夏に雨

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

七月も終盤に差し掛かった八雲町。日付が進むに連れて、比例していくように暑くなっていく。しかし、今日は雨のようだ。七月に雨とは、なかなかに珍しい。少しは涼しくなるかと思いきや、雨と熱気のダブルコンボで、余計に蒸し暑くなるだけだった。

「雨降ってきちゃったね……。」
「そうやな……。あぁ、出たくない……!」

紫雲の二人は、これから依頼をこなしに出かけるようだ。今回の依頼は、ダンジョンで迷ったポケモンの救助である。この依頼は後回しには当然出来ないので、チカはアイに「しょうがないよ。」と苦笑いを浮かべながら宥める。彼自身も、出来れば今日は、救助依頼はやりたくなかった。彼は炎タイプ。雨が降ると、彼の炎技は弱まってしまう。しかも運悪く、今日行くダンジョンには、草タイプのポケモンが多く出現する。草タイプのポケモンには、アイの電気技はあまり効かない。圧倒的に、こちら側が不利な状況なのである。しかし、依頼主を待たせる訳にはいかない。二人は、宿舎の玄関へ向かう。すると、そこにはレイが佇んでいた。しとしとと、雨が降りしきる外を眺めている。その表情は、この雨空のように暗かった。その様子に少し心配になった二人は、彼に声を掛ける。

「レイ。」
「んっ?おお!二人共、今から依頼か?」
「そうだけど……。」
「そうか!頑張ってこいよ!」

レイは、そう笑いながら言った。しかし二人には、その笑みが歪んで見え、とても心配になった。しかし、あまり深入りするのも宜しくない。二人は、モヤモヤしたまま、依頼主のいるダンジョンへと向かった。













太陽の光でさえ、あまり届かないような鬱蒼とした森。それが今回のダンジョン『八雲樹海』である。樹海というだけあって、木々が無造作に生えているため、目印になる物がなく、とても迷いやすいと評判である。こんな所には、相当な物好きしか入っていかない。それか……これ以上は言わないでおこう。とにかく、それ程に危険な場所なのである。こんな危険な依頼も受ける事が出来るようになったところから、アイ達も腕を上げたことが分かる。
彼女達は、ダンジョン内で敵と戦っている最中だった。

「せぇいッ!!」

雨が降っているせいで、チカの炎技はやはり弱まっているようで、格闘術という形でカバーしていた。先程まで彼と戦闘していたクサイハナは、彼によって投げ飛ばされていた。こちら側は片付いたため、アイの方をカバーしに行こうと、後ろを向いた時だった。彼女の後ろに、一匹のドクケイルが忍びよっているではないか。

「アイ、危ない!!」
「ッ!?」

チカの叫び声により後ろを振り返ったアイは、やっとドクケイルの存在に気づく。その距離の近さに、交わしきれないと思った彼女は、守りの体制に入ると、自身を襲うであろう衝撃に耐えるため、固く目を瞑った。しかし、痛みが来ないどころか、自身の身体がふわりと浮き上がった。いや、これは誰かに抱き抱えられている。恐る恐る目を開けると、そこには自身を姫抱きにしながら、微笑んでいるチカがいた。

「良かった、間に合って!」

その行動に、アイは驚くと共に、ほんのりと顔を赤くする。夏祭りの出来事以来、平然を装ってきた彼女だが、いざこのような事をされると、この前の事を思い出してしまう。しかし、そんな事とは露知らず、チカは彼女を下ろすと、先程彼女に攻撃を仕掛けようとしていたドクケイルに反撃していた。その目は、アイに手を出す奴には容赦はしないと訴えていた。そんな彼の姿に、ときめいている自分がいる事に、アイは薄々とだが気づいていた。しかし、自分と彼はチームメイトという関係である。そして、自分は元人間。この祈祷師を始めたのも、人間に戻る方法を探すためである。その方法が見つかれば、自分は人間に戻る。なのに、恋愛なんてしてしまえば、別れるのが辛くなるに決まっている。この感情は、心の奥底にしまっておこう。彼女はそう心に決めた。
アイは、気持ちを切り替えると、チカを手助けすべく、戦闘に加わった。
















「依頼主さん、見つかって良かったね!」
「うん。」

無事、依頼主のポケモンは見つかった。そのポケモンは医者だったらしく、この森には、他の森では取れない薬草などが、沢山生えているらしい。そのために、このダンジョンへと乗り込んだらしく、行きは地図を持っていたおかげで大丈夫だったのだが、帰り道で地図が風で飛ばされてしまい、救助を要求
したとの事だった。取りに行っていた薬草は、かなり大事な物らしく、今日中に患者に届けられると、とても感謝された。
チカは、依頼主を見つけられた事を、とても喜んでいた。それもそうだろう。今回助けたポケモンの職業は医者。チカは、病によって母親を亡くしている。そんな彼にとって、依頼主を助けられた事は、喜び以外の何物でもない。それで、今苦しんでいる患者が助かるのだから。依頼主の喜びを自分の喜びのように、彼は感じていた。
一方アイは、ある事を考えていた。それは、自身の記憶についてであった。先程人間に戻るうんぬんの話しを考えたからであろう。ずっと記憶を遡ってみると、彼女はある事に気がついた。それは、自身の記憶の中に、ポケモンになる直前の事が、綺麗さっぱり削除されている事であった。正に、コンピューターで一部のファイルを削除するように、その部分だけが綺麗に消え去っているのである。しかし、何故かは分からなかった。これ以上考えたとしても、いい答えなんぞ出てこないだろうと、諦めたその時だった。チカが声を掛けてきたのは。考え事をしていた事がバレたのであろうかと思ったが、全く違う事だった。

「アイ、今日動きが凄く鈍かったけど、大丈夫?もしかして、具合悪い?」

彼は、とても不安そうに聞いてくる。それもそうであろう。アイは、雨の日に体調を崩しやすい。そして、今日の天気は雨。そして、動きの鈍さ。後、自分自身では気づいていないのかもしれないが、彼女は頻繁に浮かない顔をしていた。それらが合わさって、このような事を言ってきたのだろう。

「ううん。大丈夫やで!……ちょっと考え事しとって……。」
「考え事?」

この時、アイは嘘をついた。記憶の事ではなく、レイの事を考えていたと言ったのだ。しかし、彼女は、朝見たレイの事が忘れなれなかった。それは、嘘偽りない事実なので、いいとしておこう。あの暗い顔。あの陽気なレイが、あんな顔をしていたのだ。そんなの忘れられる訳がなかろう。絶対に何かあったに違いない。ああだこうだと色々な事を考えていたせいで、動きが鈍くなってしまったのだ。

「うん……。今日のレイ、何かちょっと変やったやん?」
「確かに……。どうしたんだろう……。」

二人が難しい顔をしていると、後ろから声を掛けられた。

「あら?紫雲の二人じゃない。」
「そんな難しい顔して、どうしたんですか?」

そこには光芒の二人がいた。丁度帰路につく時間帯が重なったのであろう。しかし、レイはいなかった。アイ達は、丁度良かったと思った。彼女達なら、レイの事を知っているかもしれない。アイ達はレイの事について、聞いてみる事にした。

「今日、朝レイにあったんやけど、何か様子が可笑しくて……」
「何か知らない?ちょっとでいいんだ。」
「「駄目?」」

二人は、ダメ元でアザミ達に聞いてみた。その時の無意識の上目遣いに、アザミ達が殺されかけた事は、ここだけの話し。
アザミ達は一呼吸置いて、話し始めた。

「ごめんなさい。私達も分からないのよ……。」
「他の祈祷師達は知っているみたいなのですが、教えてくれないんです……。レイ自身に聞いてみてもだんまりで……。」

アザミとヨミは、困ったような顔をする。チームメイトの彼女達でさえ知らない事。そうなると、もう聞ける相手がいなくなってしまう。次に頼ろうとしていたジン達も、ヨミの話しからして恐らく話してはくれないだろう。どうしたものか……。アイ達が浮かない顔をしていると、アザミが何かを思い出したようで、フッと顔を上げた。

「そうだわ……あのポケモンなら知ってるかも……。」
「あのポケモンとは……?」
「サクラ先生よ!」

サクラ先生という単語をアザミが口にした事で、ヨミとチカは理解したようだが、アイはちんぷんかんぷんだった。その様子を見て、ヨミは口を開いた。

「サクラ先生は、私達が六年生の頃の先生なんです……。」
「レイって、よく彼女に相談とかしに行ってたから、何か知ってるかもしれないわ。」

これはよい情報を掴んだ。アザミが運良く卒業式の時に、彼女と連絡先を交換していた事によって、約束の取り付けはうまくいった。明日の四時頃からなら大丈夫だそうなので、四人で彼女に話しを聞きに行く事にした。














真新しい白色をした校舎と、昔ながらの木造の校舎が佇む。それが、八雲小学校だ。この学校は歴史ある学校で、百年以上前からあるという。昔からある旧校舎は、今も教室として使われていて、新校舎と渡り廊下で繋がれている。
アイ達は、旧校舎の廊下を歩いている。木造という事もあり、木の独特の香りが漂っている。教室の窓から入り込む日の光は、教室内を通り越し、廊下を明るく照らしている。サクラは、この旧校舎の図書室にいるらしい。一体どんなポケモンなのだろうか。アザミが『彼女』と言っていた事から、女性なのは分かるのだが。
そんな事を考えていると、目的地に着いたようだ。教室の扉の右上には、『図書室』と書かれた看板が、廊下を吹き抜ける風により、ゆらゆらと揺れていた。アザミが引き戸を開けると、あるポケモンが本を読んでいた。サーナイトだった。彼女はこちらの存在に気づくと、本を閉じ、声を掛けた。

「いらっしゃい。」
















「三人共、久しぶりね。」
「ええ。」

サクラは、チカ達三人に、声を掛ける。元人間のアイは、話しについていけず、置いてけぼりである。その様子にやっと彼女は気づいたようで、申し訳なさそうに口を開く。

「ごめんなさいね。久しぶりの再会に舞い上がってしまって……」
「あっ!いえいえ。大丈夫ですよ。」

アイは、突然声を掛けられた事で驚きつつも、大丈夫だと微笑む。チカは、サクラにアイの事をとても楽しそうに話す。その様子を見て、サクラは安心した表情を見せた。チカは、そんな彼女の反応を不思議に思ったのか、首を傾げた。

「あっ、いやね、チカくんのお母さん、亡くなられたでしょ?落ち込んでるんじゃないかって心配してたんだけど、その様子なら大丈夫そうね。」
「うん。最初は寂しかったけど、今はアイがいるから大丈夫だよ。」

その言葉に、アイは胸の奥が暖かくなるような心地がした。しかし、いつまでもこのような話しをしている場合ではない。彼女に会いに来たのは、レイの事を聞くため。アザミは本題に入るべく、口を開いた。

「そろそろ、本題といきましょうか……。サクラ先生、単刀直入に聞くわ。レイの過去について、何か知らないかしら?」

アザミの問いかけに、サクラはキョトンとしながら、「レイくんの事について?」と聞き返す。さすがに説明が足りなかったようで、チカとアイは昨日の朝の出来事を彼女に話した。すると、何かを察したかのように、彼女の目付きが変わった。

「夏に雨ね……。あの出来事を思い出したのかもしれないわね……。」
「あの出来事?」
「……みんな、落ち着いて聞いてね……。レイくんはね……」

彼女は、一呼吸置いて口を開いた。密室の空間に、吹くはずのない風が吹いた気がした。

「祈祷師のお父さんを亡くしてるの……。」

その瞬間、時が止まった気がした。

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