死に場所と生き場所

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 帝国とカロス王国の長い戦いもようやく終わりが見えてきた、お互いに疲弊しそろそろ和議の話も持ち上がりつつあるが、いかにその交渉を有利にすすめるのか、交渉の主導権をどちらが取るかが未だに定まらず、最後のもう一押しが足りない。
 ここは帝国領ヅツマルズハウゼン北部、その戦いの最前線に設営された陣営テント内に重そうな甲冑と緑色のマントを身に着けた髭面の男が入ってきた。

「こちらブラム、ただいま帰還しました」
「ご苦労」
 テントの中に置かれた机と椅子に、偉そうな装いの銀髪の男がオンバーンを横に携えて座っていた。

「?! フィ、フィオラケス?! ……い、いえ 失礼いたしました、アルビノウァーヌス将軍。 なぜ、ここに? あちらの戦場で今まさに戦っているはずでは?」
 金髪の男、フィオラケスは笑いながら答える。
「そうか、ブラムに気付かれてないということは多少なりとも効果はあるということだな。説明してやれ カゲマサ」
「はっ」
 物陰から一人の墨藍装束の男が現われる。

「……一体どういうことだよ、カゲマサ。 もしかして、よく話に聞く影武者なのか?」
「ご名答、ただしこちらのフィオラケス殿が正真正銘の本物で、今まさに交戦中の影武者がナルツィサ殿だ」
「はぁ? いや、待て ちょっと待ってくれ。 えーと、たしかナルツィサは今はカロス王国の人質に取られて城で幽閉の身では?」
「幽閉されているのは影武者だ」
「そっちもかよっ! バレたらどうするんだ」
「バレるわけが無かろう、ナルツィサ殿本人が替え玉候補に選んだ下働きの女官の顔に変装してカロスの将軍と対応し、すべての処理が終わったあとで下働きの女官本人とすり替わって城から脱出している。ナルツィサ=メランクトーンの顔がカロスで知られているわけがないし、元々幽閉されているのは変装してない女官本人だ」
「いや、しかし 向こうの将軍――いやナルツィサ殿の戦いぶりを見ていたが、どう見てもあれはフィオラケス本人の采配だったぞ」
「まあ彼の出自は、産まれ落ちた時からフィオラケスの影武者としての使命を持つという、そういう育てられ方をしているからな。演じることには慣れているのだろう」
「あ…… 言われてみれば、二人は乳兄弟だったな」
「ナルの変装術は、カゲマサの里に伝わるニンジャのヒジュツを伝授してもらってから、格段に上達したな。もはや私にも見分けが付かない」
 フィオラケスが満足げに語る。

「……そして、ここに俺を呼んだということは」
 ブラムは何か作戦があるからここに呼んだのだろうとフィオラケスに問う。
 ナルを影武者にしてでも戦場を抜け出してきて直接会って伝えるということは、他言無用の秘密の作戦があるのだろうと踏んだ。
「ああそうだ、ブラム。お前にはここの師団長を命じる。そして、この師団を率いてここの林まで進軍し、カロス軍を迎え討ってほしい」
「お、俺に師団長という大役なんて…… 有難き幸せ、必ずや遂行いたします」
「その間に私はカゲマサと共に回り込んで、進軍する敵を横から強襲を掛け続けようと思う」
「な…… そんな無茶苦茶な、敵がどれだけいると思っているのですか」
「カロス軍のファイアロー戦闘航空獣部隊のほとんどは、ナルのいる戦地に出払っていることは分かっている。それでも多少は残ってはいるが、恐れるに足らない。目の前の敵は拠点制圧用の重いポケモンを中心に構成されている」
「しかし……」
「巨大な戦車ポケモンとそこに搭載した大砲の口径の広さワザのいりょくで戦力を比べる時代は終わったのだ。 時代は空だ、戦闘航空獣ファイターエアクラフトだ、戦争は空を制す者が戦争のすべてを制す。テュレンヌよ、お前には散々煮え湯を飲まされ続けていたが、それもここで終わりだ」
 フフフ、とフィオラケスは実に愉快そうに、笑いを堪える。戦地こそが我が生き場所と言わんばかりの笑みだった。

 カロス王国の司令官テュレンヌはフィオラケス=アルビノウァーヌスとそれが所有するオンバーン部隊の危険性は十分に承知していた。だからこそ、真っ先にアルビノウァーヌス領への侵略と制圧を行い、さらに人質を取って脅して戦力を削ぎ落し、フィオラケスを南部戦線に釘付けにしている隙に北部から一気に攻め込もうと画策していた。その完璧に思われた策は、一人と一匹の忍者の暗躍によってすでに崩れ落ちていた。

「反撃の開始だ」

 ニャオニクスの超能力で司令官のフィオラケスの脳と意思を接続し、空中で互いに連絡を取り合い、統率が取れたオンバーン戦闘航空獣部隊によって、カロス王国テュレンヌ子爵などが率いる3師団が壊滅に追い込まれるまであと9日に迫っていた。


「ところでカゲマサ、思ったのだが」
「どうした」
「ナルツィサの方がお前より忍者らしくねぇか?」
「言うな」



 o◇  o◆  o◇  o◆  o◇  o◆



「あんっの! クソカロスがっっ!!!」
 フィオラケスは血走った目を見開き、顔を真っ赤にして怒り狂う。

「ベトベトンの川でバタフライしたら、ケンタロスのクソで口を洗って、スカタンクの毛布でぐっすりするのがお似合いだ、そして寝てろ、永遠になっ!!!」
「フィオちゃん、こわーい」
 とても表に出せないような呪詛を吐きながら、手に持っていたヒトツキを振り回して暴れ回る。

 ナルツィサもカロスの蛮行に怒り心頭であったが、あまりにもフィオラケスが怒り狂うもので、そんな感情も引っ込んでしまった。彼が怒り狂うことには慣れていたのだが、ここまでの怒り方は見たことが無い。彼が声を張り上げるほど、ナルツィサは反対に冷静になれた。
「……さて」
 ナルツィサは椅子に座り、顎を掌につき一人考える。

 端的に言えば自分たちは、帝国そのものに嵌められたのだ。

 帝国内には低い爵位の割に一定の権力を保持するアルビノウァーヌス子爵家を疎ましく思っている者が多い、カゲマサの簡単な調査によると、その者達がアルビノウァーヌス子爵家を失脚、いやこの国から追い出そうとカロス王国と取引をして軍を手引きしていた形跡がいくつも発見されていた。
 面倒事になりそうなこの宗教対立に巻き込まれたくなくて、アルビノウァーヌス家は帝国内部からは距離を取り、戦禍に巻き込まれないようにしていた。その対応が完全に裏目に出てしまった、
 今改めて考えれば、いくら戦場からこの領地が離れていたといえど、このような大規模な戦争があれば何かしらの打診があって然るべきだったというのに、何も声を掛けられなかった。そうして蚊帳の外に置かれている間にすべての外堀を埋められてしまったのだろう。ヅツマルズハウゼンでの交戦の時点ですべては定まっていたということか。

(王弟と侯爵…… いや公爵令嬢あたりから宮廷騎士団長までここに噛んでいると考えるべきかな?)

 どこまでが糸を引いていたかは不明だが、どちらにしても帝国の半分が敵に回っていたことには変わりなさそうだろう。
 何が欲しかったのかは分からないが、戦争に乗じて帝国戦力の一角であるアルビノウァーヌス領をカロス軍に攻めさせて占領させてしまうなど、すなわち帝国の敗北を招く自殺行為であり、許されざる裏切りだ。

 奴らはこの帝国を売った。

 あの時ウェストファリアで結ばれた条約の意味を彼らは分かっているのだろうか? いや、自分の領地と財産さえ良ければいいのだから分かった上で背徳行為に加担していたのだろう。帝国という立派な胴体をそこに残しておきながら手足をもがれ、生きることも死ぬことも自力でできなくなる、あのような立派な紙と書式で書かれた『死亡証明書』をナルツィサはいままで見たことが無かった。
 彼らにとって帝国が負けようと構わない、自分の身が安全であれば良いし、騎士らしい忠誠心など無い。
 ナルツィサは、ぎゅっと手に持っていたヤヤコマの羽根ペンを強く握りしめる。

「腐れブルンゲル野郎がっ! 呪われボディで朽ち果てろ! 俺に! カロス王の靴を舐めろと? 冗談はおいておけ、どの口が言うのか? アァ?! 差し出された脛を噛み砕いて、一生その玉座から立ち上がれなくしてやろうか? ははっ、お似合いだ! さぞかしその椅子は座り心地がいいのだろう? 喜べよ、ずっと座ってられるぞ」

 唾を飛ばして怒声をあげるフィオラケスに警戒を配りながら、ナルツィサは外からくちばしで窓をノックするヒノヤコマを迎え入れてその伝令を聞く、そしてすぐに褒美のエサを食わせた後で、次の伝令を与えてヒノヤコマを見送る。
 今必要なことは今後の判断するための情報、状況調査が第一だが。その前に目の前のなんとかしておかないといけない問題があった。

「なあ、フィオよ。フィオラケス=アルビノウァーヌス殿」
「あ゛?」
「旅に行かないか」
「なんだってぇ?」
 殺意を込めた眼光に怯まず、ナルツィサはしっかりとフィオラケスの眼を見て話しかける。

「お前はこのままカロス国王の下にくだったら、剣で国王の喉笛を狙うだろう? それに関しては大いに賛成だ。私は喜んでお前の剣になろう。二人でバスティーユに放り込まれて、一緒に死のうぜ。
 ただ……その前に少しだけ、私のワガママを聞いてくれないか?」
「……ふむ」
「私はお前とこの帝国の隅から隅を焔馬で駆け抜けて、たくさんの街を巡ってきた。カルテンの騎士祭に、乙女の復活祭、カレルの橋市場、ザルツの音楽祭――執務や訓練を二人で抜け出していろんな場所を回っては酒を飲み歩いていたよな。本当に楽しかった、もう帝国には行ったことのない場所など無いんじゃないかな」
「何が言いたい」
「帝国はもう見飽きた。でも私はカロスはまだ何も見れてない」
 ナルツィサは両手を広げながら、フィオラケスに訴えかける。

「今までは敵国で自由に走れなかったカロスを、やっと旅して回れるようになったんだ、まずはメガシンカの聖地であるシャラとヒャッコクには行ってみたいな、いやその間に口直しにキナンに寄るのもいいかもしれないな、その海の向こうにはエセ神聖ではない本物のローマがっ!」
「見えるわけないだろ」
「心の眼で見るのさ。あとは、そうだな……うちのクグロフの味の改良を目指した研修旅行もしてみたいな、美食にうるさいカロスを巡ればいずれは王室御用達の菓子にもなれるかもしれない」
「卸してたまるか」
「まあ、無理だろうから言ってみただけだ。本気にするな」
「で、何が言いたいんだ?」
 フィオラケスは腕と足を組んでナルツィサに問いかける。


「一緒に生きよう」
「……それで?」


「フィオちゃんよ、私たちは生き場所と死に場所を求めて、ここまで来たよな。悪いけど、まだどちらも見つかってないと思うんだ。
 生き場所はここでもないし、死に場所はカロスでもない。それどころか生きるとか死ぬとか、そういうことを論じるにはフィオはひよっこ過ぎる」
 フィオラケスはじっとナルツィサの眼を見た後で、観念したように大きなため息をつく、
「全く敵わないな…… 分かった、一緒にいこう。ひさしぶりに旅支度をまとめようか」

「ありがとうな。愛してるぞー フィオラケス」

 ナルツィサの言葉に、フィオラケスは言い飽きてうんざりした顔で、答えた。

「はいはい、私もだ」

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