを鎮めるべきじゃないか?」
「果たしてそうでしょうか。これほど決起が早かったのは、既に帝国内部が一触即発の状態だったからです。ベベノムを届けても戦いは止まりません、むしろ我々が片方の陣営に肩入れしたものとして、事態が余計に混乱する可能性があります」
「ではどうするべきだと思う?」
「プロメテウスはただちに撤退。ゼラフィール、ルラ、ベベノムの三名を難民もしくは亡命者として地球連合の保護下に置くべきです。帝国の内乱が収まり次第、統治政府との外交ルートを樹立。三名をどうするかは、その後で決めることです」

 意見の衝突も懐かしく思えるが、感傷に浸る暇もないほどの一撃が飛んできた。
 もちろん外交上の大原則は守らなければならない、分かっている。反論の材料がひとつでもあれば、胸がつっかえるような気持ちの悪さはなかったのだろうか。だが今のところ、ベベノムを家に帰すという人道的意義しかない。このまま進んでも、帝国との外交関係樹立の目処もない。それでは原則を翻す理由にはならないだろう。

「約束を破ることになるな……きっとゼラフィールは大暴れするだろう」ウォーレンは気まずい口調で言った。
「私から言い伝えますか?」
「やめておけ、八つ裂きにされるぞ。私からベベノムとゼラフィールに伝える。ちょうどコールも暇を持て余していたところだ」

 コールはビクッと顔を上げて、暇じゃない、暇じゃない、と訴えかけるように首を振っていた。
 ちょうどその時のこと。誰かが入室許可を求めて、ドアチャイムが鳴った。

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