1-9 ギルド試験:筆記

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読了時間目安:15分
主要登場キャラ
・リアル(ピカチュウ)
・ソワ(ルンパッパ)
・ツタージャ
・ビクティニ
 午前九時。
 姿見の前で、ピカチュウは自分の体を見ていた。
 首に巻いたマフラーの位置を整える。
 顔を洗った時に寝ぐせは直した。

 顔から足まで刻まれた青い線を指でなぞる。
 初めて鏡を見た時はドタバタしてて忘れてしまったけれど、後々気になってきた、この模様。

 ソワは気にすることないと言っていたし、多少の色の違いや模様の有無は個体差があるらしく、珍しいものでもないらしい。

 見覚えもない模様だけど、貰った水色のマフラーに合っていて嫌いじゃない。

 ちなみにマフラーは、別段寒い訳では無いのだが、お守りとして身につけておく事にした。

 と、ドアをノックする音がして振り向いた。

「リアル! ちゃんと起きてるか? 準備出来てるかぁ? 」

 ドアの隙間からソワが顔をのぞかせている。

「大丈夫、いつでも行ける」

「うむ、ロビー集合だからな。早く来るんだぞ!」

 それだけ言ってソワは去っていった。ドタドタと走る足音が遠のいていく。教官なだけあって試験は忙しいのだろう。

 そう。いよいよ試験が始まる。自ら選んだリアルという名前と共に。

 ひとつ、息を吐く。そして鏡の中の自分を不敵な笑みで見つめる。

「やってやる」

 そう自らに言い聞かせ、リアルはロビーへと向かった。




 既にロビーには大勢のポケモンが集まっていた。
 静かな興奮をたたえたざわめきが満ちている。

 そしてさらには昨日まではなかった大量の机と椅子が並ぶ。

(それにしても多い……!)

 数にして50匹程度だろうか。様々なポケモンたちが各々色んな表情を浮かべて試験の開始を待っている。
 辺りを見回してもギルドのメンバーは見当たらない。ということはここのポケモン達は皆ギルド参加希望者……ということだろうか。

 適当な椅子を選んで座り、周りを観察することにする。

 リアルのように一匹で、黙って勉強しているポケモンもいれば、誰かと談笑しているポケモンもいる。友達と一緒に試験を受けるポケモンも多いのだろうか。

 と、リアルはロビーのある一点に目が止まった。
 そこは一匹のポケモンを中心に周りが少し距離を置いていて、彼らはそのポケモンを見ながら興奮した顔でひそひそ話をしていた。

(なんだろう)

 気になって少し近づいてみる。
 中心のポケモンが見えた。彼は周りのざわめきなど意に介さず、澄ました顔で座っている。

 蒼い瞳に背中の羽。そして頭上のVの字の耳。
 微かな記憶にそのポケモンの姿が思い当たってリアルは頭を押さえた。
 待て、あのポケモンは確か……!

 その答えは周りの微かな会話の中で判明する。

「あのポケモンって確かビクティニだよね……!幻のポケモンの!!」

 そうだビクティニ!
 幻のポケモンと呼ばれる、世界に一匹ずつしかいない珍しいポケモン。確かいつも何処かに隠れてひっそりと暮らし、めったに姿を現さないと言われているはず。
 確かにそんなポケモンがいたら周りもざわつくだろう。興奮もする。

 だが、そんな幻の存在が何故ここに?
 そこまでこのギルドは有名なのか。

 が、詳しい情報を得る前にソワの大声が飛んできて思考が中断される。

「全員着席しなさーい!!」

 全く威厳のないソワの叫び。
 それでも周りはだんだんと静かになり、数分でそれぞれが席に着いた。



 皆が着席したのを確認して、特設された教壇でソワが咳払いをし、また大きな声で話し始めた。

「おはよう、諸君。君たちにはこれからギルドの試験として午前中の筆記試験と午後の実技試験を受けてもらう! その2つの試験の合計点で合否は決まる! 筆記試験の制限時間は1時間! 」

 ソワの声がロビーに響く。
 リアルにとっては前から聞いていることなので半分聞き流す。

「字が書けない者、体の構造的に書くことが出来ない者は口頭での試験を別室で行うので申し出るように! 実技試験の注意事項は午後に説明する! 以上! 説明がある者?」

 辺りを見回すソワ。
 誰も手を挙げないのを見て、教壇を降りる。
 と、ソワがこちらを見た。一瞬目が合う……が特に表情を変えずにロビーを出ていった。

 あくまでも公平に扱う、ひいきはしない、ということだろう。そのほうが自分もやりやすい。

 まずは筆記試験だ。ソワの言う通りこのギルド試験は筆記と実技の合計点で決まる。つまり筆記ができなければその分実技でカバーする必要がある。また逆も然り。

 基準点があるのか、定員が決まっていて順位で決まるのかは知らないが、まず筆記でトチっていては仕方がないだろう。

「よし」

 自らの頬を叩いて気合を入れた。

 しばらくしてドアが開いて試験官が入ってくる……だが、ソワの代わりにロビーに入ってきたのは……ネイティオだ。

(えっ……!? 試験官はネイティオなの……!?)

 つい昨日も図書室で見かけた司書のネイティオ。確かに監視には向いていそうだが、そもそも喋るのだろうか……?

 そんなネイティオは、スイーッと空中を平行移動で教壇まで飛んでいく。
 教卓の前に着くと正面を向いて着地。そのまま無言でただ目の前の一点を見つめたまま固まった。


 そして、静寂がロビーを支配した。


 ネイティオは喋らない。故に、圧倒されて他のポケモン達も喋らない……。
 これが無言の威圧。いや、やっぱり寝てる?

 しばらく互いに無言が続く。あまりにも沈黙が続くと皆不安になってくるものだ。大丈夫か、生きているのか……? そう疑問すら抱き始めたその時、

「……!!」

 バサッと唐突に両方の羽を広げたネイティオ。
 その突然の動きにポケモン達はビビって驚きの声が口から漏れる。

 そして、一拍おいてから、

「クワーーーーーーーッ!!」

 叫んだ。

「うわああっ!!」

 今度こそ皆も叫び声を上げた。
 何なんだこれは! 恐らく全員が心の中でツッコんでいるはず。
 リアルといえば危うく椅子から転げ落ちそうになっていた。

 長い沈黙からの爆音。耐えられる者などいるはずも無い。……いや、いた、あのビクティニだ。
 リアルの斜め右前のほうに座るビクティニは相変わらず澄ました顔で座っている。あ、でもちょっと冷や汗かいていないか?

 そして当の本人ネイティオは無表情のまま、

「これからテスト用紙を配る。一枚とって後ろに渡しなさい。口頭での試験を受ける者は申し出るように」

と何事も無かったように言い放つのだった。





「では、始め!」

 その合図で一斉にテスト用紙を表にひっくり返す。鉛筆を握り、問題に取り掛かった。

 ざっと全体の問題に目を通すと、どれも今までの勉強で見たことがあるような問題ばかり。簡単ではなさそうだけども、さっぱり分からない訳でもない。

 一問目はタイプ相性の問題。
 バトルにおける基本中の基本。ポケモンにはそれぞれタイプがあり、またタイプには相性がある。
 例えばほのおタイプはくさタイプに効果抜群だし、くさタイプはみずタイプに効果抜群だ。

 記憶をなくした自分も、この類の知識は何となく残っていた。でんきタイプである自分は、じめんタイプのポケモンに少し苦手意識がある。いや、バトルしたらと考えた時に、ではあるが。

 簡単な仕組みではあるが意外と複雑でもあり、全ての相性を覚えるのは難しい。だが、この問題ではそこまで難易度が高い訳では無いようだ。

 順調に空欄を埋めていく。
 一問目をテキパキと終わらせ、二問目に移る。
 そういえば、合格点はどのくらいなのだろう。結局は周りのポケモンたちと合格を争うのだから、差をつけなくてはならない。
 でも難易度がもしこの調子ならあまり差はつかないのでは……?

(いや、今はできることをするしかない)

 そう言い聞かせて二問目の問題文を読む。
 ここからしばらく歴史の問題になるようだ。

(うっ……歴史か……)

 今回の鬼門。自分のなくなった記憶は、自分の過去、それにこの世界の歴史が主だ。
 そう、全くもって知らないのだ。
 何だか有名な戦いだとか、誰もが知る有名な探検隊とか、過去の出来事は全く分からない。
 だから必死に頭に詰め込んだ……のだが。

「やっば……」

 そこには、絶望が広がっていた……。


          ※


「…………」


 一時間が経って、テストは終わった。既に用紙は回収され、ポケモン達はまたロビーで談笑している。いや、笑っているポケモンもいれば、焦った顔の者、項垂れているポケモンもいる。

 そしてリアルといえば、無言で机に突っ伏したままであった。

 この状態が示すのは、もちろん、惨敗。

 調子が良かったのは本当に序盤だけ。
 中盤以降はほとんど空欄である。

 まさに暗雲立ち込めるとはこのこと。
 今までの努力をかえりみても、これからの試験を考えてもショックが深くなる。

「うへぇ……やっちまった……」

 確かにどれも見覚えのある問題ではあったのだが……正確な名前が出てこない。さらに計算問題は手も出なかった。
 今回学んだこと。自分は勉強が苦手である。

 いや、そんな事今分かっても。

 それに教室前方からの視線の攻撃が酷い。
 相変わらずネイティオは無言で正面を見つめていた。その圧の強さといったら!
 確かに試験官としてはしっかり監視してるので適役と言えるだろう。……でも気が散って仕方がなかった……とはいえみんな条件は一緒と言われてはそれまでだが。

 ふと前を見上げると、あのビクティニが教室を出ようと立ち上がったところだった。周りの女子たちがその動作一つ一つに小さな悲鳴をあげる。
 彼は相変わらず済ました顔。ということはまさか自信アリなのか。……いやまあ、いかにも何でも出来ますよという顔をしている……。

 と、そのビクティニがこちらを見た。目が合う。
 机に突っ伏していたのが目を引いたか。
 リアルは何故だか緊張して目線を切れず見続ける……と。

 ビクティニが、笑った。

 鼻で。

 そして彼はこちらを軽蔑の視線で見つめたあと、クルッと振り返って教室を出ていってしまった。

 呆然。
 笑われた。しかも鼻で。

(馬鹿にされたあああ!?)

 度重なるショックにリアルは完全にノックアウトされ、机に沈んだ。



「だ、大丈夫? 君」

 唸り声を上げて苦悩するリアルに、後ろから心配したような声がかかる。

 知らない声に顔を持ち上げる。
 そこにいたのはツタージャだった。

「あぁ……うん、大丈夫…………!?」

 驚きに目が釘付けになる。そのツタージャの身体。確かツタージャはくさタイプのポケモンで、前身緑色をまとった、くさへびポケモンだったはずだが。
 彼のその体は、深い青に染っていた。

 思わず無言で見入ってしまう。
 深い群青の肌。それに加えて所々光の反射で金色に輝く点が点在している。
 その蛇の鱗は綺麗な輝きを放っていた。

 ツタージャはそれに気づき、

「あー、これ? この身体、突然変異? みたいなものらしくてさ。これで平常運転なんだ」

 とはにかんで自分の身体を眺めた。
 そして、

「それより君の顔のほうがよっぽど真っ青だよ? だいじょうぶ?」

 リアルの顔を覗き込んだ。

「ちょっと……テストでやらかしただけ」

「そうかぁ、僕もちょっと自信ないんだよね」

 と、そのツタージャが突然あっと声を上げ、リアルの手をガシッと掴んで、

「そうだ、一緒に昼ごはん食べようよ!」

 目を輝かせながら提案した。
 正直リアルとしてはご飯とかそういう気分では無いのだが。

 ……そんな目をされると断りづらい。

 勢いに押されて頷くと、ツタージャはとても嬉しそうな顔で微笑んだ。


          ※


 筆記試験が終わると、ロビーの売店が再開し、その場で昼ご飯をとれるようになっていた。
 ただ、周りを見回すとポケモンの数は減っているので、タウンで食事をする者も多いようだ。午後の再集合の時間まで外に出るのも自由だ。

 そんな中、リアルとツタージャはロビーのテーブルで昼ご飯を食べていた。
 メニューは売店で買ったサンドイッチ。
 木の実と果物が入った、売店の人気商品だったりする。

「僕の名前はヨゾラ。よろしくね」

 青色のツタージャは改まって自己紹介をした。

「まあ名前の由来はもちろんこの身体からなんだよね。自分は気に入ってるよ、この名前も身体の色も。……時々気持ち悪がられるけどね」

「そんなことないだろ……だってほら、綺麗だし……」

 他者を褒めるのが恥ずかしくて最後は尻すぼみになる。ただ綺麗なのは事実だ。色違いでもなんでもこんな色なら羨ましがられると思ったが。

「ありがとう、僕もそう思う」

 またにっこりと笑うヨゾラ。
 ああ、次は自分が自己紹介をしなくては。

「俺の名前はリアル。……えっと……」

「?」

 ここでリアルは口ごもった。自分の名前の由来、というか自分の過去。そもそも覚えていないから話すことも無い……いや、そもそも記憶喪失の話をするかどうか。さっき会ったばかりだから別に言わなくていいのでは……。

「いや、なんでもない。よろしく」

「? よろしく!」

 ヨゾラは少し不思議そうな顔をしていたが特に追及はせず挨拶を返した。

 記憶のことはそう無闇矢鱈に話す必要も無いだろう。これから先で話す機会はきっと来るだろうし。……いや、まあどちらも受からなくてはそんなことも無いのだが。

「いやあ、僕一匹だけでテスト受けに来たから心細かったんだ。一緒に話してくれるポケモンがいて嬉しいよ!」

「一匹で来たのか。親とかは?」

「親って……さすがにもう独り立ちする子もいるくらいだからねえ。寮生活なら一匹でも充分だよ」

 そんなものなのか。まだまだ自分もヨゾラも子供だと思っていたけれど……案外世の中自立は早いものなのかも知れない。

「まあ一緒に来てくれる友達がいてくれれば良かったんだけどねー。そうもいかなくて」

 まあ、親を残していくのは心配だったんだけど、とヨゾラが呟く。

 ふと、リアルはヨゾラの動機が気になった。
 自分は半ば流れのままに、最後は自分で選んだけれど、探検隊をめざしたのはほとんどそれしか道がなかったからとも言える。
 ではそうでは無いヨゾラは、他のみんなはどうなのだろうか。

「どうして探検隊を目指したかって? そりゃあもう、カッコイイからだよ!」

 半ば食い気味に身を乗り出して答えるヨゾラにリアルは気圧される。

「みんなを颯爽と助けたと思えば、ダンジョンのボスをカッコよく倒して、伝説のおたからをゲットするのなんて……本当にすごいよね!!」

「そ、そうなんだ……」

「そうなんだ、って……それならリアルこそどうして探検隊に?」

「お、俺? それはまあ、誰かを助けるのは……その、なんか、良いかなぁって」

 それを聞いてヨゾラは腕を組んでうんうん唸る。

「わかる。わかるよそれ。誰かを助けるのは気持ちがいいよね!」

 そうはっきり言われると恥ずかしいが。まあその通りだ。それにヨゾラの言うお宝にも心惹かれる。ということは皆理由は同じようなものか。

「あー、本当に楽しみになってきた! リアル、一緒に合格してギルドに入ろうね!」

「うん、そうだな…………あ」

 そして思い出す、筆記試験の悲惨な真っ白の解答用紙。

「ああああああ……!」

 頭を抱えて机に勢いよく突っ伏す。

「よっと」

 咄嗟にコップをどかすヨゾラ。

「……だいじょーぶ?」


 そしてリアルは、再集合の時間になるまでロビーのテーブルで悶絶していたのだった。

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