第28話 湯気と布団と、ちょっとした悩みと

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 飯を食わねば戦はできぬ。 ということで、まずはご飯作りに取り掛かっていた。 用具は既に持参してある。 街から必需品として必ず入れるよう言われていたからだ。 その分荷物は重くなるのだが、ちゃんと調理をして食べた方が体にも、何より精神的にもいい。 温かい食事は張り詰めた心をほぐしてくれる。
 4匹と意外にポケモンの数は多いので、複数料理を作ることになった。 ユズがサラダ、ケイジュが木の実炒め、ジュリがカブのポタージュ(村の特産物らしい)、そしてキラリは火の番という感じである。
 さて。 何故キラリに直接料理をさせないのか? それには大きな理由がある。 ユズが力尽くで止めたのだ。 実は、普段の日常の中でも、料理は基本ユズが作るようになっているのだ。 彼女にはちゃんとセンスはあるようで、レシピに沿って基礎に忠実に作れば大体は良いものが出来るというレベルである。 そして、キラリも料理が出来ないというわけではない。 やろうと思えば普通に食べられる料理を作ることは難しくは無いだろう。 ただ、それでもキッチンに立たせてもらえないのは、どうしてもそれをぶち壊すほどの破壊力のある欠点が備わっているからであり......。
 
 
 
 
 超真剣にスープを作っているジュリに、そろりとキラリが忍び寄る。
 
 「ジュリさーん、ポタージュできそうですかー?」
 「いきなり接近してくるな! 俺に聞くなら鍋の様子を見て判断しろ鬱陶しい」
 「うぐっ......はーい......でも、結構できてる......美味しそう......よしっ!」
 
 キラリは徐に大量のモモンの実を取り出す。 流石にこれには驚愕せざるを得ない。
 
 「おい......貴様何をっ......」
 「もっと美味しくするために、この甘〜いモモンの実を大量投にゅ......」
 「キラリストーーップ!!!」
 
 光の速さで、ユズはキラリの愚行を止める。 キラリに自覚はないようで、何故かと首を傾げる。
 
 「えっ、ユズなんでー!? いつもそうだけど、別に隠し味ならいいじゃん! 甘くて美味しいよ!」
 「いや、その量は隠し味のレベルじゃないから、スープが綺麗なピンクになっちゃうから......」
 
 ユズは必死でキラリをなだめる。 流石に本ポケを傷つける気はないのだが、ケイジュとジュリを超甘党であるキラリの新たな被害者にしてはいけない。 初依頼の後のレストランでの激甘モモンタルトの悲劇を繰り返してなるものかという使命感が彼女の中にあったのだ。 きっと、あの時のレオンも同じ気持ちだったのだろう。
 
 「......まあそこまで言うなら......美味しいけどなぁ......折角持って来たのに」
 「ごめんね......どうかまたの機会に。 ......ていうかこんなにモモンの実詰めてきたの!?」
 「えへへ......長い間だしいいかなぁって......」
 「まあそうだけど......」
 
 危機を脱した安堵か、キラリに対する呆れか。 ユズはふうと息を吐く。 当然他2匹は状況が全く掴めていないのだが、取り敢えずさっきのは忘れたことにしてそれぞれ料理を続ける。しかし、あのモモンの山は流石に心臓に悪かったのは事実ではある。 ジュリは胸のバクバクを感じながらひたすらぐるぐる鍋の中を混ぜていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「美味しそー!」
 
 甘々の危機(勝手に付けた)から少し時間が経ち、料理はいい感じに出来上がった。 火の番のために暇でしかなかったキラリにとっては最大の喜びである。
 一応目立った失敗もなく、予想通りに仕上がっていた。 まあ個性というのは出るもので、何故かケイジュの炒め物はどこかの雑誌にありそうな程綺麗な盛り付けになっていた。
 だが、大事なのは味だ。
 
 『いただきます!』
 
 食への感謝の掛け声と共に、皿へと手が伸び始める。 皿の上に乗った食事はあっという間に減っていく。 当然だろう。 1日中ぶっ通しで探検していたのだから。 その中で、意外な才能が発掘される。
 
 「......ジュリさんプロの料理ポケモンか何か?」
 「......俺の評価上げて有頂天にさせてそれから欠点言いまくる魂胆でもあるのか」
 「いやいや本当に! 美味しくてスプーンが進むのなんの! お母さんのより美味しいと言ってもいいよ?」
 「それキラリのお母さんかわいそうな気が......まあ確かに凄い美味しい」
 「素材の味が良いだけだろ」
 「貴方いつもそう言ってませんか? 素材の味を引き出すのも簡単じゃないですし......料理って知性が要りますしね。 そこは唯一見習いたいところですね」
 「......盛り付けに時間かけ過ぎているくせに何が見習いたいだ」
 「見た目も命ですけど?」
 「両立できていなければ完璧とは言えん」
 「よく言いますよ......そっちこそ両立出来てないくせして」
 「......何?」
 
 ばちばちと2匹の間に火花が散る。 正直村を出る前のいさかいとそこまで変わりはない。 ユズとキラリは苦笑いしながら密かに思った。
 ーー今日のあれこれの意味は??
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 それから簡単な藁布団を敷き、少し普段より早めの時間に寝ることになった。 これもまた疲れを取るためである。 寝つきがいいのかジュリとケイジュに関しては真っ先に寝てしまった。 キラリもそんな中目を閉じようとするのだが、ユズがちょいちょいと彼女の肩を叩く。

 「ユズ? どしたの?」
 「......キラリ、ちょっと話さない?」
 「? いいけど」
 
 目を擦りキラリはユズの方を見る。 夜更かしして何かを話す時はそこまで多くないため、何か重要な話なのだろうというのは簡単に予測できる。 案の定、飛び出したのは今日の試練について。
 
 「キラリ。 あの試練って、光線に当たっちゃったポケモンが対象になっちゃうんだよね......?」
 「だよね、それでジュリさんが私を庇って対象になったと」
 「それなんだけど、あれって当たったポケモンの過去を呼び起こすんでしょ? だったら......その......」
 
 ユズは少し苦笑し上目遣いになる。 キラリが気付いてくれるのかを、試しているようにも感じられる。
 
 「......あ」
 
 その雰囲気がキラリに届いたのか、彼女は少し抜けた声を出す。 そして、暗くて分かりづらいが少し顔が青ざめた。
 
 「......ユズが当たってたら人間時代の事をちょっとは思い出せた......だよね?」
 「うん」
 「......そっかぁ......」
 
 キラリは思い切り後悔の念に襲われ、頭を抱える。 あの時庇いに行ってなかったら、ユズの記憶の手がかりを掴めた。 それに、ジュリにわざわざ辛い記憶を呼び起こしてもらう必要も無かった。
 
 ......つまり。 ユズを助けに行ったあの行動は完全に、無駄足?

 
 「うわあああユズ本当ごめん......! 言うこと聞かずに突っ込んじゃったし本当に......」
 「えっいやいや謝罪を求めてるわけじゃないよ!? そういやそうだったなって今更ながら思っただけで......」
 「いやでも......ああ、勿体無いことしちゃったなぁ......あのゴルーグが色々懇切丁寧に説明してくれりゃよかったんだけど」
 「ありのままの自分で過去に向き合うものだったと思うし、警戒されるとあちら側からすればきつかっただろうしね......でも、今回はいいんだよ、別に」
 「え? だって折角のチャンス......」
 
 キラリは首を傾げる。 普通最大のチャンスを失えば、誰もが悔しがるものだが......? 例えば、大事な場面で混乱で自滅するとか。
 ユズは少し考えた後答える。
 
 「なんというか、当たりたくないなって感覚の方が強かったから。 私のわがままだけど、思い出す時は心の準備が欲しい。 前の夢からして、何かロクでもない事が起きたのは簡単に分かるから。
 もし私が当たってたとしたら、ジュリさんと同じような感じになってたかもしれないし」
 「なるほど......」
 
 キラリは遠征前、悪夢を見た後のユズの顔を思い出す。 夢とはいえ、詳細が掴めないとはいえ、かなり辛そうだったのだ。 具合が悪くなって戻したとも言っていた。 さて、もし、何の準備も無しに、突然記憶が蘇ってきたら......?
 勿論謎は解ける。 ユズがこの世界に来た理由も。 力の正体も。
 でも。 記憶がユズの心に大きな影響をもたらすのは事実だ。 最悪、何かあった場合はユズの心も壊れかねない。 奈落に沈んでしまいかねないーー。
 
 
 キラリは無意識にユズの前足を握った。 絶対に離すまいと決意したように。
 
 「......ユズ、大丈夫だからね? 私もいるし、みんなもいるし。 一緒ならなんとかなるからね?」
 
 突然の事にユズはきょとんとするが、その手の温もりは嘘ではないとすぐに理解した。 ありがとうと呟く。
 
 「そういえば、キラリは大丈夫? さっき、随分落ち込んでたけど......」
 「うーん、正直分からないんだよね......というか、ジュリさんへの言葉、励ましでもなんでもなかったんじゃないかって今更ながら思う」
 「励ましじゃないなら何?」
 「......信じられないものを、無理に受け入れる必要は無い。 今まで信じてきたものを信じればいい。
  これ、私自身が自分に言い聞かせてたんじゃないかって......自分の中で答えが出ないなら一旦遠ざけろって。 そう私の心が言ってたというか?
 ......何かを遠ざけたり、憎んだりするポケモンの気持ちを分かってあげられなくて、未知のもののように感じられて......とにかく嘘でしょって思う気持ちに対してね。
 要するに全部悩みを覆い隠そうとしてた。 ジュリさんのためじゃなくて、私自身が壊れないために。 ......情けないでしょ? 助けられたから、結果オーライなんだけど」
 「......キラリ」
 
 キラリはふにゃりと笑うが、少し影が見え隠れする。 結果オーライという言葉が、こちらに心配をかけまいとする優しさのように感じられた。 別に大丈夫だから、と。
 ......実際は、凄く悩んでるくせに。
  まだ、思い切り頼りきるというのは難しいのだろうか。 ......まあ、それはユズも同じだろうが。
 
 
 ユズは少し考えた後、キラリに対して優しく言う。
 
 「......いいと思うけどな、それでも。 どっちにしろ、1番ジュリさんのことを心配してたのはキラリでしょ?
 それに、そんなことよく考える時間も無かったし......助けたい思いの方が絶対強かったと思うよ? あの口調には、自分『だけ』守れればいいなんて感情は無かった。 ......きっと両方だよ。 ジュリさんも守りたいし、自分も守りたいっていう」
 
 答えは、すぐには出ないだろう。 ユズもキラリも。 だから、結論はもう1つしか無いのだ。
 

 「......分からなくても、ゆっくり答え見つけてこ? 私も、頑張るから」
 

 彼女の前足がゆっくりキラリの頭を撫でる。 その時、キラリの鼻が、ほんのりとした柚の香りを感じとった。 柔らかく、暖かさすらも感じさせる。 この香りと優しいなでなでが、ダブルで彼女の涙腺を刺激してくる。
 
 「......ありがと」
 
 流石に泣くのは羞恥心が許さない。 キラリは下を向いて微かに笑ってみせた。 そんな彼女に、ユズは慈愛を込めた笑みを見せる。
 そして、こんな重い話をした後では話題もうまく転換出来ない。 2匹はそれぞれ、少しだけまた軽くなったもやもやを抱えながら横になる。
 ユズは、己の過去の悩みを。
 キラリは、今日明るみに出てきた悩みを。
 
 明日になれば2匹は何事もなく笑うだろう。 そして、まだ見ぬ頂上を目指していく。 そこに待つ未知の宝が、負の方向に傾きかけた心を明るい方へと引き戻してくれるーー。
 
 
 
 
 




 
 
 
 
 ......それから少し。 2匹も完全に寝静まった後、ごそりという音がした。 それは、誰にも聞こえない音量で呟く。 何を考えているのかは、それのみが知る。
 
 
 「......人間、か」

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