第10話:昇格試験――その1

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 ゼニガメになった元人間の少年セナと、ヒトカゲの少年ヴァイスが結成した救助隊キズナ。このチームに、セナを追って人間からヒコザルになった少年ホノオと、一応男の子のポッチャマのシアンが加わり、彼らもメンバーとして馴染んできた。盗賊団スライとの戦闘で深く傷ついたセナの右肩もゆっくりと治っていき、再び“冷凍パンチ”を使える程度まで回復した。


 キズナの救助隊としての能力が高まってきたある日の早朝。サメハダ岩の入り口付近に置かれている木製のポストに、ペリッパーが水色の封筒を入れた。救助依頼の手紙の便箋よりも大きなそれは、何やら特別なものらしかった。

「頑張るんだよ。キズナ」

 ペリッパーは大事そうに言葉を配達すると、新たな場所へと手紙を届けに飛び立った。


「起きろー! セーナーッ!!」

 その後、朝日が差し込むサメハダ岩にて。シアンに無理やり起こされたばかりのホノオが、憂さ晴らしをするかのごとく、まだ起きぬセナを怒鳴り付けていた。

「んー……?」

 セナは薄目を開けるが、再び彼の意識は眠りの世界へと落ちてゆく。

「まったく、セナってば……」
「朝寝坊癖はポケモンになっても直らなかったか……」

 ヴァイスとホノオは共にため息。毎日ではないのだが、時々セナは、朝方にやけに深い眠りに潜ることがある。
 こうなれば、少々手荒な方法で起こすしかない。

「しょうがないや。自業自得だからね? セナ……」

 口では躊躇いながらも容赦のない手つきで、ヴァイスはセナの尻尾を思い切りつねった。

「うぎゃああぁ!?」

 どうやらゼニガメにとって、しっぽは敏感で刺激に弱い部位らしい。突然の激痛にセナは飛び上がり、奇声をあげた。彼らの忙しい1日は、ようやく幕を開けた。

 その後4人は朝食のリンゴを食べ、救助活動を開始するために行動し始めた。まず、セナがポストに手を突っ込み、依頼の手紙が入っているかどうかを確かめたのだが。なにやら慣れぬ感触が。

「うん?」

 それをポストから出してみると、大きな水色の封筒だった。少しざらついた分厚い紙質が、“大切なお知らせ”らしさを演出している。

「なんだそれ?」
「シアンへのファンレターカナ? 水色だしネ!」
「男のポケモンからの?」
「“ドリルくちばし”!」
「危なっ」

 シアンとの茶番を繰り返すごとに、ホノオは回避能力が鍛えられているらしかった。手短に終了した茶番をサラリと受け流し、セナは本題に話を戻した。

「さぁーて。なんでしょー?」

 そっと封筒から手紙を取りだし、みんなに隠すようにそれに目を通す。その瞬間、セナの目に歓喜の色が宿った。

「おぉっ!? これは!」
「なになに?」

 ヴァイスが手紙を覗き込もうとするが、セナはもったいぶって手紙を畳んでしまう。興味津々なメンバーをからかうのが面白くなり、調子に乗ってしまうのだった。

「おーしーえーなーいー」
「ふうん。そっちがその気なら、聞き出すまでだねー」

 ヴァイスはセナのしっぽを視線でとらえ、両手をごにょごにょと動かして迫る。恥ずかしい弱点を握られていることを身体が思い出し、しっぽがムズムズしてしまう。セナは呆気なく抵抗を諦めた。

「ま、待って! 言うから! それだけは……」

 切羽詰まって焦り始めたセナを、ホノオとシアンは不思議そうに見つめる。何としても焦りの理由を隠したいセナは、強くメンバーの興味を引きつけるであろう手紙の内容を大袈裟に発表した。

「じゃじゃーん! 試験だ! オイラたち救助隊キズナの、ランクアップの昇格試験だー!」
「ホントに!? やったー!」

 セナが拳を空に向かって突き上げて嬉しそうにそう言うと、ヴァイスも飛び跳ねて喜んだ。

「うげっ、何それ。まさか筆記試験じゃねえよな……」
「ねえねえ。試験ってなあに? どういうことをするノ?」

 誰にも聞こえない声でボソッと不安を吐くホノオの横で、シアンはるんるんとセナ、ヴァイスに問う。

「ホノオ、シアン。よーく聞け。オイラたちの救助隊ランクは、今は初心者レベルのノーマルランクなんだ。しかーし! この試験をクリアしたら、ひとつランクが上がって……。上がって……えと……ペリッパー、ランク……に、なるんだっけ?」
「ならないよっ!」

 意気揚々と解説を始めたセナだが、喋り始めてから記憶の欠落に気が付く。ヴァイスと共に救助隊チーム登録をしに行ったときにペリッパーから受けた説明をホノオたちに話そうとしたのだが、途中から記憶がない。
 ヴァイスは呆れて突っ込むと、セナの説明に付け足した。

「救助隊のランクは全部で6段階あって、ノーマル、スーパー、ハイパー、シルバー、ゴールド、マスターの順に高くなるんだ。ランクアップのためには、救助隊連盟から出される試験に合格しなきゃいけないの」
「ランクが上がったらどうなるんだ?」
「ちょっと有名になるから依頼が届きやすくなるよ。今までよりも難しい依頼を受けられて、依頼を成功させたときにもらえるお金も増えるんだ」

 救助隊が依頼の成功を本部に報告すると、報酬のお金(単位はポケ)がもらえたり、依頼主からのお礼の道具をもらえる仕組みなのだ。険しい土地に赴いたり、強敵と戦闘したりといった、危険な依頼ほど報酬も豪華になっている。

「すごーい! さっ、早く試験を受けようヨ!」
「なあ、試験って何? 筆記テスト? オレ全然勉強してないぞ。まあする気ないけど……」
「大丈夫だよホノオ。初めての昇格試験では、まだ筆記試験はないから」
「よっしゃー! 助かったーッ!」
「……急に元気になったネ」

 心配事が解消された途端にホノオは生気を取り戻す。気まぐれシアンもびっくりの変わり身の早さであった。

「よおし。まずはノーマルの次のスーパーランクを目指して、頑張ろー!」
「おぉーっ!」

 ヴァイスが号令をかけると、ホノオとシアンもそれに乗った。セナはただ1人、「そうか、“スーパーランク”だったか」と呟き、顔を赤くしたのであった。

 水色の封筒の中には、試験の詳細案内と、試験会場の地図が入っていた。4人は地図を見ながら、試験が行われる場所へと向かったのであった。
 救助隊連盟本部がある丘を越えると、救助隊活動のために作られた森、“救助の森”が広がる。ここにはランクアップの試験会場であるダンジョンがいくつか作られているほか、救助隊によって捕まえられたお尋ね者ポケモンたちの対応をする“ポケモン警察署”がある。再犯の恐れが高い凶悪なポケモンは、併設されている更生施設で罰を受けてから解放されるのだ。かつてセナたちが捕まえた盗賊団スライの4人も、この施設の中に……。「反省して戻って来いよー」と、セナは施設の横を通り過ぎながらつぶやいた。
 森の中をあと少し歩くと、“救助隊昇格試験:ノーマル→スーパー”と書いてある木製の看板を見つけた。その隣に、幹に大きな穴が空いた大樹があった。びっしりと厚い苔で覆われ、空洞をものともせずどっしりと生えている、立派な樹だった。

「ほー。この“大樹のダンジョン”が、試験の会場なのか」

 目的地にたどり着くと、セナは大樹を見上げてしみじみと声を出す。上を見ることで重心が後ろに傾き、思わずしりもちをつきそうになった。ゼニガメの身体の生活にも慣れてきたが、今でも時々、甲羅やしっぽの存在を忘れて行動してしまう。その結果よく転んだり身体をぶつけたりしてしまい“ドジっ子”扱いをされることがセナは不服だった。

「うん。この大樹の中を探検して“葉っぱの宝石”っていう道具を見つければいいんだね?」
「そうみたいだな」

 手紙を読み返しながら、ヴァイスは試験の内容を確認する。大樹の穴に入って探検し、葉っぱの宝石という道具を見つけて、救助隊連盟本部に持ち帰る。それで試験は合格となり、ランクアップの手続きが済むらしかった。
 ヴァイスが見落としていた、手紙の最後の方の文章をセナが読み上げた。

「この試験には、先輩の救助隊も“協力”してくれるんだよ! 彼らにも感謝して、試験合格をめざして頑張ってくれッ! ……だってさ」

 ペリッパーの存在感のある喋り方が浮かんでくるような、テンションの高い文体だが、書いてある内容は謎めいていた。ヴァイスとセナは真剣な表情でペリッパーのメッセージを読み解こうとする。

「“先輩の救助隊”って、きっとランクが上の救助隊ってことだよね?」
「たぶんね。で、“協力”って、どんな意味なんだろうな? 一緒に冒険してくれると心強いけど、それじゃキズナの実力は測れないし……わっ!」

 真面目な雰囲気に耐えられなくなったホノオとシアンが、セナとヴァイスの背中をぐいぐい押して大樹の入り口へ向かった。

「考えるの飽きたー! 答えを見に行きゃいいじゃーん!」
「探検探検~。わーい! ワクワクしてきたヨ〜」
「わわっ、分かった! 自分で歩くから、押すなっての!」

 今にも転びそうになり、セナは焦ってホノオに背中を押すのを止めさせた。それと同時に、シアンもヴァイスの背中を押すのを止めた。

「ったく。お前らには慎重さが足りんのよ……」

 ぼやきながらセナは先頭に立って穴へと向かう。そして、セナが穴に足を踏み入れた途端、唐突に襲いかかる浮遊感。背筋がゾッとするような、心臓に悪いような。妙な感覚がセナを襲う。
 足元を見ると、その感覚の意味が容易に理解できた。

「うわあぁー!」

 突如悲鳴をあげて姿を消すセナに、残された3人は驚く。急いで穴へと駆け込んだのだが……。足場が、ない。

「いやあああ! 落ちるーっ!」
「おおー! このスリル、なんかめっちゃ冒険って感じ~!」
「キャアーッ! 怖いヨー!」

 ヴァイスとシアンの悲鳴。それから、状況を楽しみ相対的にのんきなホノオの声は、セナの後を追って暗い穴の底へと吸い込まれていった。

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