楽に生きるには、どうすればいいんだろうな

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「お父さんを亡くしているの。」

驚きで声も出なかった。そんな事、信じられなかった。いつも明るく振る舞って、チームだけでなく、本部の全員を引っ張っていくあのレイが、父親を亡くしているなんて、誰が考えるだろうか。

「レイ、そんな事を隠してたなんて……。」
「ごめんなさいね……。言わないでほしいって、口止めされちゃって……。」

サクラは申し訳なさそうに言う。

「私達、信頼されてないのでしょうか……。」

ヨミは、不安と不満とが混ざりあったような顔をして呟いた。アザミも、眉間にシワを寄せ、唇をキュッと噛み締めている。それもそうであろう。チームメイトに隠し事を、ましてやこんな大事な内容を長い間教えてもらえなかったのだ。不安にならない方が可笑しい。

「……たぶん、心配されたくないんじゃないかな……。」

サクラは、困ったような悲しそうな複雑な顔をして言った。心配されたくない。その言葉に、アイは反応した。彼女もレイと同じような所が多々あるからだ。前にアイは風邪を引いた際に、チカに心配を掛けたくなくて、大丈夫だと偽った経験がある。そのおかげで、かえってチカに心配を掛けてしまった事は、苦い思い出である。レイも、二人が大切だからこそ、心配を掛けたくなかったのだろう。その感情は、十分に分かっているつもりだ。

「彼のお父さんが亡くなられた時が、丁度アザミちゃん達へのいじめが起きていた頃と同時期だったから、尚更でしょうね。」

それを聞くと、アザミ達は俯く。そんな時でさえ、自分達の事を最優先で考えてくれていたレイに、申し訳なさと有り難さで胸がいっぱいになった。
サクラは、何処か遠くを見つめながら話しを続ける。

「お父さんが亡くなった時にね、夏なのに雨が降っていたんですって……。その時の事を思い出してしまったのね……。」
「そうだったんだ……。」

チカは弱々しい声で言った。今まで彼を誤解していたかもしれない。レイは、明るくて楽しくて、本部のムードメーカー的存在。そして、誰にでも優しくて大切に出来る。けれど実際は、こんな辛い過去を持っていたなんて……。チカ達は、今までの自分達を呪いたくなった。

「レイくんはね、アザミちゃん達に祈祷師になる事を勧めるか、とても悩んでたのよ?」















~~~~~~
「レイくん、最近アザミちゃん達はどう?」
「最近は落ち着いてきてるよ。」

夕暮れ時の教室に、二つの影。サクラとレイだ。レイは窓際の机に座り、外を見ている。サクラは、教卓に山積みになった書類の整理やテスト類の採点をしている。レイの父親が死んでから、彼によく相談されるようになり、サクラは放課後教室にいる事が多くなった。それどころか、日課になりつつあるのではなかろうか。

「まだ誘うか迷ってるの?」
「……うん……。」

誘うというのは、この学校を卒業した後、アザミとヨミと三人で祈祷師になるかどうかという事である。祈祷師だった父親が死んだのだから、迷わない訳がない。

「二人にはお父さんの事、言ったの?」
「……そんなの言える訳ないよ。それに、二人はそれどころじゃないだろうし。」

レイは周りを気遣える。それはいい事なのだが、自分の事を後回しにしてしまうから、なんとも言えない。サクラは、自分がどうにかしてやれたらいいと思うのだが、どうにも手に負えなかった。何もしてやれない自分が、とても憎らしかった。
すると、何処からか風が吹いてきた。レイの方へと目を向けると、窓を開け放ち、窓枠に手をかけながら外を眺めている彼がいた。その瞳は、いつもより暗かった。

「なあ、先生……。」
「何?レイくん。」

彼に呼ばれたので返事をする。しかし、その声色には、少し不安が含まれていた。それもそうであろう。あんな表情をしているポケモンに、不意に呼ばれれば、誰しも普通に返事は出来ない。サクラはなるべく平然を装う。

「楽に生きるには、どうすればいいんだろうな……?」
「それは……」

サクラは答えられなかった。そんな事、自分が分かる訳がないし、むしろ、自分自身が知りたかった。

「やっぱ、そんなの誰も分からないよな。」

レイは苦笑混じりに言った。その表情に、サクラは心が締め付けられる。それほどに痛々しかった。彼に手を差しのべる事さえ出来ない自分が忌々しかった。彼の前では、自身のしなやかな腕もないような物。

「……やっぱり、我が儘なのかな……。」

彼の呟きは、風が拐っていった。
~~~~~~

















「レイったら……。」

アザミは呟いた。その声は、とても寂しそうだった。他の三人も俯いて、何も話さなかった。その中でも、光芒の二人の落ち込みぶりは凄かった。レイは自分達以上の沢山の問題を抱え込んでいた。そんな事とは知らず、当時の自分達は自身の事しか考えていなかった。絶対に何処かしらでサインが出ていたはずなのだ。『目は口ほどに物を言う』ということわざがあるように、仕草や表情に出ていたはずなのだ。そんな事にも気付けず、彼に一人で抱え込ませてしまっていた自分達が、情けなくて堪らなかった。

「彼は、祈祷師につきまとう危険性を、身をもって知っていたわ。だからこそ、どうしたらいいのか分からなくなってしまったのね。」

サクラは、顔を俯かせ言う。その表情は良く分からない。
レイは、祈祷師の父親を亡くしている。祈祷師という者が、死という物と隣り合わせだという事を、身をもって体験したからこそ、アザミ達に祈祷師になる事を勧めるか迷ってしまったのであろう。それはそうであろう。大切な友達に、わざわざ危険な事を勧めたいと思う者がいるであろうか。大体は、そんな事はしたくないと思うはずだ。けれど、彼らの場合、アザミ達のいじめ問題を解決するには、祈祷師になるという選択肢しか用意されていなかった。だから、仕方なくという可能性が高い。
そうなると、前にレイが強くならないといけないと、自身への戒めのように言っていた事も納得できる。もう二度とあの時のような事が起こらないように。自分の友達や本部の仲間達が犠牲にならないように。過去の出来事が、彼を鎖で繋いでしまっている。しかし、それは彼だけではないらしい。

「私は貴女達に何もしてあげられなかったわね……。手を差しのべる事さえ出来なかった……。先生失格ね……。」

サクラは力なく言う。今にも机に伏してしまいそうな頭を支えるべく、額に手が添えられている。そんな彼女に、アザミ達は微笑みながら声を掛ける。しかしその表情には、憤りのようなものも含まれていた。

「そんな事ないわよ。」
「声を掛けてくれる。それだけで、私達は嬉しかったんですよ……?」

サクラはその言葉に顔を上げると、一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに笑顔を見せた。しかし、それは無理に笑っているような、痛々しい笑顔だった。
















「レイ、あんな過去を持ってたんだね……。」

アイとチカは本部へと戻る為、大通りを歩いていた。他の二人は、先に帰ると言って走っていってしまった。恐らく、レイの元へと行くのであろう。
チカがそう呟いたので、アイは頷く事で返した。

「アザミ達、上手くいったらいいな……。」
「そうだね……。」

ふと空を見上げると、空が燃えていた。雲の一つ一つが、火花を上げながら流れていった。



















一方アザミ達は、本部に帰宅するや否や、レイの部屋へと一目散に駆けていった。理由は、帰り際に言われたサクラの言葉にあった。

『レイくんって、何でも一人で抱え込んでしまう癖があるから……。二人が助けてあげてね。』

レイが手遅れになってしまう前に、自分達が守らなければ。その一心であった。
彼の部屋へと着くと、アザミが声を掛ける。

「レイ、いる?」

彼女がそう声を掛けると、中から「おう!」という返事が返ってきた。彼女達はそれを聞くと、中へと入っていった。中に入ると、武器の銃の手入れをしているレイがいた。

「どうしたんだ、二人共?」
「どうしたんだじゃないわよ!」

アザミは叫ぶように言った。その行動にレイは驚き、言葉が出なかった。

「貴方の過去の事、聞いてきました……。」

その言葉に、レイは全てを理解した。

「誰に聞いたんだ?」
「サクラ先生です……。」

レイは正直、なんて事をばらしてくれてんだと思った。しかし、ばれた事はもうどうしようもない。レイは思った事を素直に聞く事にした。

「その……二人共、どう思ったんだ?まだ、俺と祈祷師してたいか?」

彼の声はとても弱々しかった。彼が喋っているのかと、疑いたくなる程だった。

「してたいに決まってるじゃない……。」
「辞めたいなんて思う訳ないじゃないですか!」

二人はそう言った。そして、アザミはレイの肩を掴むと叫んだ。

「だから、隠し事してんじゃないわよッ!!」

彼女の声は震えていた。その瞬間レイは、今までやってきた事は、間違いだったのではないかと思った。知られたくないとしても、せめて彼女達には教えておくべきだったのではないのか。だって、チームメイトなのだから。彼女達が自分の過去を知ったとしても、決して拒絶するはずがないのだ。そんな事さえ信じられなかった。自分は、仲間を信じていなかったのだ。なんと愚かなのだろうか。
レイは、アザミの頭を撫でながら言った。

「ごめんな……。」
「私達は、祈祷師の危険性を知って、それでもやりたいと思って、この夜桜堂で祈祷師になりました。自分で決めた事なのですから、レイを責めたりなんかしませんよ。」

ヨミは、優しく微笑みながら言った。その言葉に、レイは救われた気がした。















その夜、レイはある出来事を思い出していた。それは、あのサクラとの思い出だった。

~~~~~~

「レイくん、最近困ってる事ない?」
「ないよ。」

父親が亡くなった直後のレイは、酷く落ち込んでいた。それを心配して、サクラがよく聞いてくるのだが、当時の彼は断固として本音を言おうとはしなかった。心の何処かで、『こんな奴に、自分の苦しみが分かってたまるか!』と思っていたのかもしれない。しかし、今日の彼女は違った。レイに目線を合わせると、真剣な表情で言った。 

「私は、君の事を知りたい。力になりたいの。」

レイは目を見開き、そして顔を歪めた。

~~~~~~

そんな事もあったなぁと一人思っていると、ふと一つの写真が目に入った。それは、机の片隅に置いてある、父親と母親と三人で写っている家族写真だった。それを見ていると、ふとある言葉がよみがえった。幼い頃に聞かされた父親の言葉だった。

『レイ、祈祷師ってんのはな、決して楽な仕事じゃないんだ。』
『じゃあ、なんでパパはきとうししてるの?』
『それはな、やりがいがあるからだよ。困ってるポケモンを助けるとな、みんな有り難うって言ってくれるんだ。それを聞くとな、もっと頑張りたいって思うんだ。』
『そうなんだ!じゃあ、おれ、大きくなったらパパみたいなきとうしになる!』
『そうか!頑張るんだぞ!』

自分は、父親のような皆から頼られる祈祷師になりたかったのだ。しかし、頼られるだけではいけない。誰かに頼れるようになってこそ、立派な祈祷師なのだ。レイはそう思った。
レイは締め切られたカーテンを開き、窓を開けると、そこから少し身を乗りだし言った。

「父さん。俺、立派な祈祷師になってみせるよ。だから、見ててくれよな!」

その宣言は、夜空へと吸い込まれていった。
この世に、楽に生きる道などないのであろう。しかし、それがポケ生なのだ。楽に生きたって、つまらないだけだ。ならば、精一杯足掻いてみせようじゃないか。
レイの表情は、いつもより何倍も晴れやかだった。

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