Episode 108 -Origin-

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読了時間目安:18分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 『白銀の氷河』の奥底にある『深淵のエデン』へ足を踏み入れるハリマロンえっこたち。全ての能力が生まれたてに戻ってしまう極限環境の中で、彼らは最後のレギオン使いの足跡を探る。
 頭上を覆う青と白の世界。万年雪が地面のあちこちに積もる中、洞窟の壁や天井は全て透明度の高い水の氷壁で形作られているらしく、氷のトンネルは何kmにも渡り奥へと繋がっていた。

ここは『白銀の氷河』、地上の果てに存在する大氷河であり、元々は魂の終着点が置かれていた場所だ。そんな氷河の地下にある氷の道を、ハリマロンえっこ・カイネ・ニアの3匹は突き進む。


「うー……結構冷えるね。さすが氷河だよ……。」
「そんな薄着で来るからだ……。私やニアを見ろ、完全防備で寒冷地対応モードだ。気合で寒さは何とかなるという精神論は、さっさと捨てるべきだな。寒いものは寒い、気持ちでどうにかなる代物ではない。」

ハリマロンのえっこもニアも厚手のコートに手袋を着込み、マイナス数十度でも活動ができるような服装をしている。一方のカイネは普段とそう変わらない身なりであり、寒さ故に少しげんなりとしている様子だった。


「よーし……寒さを紛らわすために走って目的地まで行こう!! よーいどんっ!!」
「あっ、コラ勝手に走り出すな!! 隊列を乱すとは何事だ!! それにそんなことでどうにかなる寒さではないと、さっきから言っているじゃないか……全く。」

突然全速力で走り始めたカイネを追うえっことニア。息を切らしながら十数分走ると、目の前に深い穴が現れた。


「これが目的の場所だよね……。何か、とんでもない魔力を放ってる感じがするのー……。」
「『深層のエデン』……。全ての源になった場所で、万物に通じてる世界最古の遺跡、なんだっけ?」

「ちゃんと予習はしてきたようだな。この先は前にも話した通り、衣服一つ持ち込めない……。それに内部ではあらゆるスキルはリセットされ、生まれたての赤ん坊同然の能力となる。幸いにも精神状態だけは今のままを維持できるはずだから、戦略こそが物を言うだろう。初期能力の高いニアを中心として、私が戦術面、カイネが攻撃や防御の面でサポートする陣形を取る。いいな?」

この先は今まで誰も経験したことのないような特殊空間が待ち受けている。えっこたちは念入りに作戦や戦法を確認すると、Complusからコンテナを取り出した。道具や装備は中に持ち込めないため、ここに保管しておくらしい。

全ての道具と装備を外してコンテナに入れると、えっこたちは次々に穴の中に飛び込んだ。積み重なって光を緑色に透過する氷の層に囲まれ、えっこたちはするすると落下していく。まるで時を遡るかのような不思議な感覚が一同を貫いた後、遂に3匹は深層エデンの表層階へと辿り着いた。









 「ここが目的地かぁ……。凄くのどかだね、外の氷河が嘘みたい……。穏やかな楽園みたいな風景だよ。」
「……何だカイネ、私をジロジロ見るんじゃない。何をニヤニヤしているのだ?」

「可愛いなーって思ってさ。君がこんな小さな子供の姿になってるの、初めて見るんだもん。カザネやメイの生まれたばかりの姿にそっくりだよ。」
「そういう君こそ生まれたての姿だ。それと服を着ていないんだぞ、そんな目で私を見るな……!! いくらポケモンの姿とて、元人間なのだから恥ずかしいものは恥ずかしいのだ……。」

えっこもカイネも、普段より甲高くて子供っぽい声でそんな会話をしていた。普段からコート姿で元人間のえっこにとって、幼児化した上で全裸になっているのを実の妻に見られるのは相当恥ずかしいらしい。


「ともかく、行動を開始せねば……。防具やアイテムなどを拾いつつ、先を目指そう。」
「この木の枝、何かにつかえるかなー? 利用できるものは取り敢えず持って行こうか。」

「でもComplusもバッグもないしなぁ……。あまりたくさんは持ち運べないかもね。」

ニアが枯れ枝を見つけて拾い上げる。使えそうなものは積極的に取得していきたいが、カイネの言う通り運搬する手段すらも失われている今、持っていく道具の数にも制限が出てきそうだ。


「これは魔導書か……? それなりに形になっている道具も落ちているらしいな。助かるところだ。」
「でも君は黒魔法以外あまり使えないんじゃ……。ないよりはマシ、程度かもね。」

「わっ、何か出てきた!! えっこ、カイネ、戦う準備を!!」

ニアの見つめる先には2羽のポッポが出現した。えっこたちはポッポを睨みつけ、臨戦態勢に入る。


「えっこ、君はバックアップをお願いね!! 草タイプが生まれたての姿であんなのにつつかれたら死んじゃう!!」
「了解、戦闘はニアとカイネに任せる。敵は2体、片方を集中攻撃して敵の体勢を挫くぞ!!」

「食らえ、『ねんりき』!!」
「『たいあたり』!!」

ニアとカイネの攻撃がヒットするが、ポッポはまだ戦えそうな様子だ。やはり生まれたて同然の能力になっているらしく、今のえっこたちは非力そのものだ。


「一撃じゃ倒し切れない!? まずい、早く避けないと……きゃぁっ!!」
「カイネ!! やってくれやがるな鳥野郎……くたばりやがれ!!」

カイネに『つつく』で反撃するポッポ。えっこはすかさず先程拾った枝の両端を両手で掴んで突撃し、ポッポの開いた口に押し込むと、そのままクチバシを力一杯押し上げた。顎の関節が完全に外れてしまったらしく、ポッポは仲間を連れて逃走していった。


「カイネ、大丈夫……? やっぱりこの状態じゃ体力が……。」
「大丈夫大丈夫、こんなのかすり傷みたいなもんだって!! それにしても困ったね……こんなに非力になってるんじゃ、そこら辺の雑魚にも手を焼いちゃうかな……。」

「ゲームでいうところのレベル上げが必要か……。恐らくはこの表層エリアには道具もいくらか落ちているだろうし、さっきのポッポのような雑魚もうろちょろしている……。」
「魔力空間で能力を下げられてるだけなら、戦闘経験を積めば身体や心が本来の調子を思い出すはず……。つまり、それこそゲームみたくレベルアップによる成長は素速く行えるはずだよね!! えっこの言う通り、まずはこの付近で体勢を整えよう。」

えっこやニアの説明通り、魔力により能力や身体機能に制限がかかる特殊空間だけに、敵との戦闘訓練による成長スピードはかなり速いはずだ。言葉を変えれば、元々持っていた能力を取り戻すということでもあるからだ。

3匹は表層エリアに拠点を張り、しばらくの間戦闘やアイテム集めに時間を割くこととした。









 3日後、表層エリアの草原に再び3匹の姿があった。えっこたちは襲いかかってきたヤンヤンマとイトマルに対峙している。


「お前らなど最早敵ではない!! 食らえ、『アンフェタミン』!!」
「よし、これで安心だね!! 『ひのこ』!!」

「『はがねのつばさ』!!」

えっこの黒魔法によって混乱状態に陥った敵に、容赦なくカイネの火の手が迫る。ニアは背中から6枚の小さな鋼の翼を広げ、カミソリのような羽根を大量に射出して攻撃している。

どうやらアイテムや魔導書、わざマシンなどの獲得に加え、少しずつ身体が成長して本調子に向かっているらしい。とはいえ、元々の彼らの実力には遠く及ばないレベルではあるが。


「この付近の敵は最早経験値の足しにもならん。そろそろ先に進むとしようぜ。」
「うん。確か探索中に、地下階層へ向かう洞穴が見つかったよね? あそこが次に向かうべき場所かな?」

カイネは紙に書かれた地図を広げてそう告げた。Complusの持ち込みもできないこの場所では、周辺地形のマッピングでさえも全て手作業で行わなければならない。ここではまるで原始の世界に放り込まれ、少しずつ文明的な生活を獲得していった人類の歩みのように、手に入れた道具で創意工夫して課題を突破せねばならないらしい。


寝泊まりしていた拠点から道具を回収して洞穴に向かう。その入り口に足を踏み入れた瞬間、3匹の意識が一瞬にして遠のき、周りが真っ白一色に染まった。頭の中に何者かが映像を送り込んできたかのように、3匹の脳裏には鮮明なビジョンが浮かび上がる。


そこには人間の姿があった。獣の皮を着込み、石でできた槍を構えた彼らの姿から察するに、人間がまだ文明を持たずに生活していた頃の風景だろうか?

ある日、流れ星の落ちる美しい夜空を見上げた1人の男がいた。彼は自分の集落を瞬く間に強くし、他の民族を武力で捻じ伏せて取り込み、当時の一大王国を築き上げるまでになった。国の英雄にまで上り詰めた王は、征服した民族を同じ人間としてではなく、奴隷や家畜のように扱い、男は死にかけるまで働かせるか戦いの最前線へと送り込み、女は自らの欲望を満たすための家畜とした。

そんな王は次第に人々の反感を買い、やがて大きな反乱が起こって政権を転覆させられた。空に雲がかかる夜、かつて王だった男は拷問の数々を受けて殺された。


「……はっ!? 今のは一体……? レギオン使いの記憶なのか!? それにしては、まるである王朝の興亡の一部始終を眺めているようだったが……。」
「何か奇妙だよね、その王自身の記憶じゃなくて、どっか別の場所から傍観してたみたいな……。今までの奴らの記憶とは違う、第三者の視点……?」

えっこたちは首を傾げる。確かに、それぞれのレギオン使いとは1人の人間が転生した姿だ。各ダンジョンには彼らが実際に経験した記憶が散りばめられており、それらを全て見ることで彼らの辿った人生を紐解くことができた。

しかし今回のものは、このビジョンそのものが王国の興亡全てを捉えている上に、レギオン使い自身が体験したエピソードではなく、第三者として傍観していたかのような感覚があった。


「ひとまず、この洞窟エリアを抜けて行かねばならないな……。しかし、洞窟というには何か妙だ……苔むした石レンガで壁が埋め尽くされている。まるで遺跡の地下通路のような内装をしているな。」
「あちこちに綺麗な地下水が通ってるみたいだよ、飲み水には困らないか……。」

えっこは洞窟の奥を見渡す。意外にも明るい洞窟内部には、所々が崩落した石レンガが埋め込まれており、まるで遺跡や古城の地下通路のような印象を受けた。カイネが近くの水溜まりを見ると、それはどうやら地下から水が湧き出てできあがった泉らしく、付近は幸いにも水に溢れている肥沃な土地らしい。

ここから一同は更にレベルアップに勤しむ。先程の表層階とは落ちている道具も異なり、マントや武器類や食器など、より文明的なものも見受けられた。加えてこの一帯に出現するポケモンはドラゴンタイプが多いらしく、ドラゴンタイプに有効打を持たないえっことカイネは苦戦を強いられた。


このエリアに到達してから2日目の夜、えっこは赤いマントにサーベルの装備、カイネとニアは耐火性のマフラーを身に着けた状態で、拠点の泉近くで休んでいた。この場所は入り組んでいる道の小さな入り口からしかアクセスできないため、周囲のポケモンたちに襲われる心配のない場所だ。


「……。やれやれ、身体が子供になってもこの痣は相変わらず残ったままだ……。他の傷はリセットされているのに何故……。」

マントに隠れた右腕の上側に、三日月形の痣のようなものができている。ワイワイタウン行きの船室内でその存在に気付いて以来、今日に至るまでずっと彼の腕から消えない痣だ。しかも奇妙なことに、他の古傷は身体が幼児化した際に消滅したのに、この痣だけはまるで生まれたときから付いていたと言わんばかりに残っている。


「しかし、古傷が一時的にも消えてくれたのはありがたいもんだぜ……。見てて気分のいいもんじゃないからな。」

えっこは溜め息をつきながらそう呟く。そのまま焚き火を消すと、マントをマットレス代わりにして横になった。


「………………済まない、許せ!!」

えっこが魔導書を押し付けた相手は、突然の彼の謝罪の言葉に戸惑った表情を見せた。しかし魔導書の効果をダイレクトに受けた影響か、やがてそのエンニュートはやがて白目を向いたまま動かなくなった。


「団長…………。俺は、俺はどうしたらよいのでしょう……。確かに奴らは犯罪者だ、それも連続殺人に強盗、麻薬の密売に強姦……やっていることは最低最悪のゴミクズ共……。しかし、俺はそいつらを『処理』している。簡単に死刑判決も下せぬこの世の中、相手を植物状態にできる俺の黒魔法はまさにグレーゾーンのありがたい存在……。殺さずに『生かして』おけるのだから。」
「えっこ……。君が思い詰める必要などありませんよ。元より彼らには破滅的な結末が待っている……。悪は裁かれる運命にあるのです。君は、そんな中でも、最も苦痛の少ない方法を彼らに提供している。ある意味、彼らに救いを与えているのですよ。」

すると、えっこは横に置いてある花瓶を手に取って地面に叩き付けた。その身体は小刻みに震えている。


「ならば、俺が奴らをああするのは当たり前だと……!? 実質殺しているようなものだ、あの魔法よりもランクの高い白魔法で呪いを解除せねば、二度と目覚めることはないのだから……!! そしてそんなことができる白魔法使いも稀だ……そもそもいたとして誰一人としてやる訳がない……!! そして俺は感謝される、ポケモンを殺してくれてありがとう、社会のゴミを抹消してくれてお疲れ様と……!!!!」
「落ち着きなさい、君には何の非もない……。あるとすれば、こんなゲスな考えを持ち込んだ警察や公安、そしてそれを引き受けたワタシの責任です……!! 君は、君はただ言われたことをやったまで……。ワタシも卑怯でした、君が他のポケモンからの切実な頼みを断りきれないことを知っていた……そして君のような実力者なら、罪悪感にやられることもなくセルフケアができるはずだと思い込んでいた……。こんな、こんな無能で思慮に欠けるワタシは、団長失格ですよ……。」

「違います、俺が、俺が…………。だからもう嫌だ、俺は最後に自分自身を救う……。逃げることかも知れない、でももう耐えられないんです。俺自身が社会のゴミクズになってしまった……だから最後は『処理』しなくちゃなァ…………!!!!」

えっこは懐からナイフを取り出して、自分の首を掻っ切ろうとした。突然の行動にデンリュウは慌てて彼を引き止め、ナイフを持つ手を押さえ付けた。


「やめなさいえっこっ!! そんなことをして何になるのです!? カイネがそんな君の姿を見たら……!! 君に会えなくなったら……!!!!」
「やめろーーーーーーッ!!!! 自由にさせろ、俺はもう嫌だ、早く自由になるんだ!!!! もう解放されたい、ここにはいたくない!!!! それだけが俺が救われる方法だ!!!!」

「そんなに……そんなにやりたければ……!!!! 見ていなさい……うぐぁっ……!!!!」
「あぁっ……!? だ、団長……!? どうして……ど、どうしてあなたが……?」

デンリュウはえっこから奪い取ったナイフで自分の腹部を突き刺した。デンリュウは血を流して苦痛に顔を歪ませながら、えっこに優しく諭すように語りかけた。


「どう……です……? これでもう…………君……は…………このナイフを……使え……な……。」
「何で、何で……。これも俺のせい…………。」

「違いますよ…………。誰にでも……心の弱さは…………ある……。でも……君は……ワタシにとって…………家族も同然………………。だから……こうしてでも……君には…………。」

デンリュウはその場に倒れ込んだ。えっこは血相を変えて座り込む。朦朧とする意識の中、えっこの方を向くこともせず、デンリュウは言葉を続けた。


「これが……ワタシの受け……る……罰です…………。君に……汚れ役を…………押し付けて…………すみ……ません……。こんな……ワタシ…………で……。」

デンリュウはそのまま意識を失った。えっこは子供のように泣きじゃくりながら腰を抜かしてしまう。騒ぎを聞きつけた調査団のメンバーの手によってデンリュウは救急搬送され、一命を取り留めたようだ。


「……。それからも何度か腕も切り付けたし首を吊ろうとした。特にカイネは何回泣かせたかな……。36のときが最後だったっけ……。メイやマークやカザネもこの世の終わりみたく悲しんでやがった……。だからもうやらないと決めた……。やれやれ、人生ってのはどうにも上手く行かねぇな……この世の中に俺が作ったしがらみ、その数は数え切れない程だ。そしてローレル君……彼女もまた、俺と同じような破滅を望んでいた……。」

夢から覚めたえっこはあの夜のことを思い出した。自分がダークマターの分身であると悟り、自分を殺すようにハリマロンえっこに依頼したあの雨の晩。


「私も彼女も、この世から消えるにはあまりに多くの『ほだし』を持っている……。レギオン使い共にその繋がりを断ち切らせること……それは阻止せねばならない。例え再びこの手を汚す羽目になってもだ……!!」

えっこはそのように自分に言い聞かせると、マントの土埃を荒っぽく払いながらカイネとニアに呼びかける。


「さっさと起きろ、今日中に次のエリアに移っちまうぞ。こうしている間にも、アークの奴らが危険に晒されるかも知れんからな。」

寝ぼけ眼をこするカイネとニアに溜め息を見せるえっこ。しかしその表情はどこか決意に満ち溢れているようだった。


(To be continued...)

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