第4話:セナの涙とネイティオと――その2

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読了時間目安:14分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 なだらかな坂道を歩くホノオとシアンを、夕陽が照らしている。

「ねえ、ホノオ」

 ネイティオにあと少しのところで、シアンはホノオに話しかけた。

「うん?」
「セナってホノオにとってどんな存在なの?」
「なんだよいきなり。……つーかお前、今までそれを知らないでオレに付き合ってたのか」
「いいじゃん。今気になったんだから、今教えてヨ〜!」
「うおっ! 分かったから放せ」

 シアンは駄々をこねるように、ホノオの身体を激しく揺する。隠すようなことでもない。ホノオはシアンに事情を説明した。

「セナはオレの親友だよ。……いや、親友だった」
「本当に〜? 恋人さんじゃないノ〜?」
「おいっ、オレにそんな趣味は――っと、そっか、確かに紛らわしい名前だよな。セナは女の子じゃない。男の子だヨ」
「そうなんだー。ずっと女の子だと思っていたヨー。……それにしても、親友“だった”って、どういうコト?」

 性別さえ誤解されていたセナの詳細を、ホノオは少しずつシアンに語ってゆく。

「セナはポケモンになったときに、人間の時の記憶を失ったらしい。オレのことだって忘れちまったさ」
「えっ。どうしてホノオがそんなコトを知ってるノ?」
「オレをガイアに連れてきたポケモンが、そう言ってたんだよ。ま、性格のいい奴じゃなさそうだから、ホントかどうかはわかんねーけどな」

 ホノオは、その夜のことを振り返る。


 ──あの日、“それ”はホノオの夢の中に現れた。柔らかな光が包む空間に、人間の姿の焔(ホノオ)は1人ポツンと立ち尽くしていた。

「……ここは、夢?」
「そうですよ」

 焔の呟きに、透き通った、それでいて落ち着いた、女性のような声が答えた。

「だっ、誰だ!?」

 焔が慌てて叫ぶと、目の前に光が集まり、小さな渦を巻き始めた。どうやらこの光が、声の主らしかった。

「焔さん、ですよね?」
「なんで知ってるの? お前は誰だよ」
「ワタシは、“ポケモン”です」
「はあ……?」

 “ポケモン”と名乗られたところで、「はい、そうですか」と納得ができず、焔は訝し気に首を傾げた。こんなぼやけた光の渦が、本当の姿なのだろうか。“ポケモン”って名前のポケモン――それって、“人間”って名前の人間と同じってことだろ? 犬に“犬”って名前を付けている人もみたことがないし……。
 ――怪しい。顔をしかめる焔に構わず、光の渦は続けた。

「焔さん。瀬那さんを、覚えていますか?」
「えっ、お前瀬那知ってんの? 美波瀬那(ミナミセナ)、オレの親友! 懐かしいなー。ね、瀬那元気?」
「その瀬那さんは昨日、ポケモンの世界へと旅立ちました。人間の代表として責任をとり、ポケモンたちの星、ガイアの破壊を防ぐために」
「えっ!?」

 瀬那がポケモンに? それに、人間の責任に、ガイアの破壊って? 状況をよく飲み込めていない焔を置いて、“ポケモン”はさらに話を進めた。

「瀬那さんをガイアに連れていくときにワタシ、彼に自らの使命について伝えたんです。しかし困ったことに、ポケモンになった彼は記憶を失ってしまったのです」
「記憶、喪失……?」
「ですから、あなたもポケモンになって、瀬那さんのサポートをしていただきたいのです。あなたや瀬那さんの、“人間としての記憶”が、これからガイアで起こる事件の謎をとく鍵になりそうですから」
「うーん……」

 目の前の光の渦を信用するところでつまづいているのに、どんどん情報を頭に叩き込まれ、焔は頭を抱えた。
 オレが瀬那のために、何かできることがあるなら、もちろん協力したい。どんなことでも。ただ……何をすれば良いのか、いつまでも見えてこなかった。オレも、ポケモンになる? なって、どうすればいい?

「別に、ワタシの力があれば、事件を解決することもできるのですが……。人間の責任を、ワタシがとる理由がありませんから」

 突然声のトーンを落とし、冷たく言い放った、光の渦――“ポケモン”。何でコイツは、こんなにも人間を憎んでいるんだ? 敵対心の気配を察知し、焔の心がざわざわと音をたてた。

「嫌なら別に、記憶を失った親友を見捨てていただいても構いません。人間など所詮、自分がいちばん可愛い生き物なのですから」
「勝手に決めつけるんじゃねえよ! 行かねえとは言ってねえだろ! ああ行くさ、ポケモンにも何にでもなってやるぜ!」

 初対面のくせに分かったふりして人を見下しやがって……。“ポケモン”の口調に腹が立った焔は、彼女の言葉を遮り怒鳴った。

「分かりました。何か、聞きたいことはありますか?」

 謝りもしないで淡々と話を進める相手の態度が気に食わないが、それを咎める語彙力も冷静さもホノオは持ち合わせていない。飲み込んだ感情が、怒りとして表出された。

「ねえよ! ガイアってところに行って、瀬那を見つけてサポートすればいいんだろ!?」
「はいそうです。覚悟はよろしいですか?」
「とっくにできてる!」
「そうですか。では、参りましょう。目を閉じてください、焔さん」

 その言葉と共に、焔はかたく目を瞑った。“ポケモン”の態度には納得がいかないが、瀬那のためにポケモンになることは決めた。瀬那のことを考えて、少しずつ気持ちを落ち着ける。
 ――オレが転校して離れ離れになってから、久しぶりに瀬那に会う。あの、青くてぴょんぴょんクセがついてる髪に、態度の割に小さな身体。そして、あどけない顔立ちは、そのまんまだろうか?
 そんなことを考えていた焔だが、ふと重大なことに気が付いた。瀬那は、ポケモンになったんだ。ということは、オレが知ってる瀬那の外見なんて、役に立たないではないか! オマケにオレだって、ポケモンになって姿が変わるし、瀬那は記憶がないのだから――再会したところで、気づけないのではないか?
 ヤバい! あの“ポケモン”とかいう嫌なヤツに、もっと詳しく事情を聞いとけば良かった! ついでに、何だかよく分からない、“これからガイアで起こる事件”についてももっと詳しく――。
 激しく後悔したが、時すでに遅し。フッと意識がなくなった焔は、ヒコザルの姿でシアンと出会った岩山に倒れていたのであった――。


「あああーッ! バカだよオレ! あのときセナがどんなポケモンになったか聞いておけば、こんな面倒なことにならなかったのに!」

 ホノオにとっての冒険の始まりを一通り回想し終えると、自分の失態に絶叫した。シアンは当然驚く。

「うるさいナ! キミがバカなのは世界の常識なんだから、今更叫ぶまでもないでしょ!?」
「はぁ? そんな常識、オレの世界にはねえからな!」

 まだわめこうとするホノオにシアンは呆れ、話題をもとに戻した。

「えーと、セナは記憶をなくしたから、ホノオのコトを覚えてない。だからホノオは、親友だった、って言ったんだ」
「あ? ああ。悲しいけど、落ち込んだってしゃーない。また親友に戻ればいいだけだし!」
「キミのその、根拠のない自信って、どっから来るんだろうネ?」
「知らねー。空から降り注いできてるんじゃね?」

 適当に答えて緩んだ会話の流れに、ふと、ホノオは影を落とす。

「……まぁ正直、アイツの記憶がなくなって良かったかな」

 独り言のように呟いたはずなのだが、スーパー地獄耳の持ち主、シアンは聞き洩らさなかった。

「え? どうして?」
「どうして、って……」

 ホノオは言葉を詰まらせた。セナの記憶の奥深くに根付いて心を操っている、“あの事件”のことなんて、軽々しく言えるはずがない。今となっては、セナ本人すら知らないデリケートな個人情報なのだから、なおさら。

「そ、それは……。こうしてオレもポケモンになって、お前と出会って旅ができているからさ!」
「うわ気持ち悪っ!」

 いくら、とっさのごまかしのために適当に言った言葉とはいえ――そして雰囲気を塗り替えるために少しふざけた言葉とはいえ、シアンの素早い罵倒でホノオは心に大ダメージを食らった。

「忘れてください……」

 うなだれてそう呟くが、

「お前と旅ができているからサっ! お~まえ~と~、た~びが~」

 ホノオの言葉を何度も繰り返し、シアンははやし立てる。怒りと恥ずかしさで、元々オレンジ色のホノオの体が真っ赤に染まっていった。

「あー、あー、あーっ!! 黙れ! そのくちばしをへし折るぞ!!」
「キャー!」

 足の速さなら誰にも負けたことがないホノオだが、シアンは短い足で驚異的な逃げ足を見せつける。追いかけっこをしながら、一気に崖の頂上にたどり着いた。

「……あ、いた! ネイティオさーん、助けてー!」

 崖の上で夕陽に染まった森を見つめているネイティオを見つけると、シアンは飛び込むように声をかけた。

「……何だ、お主は」

 ゆっくりと振り返ってシアンを見つめたその眼差しは、どこまでも深く黒に染まっている。何か神秘的なものを感じさせた。

「待ちやがれペンギン野郎ー! 焼き鳥にしてくれるーっ!」

 猛スピードでシアンを追いかけながら、ホノオはわめき散らす。

「――焼き鳥だと!?」

 “焼き鳥”という言葉に、ネイティオは過敏に反応する。不気味と神秘を兼ね備えた大きな目玉を、ぎょろりとひん剥いた。
 そして。

「そうはさせんぞ! “サイコキネシス”!!」
「ぎゃああぁーっ!!」

 すっかり取り乱したネイティオは、強力な念力を放ってホノオを襲い、激しい頭痛を与えた。ホノオはドサリと倒れて気を失う。

「ホ、ホノオ!?」
「何、“ホノオ”だと!? いかん! 私としたことが、つい“あの言葉”に反応して……!」

 やりすぎに反省した2人は、ホノオの元へと駆け寄った。




 一方しばらくの間泣いたセナは、ヴァイスに優しくなだめられて落ち着きを取り戻していた。そして、ヴァイスに不思議な夢のことを話したのだった。

「そっか。暗いところに落ちながら怖さや罪悪感を感じているセナを、焔って人間が助けてくれて……。そしたら急に、周りが明るくなって、嫌な気持ちもなくなる……」
「ああ。そんで、謎の言葉を残して夢が終わる」
「“過去に負けるな”に、“もうすぐ会える”?」
「ああ」

 2人はセナの夢の話を整理する。しばしの沈黙のあとにヴァイスがため息をついた。

「眠れないのもしょうがないよ。気になることが多すぎるもん」
「うん。焔が出てくるまでの悪夢が、なかなかしんどくてね……」

 頑なに事情を隠していたことを、セナは少し後悔した。根拠のない夢の話なのに、ヴァイスはこんなにも真剣に聞いてくれる。

「ボクは、その、焔って人間を探してみればいいと思うな」
「はぁ? 探すってどうやって? 人間がこの世界にいるわけないだろ? いや、ここにいるけどさ。……ああややこしい!」
「落ち着いて、セナ。焔はもうすぐ会えるって言ってるんでしょ? それって、焔もセナみたいにポケモンになったってことじゃない?」
「なるほど! うーん。そうだとしても、焔がどんなポケモンになったのか分からねえし……」
「ふふっ! それなら方法があるんだよん」

 得意げにそう言うと、ヴァイスは木製の道具箱をあさり、地図を取り出した。

「今、ボクらがいるサメハダ岩は、このはるかぜ広場の近くだよ。それで……」

 床にガイアの地図を広げ、尻尾の炎で照らしながらヴァイスが説明しだした。
 “精霊の崖”にいるネイティオというポケモンが、ポケモン探しが得意なことで有名であること。彼に聞けば、焔の居場所が分かるかもしれないと言うこと。そして、そこに行くためには“聖なる森”という広大な森を通る必要があること。

「長い旅になっちゃうと思うけど……。どうする? 行ってみない?」
「お前は、いいのか?」
「もちろんだよ!」

 笑顔でそう断言するヴァイスに、セナの心がまた緩みはじめる。

「うぅ……ヴァイス……お前、なんでそんなに、オイラなんかのために……っ」
「あははは、セナって意外と泣き虫さんなんだぁ! それなのに、普段あんなに強がっちゃって……可愛いなぁ、もう」
「う、うるさいな……水タイプだから涙の素がいっぱい蓄えられてるだけだいっ!」

 堪えながらも涙に震えるセナを見て、ヴァイスは思わず吹き出す。セナは右手で左腕に爪を立てて痛みでごまかしながら、必死に涙を抑え込む。無理やりに笑顔を作って明るく宣言した。

「……とにかく、焔を探すことが、オイラがポケモンになった理由を見つける手がかりになりそうだよな。明日から頑張ろうぜ!」
「うん! さっ、準備準備ー」

 ヴァイスは自分の赤いバッグを手元に引き寄せ、地図を丸めて中に入れた。サメハダ岩の道具箱の中から、体力を回復するオレンの実と、食料のリンゴを詰め込む。

「オイラも。……よいしょっと」

 セナは、サメハダ岩への入り口の階段の近くにある、自分の青いバッグを掴む。バッグの中には、攻撃に使う木の枝と、リンゴがごろごろと手に触れる。さらに。

「ん?」

 入れた覚えのない道具の感触に、セナは首を傾げる。不思議そうにそれを取り出すと、黄緑色の小さな便箋だと分かった。

「手紙?」
「えっへへ。見つかっちゃった」

 どうやらこれは、ヴァイスからの手紙らしい。セナが考え事をしているうちに、こっそり入れたのだろうか。

「それね、さっき広場で書いてたの。だって、ほら。途中で見られるのって、恥ずかしいじゃない」
「……これ、オイラに?」
「うん。ボクからのお手紙。読んでみて」

 セナは便箋から手紙を取り出す。そして、ヴァイスの丸みを帯びて子供っぽい文字を目で追っていった。

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