第29話 悪しきモノ、そして人間

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 「そういえば、昨日のジュリさんの技凄かったよねー! 昨日言いそびれたんだけど」
 「ああ、確かに......普通の技とは若干違ってた」
 
 朝になり、手早く出発した4匹。 のんびり話しながら歩く余裕が生まれてきたようで、昨日は疲れたというのが先行したために話せなかった話題に気を向ける。
 
 「というわけでジュリさん、種明かしお願い!」
 「マジックみたいに言うな......あれは我が村の最終奥義のようなものだ。 由来はよく分かってはいないがな」
 「最終奥義......ほほう、なんか乙女心をくすぐるものがあるね」
 「ちょっと乙女とは違わない......?」
 
 にやけるキラリに対して、ユズは冷静につっこむ。 乙女心というのは多分もっと別の可愛らしい方向でくすぐられるものではなかろうか......まず職業柄流行りに全く乗らない自分達にそんなものあるのかーー
 
 「......ユズ大丈夫? またなんか悩んでる?」
 「えっ!? いやあ大丈夫大丈夫」
 「ほんとに?」
 「これは本当の本当に」
 
 乙女心の有無に思考を巡らせていたなどどうでもよ過ぎることは言えない。
 ただ、否定するにも関わらずキラリはまだ「本当ならいいけど......」と訝しげな表情を見せる。 しょうもないことに心配をかけたことにユズは心の中で謝りたくなった。 だが言うのは恥ずかしい。 こんな時は伝家の宝刀......話題の転換だ。
 
 「あ、あの、その奥義って私達も使えるようになったりします......?」
 「無理だ」
 「あー......それは無理ですね」
 「辛辣っ......! っていうかケイジュさんまで!?」
 「ど、どうしてですか......?」
 
 ケイジュからも否定されるとは。 堪らずユズは理由を問う。
 
 「技の時に結晶を使っていましたよね? あれは修行の末に何処からともなく現れるそうです。 数年は絶対にかかる上に、現れるのも確実ではない。 まあ、それよりも根本的なものとしては、先住民でないと流石にこれだけは認めてもらえないようで......私も何度も言ってみたのですが、首を振るばかりでした」
 「そうですか......少し残念」
 「っていうか......ジュリさんって意外とやっぱ凄いんだなって」
 「貴様らに意外と言われる筋合いは無い」
 
 そんな雑談を重ねながらも歩き続ける。 昨日よりも、話す内容が増えた気がするのは気のせいだろうか。
 そんな中、キラリが首を傾げる。
 
 「ん?」
 「どうしたのキラリ?」
 「なーんか、土の匂いが薄くなってるような......なんて言うんだろ、『空気』を感じるというか、閉鎖されてる感じじゃなくなってきてるというか。 そろそろ広いところに出るのかな?」
 「ほう......嗅覚で予想するとは新しいですね」
 「えへへ、私の中では1番の自慢なもので......おっ、ビンゴ!」
 
 案の定、広いところに繋がりそうな出口を見つける。 キラリはニヤリと笑って、大袈裟に指を鳴らした。
 そしていざ出てみると、確かにキラリの言う通り、空気が少し変わったような心地になる。 そして、少し見上げてみると......。
 
 「......うわぁ......」
 
 そこには、思わず感嘆の声が漏れる程、巨大な壁画が描かれていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「......壁画か」
 「続きと見て良さそうですね、観察しますか」
 
 ケイジュの言葉を皮切りに、4匹は各々壁画の方を見やる。 何故なら、丁度4つに絵の内容が分かれているからである。 前は人間と思われる『来訪者』が現れたところまでだったが......。
 
 予想通りと言うべきか、来訪者と悪しきモノーーもっとも、それも操られたポケモンとであるがーーと戦っている。 それが1つ目。
 
 黒の描写が目立つ2つ目。 最早ポケモンとしての面影を失ったそれは、何かを上空に呼び出している。 それは塔のようにも見えるが......?
 
 3つ目。 反撃だというのか、来訪者は悪しきモノへと手を伸ばしている。 ポケモン達が祈りを捧げる中、奥の方にあった山から光が放たれる。 これによって闇は払われ、塔はまた雲の中へと隠れる描写がされている。
 
 そして4つ目。 遂に引き剥がされたのか、悪しきモノの姿が少し明らかになる。 操っていたポケモンを、ぴくりとも動かない静物へと変えて。 若干ルガルガンとかに似ているような気もしなくはないが、やはりポケモンとは言いづらい。 そして、来訪者と悪しきモノは共に天へと昇っていく。 帰っていくのだろうか......?
 
 
 
 
 「......おや」
 
 事の顛末まで一通り見たケイジュが、何かに気づく。
 
 「どうしましたー?」
 「いえ、文字があるような気がしまして......」
 「文字?」
 「ああやっぱり......こちらです」
 
 ケイジュが壁画の近くへと誘導する。 少し下の方だが、そこには確かに文字があった。 だが、恐らく古代に描かれた壁画というのもあり、まあそうだよなという問題点があった。
 
 「......ねえ。 ユズって結構勉強の飲み込み早くて文字も結構早く覚えたよね?」
 「うん?」
 「そんなユズにお聞きします......これ何語?」
 「それ私に聞かれても......」
 
 この世界に来て4ヶ月そこらしか経っていないユズにその質問はあまりに酷だった。 何故なら、生まれも育ちもこの世界であるキラリでさえ全く分からないのだから。
 読めなければ謎は完全には解けない。 何故なら、壁画はやはり抽象的な面がある。 図や文字「だけ」ではそれぞれに多くの想像が生まれてしまうが、その2つが組み合わされば脳内の光景は1つへと集約される。 つまり、情報をより精密にすることが出来るのだ。 それが出来ないとなると、厳しいところではあるが......?
 
 「......ほう」
 「うむ」
 
 ジュリとケイジュが喉を鳴らす。 それを見て、ユズとキラリは確信してしまった。 ああ、やはりそうなのだと。 2匹の様な大人であっても、こんな謎しかなく現代ポケに読ませる気がない文など読める訳がーー

 「......読めますね」
 「若干掠れてはいるがな......読む分には問題無かろう」



 ......あれ? そっち??
 2匹の中にそんな声が浮かんだのは想像するに容易いだろう。









 「ちょちょちょちょ待って読めるの!?」
 「凄い......!」
 
 驚く2匹に対し、ジュリとケイジュはさも当然という顔で応答する。

 「凄いって......学校で教わらないのか?」
 「ええっ!? 義務教育の範囲じゃなかったよ!? 大学とかならやるかもだけど!」
 「山の事もありますし、歴史にはやけに精通してる場所ですからね......文献も古代文字のものがぼろぼろながらもいくつか残されていますし、長老にこの村に住むならと念入りに教えられたものです」
 「なるほど......納得」

 さらりと問題が解決してしまった。 さてとと、こちらへの応答という義務を終わらせてやっと本題も入ろうとするように彼らは壁に向き直る。
 一通り目を通した後、読めない2匹にも伝えるべく、ケイジュが意訳を交えながら音読し始めた。

 
 
 
 
 ーー嗚呼。 我らが救世主よ。
 ポケモンを喰らいし獣を止めた救世主よ。
 その凛々しき御姿を、今この場所に杭を立て刻もう。
 

 貴方は、その獣を狼と呼んだ。
 鋭い牙と爪を持ち、目の前の敵を喰らい尽くす獣と語った。
 憑依された者は、ポケモンとしての姿は変わらない。 しかし、それは確かに狼だった。 いや、魔物とも呼べるその姿は、それではまだ足りぬ。 ......「魔狼」と、呼称するべきだろうか。
 魔狼は我々に絶望を与えた。 それは我らの血を吸うだけでは飽き足らず、天より「塔」を呼び出した。 まるで繋がっているかのようであった。 魔狼が吠えれば、塔も黒く光る。 まさに、「終焉」という言葉が似合った。
 
 しかし、来訪者、後の救世主は我らに希望を与え続けた。 それに付き従う祈りの力は、この聖山の真の力を目覚めさせた。 塔は輝きを失い、再び天の彼方へ消え失せた。
 そして、救世主は魔狼を連れて元の世界への扉を開き、そして行ってしまった。 きっと我らの苦しみ以上の罰を与えるのだろう。 救世主は、もう戻ってくることはない。
 
 我らは、魔狼に憑依されていたポケモンを燃やした。 抜け殻のようになったそれは、生きているのか死んでいるのかも分からなかった。 だが我らは、ひたすらに魔狼の残り滓を恐れていたのだ。 遺骨さえも焼き払ったが、残った灰に対しても我らは恐れをなした。 遠くの川へと少しずつ流していった。 それほど、戦いで流れた血は多過ぎた。
 
 
 未来の者よ。 此れを読むのなら心に刻め。 この山は破滅を止める鍵。 悪しき者に触れさせてはならない。
 長い時を経て、魔狼が抑えきれなくなり、この世界へ舞い戻るのであれば、きっとまた異世界からの来訪者が現れる。
 ......それは「人間」である。 我らを絶望から希望へと導く太陽である。 手厚く迎えよ。
 
 記憶を絶やすな。 希望の篝火を灯せ。 我らのように、多くの輝きを失わぬためにーー。
 
 
 
 
 
 
 
 
 「以上です」
 
 読むとなると意外と長い文だったので、ケイジュはふうと息をつく。 壁画の要約とも取れる文だったが、その中にも気になる情報はいくつかあった。
 
 「......魔狼......」
 
 ポケモンではない、謎の存在。 ポケモンの体を乗っ取り、全てを壊しかけた存在。 名前からして脅威であることは容易に予想出来る。
 
 「......簡単に言うと、どこからともなく現れた悪しきモノ......すなわち魔狼というものが現れ暴れ回った。 そしてそこに来訪者、人間が現れ戦った。
 その中で謎の塔が呼び出されたりもしたが、祈りの力によって聖山の真の力を目覚めさせ、危機は去った。 ということか。
 ......塔か。 そんな描写は伝承には無かった......」
 「隠されたもの、という事でしょうね......ふぅん、人間が、救世主......ですか」
 
 ケイジュの言葉で、キラリは改めてユズの方を見やる。 彼女はただまっすぐ壁画を見上げていた。
 
 キラリの中では、考えはもう固まってしまった。 フィニやヨヒラといったお尋ね者と戦った時も、勿論他の時も。 苦しい時に、何か他の突破口を探そうとしていた。 昨日だって、冷静だった。 ......救世主と呼ばれた人間と、どうも被る。
 
 辛い時でも、誰かに希望を与え続けた人間。 そんなの、まさにーー
 
 「......ユズじゃないか」
 
 ボソリと呟く。 きっとそうなのだろうとキラリは思うことにした。 記憶が分かったとしても、この考えはきっと揺らがない。 きっと。 いや、絶対。
 
 
 
 
 
 
 「キラリ?」
 
 キラリははっと我に帰る。 横を見ると、ユズが彼女の顔を覗いていた。
 
 「うっわユズごめん!」
 「なんともない?」
 「あっうん......ちょっと考え事」
 「うん......確かにそうだよねぇ」
 「......ユズは、どう思う?」
 「うーん、なんとも」
 「なんとも!?」
 
 ユズの言動に、キラリは驚く。 ユズは冷静に、しかしふわりと微笑んだ。
 
 「なんせ分からないからどうとも言えないし、私そういう器かなぁっていうのもちょっぴりあるし。 ここまできたら、記憶が戻るのを待つしかない。 怖いけど待つしかない。 ......キラリが、側に居るのならね」
 「......そっかぁ......えへへ、なんか照れちゃう」
 
 キラリも釣られて微笑む。 頼りにされたことの嬉しさもある。 だが、それ以上にやはり凄いと思わされた。 ユズはやはり大人だと。 ......自分の中で、ちゃんと気持ちの整理をつけられるから。
 
 「おい貴様ら、そろそろ行くぞ」
 「あと少しで頂上かと。 頑張りましょう!」
 「あっ、はーい!」
 
 2匹は声の方へと真っ直ぐ走る。 気持ちは少し晴れやかになってーー
 
 (......あれ?)
 
 キラリの心に、1つの可能性が宿る。
 
 (......人間が、ユズが、「世界を救うため」に来たんだったら......もし、そうなら......)
 
 ゆらりと燃える焚き火のように、その可能性は、キラリの心でパチリと音を鳴らした。
 
 
 
 (魔狼は今......どうなってるんだろう)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「おいこのくそジジーロン......外れ過ぎもいいとこだろ......もう結構経つぜぇ......?」
 「ふむ......結構あらかた調べたつもりじゃがのう。 まだ足りんか......」
 「......迷惑行為としての通報も多くなっている。 お尋ね者として取り上げられるのも、時間の問題」
 
 さて。 ここはとやる屋敷の中。 昼ながらも外に雲に覆われており、とても暗い。 フィニはあーあと床にばたりと寝転がる。
 
 「......立て。 だらしない」
 「あんなぁヨヒラ......そんな事言われてももう情報も無いんだっつーの。 どうしたものか......『あの方』からの情報もゼロだし。 あっちも探してるっつーわけだから、文句は言えねぇけどなぁ......」
 「......致し方ないか」
 「ああ?」
 
 ラケナがはあと息を吐き、神妙な顔で2匹に告げる。
 
 「なりふり構ってはいられん。 いっそ保護されている物や貴重なものを......片っ端から盗む他なかろう」
 「片っ端から!? 効率悪いじゃねーか」
 「もう情報が少ないのじゃ。 というかもう、わしらは探検隊や警察に狙われてもおかしくない身ではある。 ......奴らから見れば、我らは根っからの悪党じゃ。 だったら少しは悪党らしい事をするのもよかろう。
 というわけでわしもこれからは現場に行くぞい。 調べ作業の時間が減るからのう......3匹で分担すれば、なんとかなるじゃろ」
 「......やればやるほどリスクは高いぞ」
 「ほっほっ、びびりな若造じゃのう......リスクの高い賭けには、もう既に乗っているじゃろう」
 
 
 ラケナはニヤリと笑う。 フィニは暫く考えた末に、その鋼の爪を振り同じように笑った。
 
 「......いいぜ。 上等じゃねぇか」
 
 ヨヒラも頷く。 笑いはしないが、決意を込めた強い瞳で2匹の方を向く。
 
 「私も構わない。 情報が来たら、その時は臨機応変に対応すればいい」
 「よし。 意見は一致したようじゃな」
 
 3匹は向き合う。 歪ではあるけれども、まるで1つのチームのようにも今は思えた。志がどうであれ、手段は同じはず。
 
 「『あのお方』の願いのために......」
 「俺達の嘆きを晴らすために......」
 「手に入れるぞい。 今度こそ......あの伝説の......『魔狼の』依り代を!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 『そして......この世界を作り替える!!』

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