第27話 その翼は何処へ向かうか
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
キラリは、しばらく動く事が出来なかった。
目の前で伸ばした手が払われた。 それも、怯えた顔で。 今まで言わなかったような言葉も漏らして。
別に大怪我をしたわけではなかった。 ダンジョンで受ける攻撃の感覚と、本来同じものであるはず。 それなのに、何故かその葉の剣による痛みはひりひりとその右腕に響く。 ......ジュリの言葉が、化け物という声が、何故か頭から離れないーー。
「キラリっ!」
ユズの切迫詰まった声が、キラリを現実へと連れ戻す。 その瞬間にゴルーグの攻撃が来るが、なんとかユズが[リフレクター]を使って凌ぐ。 それから少し後ろへ下がった。 今までの行動からして、奴が長距離技を持っていないだろうというのが唯一の救い。
「大丈夫!? びっくりしたよ......」
「ごめん......でも、ジュリさんが......」
「......だよね。 ジュリさん、一体何が......?」
ユズは深刻な雰囲気を顔に表しながら、ジュリの方を見やる。 見れば一瞬で分かるが、今の彼は戦える状況ではないようだった。 完全に錯乱している。 理性が吹き飛んでいる......と言ってもさほど違和感は無いだろう。 まあ何にしても、こちらが不利という事実は変わることはないのだが。
混乱の最中、ケイジュがこちらに素早く駆け寄ってくる。
「2匹とも、無事ですか?」
「は、はい......でもジュリさんが......!」
「......やられましたね」
「ケイジュさん、これって......?」
「......私の考えですが、過去に打ち勝てというのは、言葉通りの意味でしょう。 あの光線にはカラクリがあった。直撃したポケモンの、恐らく最も封印したい記憶を掘り起こす......というところでしょうか」
「......そうだ、私が当たりそうなところを、ジュリさんが庇って......でも、なんで」
確かに疑問しかない。 果たして彼がそんなことするだろうか。 ジュリのイメージにはどうしてもそぐわない。 だが、それなら光線が当たり直前に叫ぶような声がしたのにも頷ける。 でも何故?
そこに、ケイジュがまた捕捉する。
「......彼はそういうポケモンなんです。 自分以外の何かが危険に晒された時、すぐに戦禍に飛び込み助けに行くのです。 だからこそ村に貴方方が入った時もすぐに矢で止めた訳ですし......癖として、染み付いていたのかもしれないです。 例え味方が余所者であっても」
「......じゃあ、それって......私達のせいじゃ......!」
ユズが問いかける。 ケイジュは首を振り、それを否定した。
「それは違うと言っていいでしょう。 どちらにせよ、避けるのが困難だったのは事実。 気に病むことはありません。それより、今は彼を元に戻さねば......」
「......どうやって?」
「キラリ?」
後ろ向きな発言にユズは戸惑う。 キラリは体を震わせながら、不安を吐露した。
「大丈夫だって声......届かなかった......。 私達、ジュリさんのこと全然分からないし、元に戻すって言われても......そんなの......そんなの......!」
少し赤く腫れた右腕をぎゅっと握る。 それはただ単に痛いわけではなさそうだった。 強く握って、その痛みによって自らを断罪しているようでもあった。
何も知らないのに。 助けるなんて、軽々しく言えるのかーー?
右腕に、そっとユズの前足が乗る。 そして[アロマセラピー]を出してきた。 優しい香りは、ふわりとその傷を癒す。
「......ユズ」
「キラリ、私もいるよ。 ケイジュさんもいる。 きっと大丈夫」
「でも......やり方は?」
「正直考えてる暇はない。 でも、やらないとジュリさん、ずっと過去に苦しめられたままかもでしょう? ......思いの丈を目一杯叫ぶしかない。 届くまで、何度も」
「何度も......?」
「うん。 ......見殺しにするなんて、キラリは嫌でしょ?」
「そりゃ嫌だよ......!!」
沈黙の間もなく答えるキラリに対して、ユズは頷く。 諦めるなと言いたげに。
「それならやるだけだよ。 大丈夫。 色々悩むのは、その後にしよ? 3匹いれば、絶対いける」
「ユズ......!」
「......あと、もう1つ」
ケイジュが会話に入ってくる。 少し横目でジュリの方を見ながら話してくる。
「ジュリ自身が、私達をトリガーにして立てるかどうかです。 ですがこれは......問題無いでしょう。 彼なら立ちます。 あんな強気で面倒臭いポケモンが、くたばるとは想像出来ない。 やりましょう。 何度でも語りかけましょう」
「ケイジュさん......!」
「キラリ、いける?」
キラリは頰を1回叩き、こくりと頷いた。
「......うん。 やるだけやってみよう。 諦めたらそこで終わりだもんね! うん! 頑張れ私!」
「キラリ......!」
「......決まりですね」
3匹は真剣な面持ちで、ジュリ、そしてゴルーグの方を見る。
「行こう!!」
キラリの掛け声と共に、3匹は一斉に走り出した。
「[こうごうせい]からのっ......[ミラーコート]!!」
「っ......!」
まずはユズから。 攻撃を跳ね返すための[ミラーコート]を、[こうごうせい]によって発生する光を跳ね返す鏡へと転用する。 それを意図的にジュリに当てて、こちらへと彼の意識を向けさせる。
「ジュリさん! 何があったかは分からないけど......でも、絶対辛いはずだよね? でもごめんなさい。 私達は、あなたの悲しみを知ってあげられない!」
「うぐっ......」
また呻き声。 それからユズの声にケイジュが追随する。
「そして聞く気も私にはありません。 寧ろ、強がりな貴方はそれを望む事は絶対に無いでしょうし......そのままならそれでもいいでしょう。 ですが、貴方はそう簡単に崩れるポケモンとは私には思えない!」
ケイジュは近づいてくるゴルーグをなんとか遠ざけ、時間を稼ぎ続ける。
そして隙を見て[うずしお]を使い、一時的に相手の動きを止めた。 図体が大きいお陰でより大きな渦潮を起こさねばならなかったため、ケイジュの顔には汗が浮かんだ。
その頑張りを無駄にはさせないと言わんばかりに、キラリは叫ぶ。
「......ジュリさん! 別に私達を信じてくれなくたっていいよ!!」
キラリは改めて感じていたのだ。 当たり前だったものが揺らぐ怖さを。
自分達の住むところに来てくれたポケモンを追い出すのはあり得ないと思っていた。
お尋ね者でもないのに、こちらに敵意を向けてくるなんて信じられなかった。
ーージュリの様に、果てしない恨みを抱えながらも抑えながら生きているポケモンがいることも。 こちらの思いが届かないことも。 全然意識なんてしていなかった。
正直、今も分かりきってはいないのだ。 右腕の痛みは和らいだものの、今も心の痛みとして燻っている。
それでも、言わねばならないことがあるのだ。
あの月が瞬く夜、図書室で少し話したからこそ。
冷酷以外の、別の面も垣間見たからこそ。
「......私ね」
先程とは違い、柔らかな口調でキラリは語りかける。
「何を信じたらいいのか、正直よく分からなかった。 ......いや、意識すらしてなかったのかもしれない。 どうすればいいのか分からなくて、拠り所も無くて。 どっちにしろ、凄い怖かった」
そして、「でもね」と言葉を紡ぐ。 少しユズの方を見ながら。
「それでも、ユズは私の隣にいてくれた。 というか、いっぱいいっぱい、いーーっぱい助けられた」
「......キラリ」
ユズは慈しむかの様な優しい表情になる。 お互いに少し頷きあった。 そこからの言葉はユズが受け継ぐ。
「......私も、キラリには沢山助けられた。 そして、他のポケモンーー例えばユキハミちゃんとか、長老様とか。 ケイジュさんもそうだし、......ジュリさん。 あなたもですよ?」
「うん。 ......私達、確かにちっちゃいし、とても弱い。 でも、それでも、信じたいなって......そう思えるポケモンは、確かにいた! 1匹で悩んで壊れなきゃいけないことなんてないし、頼ってもいいんだって思えた!」
ジュリは少し唸る。 そして「黙れ」と言わんばかりに、1本の矢を放ってきた。 勢いは弱いが、2匹の方にまっしぐらに向かってくる。
だが、それはケイジュが咄嗟に放った1つの水流によってばきりとへし折られた。 まるで、激情では全て解決しないことを暗喩するかのように。 2匹の前に立ったケイジュは、1つ息を吐いてジュリの方を見た。 真摯な目つきのまま、口を開く。
「.......ジュリよ。 それは、貴方も同じでは?」
「うるっ......さいっ.......貴様らなど......貴様らなどっ!!」
泣き喚く子供のように、ジュリはそこらかしこに矢を放つ。 3匹は避けながら、なおも諦めず続ける。
「ジュリさん、どうか思い出して!!」
「貴方の記憶は、過去の悲劇だけですか? ......違うでしょう!!」
嘆きによって深淵に閉ざされたジュリの心に、ひたむきに言葉を届け続ける。
届くように、声を更に張り上げる。
「ジュリさん!! ......私、励まし方とかよく分かんないけど......でも......1個だけ、聞かせてっ!!」
希望も、不安もごちゃ混ぜになったようなキラリの声。 だがそれは、ただまっすぐにジュリの心を見据えているようだった。
「......ジュリさんは、『何を』信じたいの!?」
......ああ。 記憶がまた、蘇る。
自分自身も終わりだというのを悟ることも出来ぬまま、モクローであったジュリは斬られようとしていた。 その時。 運良く長老がドアの前にいた盗賊を殴り飛ばしたのだ。 村民達の命を、希望を摘み取った化け物達への怒りは相当なもので、その目は盗賊のボスすらも怯える程のものだった。 ......そこからは、想像するのに難くはないだろう。
全てが終わった後の村は、悲惨なものだった。 子供達には2匹程大人が連れ添い少し遠くの場所に行かせ、残った大人達全員で「後始末」を行った。 ぼろぼろになってしまった家や、知っているポケモンの亡骸。 その日は1日中、嗚咽の音が響いていた。
そして。 弔いを終わらせた夜。 家と両親を失い長老の家に身を寄せていたモクローは、寝ようとしていた長老を引き止めた。
理由は勿論恨み言を吐くため。 子供だからこそなのか、モクローのそれは止まる事を知らなかった。 隠すことの出来ない、黒いどろりとした憎悪が溢れ出す。 奴らが憎い。 この手で消したい。 同じ、いやこれ以上の苦しみを味わせたい。 絶対に許せない、許せない......。
気づいたら、その声は涙混じりになっていた。 悲しみ、憎悪、嘆き、怒り。 子供の彼が背負うには、あまりに重い感情であった。 憎悪は体にへばりつき、涙は壊れた蛇口のように溢れ出す。
長老はそんな彼の頭を優しく撫でる。 そして、光を与えるように静かに語りかけた。
「......すまなかった。 モクロー。 我がもう少し早く来ていれば、お主にこんな絶望を与えずに済んだ。 だが、過去は戻ってこない。 お主の両親も、それ以外に消されたポケモンも、絶対に戻ってこない。 恨むのは当たり前だろう。
だが、モクローよ。 これだけは知ってくれ。 復讐に何も意味は無い。 それどころか、もしこちらが復讐と称して相手を殺めれば、それにまた怒りを持つ者が現れ、復讐の復讐を始める。 そしてそれが繰り返されれば、瞬く間に命は全て無に帰してしまう。 そして、生き残った者も、大義名分ではなくただ相手への憎悪を原動力にして戦うようになる......その命が尽きるまでな。
これほど残酷な世界などあるだろうか?」
「......でも......」
「そうだろう。 憎しみは消える事はない。 だが、それならば......その憎しみを、村への愛へと変換させるのは難しいだろうか?」
「......愛?」
対称的な言葉に、疑問詞を浮かべるモクロー。 長老はゆっくりと頷いた。
「そうだ。 お主の憎しみは、村や両親を想う愛情から生じたものだ。 ならば、それをもう一度変換するのも不可能ではなかろう。
具体的に言うならば......復讐のために強くなるのではなく、村を守り切るために強くなる、だな。 2度とあんな惨劇を起こさないように」
「......守るために」
モクローは目を閉じる。 体の中に決意が満ちているのを、全身で感じとる。
「......長老様。 強くなれば......強くなれば、村のみんなを守れますか?」
「ああ。 強さは、使い方によっては強い拠り所となる。 ......モクローよ。 お主が望むなら、我がそれを手助けしよう。 どうする?」
目を開けるモクロー。 そこにはもう迷いはなかった。 子供のあどけなさを捨てようとしているような、鋭い眼光だった。 闇夜の中で相手を静かに討つ、梟の真髄を表したような目。
「僕は......!」
ーー信じるもの?
そんなの、簡単だろう?
寄り添ってくれたポケモンなんて、沢山いたのだから。 1匹でいたわけでは、なかったのだから。
だから、僕は......僕はーー。
......俺は。
グギギと、鈍い音がする。 遂に、ゴルーグを閉じ込めていた渦潮が奴の力によって消えてしまったのだ。 ゴルーグはこちらにまっすぐ、高速で接近してくる。 パンチを構えているようにも見えた。
「嘘っ......!?」
こんな高速で来られては、リフレクターで防ぎ切れるかも怪しい。 といって逃げる時間もないため、大ダメージを覚悟して3匹は歯を食いしばる。その時。
ゴルーグを超える速さの矢が、ゴルーグの巨大な影に突き刺さった。 影が地面に「縫い付けられた」ことで、ゴルーグは前進する力を失いその場に大きな音を立てて転ぶ。 土煙が舞い上がった。
「......あの矢」
ユズは呆然とした様子で呟いた。 脳裏に浮かぶのはあの日の感覚。
呑気に村に突入しようとしたら、精密なコントロールで近くに撃たれた矢。 恐怖すらも感じた、あの矢。 今となっては、頼もしさも同時に感じてしまうけれど。
「......っ〜〜!」
感極まったのか、キラリは今にも大泣きしそうな表情になった。 待ってましたと言いたいのだろうが、その言葉も出てこない。 ......土煙の先には、自らの足で強く地を踏み締めるジュリの姿があった。
「......ジュリっ!」
歓喜の声が洞窟内にこだまする。 だが喜んでもいられない。 ゴルーグは、影に突き刺さった矢をなんとか抜こうとしていた。
「......よし、ここは4匹で......!」
「待て」
ユズの言葉をジュリは遮る。 そして3匹の前へと静かに躍り出た。
「......奴は、過去に打ち勝てと言った。 この中の1匹がな。 そしてその対象は俺だ。......ならば、奴は俺が倒さねばならない。 無駄に手出しするな。 俺がカタをつける」
「あっ......ジュリさん!」
「......今度は何だ」
キラリの声に対して、ジュリは少し呆れた顔をする。 予想していたようにも感じられる。
「......無駄じゃない分なら......私達も手伝っていいかな?」
「......」
ジュリはゴルーグの方に振り向いてしまう。 無理かと、キラリは少し肩を落とすが......少しの沈黙の後、溜息と共に答えがポロリと口から溢れた。
「......勝手にしろ」
「......!」
その言葉は、キラリにとってどれだけ嬉しいものだったのだろうか。 段々と自信に満ちた表情になっていく。 無意識だろうが、ぶんぶん振っている尻尾がその喜びの象徴だった。
「よぉおおっっし! やるよみんな!」
「ふえっ......お、おー!」
「戦いやすいようにアシストをする、ですか......腕が鳴ります」
「ぼさっとするな、来るぞっ!!」
ジュリの掛け声と同時に、矢を地面から引き抜いたゴルーグが突進してきた。 当然これは全員回避。 間髪入れずに、ジュリが翼を広げる。
「[ブレイブバード]!」
青い光と共に、ゴルーグのところに突進する。 大きく動きが鈍いゴルーグには、その不意打ちはかなりの効果があった。 足のバランスを崩したところに、滑空の勢いはそのままの追撃する。
「[リーフブレード]!」
「......[てだすけ]!」
キラリのアシストは、葉の剣を更に大きく鋭いものへと変える。 小さい刃ではあまり通らなかったが、今回は手応えを強く感じた。
「通った......!」
これには本ポケも驚いたようである。 だが、ゴルーグはそちらへと動かなくてもいい特殊技の[シャドーボール]を撃ってきたが......。
「[マジカルリーフ]!」
「[ねらいうち]!」
ユズとケイジュの攻撃が、影の球体を一閃する。 ケイジュは一言恨み言を吐こうとする。
「......自分の戦いと言いながら、油断し過ぎでは? まるでこちらが全身全霊で貴方を守ることを分かっているような」
「手伝うと言ったのは貴様らだ。 言ったからにはちゃんとやり切ってもらう」
「全く......さっきまで酷い有様だったのに、面倒臭いポケモンですね、貴方は!」
立ち上がろうとしたゴルーグの足を、ケイジュの[ねらいうち]が捉える。 立ち上がれないようにしたところで、ジュリはまた高く飛び上がった。
『[てだすけ]っ!!』
何か技を撃つと確信したユズとキラリは、ジュリに向かって技を放つ。 2匹分の力だ。 攻撃によっては、生半可なダメージでは済まないだろう。
そして、ジュリは懐から何かの結晶を取り出した。 美しい緑色をした、強い力を感じさせる結晶。 息を吸い、全ての力を込める。 結晶が光り出したところで、彼は口を開いた。
「......チラーミィの余所者」
「えっ、私? というか、私立派な名前あるし!」
「......貴様は、俺に何を信じたいかを問うたな」
「えっ......うん」
どんな答えが返ってくるのか。 キラリは疑問に思うことしか出来ない。 そんな中、結晶の光はジュリの全身を包んでいく。
「俺は、やはり貴様らを完全に信じるのは無理だ。 憎悪は消えない。 あれは、理性というものを剥がした時に表れる俺の本質だ」
「......うん」
「だから、俺は今まで側にあったものを信じる」
「......長老様とか?」
「......ふん。 わざわざ答えるまでもない」
彼は翼を広げる。 その時、多数の浮遊する矢が彼の周りに現れた。
「俺は負けない......」
光は紫色へと変貌し、更に強く輝きを放つ。
「過去にも.......そして、俺自身にも!!」
......そう言って、彼は強く羽ばたいた。 複数の矢と共に、ゴルーグへと突進していく。 そのオーラの大きさは、先程の[ブレイブバード]とは桁違いだった。
全力。 その言葉がとても似合うような、強い力。
「[シャドーアローズストライク]ッッ!!!」
彼は技名を叫び、そのまま勢いよくゴルーグに突っ込む。 ぶつかった衝撃がかなりあるようで、相手から苦しげな声が漏れた。 そして、付いてきた多くの矢達がゴルーグの足元に刺さる。 それはそのまま、紫色の強い光を放ち爆発した。 どことなく、怖いような。 美しいような。 当たる側からすればそんなことを考える余裕は無いが、見ている側だとそれはとても鮮明に目に映った。 光はより激しさを増していく。 目の前が一瞬真っ白になり、反射的に目を閉じた。
目の前に色が戻ったのを察し、3匹はゆっくり目を開ける。 そこにはもう、ゴルーグの姿は無かった。 ダンジョンの普通の敵と同じ要領で、倒したらその場から消え去る方式......なのかは分からないけれど。
ひとまず、危機は脱したことになる。
「......凄い」
ユズがボソリと呟く。 あんな大技を放つポケモンなど、今までに見たことはない。 キラリも同じなのか、呆然とした様子を隠せない。
「......はぁっ......はぁっ......」
ところが、ジュリの息は少し荒かった。 記憶を強制的に呼び覚まされた上に、大技まで放ったのだ。 疲労が溜まるのは当然だろう。 その場にへたりと座り込む。
「えっ、うわあジュリさん大丈夫!? 怪我とかした!? ねぇねぇ!」
「......気安く触れようとするな」
「あっ......ごめんなさい......」
キラリは無意識に手を伸ばしてしまうが、触れる前にピシャリと言葉がそれを止める。
おどけた様子で謝るが、反省はしているのか少ししょんぼりする。
そんな彼女を見て、ジュリは少し口を開いてしまう。
「......を言う」
「れ?」
「......いや、何もない」
「えーっ!? 何ですかもうー」
言うのにはやはり抵抗があるのか、ちょっと呟いた程度で口をつぐんでしまう。 これ以上話を長引かせたくないようで、早々に立ち上がった。
「......もう何も無いだろう。 戻って先にーー」
「えっ、休みましょうよ! 絶対疲れてるもんジュリさん!」
「俺の体調はどうだっていいし、貴様のわがままを聞く気もない。 それよりも......」
「ジュリ。 懐中時計によるともう夜の6時ですが?」
「そろそろご飯とか食べましょう? 頑張ったご褒美みたいな感じで!」
「......くだらない。 どれだけ先に進みたくないんだ貴様らっ.....っ」
長時間立ちっぱなしでいるのはきついのか、また膝をついてしまう。 本ポケもこれには悔しそうな表情を浮かべる。
「......くそっ......」
「だから言わんこっちゃない......どうせ今日中に辿り着けないのは予測出来てましたし、この先また今回みたいな試練があるかもしれない。 休んだ方が懸命ですよ?」
「......ちっ」
「はいそこ。 舌打ちしない」
「......さっ、ご飯作ろうー!」
「野宿ってやっぱワクワクするよねー!」
「......覚えてろよこの余所者ども......」
こうして虹色聖山の探検は、大きな試練、そしてそれを超えた喜びと、舌打ちとセットの小さな諦めによって一旦休憩となった。
目の前で伸ばした手が払われた。 それも、怯えた顔で。 今まで言わなかったような言葉も漏らして。
別に大怪我をしたわけではなかった。 ダンジョンで受ける攻撃の感覚と、本来同じものであるはず。 それなのに、何故かその葉の剣による痛みはひりひりとその右腕に響く。 ......ジュリの言葉が、化け物という声が、何故か頭から離れないーー。
「キラリっ!」
ユズの切迫詰まった声が、キラリを現実へと連れ戻す。 その瞬間にゴルーグの攻撃が来るが、なんとかユズが[リフレクター]を使って凌ぐ。 それから少し後ろへ下がった。 今までの行動からして、奴が長距離技を持っていないだろうというのが唯一の救い。
「大丈夫!? びっくりしたよ......」
「ごめん......でも、ジュリさんが......」
「......だよね。 ジュリさん、一体何が......?」
ユズは深刻な雰囲気を顔に表しながら、ジュリの方を見やる。 見れば一瞬で分かるが、今の彼は戦える状況ではないようだった。 完全に錯乱している。 理性が吹き飛んでいる......と言ってもさほど違和感は無いだろう。 まあ何にしても、こちらが不利という事実は変わることはないのだが。
混乱の最中、ケイジュがこちらに素早く駆け寄ってくる。
「2匹とも、無事ですか?」
「は、はい......でもジュリさんが......!」
「......やられましたね」
「ケイジュさん、これって......?」
「......私の考えですが、過去に打ち勝てというのは、言葉通りの意味でしょう。 あの光線にはカラクリがあった。直撃したポケモンの、恐らく最も封印したい記憶を掘り起こす......というところでしょうか」
「......そうだ、私が当たりそうなところを、ジュリさんが庇って......でも、なんで」
確かに疑問しかない。 果たして彼がそんなことするだろうか。 ジュリのイメージにはどうしてもそぐわない。 だが、それなら光線が当たり直前に叫ぶような声がしたのにも頷ける。 でも何故?
そこに、ケイジュがまた捕捉する。
「......彼はそういうポケモンなんです。 自分以外の何かが危険に晒された時、すぐに戦禍に飛び込み助けに行くのです。 だからこそ村に貴方方が入った時もすぐに矢で止めた訳ですし......癖として、染み付いていたのかもしれないです。 例え味方が余所者であっても」
「......じゃあ、それって......私達のせいじゃ......!」
ユズが問いかける。 ケイジュは首を振り、それを否定した。
「それは違うと言っていいでしょう。 どちらにせよ、避けるのが困難だったのは事実。 気に病むことはありません。それより、今は彼を元に戻さねば......」
「......どうやって?」
「キラリ?」
後ろ向きな発言にユズは戸惑う。 キラリは体を震わせながら、不安を吐露した。
「大丈夫だって声......届かなかった......。 私達、ジュリさんのこと全然分からないし、元に戻すって言われても......そんなの......そんなの......!」
少し赤く腫れた右腕をぎゅっと握る。 それはただ単に痛いわけではなさそうだった。 強く握って、その痛みによって自らを断罪しているようでもあった。
何も知らないのに。 助けるなんて、軽々しく言えるのかーー?
右腕に、そっとユズの前足が乗る。 そして[アロマセラピー]を出してきた。 優しい香りは、ふわりとその傷を癒す。
「......ユズ」
「キラリ、私もいるよ。 ケイジュさんもいる。 きっと大丈夫」
「でも......やり方は?」
「正直考えてる暇はない。 でも、やらないとジュリさん、ずっと過去に苦しめられたままかもでしょう? ......思いの丈を目一杯叫ぶしかない。 届くまで、何度も」
「何度も......?」
「うん。 ......見殺しにするなんて、キラリは嫌でしょ?」
「そりゃ嫌だよ......!!」
沈黙の間もなく答えるキラリに対して、ユズは頷く。 諦めるなと言いたげに。
「それならやるだけだよ。 大丈夫。 色々悩むのは、その後にしよ? 3匹いれば、絶対いける」
「ユズ......!」
「......あと、もう1つ」
ケイジュが会話に入ってくる。 少し横目でジュリの方を見ながら話してくる。
「ジュリ自身が、私達をトリガーにして立てるかどうかです。 ですがこれは......問題無いでしょう。 彼なら立ちます。 あんな強気で面倒臭いポケモンが、くたばるとは想像出来ない。 やりましょう。 何度でも語りかけましょう」
「ケイジュさん......!」
「キラリ、いける?」
キラリは頰を1回叩き、こくりと頷いた。
「......うん。 やるだけやってみよう。 諦めたらそこで終わりだもんね! うん! 頑張れ私!」
「キラリ......!」
「......決まりですね」
3匹は真剣な面持ちで、ジュリ、そしてゴルーグの方を見る。
「行こう!!」
キラリの掛け声と共に、3匹は一斉に走り出した。
「[こうごうせい]からのっ......[ミラーコート]!!」
「っ......!」
まずはユズから。 攻撃を跳ね返すための[ミラーコート]を、[こうごうせい]によって発生する光を跳ね返す鏡へと転用する。 それを意図的にジュリに当てて、こちらへと彼の意識を向けさせる。
「ジュリさん! 何があったかは分からないけど......でも、絶対辛いはずだよね? でもごめんなさい。 私達は、あなたの悲しみを知ってあげられない!」
「うぐっ......」
また呻き声。 それからユズの声にケイジュが追随する。
「そして聞く気も私にはありません。 寧ろ、強がりな貴方はそれを望む事は絶対に無いでしょうし......そのままならそれでもいいでしょう。 ですが、貴方はそう簡単に崩れるポケモンとは私には思えない!」
ケイジュは近づいてくるゴルーグをなんとか遠ざけ、時間を稼ぎ続ける。
そして隙を見て[うずしお]を使い、一時的に相手の動きを止めた。 図体が大きいお陰でより大きな渦潮を起こさねばならなかったため、ケイジュの顔には汗が浮かんだ。
その頑張りを無駄にはさせないと言わんばかりに、キラリは叫ぶ。
「......ジュリさん! 別に私達を信じてくれなくたっていいよ!!」
キラリは改めて感じていたのだ。 当たり前だったものが揺らぐ怖さを。
自分達の住むところに来てくれたポケモンを追い出すのはあり得ないと思っていた。
お尋ね者でもないのに、こちらに敵意を向けてくるなんて信じられなかった。
ーージュリの様に、果てしない恨みを抱えながらも抑えながら生きているポケモンがいることも。 こちらの思いが届かないことも。 全然意識なんてしていなかった。
正直、今も分かりきってはいないのだ。 右腕の痛みは和らいだものの、今も心の痛みとして燻っている。
それでも、言わねばならないことがあるのだ。
あの月が瞬く夜、図書室で少し話したからこそ。
冷酷以外の、別の面も垣間見たからこそ。
「......私ね」
先程とは違い、柔らかな口調でキラリは語りかける。
「何を信じたらいいのか、正直よく分からなかった。 ......いや、意識すらしてなかったのかもしれない。 どうすればいいのか分からなくて、拠り所も無くて。 どっちにしろ、凄い怖かった」
そして、「でもね」と言葉を紡ぐ。 少しユズの方を見ながら。
「それでも、ユズは私の隣にいてくれた。 というか、いっぱいいっぱい、いーーっぱい助けられた」
「......キラリ」
ユズは慈しむかの様な優しい表情になる。 お互いに少し頷きあった。 そこからの言葉はユズが受け継ぐ。
「......私も、キラリには沢山助けられた。 そして、他のポケモンーー例えばユキハミちゃんとか、長老様とか。 ケイジュさんもそうだし、......ジュリさん。 あなたもですよ?」
「うん。 ......私達、確かにちっちゃいし、とても弱い。 でも、それでも、信じたいなって......そう思えるポケモンは、確かにいた! 1匹で悩んで壊れなきゃいけないことなんてないし、頼ってもいいんだって思えた!」
ジュリは少し唸る。 そして「黙れ」と言わんばかりに、1本の矢を放ってきた。 勢いは弱いが、2匹の方にまっしぐらに向かってくる。
だが、それはケイジュが咄嗟に放った1つの水流によってばきりとへし折られた。 まるで、激情では全て解決しないことを暗喩するかのように。 2匹の前に立ったケイジュは、1つ息を吐いてジュリの方を見た。 真摯な目つきのまま、口を開く。
「.......ジュリよ。 それは、貴方も同じでは?」
「うるっ......さいっ.......貴様らなど......貴様らなどっ!!」
泣き喚く子供のように、ジュリはそこらかしこに矢を放つ。 3匹は避けながら、なおも諦めず続ける。
「ジュリさん、どうか思い出して!!」
「貴方の記憶は、過去の悲劇だけですか? ......違うでしょう!!」
嘆きによって深淵に閉ざされたジュリの心に、ひたむきに言葉を届け続ける。
届くように、声を更に張り上げる。
「ジュリさん!! ......私、励まし方とかよく分かんないけど......でも......1個だけ、聞かせてっ!!」
希望も、不安もごちゃ混ぜになったようなキラリの声。 だがそれは、ただまっすぐにジュリの心を見据えているようだった。
「......ジュリさんは、『何を』信じたいの!?」
......ああ。 記憶がまた、蘇る。
自分自身も終わりだというのを悟ることも出来ぬまま、モクローであったジュリは斬られようとしていた。 その時。 運良く長老がドアの前にいた盗賊を殴り飛ばしたのだ。 村民達の命を、希望を摘み取った化け物達への怒りは相当なもので、その目は盗賊のボスすらも怯える程のものだった。 ......そこからは、想像するのに難くはないだろう。
全てが終わった後の村は、悲惨なものだった。 子供達には2匹程大人が連れ添い少し遠くの場所に行かせ、残った大人達全員で「後始末」を行った。 ぼろぼろになってしまった家や、知っているポケモンの亡骸。 その日は1日中、嗚咽の音が響いていた。
そして。 弔いを終わらせた夜。 家と両親を失い長老の家に身を寄せていたモクローは、寝ようとしていた長老を引き止めた。
理由は勿論恨み言を吐くため。 子供だからこそなのか、モクローのそれは止まる事を知らなかった。 隠すことの出来ない、黒いどろりとした憎悪が溢れ出す。 奴らが憎い。 この手で消したい。 同じ、いやこれ以上の苦しみを味わせたい。 絶対に許せない、許せない......。
気づいたら、その声は涙混じりになっていた。 悲しみ、憎悪、嘆き、怒り。 子供の彼が背負うには、あまりに重い感情であった。 憎悪は体にへばりつき、涙は壊れた蛇口のように溢れ出す。
長老はそんな彼の頭を優しく撫でる。 そして、光を与えるように静かに語りかけた。
「......すまなかった。 モクロー。 我がもう少し早く来ていれば、お主にこんな絶望を与えずに済んだ。 だが、過去は戻ってこない。 お主の両親も、それ以外に消されたポケモンも、絶対に戻ってこない。 恨むのは当たり前だろう。
だが、モクローよ。 これだけは知ってくれ。 復讐に何も意味は無い。 それどころか、もしこちらが復讐と称して相手を殺めれば、それにまた怒りを持つ者が現れ、復讐の復讐を始める。 そしてそれが繰り返されれば、瞬く間に命は全て無に帰してしまう。 そして、生き残った者も、大義名分ではなくただ相手への憎悪を原動力にして戦うようになる......その命が尽きるまでな。
これほど残酷な世界などあるだろうか?」
「......でも......」
「そうだろう。 憎しみは消える事はない。 だが、それならば......その憎しみを、村への愛へと変換させるのは難しいだろうか?」
「......愛?」
対称的な言葉に、疑問詞を浮かべるモクロー。 長老はゆっくりと頷いた。
「そうだ。 お主の憎しみは、村や両親を想う愛情から生じたものだ。 ならば、それをもう一度変換するのも不可能ではなかろう。
具体的に言うならば......復讐のために強くなるのではなく、村を守り切るために強くなる、だな。 2度とあんな惨劇を起こさないように」
「......守るために」
モクローは目を閉じる。 体の中に決意が満ちているのを、全身で感じとる。
「......長老様。 強くなれば......強くなれば、村のみんなを守れますか?」
「ああ。 強さは、使い方によっては強い拠り所となる。 ......モクローよ。 お主が望むなら、我がそれを手助けしよう。 どうする?」
目を開けるモクロー。 そこにはもう迷いはなかった。 子供のあどけなさを捨てようとしているような、鋭い眼光だった。 闇夜の中で相手を静かに討つ、梟の真髄を表したような目。
「僕は......!」
ーー信じるもの?
そんなの、簡単だろう?
寄り添ってくれたポケモンなんて、沢山いたのだから。 1匹でいたわけでは、なかったのだから。
だから、僕は......僕はーー。
......俺は。
グギギと、鈍い音がする。 遂に、ゴルーグを閉じ込めていた渦潮が奴の力によって消えてしまったのだ。 ゴルーグはこちらにまっすぐ、高速で接近してくる。 パンチを構えているようにも見えた。
「嘘っ......!?」
こんな高速で来られては、リフレクターで防ぎ切れるかも怪しい。 といって逃げる時間もないため、大ダメージを覚悟して3匹は歯を食いしばる。その時。
ゴルーグを超える速さの矢が、ゴルーグの巨大な影に突き刺さった。 影が地面に「縫い付けられた」ことで、ゴルーグは前進する力を失いその場に大きな音を立てて転ぶ。 土煙が舞い上がった。
「......あの矢」
ユズは呆然とした様子で呟いた。 脳裏に浮かぶのはあの日の感覚。
呑気に村に突入しようとしたら、精密なコントロールで近くに撃たれた矢。 恐怖すらも感じた、あの矢。 今となっては、頼もしさも同時に感じてしまうけれど。
「......っ〜〜!」
感極まったのか、キラリは今にも大泣きしそうな表情になった。 待ってましたと言いたいのだろうが、その言葉も出てこない。 ......土煙の先には、自らの足で強く地を踏み締めるジュリの姿があった。
「......ジュリっ!」
歓喜の声が洞窟内にこだまする。 だが喜んでもいられない。 ゴルーグは、影に突き刺さった矢をなんとか抜こうとしていた。
「......よし、ここは4匹で......!」
「待て」
ユズの言葉をジュリは遮る。 そして3匹の前へと静かに躍り出た。
「......奴は、過去に打ち勝てと言った。 この中の1匹がな。 そしてその対象は俺だ。......ならば、奴は俺が倒さねばならない。 無駄に手出しするな。 俺がカタをつける」
「あっ......ジュリさん!」
「......今度は何だ」
キラリの声に対して、ジュリは少し呆れた顔をする。 予想していたようにも感じられる。
「......無駄じゃない分なら......私達も手伝っていいかな?」
「......」
ジュリはゴルーグの方に振り向いてしまう。 無理かと、キラリは少し肩を落とすが......少しの沈黙の後、溜息と共に答えがポロリと口から溢れた。
「......勝手にしろ」
「......!」
その言葉は、キラリにとってどれだけ嬉しいものだったのだろうか。 段々と自信に満ちた表情になっていく。 無意識だろうが、ぶんぶん振っている尻尾がその喜びの象徴だった。
「よぉおおっっし! やるよみんな!」
「ふえっ......お、おー!」
「戦いやすいようにアシストをする、ですか......腕が鳴ります」
「ぼさっとするな、来るぞっ!!」
ジュリの掛け声と同時に、矢を地面から引き抜いたゴルーグが突進してきた。 当然これは全員回避。 間髪入れずに、ジュリが翼を広げる。
「[ブレイブバード]!」
青い光と共に、ゴルーグのところに突進する。 大きく動きが鈍いゴルーグには、その不意打ちはかなりの効果があった。 足のバランスを崩したところに、滑空の勢いはそのままの追撃する。
「[リーフブレード]!」
「......[てだすけ]!」
キラリのアシストは、葉の剣を更に大きく鋭いものへと変える。 小さい刃ではあまり通らなかったが、今回は手応えを強く感じた。
「通った......!」
これには本ポケも驚いたようである。 だが、ゴルーグはそちらへと動かなくてもいい特殊技の[シャドーボール]を撃ってきたが......。
「[マジカルリーフ]!」
「[ねらいうち]!」
ユズとケイジュの攻撃が、影の球体を一閃する。 ケイジュは一言恨み言を吐こうとする。
「......自分の戦いと言いながら、油断し過ぎでは? まるでこちらが全身全霊で貴方を守ることを分かっているような」
「手伝うと言ったのは貴様らだ。 言ったからにはちゃんとやり切ってもらう」
「全く......さっきまで酷い有様だったのに、面倒臭いポケモンですね、貴方は!」
立ち上がろうとしたゴルーグの足を、ケイジュの[ねらいうち]が捉える。 立ち上がれないようにしたところで、ジュリはまた高く飛び上がった。
『[てだすけ]っ!!』
何か技を撃つと確信したユズとキラリは、ジュリに向かって技を放つ。 2匹分の力だ。 攻撃によっては、生半可なダメージでは済まないだろう。
そして、ジュリは懐から何かの結晶を取り出した。 美しい緑色をした、強い力を感じさせる結晶。 息を吸い、全ての力を込める。 結晶が光り出したところで、彼は口を開いた。
「......チラーミィの余所者」
「えっ、私? というか、私立派な名前あるし!」
「......貴様は、俺に何を信じたいかを問うたな」
「えっ......うん」
どんな答えが返ってくるのか。 キラリは疑問に思うことしか出来ない。 そんな中、結晶の光はジュリの全身を包んでいく。
「俺は、やはり貴様らを完全に信じるのは無理だ。 憎悪は消えない。 あれは、理性というものを剥がした時に表れる俺の本質だ」
「......うん」
「だから、俺は今まで側にあったものを信じる」
「......長老様とか?」
「......ふん。 わざわざ答えるまでもない」
彼は翼を広げる。 その時、多数の浮遊する矢が彼の周りに現れた。
「俺は負けない......」
光は紫色へと変貌し、更に強く輝きを放つ。
「過去にも.......そして、俺自身にも!!」
......そう言って、彼は強く羽ばたいた。 複数の矢と共に、ゴルーグへと突進していく。 そのオーラの大きさは、先程の[ブレイブバード]とは桁違いだった。
全力。 その言葉がとても似合うような、強い力。
「[シャドーアローズストライク]ッッ!!!」
彼は技名を叫び、そのまま勢いよくゴルーグに突っ込む。 ぶつかった衝撃がかなりあるようで、相手から苦しげな声が漏れた。 そして、付いてきた多くの矢達がゴルーグの足元に刺さる。 それはそのまま、紫色の強い光を放ち爆発した。 どことなく、怖いような。 美しいような。 当たる側からすればそんなことを考える余裕は無いが、見ている側だとそれはとても鮮明に目に映った。 光はより激しさを増していく。 目の前が一瞬真っ白になり、反射的に目を閉じた。
目の前に色が戻ったのを察し、3匹はゆっくり目を開ける。 そこにはもう、ゴルーグの姿は無かった。 ダンジョンの普通の敵と同じ要領で、倒したらその場から消え去る方式......なのかは分からないけれど。
ひとまず、危機は脱したことになる。
「......凄い」
ユズがボソリと呟く。 あんな大技を放つポケモンなど、今までに見たことはない。 キラリも同じなのか、呆然とした様子を隠せない。
「......はぁっ......はぁっ......」
ところが、ジュリの息は少し荒かった。 記憶を強制的に呼び覚まされた上に、大技まで放ったのだ。 疲労が溜まるのは当然だろう。 その場にへたりと座り込む。
「えっ、うわあジュリさん大丈夫!? 怪我とかした!? ねぇねぇ!」
「......気安く触れようとするな」
「あっ......ごめんなさい......」
キラリは無意識に手を伸ばしてしまうが、触れる前にピシャリと言葉がそれを止める。
おどけた様子で謝るが、反省はしているのか少ししょんぼりする。
そんな彼女を見て、ジュリは少し口を開いてしまう。
「......を言う」
「れ?」
「......いや、何もない」
「えーっ!? 何ですかもうー」
言うのにはやはり抵抗があるのか、ちょっと呟いた程度で口をつぐんでしまう。 これ以上話を長引かせたくないようで、早々に立ち上がった。
「......もう何も無いだろう。 戻って先にーー」
「えっ、休みましょうよ! 絶対疲れてるもんジュリさん!」
「俺の体調はどうだっていいし、貴様のわがままを聞く気もない。 それよりも......」
「ジュリ。 懐中時計によるともう夜の6時ですが?」
「そろそろご飯とか食べましょう? 頑張ったご褒美みたいな感じで!」
「......くだらない。 どれだけ先に進みたくないんだ貴様らっ.....っ」
長時間立ちっぱなしでいるのはきついのか、また膝をついてしまう。 本ポケもこれには悔しそうな表情を浮かべる。
「......くそっ......」
「だから言わんこっちゃない......どうせ今日中に辿り着けないのは予測出来てましたし、この先また今回みたいな試練があるかもしれない。 休んだ方が懸命ですよ?」
「......ちっ」
「はいそこ。 舌打ちしない」
「......さっ、ご飯作ろうー!」
「野宿ってやっぱワクワクするよねー!」
「......覚えてろよこの余所者ども......」
こうして虹色聖山の探検は、大きな試練、そしてそれを超えた喜びと、舌打ちとセットの小さな諦めによって一旦休憩となった。