Box.14 激おこぷんぷん丸っ(# ゚Д゚)!!

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 第一戦 win/コダチ VS lose/リク
 第二戦 win/仮面S VS lose/ライカ
 第三戦 win/ユキノ VS lose/コダチ
 そして、第四戦の勝敗はこれから決する。
 
『さぁさぁ、名残惜しいですがバトルアイドル大会初日も残すところ後一戦となりましたッ! 対戦カードはライカVSリクッ! どちらも一敗同士と退けない戦いだーッ!!』
「ライカ負けるなー!」「頑張れリクちゃーん!」「地元の根性見せてやれっ!」「リクちゃん可愛いよー! 元気出してー!」「行け行けー! こいつになら勝てるぞー!」「帰れ腑抜け!」「なんだとてめぇっ!」「やんのかコラァ!」「リクちゃんはワイが守る!」「表出ろ糞がァ!」

 応援、ヤジ、煽り――好き勝手に観客達は喚いている。一部で乱闘が起こったり、つまみ出されたり、「ライカ☆頑張れ」の団扇が踊ったり。
 舞台袖でリクは深呼吸をした。攻撃でボロボロになった衣装や髪は会場スタッフが直してくれ、タマザラシも回復してくれた。一戦目は、何も分からなかった。やはり勝たなくては分からないのだろうか。勝つ方法を探ることが、生き残る為の三つの答えに繋がるのだろうか。この格好も答えを知れば関連性に納得がいくのだろうか。
 ミルク色のスカートは、何故バレないと思うのかというくらい短かった。ことあるごとにリクは裾を下に引っ張った。人に見られたくないばかりに、二戦目、三戦目の間、リクは通用口の外に隠れていた。周囲は知らない人ばかりで、観客は自分が女装した男だと知らない。多分バレていないと信じたい。そうでなければ屋上から飛び降りかねない気持ちだった。怖くて鏡は見ていない。舞台袖に姿見はあったが、絶対に目を向けなかった。
 タマザラシがじっと何かを見ていた。戻しても勝手に飛び出してしまうタマザラシは、リクの言うことを全く聞かなかった。その目は丸々としていて、何を考えているのかよく分からない。瞳にふわふわした白いものが映り込んでいる。視線の意味に気がついた瞬間、リクは素早くタマザラシから距離をとった。タマザラシの視線はスカートにつられて動いている。タマザラシが何を考えているかは分からない。分からないが、今、何に注目しているのか〝だけ〟はよく分かる。

「見るな!」

 リクは抑えた声で叫んだ。穴があったら入りたい気持ちだった。花のように膨らんだスカートの中には、アンダースカートと呼ばれるパニエが仕込まれている。ふわふわのシフォンが中の秘密を守ってくれる、らしい。だから膝上でも安心しろと衣装スタッフは言っていた。他人事だと思って!

『――は実力発揮か!? リクちゃんの登場だー!』

 なかなか動かないリクを押し出そうと、スタッフが近づいてくる。涙目で威嚇して追い返した。手のひらの汗をスカートに擦りつけ、自分で舞台に歩み出る。タマザラシも転がりながらついてくる。
 歩み出たリクを、相対するライカがキッと睨んできた。コダチとは気合いの入り方が違った。殺気を感じる。肩に乗ったライチュウも細かい静電気と殺気を纏っていた。触発されたタマザラシは神妙に、意味もなくファインティングポーズをとった。「お前、格闘技覚えてない筈だろ」「たま!」リクは小声でツッコミを入れた。

『ライカ VS リク――バトルアイドル大会第四戦、スタートー!』





「あー!」

 ビシビシと背中に視線が突き刺さる。声が刺さる。気のせい気のせい、と振り替えらない。梁から梁へ飛び移る音がまっすぐ向かってくる。絶対に気のせい、とやはりかたくなに振り返らない。「Sちゃん! 仮面Sちゃーん!」名指しされ、仮面Sはガクッと肩を落とした。渋々といった様子で振り返る。「とぉう!」かけ声一発、コダチは仮面Sの目の前まで飛び移った。

「あたし絶対Sちゃんと話したいと思ってたんだぁ~! 過去優勝者なんてすごいねぇ! あたしコダチっていうの! って、開会式の時にいたから分かるかぁ! よろしくねぇ!」

 コダチは興奮して捲し立てる。返事を待たずに仮面Sの手を握り、上下に振った。仮面の下から胡乱な目がコダチに差し向けられる。コダチはニコニコしたままでのたまった。

「お話ししようと思ったのにどこ探してもSちゃんいないからさぁ~諦めかけてたんだど、こんなところにいたんだね~! えへへ、あたし、すっごく視力いいんだよ!」
「へぇ、そーなの……」
「フィー……」

 一緒にいたキルリアが頬を引きつらせていた。真下には観客がひしめきあっているが、絶対に2人と一匹が見つかることはない。此処はバトルがはっきり見える特等席――天井に無数に張られた金属の梁の上だ。仮面Sの体はキルリアの念力で薄く光っているが、コダチは純粋に身体能力のみでそこにいた。

「Sちゃんってなんで仮面してるの?」

 ユキノさえ突っ込まなかった事を、コダチは直球で尋ねた。仮面Sは「色々事情があるのよオホホ」と、高い作り声で答える。「事情って?」コダチは身を乗り出して続けて突っ込んだ。仮面Sの口元が引き攣った。

「コダチちゃんって、サイカのレンジャーなんだってね。すごいね」
「え~! そっかな! まだ見習いなんだけど……うふふふふふ」

 強引な話題転換だったが、コダチは顔を赤くしてニヤニヤした。効果は抜群だ。コダチの頭から先ほどの話がすっぽ抜けている事を仮面Sとキルリアは祈った。幸い祈りは通じたようで、コダチはそのまま自身の事を話し始めた。

「でも、ここに出場してる事は内緒なんだよ! 秘密! リーダーすっっっっっごく真面目な人だし、ちょっと前におっきい地震もあったから……一応あたし、ちゃんと事前に申請したお休みで来てるんだけど、「こんな時に休みも糞もあるかー!」って怒りそうなんだよね」

 「だからポケナビの電源切っちゃった……」と、コダチはちょっと不安そうな顔で呟いた。

「でもさァ……、コダチちゃんはレンジャーなんだよね」

 数段トーンの落ちた声で、咎めるように仮面Sは言った。

「なによりも周囲の救助や援助を優先するのが、仕事でしょ」
「そうかなぁ……でも……」

 コダチは言い訳するようにぼそぼそと反論した。仮面Sは更に口調を強めた。

「きちんと連絡した方が良いよ」
「うう……でもでも、本当に前から楽しみにしてて……ルンパッパだって、すっごく頑張ってて……」
「じゃあさ、こうしない?」

 〝コダチが仮面Sに負けたら、リーダーに連絡する〟
 明日の対戦カード一戦目は、コダチ VS 仮面S。仮面Sが打って変わって優しい声音で提案すると、コダチはコクコクと頷いた。「約束ね」と念を押す。コダチは少し顔を青くして「う、うん」と返事をした。

「あたし、ちょっとトイレ!」

 わざわざ宣言して、コダチは逃げるように去っていく。おそらく、此処にはもう戻らない。仮面Sは思った。
 
「フィ」

 キルリアが服の裾を引っ張った。ツノがくすんだ赤紫色に光っている。「悪い」ばつが悪そうに仮面Sはキルリアの頭を撫でた。
 眼下の第四戦に目を向ける。鬼気迫る表情でライカとライチュウが戦っていた。互いに互いが目に入っていない様子のリクとタマザラシが戦っていた。ライカはアイドルらしからぬ顔してるし、リクの戦い方はお粗末極まりない。そしてどっちも、まともに歌ったり踊ったりができていない。めちゃくちゃだ。仮面Sは顎に手を当てて考えた。タマザラシはサイズ感からして、まだ幼い。本来の2分の1の身長では、たとえ〝転がる〟を使ったとしても十分な威力が見込めない。まともにバトルが進めば、ライカが勝つ。

「どうする、リク」

 このまま試合が終わるのか、それとも。
 落ちた言葉は、本人の耳には届きそうにない。





「ライ・ライ・ラァァァァイ! スパークっ!」
「らぁい!」

 リズミカルに歌いつつ、音楽と韻を合わせてライカが叫ぶ。流れる音楽はリクには耳慣れないものだ。ライチュウはフィールドを駆け抜け、雷撃そのものとなってタマザラシに肉薄する。避けきれない。タマザラシは衝撃を覚悟して身を固くする。〝丸くなる〟で防御するつもりなのだ。リクが叫んだ。半分もタマザラシには聞こえなかった。「そう――な――凍ビ――」ライチュウの突撃でタマザラシは吹っ飛んだ。ひたすらに丸く、丸く――びりっと四肢が痙攣し、タマザラシは目を白黒させた。

「タマザラシ!」

 リクの足は張りついたように動かない。スカートは一部が凍っていた。息の合わないタマザラシの冷凍ビームを食らったのだ。焦りばかりが肥大していた。また何も分からないまま終わってしまう!

「たまぁああああああああああああああああああ!!!!」

 だが、それをタマザラシは許さなかった。このままでは終われないとばかりに、麻痺を気合いで振り切り立ち上がる。これで何度目か分からない。第一戦が嘘のように、頭がおかしいのではないかと思うくらいに、タマザラシはこの試合でなんども攻撃を喰らい、そして立ち上がった。なんで立つのか。立てるのか。リクには理解できない。幸か不幸か、タマザラシが何度でも立つ限り、諦め混じりのリタイア宣言はリクの喉元で足踏みする。答えは分からないし、逃げ出したいし、まるで迷路のような状況に泣きそうだった。

「ライ、10万ボルトォ!」

 ライカの声にリクは必死に叫んだ。「タマザラシ、迎え撃て!」「たま!」一瞬だけ呼吸が合った――ように見えたが、タマザラシが放ったのは〝粉雪〟だった。「ちが……ッれいと――」慌てたリクが技名を叫ぶより先に、ライチュウの10万ボルトが粉雪を押し切った。タマザラシが絶叫する。目を覆いたくなるような激しい雷撃の光と音。タマザラシが煙をあげてフィールドに転がった。疑いようもないほどの、直撃。立てるはずがない。だが、リクは嫌な予感がした。
 ゆらり、と瀕死に近い状態で、目の焦点が合っていない状態で、タマザラシは立ち上がった。一瞬、ライカも、ライチュウも、リクも、司会者も、観客も――その場にいた全ての生き物が静まり返った。
 そして瞬きの後、怒号のような声援が爆発した。
「すげぇー!」「普通立つかよ!」「頑張れええええええ!」「いっけぇタマザラシイイイイイ!」「かっけええええええ!」
 熱狂する会場で、リクの表情は絶望に凍りついていた。「なんで」と、途方に暮れたように呟く。
 はたと、混乱のさなかでリクは気がついた。相対しているライカとライチュウも、この熱狂の中で別空間にいるような顔をしていた。ライカはこちらへ靴音高くやってきた。目が据わっている。彼女は激しく怒っていると、リクは直感した。おぼつかない足取りでタマザラシがライカを追いかけようとした。その前にサッとライチュウが立ちはだかる。追撃か――いや、違う。ライチュウはタマザラシを止めただけだ。両手を掴んで動きを封じたが、それ以上何もしない。その間にライカはリクの目の前までやってきた。空気が変わったのを感じたのか、観客の声が小さくなっていく。
 大きな平手打ちの音が、会場に響き渡った。

「あんた何しとんねん!」

 リクは一瞬、何が起こったのかわからなかった。痛みで熱を持つ頬を抑え、やっと理解した。リクは固まっていた。ライカはわなわなと肩を震わせ、怒り心頭といった様子でタマザラシを指した。

「見てみぃ! タマやんがズタボロになっとるやんけ! あんたはあんたで辛気くさい顔しよってからに! ムカつくんじゃ! だったらなんでいい加減にリタイアせんのや! しないなら、なんでまともに戦わんのや!」
「……なんで、怒ってるの?」
「はぁ!? もっかいどつかれたいんか!?」

 リクの発言は火に油だったようで、ライカはますます怒り狂った。リクの目はライカを見ていなかった。遠くを見ているような、全く違うものを見ていた。唇は戦慄き、蒼白だった。ライカのコトバがぐるぐる頭の中で暴れ回っている。あんたのせい、あんたの――〝お前のせいだ〟

「……ぐっ」

 リクは口元を押さえた。指の間から、吐瀉がこぼれた。「うぇっ!?」驚くライカが手を離す。リクは膝から崩れ落ちた。痙攣する胃から次々と戻ってくる。「スタッフ!」アイドルキングの鋭い指示と共にステージが暗転する。飛び込んできたスタッフに連れられて、リクは医務室へと送られた。

「た……たま……!」
「らいっ!?」

 タマザラシが短い手足を必死に動かし、呆然とするライチュウの拘束を振り払った。既に満身創痍のはずだったが、リクを追いかけて転がっていった。

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