第26話 呼び覚まされる悪夢
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
「......出口が見えないな」
洞窟内をひたすら歩き続けるジュリ。 何もかもが変わりばえのない中を進む中で、1つの可能性が彼に浮かんだ。 気怠そうに息を吐く。
「......間違いか」
彼に浮かんだ可能性は、この言葉によって確信へと変わる。 何故だろうか。 洞窟の先の暗闇が、どこか禍々しく思われた。
無神経な者達との合流ほど、今の彼にとって面倒なことは無い。 ただここでくたばるのも御免だ。 長老の命でもある以上、放棄するわけにもいかない。 溜息を吐いて仕方なく後ろに振り向く。 ......その時。 後ろから音がした。 体の内部まで振動させるような、重い音。 ジュリは砂煙が立つのを感じる。 絶対に自然によるものではない。
「誰だっ!」
彼は叫び、臨戦態勢のまま後ろへ振り向く。 案の定、そこには巨大な「何か」があった。 青い岩によって形作られた頑強な体軀。 それの目は怪しく光を放ち、生物なのかも判別しづらい無機質な声で話す。
「......誤ッタ道ヲ選ビシ者ヨ。 コノママ戻レルト思ウデナイ。
......貴様ニ試練ヲ与エヨウ」
試練。 その言葉はゾワリとする悪寒を彼に与える。 そして素早く矢を構えた。 神聖な山の中で行われる試練から逃げ出すなど御法度、逃げれば臆病者だと後で己を責める道しかない。 ならば、ここは戦うしかない。
「......来いよ」
静かに、されども熱く、迎え撃つ意志を伝える。 それを待っていたかの様にその巨大なポケモンーーゴルーグが動き出すのと、ジュリが矢を撃ち出すのは同時だった。
ドンという鈍い音が洞窟内に響く。 3匹がもう1つの道に突入した直後のことだ。
当然、3匹は辺りを見回す。 この辺りには何も起こっていないようであるため、恐らく可能性は1つだけ。
「ケイジュさん......!」
「......流石の観察眼ですね。 当たりでしょう。 音からして、簡単な敵とは言いづらい」
「じゃあ尚更早く行かなきゃ!」
キラリの声掛けに2匹は頷き、走るスピードを上げる。 どうやらかなり奥まで続いているようで、キラリには1歩進む度に言葉では表しづらい不安がのしかかっていた。 あえて言葉にするならば、もう2度と出られないようなーー。
(......っ、駄目駄目!)
頭を振り、無理矢理その考えを振り払う。 今はユズとケイジュもいるのだ。 ヨヒラとの戦いの時のように、1匹で突っ走ることさえ起きなければなんとかなるのだ。 そうやって己に言い聞かせる。
......そして、その言いようのない不安を抱えているのはユズも同じだった。
(......大丈夫......)
ジュリと無事合流出来るか。 この先に待っているであろう困難を超えられるか。 それも心配として纏わり付く。 でも、もう1つ彼女が危惧しているのが『力』の発動だ。 強大な敵と戦う事は、ヨヒラ戦以降は無かったのだ。 合同依頼の時は、自分が相手と戦ったわけではなかったのだから。
......今こそ、レオンとの約束を守れるのかを真に試す時なのだ。
ぐっと押し黙る2匹に対して、ケイジュが声を掛ける。
「......大丈夫ですか?」
「あっ......はい、すいません」
「無理はしないでくださいよ? そうしたところで互いにメリットは無いですし」
「......ケイジュさんは、怖くないの?」
「......私が、ですか?」
「うん」
「大丈夫ですよ。 こんなところで立ち止まってくたばる訳にはいきませんから。 ジュリも黙ってやられるような奴ではない。 そこまで怖がる事もありませんよ?」
ケイジュが微笑む。 その笑みには揺らがない自信まで感じさせてくれ、2匹を勇気づけるのには十分だった。 大人だからこその包容力という面では、少しレオンを思い出させる。
そんな中で、音が少し近づいてくるのを3匹は感じる。 近いというのを察し、無意識に走るスピードを上げていた。
......そして。 少し広い空間に出る。
「ジュリさーーん!! 無事ですかーー!!」
出るや否や、キラリが力の限り叫ぶ。 その後改いめて周りを見渡してみると......目の前が急に暗くなった。 悪寒を感じながらゆっくり見上げると、そこには岩の巨体があり、暗い影を落としていた。 目がギラリと光り、それは少し暗い洞窟内では十分過ぎるほどに恐怖を煽ってくる。
『おっ......おばけぇぇぇぇえええ!?』
2匹が叫ぶのと、それの腕が振り下ろされるのはほぼ同時だった。 咄嗟にかわしはしたものの、衝撃波で少し吹き飛ばされる。 ケイジュは華麗に着地し、ユズとキラリは『ぐえっ』と女子力皆無な声を上げ尻餅をついた。
「......貴様らっ!? 何故......!」
立ち上がろうとする2匹に、聞き覚えのある声が響く。 見上げると、そこにあったのは最大の安心材料だった。
「あっ......ジュリさんいたぁ!」
「......無事だったぁ......良かった」
勿論それはジュリ。 少し傷はあるものの、弱っている様子は一切なかった。 安心する2匹をよそにして、ジュリは矢を携えゴルーグに向かい飛び込む。
「......ジュリ! あのポケモンは何です!?」
「ふん! 知ってたとしても、貴様らなんぞに言ってどうなる!」
「......知らないというのは分かりましたが、それは私達の手助けは必要無いという意味で?」
「当然だ。 貴様らに頼ったところで!」
その言葉と同時に繰り出されるは[リーフブレード]。 葉の剣は巨体に鋭い斬撃を与える。敵の体が岩だからか、かなり効いたようではあるが......しかしゴルーグは技の後の隙に[シャドーパンチ]を打ち込んできた。 飛べるのが幸いして、ジュリは間一髪で回避する。 砂煙の中でも存在感を放つゴルーグは、ちょっとやそっとの攻撃ではびくともしない。 それがこのポケモンの1番の強さであり、厄介なところなのだろう。
「すぐにはやられてくれないとは......中々鬱陶しい!」
ケイジュもすぐさま[ねらいうち]で応戦する。 咄嗟に放った攻撃なのもあり、威力は弱め。 そのためすぐにあちらの技に相殺されてしまう。 それと同時に、ユズとキラリも技を繰り出す。
「[げんしのちから]!」
「そんでもって[スイープビンタ]!!」
ユズが放った岩を、キラリの尻尾が勢いよく薙ぎ払う。 当然威力はその分高くなるため、次々と岩達はゴルーグへと襲いかかる。 でっかい相手にはそれ相応のでっかい攻撃をぶち込む......という作戦であったわけだが。
「[サイコキネシス]」
無機質な声で放たれたエスパー技は、岩達の動きを一瞬で止め、そのまま地面へと叩きつける。 いとも簡単に岩が粉々になったのに2匹は驚くとともに、もしあの技を自分が喰らっていたら......そう想像して戦慄した。
「受けてすらもくれないなんて......」
「......じゃあ何か他に作戦考えないと! このままやってもジリ貧だよう!」
キラリが少し駄々をこねるような口調で叫ぶ。 それが煩わしいのか、ジュリがそれに対し口を開く。
「......助ける力も無いならどうしてここに来た! 俺1匹でもどうにかなる!」
「むっ......分かってますよそんな事! ただ心配だもん、それだけだよ!」
「余計なお世話だ!」
「ま、まあまあ落ち着いて......」
「流石に今は危険ですし......」
感情的になるキラリとジュリをユズとケイジュがなんとかなだめる。 そんな中、何故か技を出してこないゴルーグがようやく言葉を発した。
「......自ラノ根源ニ打チ勝テ」
「えっ?」
「コノ中ノ1匹ダ。 自ラノ根源ニーー過去ニ打チ勝テ。 ソレガ我ガ課ス試練」
過去に、打ち勝つ。 ......どうやって?
そんな疑問が4匹の中に浮かぶ。 だが、考える時間を与える程優しくはないようで、謎の光線がゴルーグの目から撃ち出された。
「わわっ!?」
これは間一髪のところで回避。 だが、別に当たった地面にクレーターができるわけでもなく、何も変化は無い。 それはそれで不気味なわけではあるが.......何故だか、「当たってはいけない」という感覚が4匹の中であった。 当たれば終わりといった、言葉で形容することが中々難しい恐怖感。
暫く回避劇が続いていたが、ユズが地面の小石にずっこけて派手に転んでしまう。
「へぶっ!」
「あっ......ユズ!」
当然キラリはユズの元へと向かうが、ゴルーグがユズの近くにいたこともあり、標的はユズへと向く。 逃げても無駄だと言わんばかりの威圧感が、ユズの体を縛る。目の辺りに、光が集束していく。 反射的にユズは目を閉じるが、キラリが間にスライディングしてきたため、キラリがユズを庇う形となった。
「させない!」
「キラリっ......!」
自分のヘマのせいで庇わせた。 そんな罪悪感が一瞬でユズを覆う。 何が起こるか分からないのに。 助けるためにとる手段は「今の」ユズには無いため、光と共にそれは膨れ上がる。
......しかし、悩む時間さえも与えてくれない。 光が放たれそうになった時ーー。
「......くそっ!」
光の轟音と共に、2匹の鼓膜には不機嫌ながらも決意を秘めた声が過ぎった。
......目を閉じていても、辺りが急に明るくなったり、暗くなったりは微かに感じ取れるものである。 少し経った後、その感覚が少し薄い事に気づいて2匹は目を開ける。
「......キラリ、大丈夫?」
「う、うん、何も......」
キラリの言葉の通り、2匹には何も変化は無かった。 でもやはりおかしい。 あんな前振りをして撃ってきた光線であるというのに......爆弾と見せかけたびっくり箱のようなものではないか。 神聖な山で、そんな恐怖を煽る真似をするだろうか。
改めて辺りを見回すと......
「......ああっ!!」
キラリが驚きの声を上げる。 ......ジュリが、少し離れたところで倒れていたのだ。 よく耳を澄ますと、呻き声まで聞こえてくる。
「......ジュリさん!? どうしたの......?」
「......咄嗟に、貴方達の元に飛び込んだんです。 まさかとは思うでしょうが......」
「......じゃあ」
目の前の事実と、ケイジュの言葉。 そこから導き出される結論は、ただ1つだろう。 ユズが呆然と呟く。
「ジュリさんが私達を......庇った......?」
混乱している間に、ゴルーグが岩技を放ってきた。 「試練」の前座は終わったと言いたいのか、先程より容赦なく攻撃してくる。
当然応戦するわけではあるが、1つ違うことがあった。 ......ジュリが、その場にうずくまって動かないのだ。
「ジュリ......!?」
彼の異変を察知する3匹であったが、中々敵の攻撃を掻い潜ることが出来ない。 避けるのに精一杯で、攻撃さえままならない。
「......助けなきゃっ......!」
そんな中でも、キラリは小さな体を生かしなんとかジュリの元へ向かう。 ユズとケイジュの驚愕の声が岩の音に混じって聞こえたが、少し心の中で謝罪しながらそのまま進んだ。 あんな状態では、いずれは攻撃に巻き込まれる。 見過ごすなど、彼女には考えられなかった。
「ジュリさん大丈夫!? 」
なんとか駆け寄り、声を掛ける。 反応は無く、ただぶつぶつと何かを呟くだけだ。
......微かに「お袋」、「親父」という言葉がわかる程度であり、キラリには見当もつかなかった。
「よく分からないけど......とにかく立とう! 大丈夫だから......!」
キラリが彼に近づき、手を差し伸べて翼を掴む。 普通ならば、それは救いの手だ。 何かに絶望した者に差し伸べられる手は、まさに1本の蜘蛛の糸。 その糸に縋り、その者達はしぶとく再起を図る。 生命というのは、本来生きることをがむしゃらに求めるものだ。
......しかし。今の彼にとって、その手は「味方から差し伸べられた糸」では無かった。
彼の脳裏に浮かぶのは、彼が心から怯え、強い憎悪を生んだ「過去」。 赤が、それとともに上がる黒が、こびり付いて離れない。 下劣な声や怯えた声、鈍い音すらも綺麗に再生されてくる。
(あら、お客さん?)
(何もない所だけど、ゆっくりして......ぐっ!?)
(お前っ......しっかり!)
(......と、盗賊......!)
(嘘でしょ!?)
(おい! 早く避難だ!)
(ひひっ、こんなところに村があるとはなぁ......きっと良いもの持ってんだろ?)
(逃さねえぞ、全部奪いとれ! 逃げるか抵抗したなら......!)
そして、記憶は絶対に思い出したくないところまで遡るーー。
村外れの倉庫に立て籠る親子。 父親と母親らしきジュナイパーが、ぎゅっとモクローを守るように抱き締める。 どうかこのまま気づかれないようにと、静かに祈る。
しかし、運命は時に残酷だ。 突如、勢いよくドアが吹き飛ばされる。
「っ!」
「お? 親方。 親子がいたぜ? こんなところに隠れていやがった」
「ほう......全く、こんな村外れの倉庫にいるとは物好きなもんだ」
「......おのれっ!!!」
親方と呼ばれたポケモンが足を踏み入れようとした時。 父親がそのポケモンへと思い切り殴りかかった。 しかし、相手はそれを読んでいたのか、彼を一閃する。 父親は、力無くその場に倒れる。
「ひっ......!」
父親の倒れる姿に、モクローは悲鳴すらも上げられない。
「......あなたっ!!」
「全く......ここの村の男共は短気過ぎだぜ。 皆こうやって突っ込んできやがる......」
1つの生命に手をかけておいてニヤリと笑う盗賊には、ひとかけらの情は無かった。ここまでくるともう化け物だ。ポケモンの皮を被っただけの。
「......モクロー、あなただけでも逃げなさい!」
「えっ.......!」
「壁を破って! 早く!!」
モクローはドンと母親に突き放される。 そう言われてもいきなりはできないのが子供というものだ。 共に行くという選択肢を捨てきれない彼は、思わず母親へと羽を伸ばしてしまうがーー。
「......やれ」
化け物の一声は、優しい母の温もりを享受するチャンスをモクローから永遠に奪い取った。
頰の辺りに何かがかかる。 何かは彼には分からなかった。 理解など、したくなかった。
「親方。 このガキ、どうします?」
「ふん。 村の奴らもかなりしぶといしなぁ......逃げても無駄だというのを思い知らせるための、見せしめとするのもいいだろう」
「ひひっ、そんじゃ......」
化け物の1匹が、手を伸ばし翼を掴もうとする。 触れてくる手は、自分を消そうとする手。 1匹も逃すまいと向けられた、誰とも知れない赤で濡れた手ーー。
「ーーっ!!」
......さあ。 声にならない叫びを上げたのは「どちらの」ジュリだろうか......?
......鋭い音を立てて、ジュリの翼がキラリの手を[リーフブレード]で薙ぎ払う。 突然の事に驚くキラリの眼前には、毅然としていた今までの姿とは大違いの、恐怖に彩られた顔があった。 翼をもぎ取られた雛のように、か弱く、怯えた顔。 ジュリはそのまま息を荒らげ、吐き出す。
全てを壊した者達。
その苦しみを知ったフリしてのうのうと生きる者達。
そんな者達への、「あるがままの」呪詛を。
......触るなっっ!! 穢らわしい化け物っ!!
洞窟内をひたすら歩き続けるジュリ。 何もかもが変わりばえのない中を進む中で、1つの可能性が彼に浮かんだ。 気怠そうに息を吐く。
「......間違いか」
彼に浮かんだ可能性は、この言葉によって確信へと変わる。 何故だろうか。 洞窟の先の暗闇が、どこか禍々しく思われた。
無神経な者達との合流ほど、今の彼にとって面倒なことは無い。 ただここでくたばるのも御免だ。 長老の命でもある以上、放棄するわけにもいかない。 溜息を吐いて仕方なく後ろに振り向く。 ......その時。 後ろから音がした。 体の内部まで振動させるような、重い音。 ジュリは砂煙が立つのを感じる。 絶対に自然によるものではない。
「誰だっ!」
彼は叫び、臨戦態勢のまま後ろへ振り向く。 案の定、そこには巨大な「何か」があった。 青い岩によって形作られた頑強な体軀。 それの目は怪しく光を放ち、生物なのかも判別しづらい無機質な声で話す。
「......誤ッタ道ヲ選ビシ者ヨ。 コノママ戻レルト思ウデナイ。
......貴様ニ試練ヲ与エヨウ」
試練。 その言葉はゾワリとする悪寒を彼に与える。 そして素早く矢を構えた。 神聖な山の中で行われる試練から逃げ出すなど御法度、逃げれば臆病者だと後で己を責める道しかない。 ならば、ここは戦うしかない。
「......来いよ」
静かに、されども熱く、迎え撃つ意志を伝える。 それを待っていたかの様にその巨大なポケモンーーゴルーグが動き出すのと、ジュリが矢を撃ち出すのは同時だった。
ドンという鈍い音が洞窟内に響く。 3匹がもう1つの道に突入した直後のことだ。
当然、3匹は辺りを見回す。 この辺りには何も起こっていないようであるため、恐らく可能性は1つだけ。
「ケイジュさん......!」
「......流石の観察眼ですね。 当たりでしょう。 音からして、簡単な敵とは言いづらい」
「じゃあ尚更早く行かなきゃ!」
キラリの声掛けに2匹は頷き、走るスピードを上げる。 どうやらかなり奥まで続いているようで、キラリには1歩進む度に言葉では表しづらい不安がのしかかっていた。 あえて言葉にするならば、もう2度と出られないようなーー。
(......っ、駄目駄目!)
頭を振り、無理矢理その考えを振り払う。 今はユズとケイジュもいるのだ。 ヨヒラとの戦いの時のように、1匹で突っ走ることさえ起きなければなんとかなるのだ。 そうやって己に言い聞かせる。
......そして、その言いようのない不安を抱えているのはユズも同じだった。
(......大丈夫......)
ジュリと無事合流出来るか。 この先に待っているであろう困難を超えられるか。 それも心配として纏わり付く。 でも、もう1つ彼女が危惧しているのが『力』の発動だ。 強大な敵と戦う事は、ヨヒラ戦以降は無かったのだ。 合同依頼の時は、自分が相手と戦ったわけではなかったのだから。
......今こそ、レオンとの約束を守れるのかを真に試す時なのだ。
ぐっと押し黙る2匹に対して、ケイジュが声を掛ける。
「......大丈夫ですか?」
「あっ......はい、すいません」
「無理はしないでくださいよ? そうしたところで互いにメリットは無いですし」
「......ケイジュさんは、怖くないの?」
「......私が、ですか?」
「うん」
「大丈夫ですよ。 こんなところで立ち止まってくたばる訳にはいきませんから。 ジュリも黙ってやられるような奴ではない。 そこまで怖がる事もありませんよ?」
ケイジュが微笑む。 その笑みには揺らがない自信まで感じさせてくれ、2匹を勇気づけるのには十分だった。 大人だからこその包容力という面では、少しレオンを思い出させる。
そんな中で、音が少し近づいてくるのを3匹は感じる。 近いというのを察し、無意識に走るスピードを上げていた。
......そして。 少し広い空間に出る。
「ジュリさーーん!! 無事ですかーー!!」
出るや否や、キラリが力の限り叫ぶ。 その後改いめて周りを見渡してみると......目の前が急に暗くなった。 悪寒を感じながらゆっくり見上げると、そこには岩の巨体があり、暗い影を落としていた。 目がギラリと光り、それは少し暗い洞窟内では十分過ぎるほどに恐怖を煽ってくる。
『おっ......おばけぇぇぇぇえええ!?』
2匹が叫ぶのと、それの腕が振り下ろされるのはほぼ同時だった。 咄嗟にかわしはしたものの、衝撃波で少し吹き飛ばされる。 ケイジュは華麗に着地し、ユズとキラリは『ぐえっ』と女子力皆無な声を上げ尻餅をついた。
「......貴様らっ!? 何故......!」
立ち上がろうとする2匹に、聞き覚えのある声が響く。 見上げると、そこにあったのは最大の安心材料だった。
「あっ......ジュリさんいたぁ!」
「......無事だったぁ......良かった」
勿論それはジュリ。 少し傷はあるものの、弱っている様子は一切なかった。 安心する2匹をよそにして、ジュリは矢を携えゴルーグに向かい飛び込む。
「......ジュリ! あのポケモンは何です!?」
「ふん! 知ってたとしても、貴様らなんぞに言ってどうなる!」
「......知らないというのは分かりましたが、それは私達の手助けは必要無いという意味で?」
「当然だ。 貴様らに頼ったところで!」
その言葉と同時に繰り出されるは[リーフブレード]。 葉の剣は巨体に鋭い斬撃を与える。敵の体が岩だからか、かなり効いたようではあるが......しかしゴルーグは技の後の隙に[シャドーパンチ]を打ち込んできた。 飛べるのが幸いして、ジュリは間一髪で回避する。 砂煙の中でも存在感を放つゴルーグは、ちょっとやそっとの攻撃ではびくともしない。 それがこのポケモンの1番の強さであり、厄介なところなのだろう。
「すぐにはやられてくれないとは......中々鬱陶しい!」
ケイジュもすぐさま[ねらいうち]で応戦する。 咄嗟に放った攻撃なのもあり、威力は弱め。 そのためすぐにあちらの技に相殺されてしまう。 それと同時に、ユズとキラリも技を繰り出す。
「[げんしのちから]!」
「そんでもって[スイープビンタ]!!」
ユズが放った岩を、キラリの尻尾が勢いよく薙ぎ払う。 当然威力はその分高くなるため、次々と岩達はゴルーグへと襲いかかる。 でっかい相手にはそれ相応のでっかい攻撃をぶち込む......という作戦であったわけだが。
「[サイコキネシス]」
無機質な声で放たれたエスパー技は、岩達の動きを一瞬で止め、そのまま地面へと叩きつける。 いとも簡単に岩が粉々になったのに2匹は驚くとともに、もしあの技を自分が喰らっていたら......そう想像して戦慄した。
「受けてすらもくれないなんて......」
「......じゃあ何か他に作戦考えないと! このままやってもジリ貧だよう!」
キラリが少し駄々をこねるような口調で叫ぶ。 それが煩わしいのか、ジュリがそれに対し口を開く。
「......助ける力も無いならどうしてここに来た! 俺1匹でもどうにかなる!」
「むっ......分かってますよそんな事! ただ心配だもん、それだけだよ!」
「余計なお世話だ!」
「ま、まあまあ落ち着いて......」
「流石に今は危険ですし......」
感情的になるキラリとジュリをユズとケイジュがなんとかなだめる。 そんな中、何故か技を出してこないゴルーグがようやく言葉を発した。
「......自ラノ根源ニ打チ勝テ」
「えっ?」
「コノ中ノ1匹ダ。 自ラノ根源ニーー過去ニ打チ勝テ。 ソレガ我ガ課ス試練」
過去に、打ち勝つ。 ......どうやって?
そんな疑問が4匹の中に浮かぶ。 だが、考える時間を与える程優しくはないようで、謎の光線がゴルーグの目から撃ち出された。
「わわっ!?」
これは間一髪のところで回避。 だが、別に当たった地面にクレーターができるわけでもなく、何も変化は無い。 それはそれで不気味なわけではあるが.......何故だか、「当たってはいけない」という感覚が4匹の中であった。 当たれば終わりといった、言葉で形容することが中々難しい恐怖感。
暫く回避劇が続いていたが、ユズが地面の小石にずっこけて派手に転んでしまう。
「へぶっ!」
「あっ......ユズ!」
当然キラリはユズの元へと向かうが、ゴルーグがユズの近くにいたこともあり、標的はユズへと向く。 逃げても無駄だと言わんばかりの威圧感が、ユズの体を縛る。目の辺りに、光が集束していく。 反射的にユズは目を閉じるが、キラリが間にスライディングしてきたため、キラリがユズを庇う形となった。
「させない!」
「キラリっ......!」
自分のヘマのせいで庇わせた。 そんな罪悪感が一瞬でユズを覆う。 何が起こるか分からないのに。 助けるためにとる手段は「今の」ユズには無いため、光と共にそれは膨れ上がる。
......しかし、悩む時間さえも与えてくれない。 光が放たれそうになった時ーー。
「......くそっ!」
光の轟音と共に、2匹の鼓膜には不機嫌ながらも決意を秘めた声が過ぎった。
......目を閉じていても、辺りが急に明るくなったり、暗くなったりは微かに感じ取れるものである。 少し経った後、その感覚が少し薄い事に気づいて2匹は目を開ける。
「......キラリ、大丈夫?」
「う、うん、何も......」
キラリの言葉の通り、2匹には何も変化は無かった。 でもやはりおかしい。 あんな前振りをして撃ってきた光線であるというのに......爆弾と見せかけたびっくり箱のようなものではないか。 神聖な山で、そんな恐怖を煽る真似をするだろうか。
改めて辺りを見回すと......
「......ああっ!!」
キラリが驚きの声を上げる。 ......ジュリが、少し離れたところで倒れていたのだ。 よく耳を澄ますと、呻き声まで聞こえてくる。
「......ジュリさん!? どうしたの......?」
「......咄嗟に、貴方達の元に飛び込んだんです。 まさかとは思うでしょうが......」
「......じゃあ」
目の前の事実と、ケイジュの言葉。 そこから導き出される結論は、ただ1つだろう。 ユズが呆然と呟く。
「ジュリさんが私達を......庇った......?」
混乱している間に、ゴルーグが岩技を放ってきた。 「試練」の前座は終わったと言いたいのか、先程より容赦なく攻撃してくる。
当然応戦するわけではあるが、1つ違うことがあった。 ......ジュリが、その場にうずくまって動かないのだ。
「ジュリ......!?」
彼の異変を察知する3匹であったが、中々敵の攻撃を掻い潜ることが出来ない。 避けるのに精一杯で、攻撃さえままならない。
「......助けなきゃっ......!」
そんな中でも、キラリは小さな体を生かしなんとかジュリの元へ向かう。 ユズとケイジュの驚愕の声が岩の音に混じって聞こえたが、少し心の中で謝罪しながらそのまま進んだ。 あんな状態では、いずれは攻撃に巻き込まれる。 見過ごすなど、彼女には考えられなかった。
「ジュリさん大丈夫!? 」
なんとか駆け寄り、声を掛ける。 反応は無く、ただぶつぶつと何かを呟くだけだ。
......微かに「お袋」、「親父」という言葉がわかる程度であり、キラリには見当もつかなかった。
「よく分からないけど......とにかく立とう! 大丈夫だから......!」
キラリが彼に近づき、手を差し伸べて翼を掴む。 普通ならば、それは救いの手だ。 何かに絶望した者に差し伸べられる手は、まさに1本の蜘蛛の糸。 その糸に縋り、その者達はしぶとく再起を図る。 生命というのは、本来生きることをがむしゃらに求めるものだ。
......しかし。今の彼にとって、その手は「味方から差し伸べられた糸」では無かった。
彼の脳裏に浮かぶのは、彼が心から怯え、強い憎悪を生んだ「過去」。 赤が、それとともに上がる黒が、こびり付いて離れない。 下劣な声や怯えた声、鈍い音すらも綺麗に再生されてくる。
(あら、お客さん?)
(何もない所だけど、ゆっくりして......ぐっ!?)
(お前っ......しっかり!)
(......と、盗賊......!)
(嘘でしょ!?)
(おい! 早く避難だ!)
(ひひっ、こんなところに村があるとはなぁ......きっと良いもの持ってんだろ?)
(逃さねえぞ、全部奪いとれ! 逃げるか抵抗したなら......!)
そして、記憶は絶対に思い出したくないところまで遡るーー。
村外れの倉庫に立て籠る親子。 父親と母親らしきジュナイパーが、ぎゅっとモクローを守るように抱き締める。 どうかこのまま気づかれないようにと、静かに祈る。
しかし、運命は時に残酷だ。 突如、勢いよくドアが吹き飛ばされる。
「っ!」
「お? 親方。 親子がいたぜ? こんなところに隠れていやがった」
「ほう......全く、こんな村外れの倉庫にいるとは物好きなもんだ」
「......おのれっ!!!」
親方と呼ばれたポケモンが足を踏み入れようとした時。 父親がそのポケモンへと思い切り殴りかかった。 しかし、相手はそれを読んでいたのか、彼を一閃する。 父親は、力無くその場に倒れる。
「ひっ......!」
父親の倒れる姿に、モクローは悲鳴すらも上げられない。
「......あなたっ!!」
「全く......ここの村の男共は短気過ぎだぜ。 皆こうやって突っ込んできやがる......」
1つの生命に手をかけておいてニヤリと笑う盗賊には、ひとかけらの情は無かった。ここまでくるともう化け物だ。ポケモンの皮を被っただけの。
「......モクロー、あなただけでも逃げなさい!」
「えっ.......!」
「壁を破って! 早く!!」
モクローはドンと母親に突き放される。 そう言われてもいきなりはできないのが子供というものだ。 共に行くという選択肢を捨てきれない彼は、思わず母親へと羽を伸ばしてしまうがーー。
「......やれ」
化け物の一声は、優しい母の温もりを享受するチャンスをモクローから永遠に奪い取った。
頰の辺りに何かがかかる。 何かは彼には分からなかった。 理解など、したくなかった。
「親方。 このガキ、どうします?」
「ふん。 村の奴らもかなりしぶといしなぁ......逃げても無駄だというのを思い知らせるための、見せしめとするのもいいだろう」
「ひひっ、そんじゃ......」
化け物の1匹が、手を伸ばし翼を掴もうとする。 触れてくる手は、自分を消そうとする手。 1匹も逃すまいと向けられた、誰とも知れない赤で濡れた手ーー。
「ーーっ!!」
......さあ。 声にならない叫びを上げたのは「どちらの」ジュリだろうか......?
......鋭い音を立てて、ジュリの翼がキラリの手を[リーフブレード]で薙ぎ払う。 突然の事に驚くキラリの眼前には、毅然としていた今までの姿とは大違いの、恐怖に彩られた顔があった。 翼をもぎ取られた雛のように、か弱く、怯えた顔。 ジュリはそのまま息を荒らげ、吐き出す。
全てを壊した者達。
その苦しみを知ったフリしてのうのうと生きる者達。
そんな者達への、「あるがままの」呪詛を。
......触るなっっ!! 穢らわしい化け物っ!!