第30話 虹色聖山
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
そこから、4匹は先ほどの壁画についてそれぞれの考えを交わした。 ユズが人間という事実は混乱を避けるために伏せたままであるのだが、それでも話題はちゃんと広がった。
まずはやはり、「魔狼」とは何者かというところだろう。 異世界からやってきていたような描写が壁画にはあった。 そして、後を追うように「人間」はやってきた。 ならばそれは人間世界のものなのか? ......というところまで話は進んだ。
だが、歴史はやはり曖昧なものだ。 現在明らかになっている歴史だって、新事実が発見される毎に姿を変えているのだ。 やろうと思えば、情報を隠そうとすれば。 歴史は簡単に本来のものから改変される。 そのため、確定とは言えないのがキラリにとってはとてももどかしかった。 ユズには悪いが、試練の時に彼女の記憶が戻っていればなとも少し考えてしまうほどに。
「......うーん、まだ分からないこと多いなー」
「長老の意見も取り入れる必要がありますかね。 私達の想像力だけではあまりに拙い」
「ああ。 ひとまず知識を俺達は得た。 それだけでも大きな収穫だ。 あとは帰った後にでも調べればいい」
「ですね......帰った後も頑張らなきゃ」
ユズの中に帰った後にやるべきことが浮かんでくる。 人間についての調査、魔狼についての情報収集。 それだけでも、この世界の歴史を片っ端から紐解かねばならないぐらい大変だろう。 そこにいつもの依頼などを合わせると......また疲れで倒れたりはしないだろうか。
ユズが悶々と悩む中、景色に変化が生まれてくる。 横目で見て、何か光る物があることに気づく。
4匹は壁の近くに目を向ける。 そこには小さく透明な結晶があった。 光の少ない洞窟内であるためか、光はとても小さなものだが。
「ちっちゃくてかわいい......!」
「水晶......ですかね? ここまでは全く見かけませんでしたが......」
「へえ......」
ユズはちょんとその水晶に触れてみる。 硬いのは当然なのだが、どこか温かみがあった。 ランタンの灯りに誘われ、自分の前足に小さな光を当ててくる。 ユズはキラリの言葉の意味を理解した。 確かに健気で可愛らしい。
「頂上は近いか......そろそろ行くぞ。 壁画にあったこの山の役目についても気になるところではある」
「ええ。 それに......こういうのは、大抵頂上に重要なものがあるんでしょうしね」
「......ですね! よっし行くぞー!」
「うん!」
水晶の力だろうか。 壁画について考えるうちに凝り固まっていた心がほぐされた感覚を覚えた。
ユズとキラリに、溢れる好奇心が舞い戻ってくる。 何のためにここに来た? ......そう、知りたいからだ。
お尋ね者。 困り事。 そして、これまで世界に起きてきた危機。 探検隊というのは、そういった義務に時折本来の役目を潰される。しかし、本来探検隊はそんな義務を背負うものではないのだ。
世界のあらゆるものに「驚き」、沢山の風景を「知り」、そして帰った時に「伝える」。それの繰り返しなのだ。 そうやって知識を得たからこそ義務も生まれてきたわけではあるが、この遠征はそんな現在の探検隊たちへの救済策なのではないだろうか......そう、ユズは少し考えたりした。
しばらく歩くと、まさしくこの先に頂上がありますよという感じの巨大な扉を4匹は発見した。 開けてくれと言っているようにしか見えない。
「......扉だな」
「扉ですね」
「じゃあ開けなきゃね......でもどうやって」
「私に任せて!」
「ええっ!?」
突然のキラリの申し出にユズは驚く。 いつも隣で見てはきたけれども、彼女は小さく可愛いチラーミィなのだ。 そう簡単に開くだろうか。
......そんな不安を断ち切るように、キラリは言葉を続けた。
「大丈夫! 火事場の馬鹿力って言うでしょ? それを出せればきっといける!」
「......うーん、なんか言葉の意味を微妙に間違えてる気が......気のせいかな」
「気のせいだって! そんじゃいっきまーす!!」
......数分後。 不安は的中することになる。
「ぐぬぅぅぅぅ」
「キラリ大丈夫? 声的に......」
「大丈夫......絶対......開くったら開くぅぅぅ」
その足掻きも虚しく、キラリはぽふっと後ろに倒れる。 力を止めるために息を止めていたのか、息が荒く顔も赤い。
「はあ......そもそも貴様の小さい手なんぞで、この巨大な扉を開けられるわけがなかろう。 頭を使え頭を」
「むぅ......じゃあジュリさんやってみてよう」
ジュリに対して、キラリは頰を膨らませて少し怒ったように彼に迫る。 しかし彼はフルフルと首を振った。 やれと言われて出来ないのは悔しいものだろうが、力づくでは無理だと判断した結果だろう。
「やれるのならばとっくにやっている。 やれやれ......最後に知恵を試すとでもいうのか」
「普通の扉なら、それ相応の力は必須になりますよね」
「押して開ける感じかなぁ......」
「取っ手無いし、多分そうじゃないかな......あっやば、さっき引いちゃってた」
うーんと頭を悩ませる4匹。 そんな中、扉を観察してみたユズがあることに気づいた。
「ねぇ、なんか小さい水晶ない?」
「水晶?」
「扉の両端。 本当に小さいけど......」
全員が目を細めて両端を見やる。 確かに、そこにはキラッと小さな輝きを放つ水晶があった。 装飾だとしか思えないが、何か怪しいものがある。
「......もしかして」
ケイジュが呟く。 その後少し扉に触れ、言葉を続けた。
「この水晶に刺激を与えてみるのは如何でしょう。 正直他にパッとしたものはありません。 たった1つの手掛かりと言っても過言ではないでしょう。
答えが意外とシンプルだった......なんて、ザラにあることですし」
「水晶に......?」
3匹は反射的に扉を見やった。 彼の言葉通り、これ以上に何かありそうなものがあるのだろうか。 にしても、刺激を与えるとなると力技でしかない気がするが......まあ、情報が少な過ぎる今、他の手など思いつくのは難しいだろう。 4匹は互いを見て頷く。
「といってもどうやって刺激を......?」
「遠距離技を使えばいいだけの話だ。 俺は[かげぬい]。 そして......貴様が[ねらいうち]か」
「その通りです。 ユズさんとキラリさんには、水晶が攻撃を受けたらすぐに扉を全力で押していただきたい。 恐らくですが、水晶が扉を開けやすくしてくれるのではないかと私は読んでいます。 力技にはなりますが......」
「ラジャです!」
それぞれが手際よく位置につく。 この探検の中で、チームワークが出来ていたのであろうか。
「参ります......[ねらいうち]!」
「[かげぬい]!」
水弾と霊気を纏った矢は、一直線にそれぞれ狙う水晶へと直進する。 そしてそれは水晶に直撃した。 正直どちらも手加減しているようには見えなかったが、水晶に傷はついていなかった。 むしろ刺激がやはりトリガーだったのか、ほんのりと扉が虹色に色づく。
「......っと、ユズ行こう!」
「うん!」
扉の変化に見惚れている場合ではなかった。 ユズとキラリは、一気に扉の方へ[とっしん]の要領で突っ込む。 踏み出す一歩にやけに力が入ったのは、きっと気のせいではない。
今は頭を真っ白にして、その先に待つものへと向かう。
『開けぇぇぇぇええ!!』
声を出すとより力がこもるというが、まさに今回はその通りだった。 扉が体に当たる。 痛いし、やはり重い。 けれども、手応えはあった。 ぐっと、息を止めるぐらい力を込めて押す。 ぎぎ、という音がする。 ......少し、間から光が見えてきた。
「光......!」
「あとちょいだ!」
「踏ん張りますよ!」
「気を抜くなっ......!」
気づけば、ケイジュとジュリの方も助太刀してくれていた。 こちらとの協力を極端に拒んでいたのにと、キラリはジュリに向かって少し微笑む。
そしてまた、前に向き直る。
扉を開けるために張り詰めている気持ちと、 宝箱を開ける前のようなワクワク感が、心の中に共存している。 胸の高鳴りを感じながら、ひたすらに扉を押し続ける。
......その時、ふっと扉にかけていた力が消えた。 ダンジョンの力かは分からないが、扉が急に軽くなって一気に開いたのだ。 4匹は勢いを殺すことが出来ず、そのまま前につんのめり転んでしまった。
「うう......」
呻き声を上げる4匹。 目は反射的に閉じていたので目の前は真っ暗だ。 しかし、先程とは明らかに違う点が1つあった。 風の流れがあるのを感じたのだ。 そよそよと、キラリの毛が優しく揺れる。
「風......?」
今までには無かったものには誰もが疑問を感じるものだ。 取り敢えず目を開けてみるが......
そこには、声も出ないような光景があった。
「......!!」
ここは確かに頂上である。 空洞ではあるが天井はなく、風は上から入ってきているのだろう。
そして特筆すべきは、先程も鍵となった水晶である。
これまでとは違いそこらかしこにそれは生えている。 地面から生えている水晶もあった。 そしてそれは、丁度頂点に浮かんだ太陽の光によって虹色にキラキラと輝いていたのだ。 洞窟の中では、色などないただの結晶だったというのに。
そして、そんな水晶がごまんとあるのだ。大小関わらず、本当に沢山。 壁と地面に輝く虹色はとても美しい。 光は反射し、結晶の無い地面にも虹が映る。 その光景はまるで虹色の花畑のようだった。
「......綺麗」
言葉を失う4匹だったが、ユズが沈黙を破りボソリと呟く。 この時、全員が理解した。 何故、この山が「虹色」を冠するようになったのかを。 何故、ここに来るまでに分岐や試練、最後の扉といった障害があったのか。 魔狼の件に関係なく、何故この山が神聖なものであるのかを。
「すっごい......すっごいすっごいすっっっっごい!!」
見惚れていた心が、遂に興奮となってアウトプットされる。 キラリは辺りをぴょんぴょん跳び回り、美しいこの光景を謳歌する。
「......美しいものですね」
ケイジュは一見冷静そうに言葉を吐き出す。 だが、その眼からは温かな気持ちよさが感じ取れた。 気持ちよさそうに風を浴び、背中の黄色いひらひらが揺れる。
ジュリの方は何も言わないが、いつもよりゆったりとした心持ちで虹色の水晶達を眺めていた。 物思いにふけるかのように、静かに息を吐く。
そんな中、ジュリと同じく何も言わないユズにキラリが突撃する。
「......ユズちゃーん!」
「うわっ!?」
ぼてっと情けなく転んでしまう。 気持ちよく眺めていたのにと、ユズは軽く口を尖らせた。
「キラリ急にどうしたのさ......のんびり眺めてたのに」
「えっへへへー、ごめん、急にダイブしたくなって......」
軽く笑って受け流すキラリ。 2匹はよっこらせと改めて座り直し、水晶達と空を見上げた。
「ねぇユズ?」
「ん?」
「......不思議だよね。 私達、ちょっと前までこの景色を知らなかったんだよ? こんなに綺麗なのに。 ......色々あったけどさ、私、ここに来れてよかったなぁ。
......ユズは分かった? どうしてここに来たくなったのか」
「ふえ?」
ああ、そういえば自分が言い出したんだっけ......。 ユズは記憶を掘り返す。 確かに壁画についての話は惹かれるものがあったが、言葉にして表すのは難しい。 かなりありきたりな結論に至った。
「......さあ、正直完全にはわからない。
でも、私も来れてよかった。 キラリと一緒に、来れてよかった。 ありがとう」
何故か、感謝の言葉の方がすらりと口から風に乗り流れた。 それくらい自然だった。 素直な気持ちが、零れた。
「......こちらこそ、ありがとう。......ユズ」
「ん?」
「......また、遠征行けたらいいね、一緒に!」
「......うん!」
終わり良ければ全て良し。 夜の迷いもひっくるめて、全てを「良い思い出」として2匹は心のアルバムにしまった。 まあ、それで片付けられない事もいくつかはあるけれど、それは1つの収穫と捉えられるだろう。 でも、2匹はそれは山を降りた後に考える事にした。 今はただ、達成感と幸福感に浸されていたかった。 柔らかく、お互いが微笑む。
夏の炎天下と、高所だからこその涼しい風。 この2つが絶妙にマッチした空気の中で眺める美しい結晶達。 至福のひと時とは、まさにこの事だろう。
暫く経った後、ジュリが通る声で2匹に声をかけた。
「おい! そろそろ戻るぞ。 恐らく夜には戻れる筈だ」
「あっはーい......あっちょっと待ってジュリさん!」
「散々くつろいだくせになんだ? もう待たー」
「いやまだここにいたいのはほんとだけど......証拠持って帰らなきゃ!」
「あっそうだ!」
「そんなものもうどうだって......」
「駄目! それ無いと遠征にちゃんと行ったって証明にならないの!」
「はあ......面倒臭い」
あなたも同じくらい面倒臭いポケモンだよと思いながらも、流石にこれ以上待たせるのも申し訳ないため、2匹は慌てて持ち帰るものを考える。
そんな中、キラリが1つ閃いた。
「あのー! ここにある水晶持ち帰っちゃ駄目ですかー!? これが一番良いかなと思ったんだけど......」
段々とキラリの声がしぼんでいく。 流石にこれは我儘だろうか。 そんな思いが頭に過ぎる。
考える2匹だが、ケイジュがポンとジュリの肩を叩いた。 ジュリはびくっと身震いしケイジュから離れる。
「急に触るな貴様!」
「あっ......と、すいません、ここは貴方に決めてもらった方が良いのではと......」
「何故俺が」
「貴方の言葉を借りるのなら、私はただの余所者に過ぎません。 ならばこの山をずっと見上げてきた貴方こそ、判断するに相応しい。 最終的には長老の判断に委ねられるところはありますけど、今は......ね」
「......!」
若干悔しそうな顔をしてジュリは納得する。 そしてユズとキラリの方に向き直った。 懇願するようなつぶらな眼。 勿論彼にとっては同情を誘うようにしか見えないわけだが、それでも意図的にそうしているわけではないのは分かった。 ......借りも、ここで返してしまった方が楽だ。 少し息を吐き、口を開く。
「......小さいものだけだ」
「えっ......?」
「聞こえなかったか。 小さいものだけだ。 街とやらに認められる最低限のものだけ持っていけ。 それ以上取れば貴様らを射る」
......若干脅迫に聞こえなくもないような。 でも、認めてくれたのは「事実」として、2匹の心を明るくする。 ありったけの感謝は言わねばなるまい。
『ありがとうございます!!』
2匹がいい感じのを吟味する間に、ケイジュはクスッと笑いジュリに問いかける。
「......貴方にもちゃんと情はあるんですね」
「......黙れ」
「ジュリさーん! このぐらいならOKですかー!?」
手の大きさぐらいの水晶を掲げてユズが叫ぶ。 ジュリは面倒臭そうにまた溜息を吐いた。
「いちいち許可を求めるな鬱陶しい......」
「といっても大きいものを取ったら射ると言ったのは貴方ですが......自分で墓穴を掘ってません?」
「その墓穴とやらに埋まりたいらしいな?」
「おっと......怖い怖い」
少しにこやかな雰囲気の中、2匹は遂に手頃な大きさの水晶を見つけた。 落とさないようにバッグの奥の方に大事に入れて、4匹は頂上を去ろうとする。 やはり名残惜しいのか、2、3度は振り返ったが。
大きな謎を呼び、小さな心の成長を生み。 そして、何にも変え難い思い出を得た虹色聖山の探検は、バッグの中で光の供給を失いただの水晶へと舞い戻るお宝とともに終わりを告げた。
まずはやはり、「魔狼」とは何者かというところだろう。 異世界からやってきていたような描写が壁画にはあった。 そして、後を追うように「人間」はやってきた。 ならばそれは人間世界のものなのか? ......というところまで話は進んだ。
だが、歴史はやはり曖昧なものだ。 現在明らかになっている歴史だって、新事実が発見される毎に姿を変えているのだ。 やろうと思えば、情報を隠そうとすれば。 歴史は簡単に本来のものから改変される。 そのため、確定とは言えないのがキラリにとってはとてももどかしかった。 ユズには悪いが、試練の時に彼女の記憶が戻っていればなとも少し考えてしまうほどに。
「......うーん、まだ分からないこと多いなー」
「長老の意見も取り入れる必要がありますかね。 私達の想像力だけではあまりに拙い」
「ああ。 ひとまず知識を俺達は得た。 それだけでも大きな収穫だ。 あとは帰った後にでも調べればいい」
「ですね......帰った後も頑張らなきゃ」
ユズの中に帰った後にやるべきことが浮かんでくる。 人間についての調査、魔狼についての情報収集。 それだけでも、この世界の歴史を片っ端から紐解かねばならないぐらい大変だろう。 そこにいつもの依頼などを合わせると......また疲れで倒れたりはしないだろうか。
ユズが悶々と悩む中、景色に変化が生まれてくる。 横目で見て、何か光る物があることに気づく。
4匹は壁の近くに目を向ける。 そこには小さく透明な結晶があった。 光の少ない洞窟内であるためか、光はとても小さなものだが。
「ちっちゃくてかわいい......!」
「水晶......ですかね? ここまでは全く見かけませんでしたが......」
「へえ......」
ユズはちょんとその水晶に触れてみる。 硬いのは当然なのだが、どこか温かみがあった。 ランタンの灯りに誘われ、自分の前足に小さな光を当ててくる。 ユズはキラリの言葉の意味を理解した。 確かに健気で可愛らしい。
「頂上は近いか......そろそろ行くぞ。 壁画にあったこの山の役目についても気になるところではある」
「ええ。 それに......こういうのは、大抵頂上に重要なものがあるんでしょうしね」
「......ですね! よっし行くぞー!」
「うん!」
水晶の力だろうか。 壁画について考えるうちに凝り固まっていた心がほぐされた感覚を覚えた。
ユズとキラリに、溢れる好奇心が舞い戻ってくる。 何のためにここに来た? ......そう、知りたいからだ。
お尋ね者。 困り事。 そして、これまで世界に起きてきた危機。 探検隊というのは、そういった義務に時折本来の役目を潰される。しかし、本来探検隊はそんな義務を背負うものではないのだ。
世界のあらゆるものに「驚き」、沢山の風景を「知り」、そして帰った時に「伝える」。それの繰り返しなのだ。 そうやって知識を得たからこそ義務も生まれてきたわけではあるが、この遠征はそんな現在の探検隊たちへの救済策なのではないだろうか......そう、ユズは少し考えたりした。
しばらく歩くと、まさしくこの先に頂上がありますよという感じの巨大な扉を4匹は発見した。 開けてくれと言っているようにしか見えない。
「......扉だな」
「扉ですね」
「じゃあ開けなきゃね......でもどうやって」
「私に任せて!」
「ええっ!?」
突然のキラリの申し出にユズは驚く。 いつも隣で見てはきたけれども、彼女は小さく可愛いチラーミィなのだ。 そう簡単に開くだろうか。
......そんな不安を断ち切るように、キラリは言葉を続けた。
「大丈夫! 火事場の馬鹿力って言うでしょ? それを出せればきっといける!」
「......うーん、なんか言葉の意味を微妙に間違えてる気が......気のせいかな」
「気のせいだって! そんじゃいっきまーす!!」
......数分後。 不安は的中することになる。
「ぐぬぅぅぅぅ」
「キラリ大丈夫? 声的に......」
「大丈夫......絶対......開くったら開くぅぅぅ」
その足掻きも虚しく、キラリはぽふっと後ろに倒れる。 力を止めるために息を止めていたのか、息が荒く顔も赤い。
「はあ......そもそも貴様の小さい手なんぞで、この巨大な扉を開けられるわけがなかろう。 頭を使え頭を」
「むぅ......じゃあジュリさんやってみてよう」
ジュリに対して、キラリは頰を膨らませて少し怒ったように彼に迫る。 しかし彼はフルフルと首を振った。 やれと言われて出来ないのは悔しいものだろうが、力づくでは無理だと判断した結果だろう。
「やれるのならばとっくにやっている。 やれやれ......最後に知恵を試すとでもいうのか」
「普通の扉なら、それ相応の力は必須になりますよね」
「押して開ける感じかなぁ......」
「取っ手無いし、多分そうじゃないかな......あっやば、さっき引いちゃってた」
うーんと頭を悩ませる4匹。 そんな中、扉を観察してみたユズがあることに気づいた。
「ねぇ、なんか小さい水晶ない?」
「水晶?」
「扉の両端。 本当に小さいけど......」
全員が目を細めて両端を見やる。 確かに、そこにはキラッと小さな輝きを放つ水晶があった。 装飾だとしか思えないが、何か怪しいものがある。
「......もしかして」
ケイジュが呟く。 その後少し扉に触れ、言葉を続けた。
「この水晶に刺激を与えてみるのは如何でしょう。 正直他にパッとしたものはありません。 たった1つの手掛かりと言っても過言ではないでしょう。
答えが意外とシンプルだった......なんて、ザラにあることですし」
「水晶に......?」
3匹は反射的に扉を見やった。 彼の言葉通り、これ以上に何かありそうなものがあるのだろうか。 にしても、刺激を与えるとなると力技でしかない気がするが......まあ、情報が少な過ぎる今、他の手など思いつくのは難しいだろう。 4匹は互いを見て頷く。
「といってもどうやって刺激を......?」
「遠距離技を使えばいいだけの話だ。 俺は[かげぬい]。 そして......貴様が[ねらいうち]か」
「その通りです。 ユズさんとキラリさんには、水晶が攻撃を受けたらすぐに扉を全力で押していただきたい。 恐らくですが、水晶が扉を開けやすくしてくれるのではないかと私は読んでいます。 力技にはなりますが......」
「ラジャです!」
それぞれが手際よく位置につく。 この探検の中で、チームワークが出来ていたのであろうか。
「参ります......[ねらいうち]!」
「[かげぬい]!」
水弾と霊気を纏った矢は、一直線にそれぞれ狙う水晶へと直進する。 そしてそれは水晶に直撃した。 正直どちらも手加減しているようには見えなかったが、水晶に傷はついていなかった。 むしろ刺激がやはりトリガーだったのか、ほんのりと扉が虹色に色づく。
「......っと、ユズ行こう!」
「うん!」
扉の変化に見惚れている場合ではなかった。 ユズとキラリは、一気に扉の方へ[とっしん]の要領で突っ込む。 踏み出す一歩にやけに力が入ったのは、きっと気のせいではない。
今は頭を真っ白にして、その先に待つものへと向かう。
『開けぇぇぇぇええ!!』
声を出すとより力がこもるというが、まさに今回はその通りだった。 扉が体に当たる。 痛いし、やはり重い。 けれども、手応えはあった。 ぐっと、息を止めるぐらい力を込めて押す。 ぎぎ、という音がする。 ......少し、間から光が見えてきた。
「光......!」
「あとちょいだ!」
「踏ん張りますよ!」
「気を抜くなっ......!」
気づけば、ケイジュとジュリの方も助太刀してくれていた。 こちらとの協力を極端に拒んでいたのにと、キラリはジュリに向かって少し微笑む。
そしてまた、前に向き直る。
扉を開けるために張り詰めている気持ちと、 宝箱を開ける前のようなワクワク感が、心の中に共存している。 胸の高鳴りを感じながら、ひたすらに扉を押し続ける。
......その時、ふっと扉にかけていた力が消えた。 ダンジョンの力かは分からないが、扉が急に軽くなって一気に開いたのだ。 4匹は勢いを殺すことが出来ず、そのまま前につんのめり転んでしまった。
「うう......」
呻き声を上げる4匹。 目は反射的に閉じていたので目の前は真っ暗だ。 しかし、先程とは明らかに違う点が1つあった。 風の流れがあるのを感じたのだ。 そよそよと、キラリの毛が優しく揺れる。
「風......?」
今までには無かったものには誰もが疑問を感じるものだ。 取り敢えず目を開けてみるが......
そこには、声も出ないような光景があった。
「......!!」
ここは確かに頂上である。 空洞ではあるが天井はなく、風は上から入ってきているのだろう。
そして特筆すべきは、先程も鍵となった水晶である。
これまでとは違いそこらかしこにそれは生えている。 地面から生えている水晶もあった。 そしてそれは、丁度頂点に浮かんだ太陽の光によって虹色にキラキラと輝いていたのだ。 洞窟の中では、色などないただの結晶だったというのに。
そして、そんな水晶がごまんとあるのだ。大小関わらず、本当に沢山。 壁と地面に輝く虹色はとても美しい。 光は反射し、結晶の無い地面にも虹が映る。 その光景はまるで虹色の花畑のようだった。
「......綺麗」
言葉を失う4匹だったが、ユズが沈黙を破りボソリと呟く。 この時、全員が理解した。 何故、この山が「虹色」を冠するようになったのかを。 何故、ここに来るまでに分岐や試練、最後の扉といった障害があったのか。 魔狼の件に関係なく、何故この山が神聖なものであるのかを。
「すっごい......すっごいすっごいすっっっっごい!!」
見惚れていた心が、遂に興奮となってアウトプットされる。 キラリは辺りをぴょんぴょん跳び回り、美しいこの光景を謳歌する。
「......美しいものですね」
ケイジュは一見冷静そうに言葉を吐き出す。 だが、その眼からは温かな気持ちよさが感じ取れた。 気持ちよさそうに風を浴び、背中の黄色いひらひらが揺れる。
ジュリの方は何も言わないが、いつもよりゆったりとした心持ちで虹色の水晶達を眺めていた。 物思いにふけるかのように、静かに息を吐く。
そんな中、ジュリと同じく何も言わないユズにキラリが突撃する。
「......ユズちゃーん!」
「うわっ!?」
ぼてっと情けなく転んでしまう。 気持ちよく眺めていたのにと、ユズは軽く口を尖らせた。
「キラリ急にどうしたのさ......のんびり眺めてたのに」
「えっへへへー、ごめん、急にダイブしたくなって......」
軽く笑って受け流すキラリ。 2匹はよっこらせと改めて座り直し、水晶達と空を見上げた。
「ねぇユズ?」
「ん?」
「......不思議だよね。 私達、ちょっと前までこの景色を知らなかったんだよ? こんなに綺麗なのに。 ......色々あったけどさ、私、ここに来れてよかったなぁ。
......ユズは分かった? どうしてここに来たくなったのか」
「ふえ?」
ああ、そういえば自分が言い出したんだっけ......。 ユズは記憶を掘り返す。 確かに壁画についての話は惹かれるものがあったが、言葉にして表すのは難しい。 かなりありきたりな結論に至った。
「......さあ、正直完全にはわからない。
でも、私も来れてよかった。 キラリと一緒に、来れてよかった。 ありがとう」
何故か、感謝の言葉の方がすらりと口から風に乗り流れた。 それくらい自然だった。 素直な気持ちが、零れた。
「......こちらこそ、ありがとう。......ユズ」
「ん?」
「......また、遠征行けたらいいね、一緒に!」
「......うん!」
終わり良ければ全て良し。 夜の迷いもひっくるめて、全てを「良い思い出」として2匹は心のアルバムにしまった。 まあ、それで片付けられない事もいくつかはあるけれど、それは1つの収穫と捉えられるだろう。 でも、2匹はそれは山を降りた後に考える事にした。 今はただ、達成感と幸福感に浸されていたかった。 柔らかく、お互いが微笑む。
夏の炎天下と、高所だからこその涼しい風。 この2つが絶妙にマッチした空気の中で眺める美しい結晶達。 至福のひと時とは、まさにこの事だろう。
暫く経った後、ジュリが通る声で2匹に声をかけた。
「おい! そろそろ戻るぞ。 恐らく夜には戻れる筈だ」
「あっはーい......あっちょっと待ってジュリさん!」
「散々くつろいだくせになんだ? もう待たー」
「いやまだここにいたいのはほんとだけど......証拠持って帰らなきゃ!」
「あっそうだ!」
「そんなものもうどうだって......」
「駄目! それ無いと遠征にちゃんと行ったって証明にならないの!」
「はあ......面倒臭い」
あなたも同じくらい面倒臭いポケモンだよと思いながらも、流石にこれ以上待たせるのも申し訳ないため、2匹は慌てて持ち帰るものを考える。
そんな中、キラリが1つ閃いた。
「あのー! ここにある水晶持ち帰っちゃ駄目ですかー!? これが一番良いかなと思ったんだけど......」
段々とキラリの声がしぼんでいく。 流石にこれは我儘だろうか。 そんな思いが頭に過ぎる。
考える2匹だが、ケイジュがポンとジュリの肩を叩いた。 ジュリはびくっと身震いしケイジュから離れる。
「急に触るな貴様!」
「あっ......と、すいません、ここは貴方に決めてもらった方が良いのではと......」
「何故俺が」
「貴方の言葉を借りるのなら、私はただの余所者に過ぎません。 ならばこの山をずっと見上げてきた貴方こそ、判断するに相応しい。 最終的には長老の判断に委ねられるところはありますけど、今は......ね」
「......!」
若干悔しそうな顔をしてジュリは納得する。 そしてユズとキラリの方に向き直った。 懇願するようなつぶらな眼。 勿論彼にとっては同情を誘うようにしか見えないわけだが、それでも意図的にそうしているわけではないのは分かった。 ......借りも、ここで返してしまった方が楽だ。 少し息を吐き、口を開く。
「......小さいものだけだ」
「えっ......?」
「聞こえなかったか。 小さいものだけだ。 街とやらに認められる最低限のものだけ持っていけ。 それ以上取れば貴様らを射る」
......若干脅迫に聞こえなくもないような。 でも、認めてくれたのは「事実」として、2匹の心を明るくする。 ありったけの感謝は言わねばなるまい。
『ありがとうございます!!』
2匹がいい感じのを吟味する間に、ケイジュはクスッと笑いジュリに問いかける。
「......貴方にもちゃんと情はあるんですね」
「......黙れ」
「ジュリさーん! このぐらいならOKですかー!?」
手の大きさぐらいの水晶を掲げてユズが叫ぶ。 ジュリは面倒臭そうにまた溜息を吐いた。
「いちいち許可を求めるな鬱陶しい......」
「といっても大きいものを取ったら射ると言ったのは貴方ですが......自分で墓穴を掘ってません?」
「その墓穴とやらに埋まりたいらしいな?」
「おっと......怖い怖い」
少しにこやかな雰囲気の中、2匹は遂に手頃な大きさの水晶を見つけた。 落とさないようにバッグの奥の方に大事に入れて、4匹は頂上を去ろうとする。 やはり名残惜しいのか、2、3度は振り返ったが。
大きな謎を呼び、小さな心の成長を生み。 そして、何にも変え難い思い出を得た虹色聖山の探検は、バッグの中で光の供給を失いただの水晶へと舞い戻るお宝とともに終わりを告げた。