主要登場キャラ
・ピカチュウ
・ソワ(ルンパッパ)
「探検隊の方ですね! 実は僕、おだやかな森にある特別なリンゴがずっと食べたくて……でもあの森はダンジョンなので、僕だけで入るのは難しいし、お店にもなかなか売ってなくて……。どうか取ってきてください! お願いします!」
※
「まあ、そういうわけだ」
「どういうわけですか!!」
街の散策のあと、依頼者のミズゴロウとの面会を終えた二匹は、ギルド前のおだやかな森の前に立っていた。
「俺、そんな戦ったことないし……! ダンジョンって危ないポケモンとか襲ってくるんでしょ!?」
「まあまあ、いずれ探検隊になるなら今やっても変わらない。それに、ギルドのテストには実技試験もある。私が先導するから安心しなさい」
「えぇ……」
ピカチュウは何故か、ソワと一緒にダンジョンに挑戦することになっていた。
「依頼を確認するぞ。依頼者はミズゴロウ! 目的は森の奥の大きなリンゴを取ってくること!」
依頼書を読み上げるソワ。
その依頼書を丸めてカバンにしまうと、代わりに何かを取り出してピカチュウに渡した。
「あっ、これって……」
「これは探検隊バッジ。ダンジョンに入る時はみなこれを付ける決まりになってるんだ」
掲示板前の集団やギルドのポケモンたちがつけていたのはこれだったのか。
金色の円の中心に石がはめ込まれている。
そして上部がぴょこんと丸く飛び出しているデザイン。
「バッジはプリン師匠をあしらったデザインで、探検隊のランクが上がると真ん中の石の色が変わっていく仕組みだ。これを持っていればダンジョンで倒れてもギルドに戻ることが出来る」
「わぁ、便利」
「便利というか、ダンジョンには必須なんだがなぁ。お前が森でバッジを持っていなかったのを見てびっくりしたわ……。本来そのバッジは探検隊にしか持てないものなんだが、まあ今回は仮に渡しておく」
そして森に向き直るソワ。
「よし、探検開始だ! なぁに、このダンジョンは初級レベルだから安心しろ!」
ソワが先陣を切って森に入っていった。
こうなってはついて行くしかあるまい。
(行くしか……ないかぁ……)
なんだか頼りない教官と一緒に初めてのダンジョン。敵も出ると言うがいつかはこれが日常になるなら……。
確かにワクワクする気持ちもある。探検と聞くとこう、心が揺さぶられるというか、勇気が湧いていくるというか。ロマンが詰まってるというカクレオンの言葉もわかる。
「森の中にお宝とか、本当にあるのかなぁ……」
ピカチュウは意を決して足を踏み出した。
※
入り組んだ道を、ソワを先頭にして進む。四方八方に木々が生い茂っていて、中々に歩きづらい。倒木などもあって乗り越えるのも一苦労だった。
迷路のような道を行ったり来たり。
「はぁ……はぁ……これが、ダンジョン……」
「なんだ、もう疲れたのかー?」
前方からソワの声が飛んでくる。負けじと足を早めて追いつく。
「ちなみに……俺はどこら辺に落ちてたんですか……?」
「かなり奥の方だったなぁ。でもダンジョンは地形が毎回変わるから、今はその場所はないかもしれないな」
「そう……ですか」
何か自分自身の手がかりになるかとも思ったが、ダンジョンはやはり不思議なところらしい。
「……気になるか。自分の過去が」
ソワが前を見て歩きながら問いかける。
「……まあ、もちろん……」
「確かに私がお前でもそう思うだろうなぁ……。私にはお前が記憶喪失になった理由は分からないが、きっと分かるとすればそれは世界各地を探検するしかないと思ってる」
こちらを見ないままソワは続ける。
「師匠が言ってたのはそういうことだ。なんだか無理矢理ではあったが理にかなってる。ギルドのメンバーじゃ分からないなら探しに行くしかない。その点、探検隊はピッタリって訳だ」
ちゃんと考えてくれていたんだなぁと今更ながらに思う。確かに広い世界のどこかには、自分の過去を知る手がかりがあるかもしれない。
そこまで考えてくれていた師匠に改めて感謝をして、そしてソワにもちゃんと感謝を……と、ふとあることに気づく。
「あのー。さっきもここ通りませんでした?」
その瞬間、ピタッとソワが動きを止めた。
「もしかして……迷ってます?」
「ま、ま、迷ってない!! というかダンジョンだから地図もないし仕方ないだろ!?」
じとーっとした目でソワを見つめるピカチュウ。
「だからそんな目で見るな!!」
(やっぱりちょっと頼りないなぁ……)
ソワへの感謝は心に留め、生暖かい目で見つめることにした。
と、その時。
「うわっ!!」
ピカチュウの顔に、何かが鳴き声を上げながら飛びかかってきた。視界が塞がれる。尻もちをついて暴れるピカチュウ。
「ケムッソだ!」
「うわっなんか糸が!? うへえええ!」
ソワが両手を合わせてケムッソに向けた。
「『エナジーボール』ッッ!!」
その手から発射されたくさタイプの光弾が炸裂し、ケムッソが吹き飛ぶ。
「大丈夫か?」
差し伸べられた手を取って立ち上がる。
「ありがとう……ございます……はぁ……」
身体にかかった糸を払ってため息をつくピカチュウ。
「ソワさん……ちゃんと戦えたんですね……」
「当たり前だっ」
頭をはたかれてしまった。
「にしても、随分荒っぽかったな……いきなり襲ってくるなんて。あれが凶暴化ですか」
何かを話すわけでもなく、ただ「鳴き声」を発して飛びかかってくる。これがダンジョンでは沢山出てくるというのか。
「こればっかりは慣れ……というかダンジョン踏破の最難関みたいなもんだからな……出てくるのは当たり前だと思ってた方がいいな」
苦い顔をするピカチュウをソワが諭した。
※
時々迷いながらも二匹は森の奥へと進んでいく。
出てきた敵はソワがどんどん倒してくれた。
ピカチュウとしてもついて行くので精一杯なので有難い。
「襲いかかってくるポケモン達って、みんな話は通じないんですか」
「そうだなあ。凶暴化してるわけだから襲うなと言ってもどうしようも無いな。大概はもともとその土地に住んでいたポケモン達なんだが……ダンジョン化と同時に凶暴化したんだろう。可哀想な話ではあるがまあ、倒しても死ぬわけじゃないからそれで仕方ないと思う他ないな」
え、と驚きの声を上げる。
「死んでないんですか……確かに倒した後シュンって消えてましたけど。申し訳ないなぁって。」
「原理はこの探検隊バッジと同じらしい。倒れたらダンジョンのどこかに復活するらしいな。詳しくはギルドでの授業で習うことになるが」
それならまあ、多少申し訳なさも減る。あちらから襲いかかってくるわけだし、可哀想だとは思うけれど……ただ、むしろ、倒れてもずっと何回も無意識に襲い続けなくてはならないのは……
「むしろその方が本人にとっては辛いのかも……?」
「そういう考え方もあるな。ただ敵を倒すのが怖くて探検隊を諦める子も少数いる。死なないってだけで多少心の負担は減るもんだ。その点お前はそこまで気にならないようだな。探検隊には向いてる」
「褒められてるのかな……」
ぼそっとピカチュウが呟く。
ソワはさっきから難しそうな顔をして唸っている。
「ただまあ、そこらへんの価値観は難しいところでな。探検隊の共通認識としては『襲われる以上倒す』ってことにはなってるが。倒すのに抵抗があるって考え方も尊重したいものだな……おっと」
立ち止まる二匹。
気づくと目の前は大きく開けていて、その先は行き止まりになっていた。
その奥にあるのはリンゴの木。一際大きなものがなっている。
「ここだな。この森の最深部だ」
「やぁーっとついたぁ……」
※
ダンジョンに入って1時間くらいだろうか。
二匹は森の最深部にたどり着いた。
(そうか)
とピカチュウはようやく合点がいった。
ソワがギルドを出た時に言っていた、「森は近いがギルドからは近くなかった」ということの意味。それは森がダンジョンで入り組んでいた為に、入口から距離があったということだろう。
そもそも森がこんなに深いとは思わなかった。外から見た時はもっと小さいと思っていたけれど、ダンジョンというものは見かけより面積を広げるものなのだろうか。
ピカチュウがそう思案していると、ソワが開けた空間の奥を指して言った。
「見てみろ、あそこになっているのが大きなリンゴだ。あれを取って、目的達成だな!」
ソワが木に向かってずんずんと歩いていく。
それについて行くピカチュウ。
しかし突然、何かを感じてピカチュウが立ち止まった。突如として襲った寒気。背筋がぞわりとして身震いした。
嫌な気配、嫌な空気。何かは分からないが危険が迫っている気がする。
「ちょ、ちょっとストップ! なんか変な感じがする!」
「なんだー?リンゴはこっちだぞ」
ソワは止まる気配はない。
「……あぁーもう!」
仕方なくソワを追いかけて走り出す。
そして二匹が空間の中央に差し掛かったその時。
周囲から、草のざわめく大きな音が同時に鳴った。
「な、なんだ?」
ソワも慌てて立ち止まって辺りを見回す。嫌な予感が高まる。
そしてソワとピカチュウを囲むように、木々の隙間から現れたのは――
20匹近くの敵だった。
「も、モンスターハウスだと!?」
「うわ! 言わんこっちゃない!」
その大量の敵たちは隙間なく二匹を取り囲んでいた。ソワとピカチュウは背中合わせに周囲を警戒する。
唐突に現れたのは多種多様なポケモン。
それこそ「降って湧いた」ような突然の襲撃だった。
じりじりと間隔を狭めていく敵たち。その目は明らかにこちらを敵視している。もちろん話など通じないだろう。
「ど、どうします!?」
「くぅ……逃げるのは出来そうにないし……さすがにこの数は私だけでは無理だ!」
「そんなぁ!」
悲痛な叫びをあげるピカチュウにソワはさらに告げる。
「ピカチュウ、お前も戦うんだ!」
「ま、マジですか!?」
まだ一度も戦ったことがないのに、初戦がこれとは!
まだ技も出したことも無い。不安と緊張で汗が吹き出る。果たして自分に出来るのか。抵抗がある訳では無いが、そもそも技量不足ではないか。
ピカチュウが葛藤する間にも敵はだんだんと迫ってくる。
「いや……うん、やるしかないんだ……!」
手を強く握りしめて決意を固める。
自分にどこまで出来るかは分からない。でもやらなくちゃやられるだけだ。
これがダンジョンというものなら、いつかは通る道……!
互いに睨み合い、続くこう着状態。
二匹を取り囲む敵の輪が段々と狭まり、敵と敵の身体が触れたその時。
甲高い叫びと共に一匹のニドランがピカチュウに飛びかかった。
そして、初めての戦いの幕が切って落とされる。