主要登場キャラ
・プリン
・グラン(ドサイドン)
・ロード(アブソル)
・セラフ(エルレイド)
・ぺラップ
ギルド連盟の本部は、北の大陸に設置されている。
ギルド連盟とは、五つに分かれた大陸全てに存在するギルドを、統括し、指揮する組織である。
各ギルドはギルド連盟の検査を受けることで「公認ギルド」となり、そのギルドの安全性が保証され、地域の統治権までもが認められる。
連盟に加入せずギルドを経営することは可能ではあるが、連盟のバックアップは受けられず、探検に必要不可欠であるバッジすら入手困難となるため、ほとんどメリットはない。
故に、大手から新興のほぼ全てのギルドが連盟に加入しており、それにより連盟そのものの権力も大きい。
その権力の大きさ故、独裁を防ぐためにギルド連盟では五大陸それぞれの代表が会議制で運営を行っている。それが五大陸会議である。
代表は直接の運営はしないが、連盟の総長の選出を行い、方針決定を行う。
そして今、本部の地下奥深くの一室にて、その代表が集まりつつあった。
※
鉄製の重い扉が鈍い音をたてながら開いた。
防音、そして防犯のために分厚く頑丈に作られた扉から顔を出したのはプリンである。
「やあ、遅くなって済まないね。皆もう揃っているのかな?」
「とっくに揃ってるよ、特別顧問」
それに対し、既に席に着いていたドサイドンが投げやりに答えた。
「さっすが、顧問はまさに重役出勤ですな」
嫌味ったらしくプリンの遅刻を責め、批難の目を向けるドサイドン。しかしプリンは全く意に介さない様子で、
「いやあ、ごめんごめん。海を渡るのに手間取ってね」
あはは、と軽く笑いながら自らの席に着く。席には水晶玉のようなものが置いてあり、プリンはそれに手を触れた。仄かな光を放つ。
確かに他のメンバーは既に揃っていた。
プリンはその議長の席からほかの面々を見渡す。
そこにいるのはプリンを含めて五匹。それぞれが各大陸の代表として会議に参加する。
「では、ギルド連盟定例会議を始めるよ」
プリンがそうハッキリと言い放つと、薄暗く狭い部屋はシンと静まり返った。
「では出席確認兼、自己紹介を。ボクは中央大陸代表、及びギルド連盟特別顧問、《プリンのギルド》のマスター、プリンだ。よろしくね」
静かにそう言い、もはや毎回の恒例となった自己紹介が始まる。出席確認の意図もあるが、ギルドマスターの代理が出席することもあるので自己紹介を毎回することになっている。
「俺は西の大陸代表、ギルド《グランドルフ》のマスター、グランだ」
面倒くさそうにドサイドンがそう言い捨てて席に座る。
ギルド《グランドルフ》は山や森など険しい自然が多い西の大陸の代表である。その大陸の土地柄もあって土木工事のような力仕事が得意なメンバーが多い。同様に連盟においてもその方面の仕事を担当していた。
ギルドマスターのグランも、その仕事柄故か気性の粗さが滲み出ている。
「私は南の大陸代表、《セラフィック騎士団》のマスター、セラフだ。よろしく頼む」
そう丁寧にお辞儀したのはエルレイド。
《セラフィック騎士団》は南の大陸に昔から伝わるという「騎士道」を重んじるギルドで、礼儀正しいと有名である。その精神はメンバーの隅々まで行き届いていて、義を重んじ、悪を許さないという強き誓いから一般市民にも深い信頼を置かれている。
マスターのセラフはその騎士道の体現者と言われているが、一方では頑固で融通が聞かないとも囁かれている。
「東の大陸代表、ギルド《アブソリュート》のマスター、ロード」
端的に必要事項だけを言い、ニコリともせず席に着いたのはアブソル。
東の大陸を取りまとめるギルド《アブソリュート》については謎が多い。規模や運営方針も不明だが、その実力は誰もが認めるもので、連盟が把握し、解決すべき問題が実力行使を伴うものだった場合、《アブソリュート》が派遣されることが多い。
だがその強さの影で、ギルドの厳しい入団試験や、過酷な訓練などが噂されていて、辞めていく者が異常に多いとも言われている。
リーダーであるロードは無口で多くを語らないが、その鋭い眼光は自らの確固たる強さを裏付けていた。
「エー……ワタシは北の大陸代表、《プクリンのギルド》のマスター、プクリン親方の代理の、ぺラップだ。よろしく」
緊張しているのか、少し震えた声のぺラップ。
今回、ギルドマスターの代理として参加している。
《プクリンのギルド》は最も古参と言われている有名ギルドである。現在のギルド形式を広めた重要ギルドであり、他のギルドの手本となっている。
マスターのプクリンの下、和気あいあいとした雰囲気でありながら、強い団結力を誇る。また、ある名高い探検隊を輩出したことでも知られる。
プクリンは、一時はギルド連盟の議長の最有力候補とされていたが、実現していない。
それは、「プクリンの気分を損ねないように意思疎通を行うのが難しいから」と言われているが定かではない。
そして、プクリンには兄弟がいるのだが……
「おい、北の代理。またアイツは欠席か」
「……プクリン親方は現在別の公務に出ておられる」
「公務、ねぇ……」
胡乱な目でぺラップを見つめるドサイドンのグラン。
「どうせまた、セカイイチとかいうリンゴに夢中なんじゃねぇの?」
「んぐっ!」
分かりやすい音を立てて言葉を詰まらせるぺラップ。図星のようだ。
「まあ俺たちにとっちゃあ、アイツが居ないのは好都合ではあるがね。会議中にすぐ寝るわ、騒ぎ出すわ、ついには……」
「この場にいない者への誹謗中傷は止めたまえ、グラン」
プクリンへの愚痴がエスカレートしそうになったグランをエルレイドのセラフが制止した。
話を遮られたグランは彼を忌々しげに睨みつける。
「誹謗中傷ぉー……?」
なにか文句を言いたげな表情でセラフと睨み合う。
しかしそれ以上の反抗はなく、舌打ちをして口を噤んだ。
場が静かになったのを確認したプリンが、皆を見渡す。
「……では始めていいかい。これから月間報告を行う。まずは新しく発生したダンジョンの報告だ。既に今月は一つの新規ダンジョンが連盟に報告済みだ。これは……東の大陸だね。ロード、詳しい報告を」
指名を受けたアブソルのロードが立ち上がった。
手にした書類をハキハキとした口調で読み上げる。
「東の大陸、南部の山脈にて、地域住民より迷宮化の報告があった。我々は直ちに探検隊を調査、救助に派遣した。探検隊は約一時間後に当該ダンジョンを発見。そこは周囲の住民からは『夕闇の山』と呼ばれていた山だった」
ロードが書類のページをめくる音が狭い部屋に響く。
「迷宮化は軽度ではあったが、そこを住みかとするポケモンたちの間では既に混乱が生じていた。探検隊は避難希望者計135名を誘導、避難させた。現在避難者は周辺の山にて我々が保護している。また、我々は当該ダンジョンを地域での呼び名をとって『夕闇の山』と命名した。報告は以上だ」
報告が終わると、ロードは一つ息をついて席に着いた。
彼の報告を聞いたそれぞれの表情は変わらない。
迷宮化、つまり新しいダンジョンが出現することは日常茶飯事であり、驚くことではない。
基本的にダンジョンとなった地域が元に戻ることは無い。しかし迷宮化が途中で止まることは稀にある。
ロードの報告を受け、プリンが頷く。
「相変わらず迅速な対応、ありがとう、ロード。ちなみに、推定住民数に対する避難希望者数の割合を教えてほしいな」
「推定住民数は約300名。避難希望者数は135名であるから半分以下ということになる」
それを聞いてグランが大きなため息をついた。
「はぁ……ダンジョンに居残ったら凶暴化するって、なんで分からないかなぁ……半数も留まるってのかよ……」
突然迷宮化した地域に住むポケモンたちが、その住みかを離れられずに留まることはよくある。
しかし迷宮化に飲み込まれると住民のポケモンは凶暴化し、ダンジョンに住まう「敵」となってしまう。
意思疎通は出来ず、ひたすら立ち入る者を襲い、倒されればダンジョンの奥深くで復活する。
倒された際に正気を取り戻すことも良くあるのだが、探検隊に倒されなければ永遠にそのままである。
考えるだけで恐ろしい事なのだが、ダンジョンが身近にない一般市民は凶暴化のリスクより我が家を選んでしまう。
「いきなり家を変えろって言われて躊躇ってしまう気持ちは分かるんだけどね……やっぱり課題だね」
プリンが少し悲しそうに言ってグランの発言に理解を示した。
※
「報告ありがとう。次は新規ギルドの承認について。今月申請されたギルド総数は七。承認済みが三。却下が二。審査中が二だ」
プリンが資料をめくりながら会議を進行させていく。
「月間報告は以上かな。じゃあ、次は観測塔からの報告だ。職員さん、よろしく♪」
その声と同時に、薄暗い部屋の隅から音もなくエーフィが進み出た。そして丁寧なお辞儀。
「グレイビッツ観測塔より参りました。ミストと申します。私から観測データをお伝えさせて頂きます」
ミストと名乗るエーフィは、目を瞑って報告を始めた。その手に書類はなく、どうやらその内容は全て頭に入っているらしい。
「観測データ。現在大災害に繋がる兆候は確認されていません。管理されている時の歯車六基全てに異常はありません。また、時空の歪みや改変、断絶も無く、いわゆる伝説級のポケモンにも動きはなく安定しています」
「いつも通りだな」
グランは興味がなさそうに頬杖を付いて呟いた。他の者は無言で話を聞いているが、いつも通りの報告で特に反応は無い。
「定期報告は以上。最後に長老より託宣を預かっております。読み上げます」
そう言うとエーフィは目を開いた。その瞬間、彼女の体は微かな光に包まれた。エスパータイプの技を行使している証拠である。
「門は再び開かれた。彼の者は目覚め、御使いはその責務を果たす。天に手を伸ばす者は堕ち、時の乖離は進む」
光がゆっくりと消えた。エーフィは微笑んで「以上です」と言い残し闇に消えた。
部屋は静寂に包まれる。
彼女の発する台詞は機械的だったが、その「託宣」はまるで誰かが乗り移ったように迫力があった。そしてその言葉は難解である。
「やはり、よく分からないですね」
セラフが口を切った。
「いつも通り、説明もなしか……」
そうため息をついたのはぺラップ。代理といえどその回数はかさみ、既に会議の流れは把握している。
「とりあえず、分かるとこだけでも解釈していこう」
プリンが呆れムードの場をとりなす。
「門は再び開かれた……だったか? 再びって……前にそんなの言ってたかぁ?」
「無いな。少なくともそのような趣旨の託宣は過去には無い」
ロードがそう断言した。
「とすると……連盟発足前ということになりますか」
「発足前っつーと……やっぱり『星の停止』か」
「可能性はあるね」
「エッ……!? つまり、あの事件と同じような事が起きるということかっ!?」
ぺラップがその羽をばたつかせて騒ぐ。
「まだ決まったわけじゃないよ。もっと小さな事かも知れない。それに他の報告では特に異常は無かったでしょ?」
プリンが焦り顔のぺラップを宥めた。
「長老とやらの託宣は観測塔のデータとは別次元の情報ソースだがな」
ロードは低いトーンでそう指摘する。
「仮に星の停止がもう一度起きたらどうするってんだ? もう解決したあのマスターズは居ないんだろ?」
グランがぺラップのほうに鋭い目を向けた。
ぺラップは慌ててまた羽をばたつかせる。
「わ、ワタシに言われても行方は知らん! 奴らは解散前にはもう、ギルドから独立してたのだからな!」
「知ってるわそんなもん。行方だって全世界が血眼になって探してるんだ。まあここまで居場所が分からないと、誰かがマスターズを匿ってるかもしれないがなぁ」
そう言ってグランは他の代表を見回すように睨みつけた。
「根拠もなく疑うのか貴様」
憤慨したセラフが立ち上がって抗議する。
他のメンバーは黙ってはいるが、互いに睨み合った。場は一気に険悪なムードと化した。
「その話はまた今度だよ、グラン。今は託宣について考えよう」
プリンがそう優しい口調でグランを止める。しかしその目は笑っていない。
かつて星の停止から世界を救った伝説の探検隊、救助隊連盟や探検隊連盟を統合し、現在のギルド連盟を発足した英雄。そのマスターズは数年前に姿を消し、皆の記憶からも不自然に消えた。
謎の残る失踪だが未だに手掛かりは掴めず、会議では半ばタブーとなっていた。
グランはまた忌々しげに舌打ちをしてプリンを睨みつけたが、ため息をついて、
「はぁ……わかったよ」
席に深く座り直した。
「託宣の続きと言ってもなぁ。目覚める彼の者ってのも全く分からん」
「御使いとは……天使とか、そういうものだろうな。おとぎ話ではないよな?」
「責務……天に手を……ふむ、現に異常がないのでは、手掛かりはないですね」
セラフがあっさり匙を投げた。
「連盟では把握出来ないような、言うなれば予兆に近いものということだろう。大概の事件はおおごとにならねば気づかない」
「それでも前回は託宣が無かったんだから、やっぱり何かが起きるってことなのかな。警戒するに越したことは無さそうだね」
全く手掛かりのない、とっ散らかった議論をプリンがそう短くまとめて、観測塔の報告については終わりを迎えた。
※
「定例の議題はこれで終了。他に何か話し合うことがある者はいるかな?」
「人遺物の所持について話したい」
そう言って挙手したのはアブソルのロードだった。途端に周りの表情が強ばる。
「……いいよ。議題として扱おう。詳しく話して」
議長であるプリンの許可を受け、ロードが立ち上がった。
「言わずもがな、人遺物、つまりレガシーの所持数についての話だ」
人遺物<レガシー>。それはかつてこの世界にいたとされるニンゲンが残した高等技術。
機械の製造や高度な家屋の建造など、ポケモンだけでは編み出すことの難しい技術である。また、有形である人遺物だけでなく、ニンゲンの影響は文化や言葉、表現にまで深く及んでいる。
そもそもニンゲンの存在を示す証拠はいくつもあれど、その姿を見たものは誰もいない。
故に一般には半ば伝承のように伝わる程度であり、その存在を信じる信じないは半々である。
存在するか分からない過去の生き物の遺物。
ただそれだけなら利用するだけ利用すればいい。
だが問題はそう簡単ではなかった。
「連盟での取り決めでは、新たな人遺物を見つけ次第全て報告することになっていたはずだな。そして、それがA級、B級、C級であれば一般に公開し、S級、特S級に該当するものであれば会議にのみ開示し、審議の上一般には秘匿する」
「回りくどいな、それがどうしたってんだ?」
焦れたようにグランがテーブルをコツコツ叩く。 しかしロードはその催促を無視して続けた。
「仮にその技術が、ギルドの防衛上の機密情報に関わるものなら、それを隠し独占することも認められよう。だが我々《アブソリュート》は、特S級に該当するほどの技術が既に発見されているとの情報を入手した」
「なんだと!?」
静かに聞いていたセラフがテーブルを両手で叩いた。
「特S級……それは、世界の根幹に関わるレベルの先端技術……パワーバランスを崩壊させるほどの……」
プリンが呟く。
「恐らくそれは、電気を利用した計算技術だ」
「あぁん? 電気を利用した技術なら既にあるじゃねえか。あのカラクリとか言うやつ。あれはとっくに市民に知れ渡って利用されてるはずだろ?」
「そのレベルではない。詳しくは不明だが、定められた動作を自動で行い、電気を利用してポケモンには成せない規模の働きを成す……」
「よく分かんねぇな……それがとんでもねぇやつなのか」
グランは頭をかいた。理解に苦しむようで呻き声を上げている。
と、ぺラップが何かに思い当たったようで、あ、と声を上げた。
「それは確か……コンピュータ、とかいうものでは無かったか? 確か古い文献に残されていた気がするぞ」
「恐らくそうだろう。そして私が言いたいのは、その高等技術を既に見つけていながら独占しているギルドがあるという話だ」
その言葉で場が静まり返った。
本来ギルドの代表同士は共同運営のために集まってるとはいえ、互いの利益を主張しあうため仲が良い訳では無い。だがお互い争いを起こすことにさしてメリットがないために平穏を保っているのだ。
しかしその均衡を破壊しかねないほどの技術を誰かが握っているとすれば。
それは己のギルドを脅かしかねない。
「それは確かな情報なのかい」
プリンが尋ねる。
「そんで誰が持ってんだよ、その人遺物を」
グランもロードに食ってかかった。
「……さあな。詳細な情報は我々もまだ入手していない。だから問い詰めることも出来ない。だが一つ言えるのは、もし隠し続ければ争いは避けられない。それを忠告しておこう」
最後にそう言ってロードは席に着いた。
会議を掻き回した、まるで爆弾のような議題は、情報不足により爆発することなく周りに不信感だけを残した。
「…………この議題については今後に回そう。論ずるにしても更なる情報が必要だ」
プリンが難しい顔をして、静まり返った場を閉じた。
※
会議は終了した。
人遺物騒ぎの後、特に新たな議題は出ず、今後の簡単な目標について話し、解散となった。
活発な議論が常に交わされている訳では無いが、部屋からポケモンがいなくなると流石にいつもより静かになる。物音が闇に吸い込まれていくようだ。
プリンは自分の席にある水晶玉に触れた。
淡い光が消える。それは記録終了を意味する。
連盟における会議の記録はこのように全て「不思議玉」に記録されていた。そのほうが書記を置く必要がない為だ。
「なぁ、顧問さんよぉ」
何故か一匹だけ残っていたドサイドンのグランが、席に寄りかかりながらプリンに声をかけた。
「何かな?」
「アンタは反対か? 人遺物の利用は」
「……反対の論調があるのは知っているよ。……それでももう、既にニンゲンの技術は生活に取り込まれてる。一度上がってしまった文明のレベルを下げるのは難しいよ」
「……あー! 違ぇよ、俺はそんな難しい話がしたいんじゃねぇんだ。ニンゲンをどう思うかってことだよ!」
頭をかきむしってドサイドンが吠える。
「どうって……」
困ったようにプリンが首を振る。
言葉の意味は分かっている。そしてニンゲンを良く思わないポケモンがいる理由も。
しばらく考え込んでから、プリンは顔を上げて微笑んだ。
「ヒトによる、かな」